・短編

ミアレの英雄、エムゼット団の切り札。そんな呼び名で知られる青年、キョウヤは容姿端麗な男である。
人当たりが良く、明るい笑顔が似合い、さらには困った人に手を差し伸べる優しさを兼ね備えている一方、バトルでは絶対的な強さを持ち、今ではミアレ最強のポケモントレーナーとして名を馳せている。そのギャップも含めて、ミアレ中の女性が彼に黄色い声を上げている今日この頃だ。

そんな彼はもちろん、ミアレに来る前、地元でもたいそう女性たちから人気を集めていた。ご近所はもちろん、学校やそれ以外のたまたま助けた人、ただ通学ですれ違った人まで、いろんな人の心を搔っ攫っては、彼女たちから多種多様なアタックを受けてきた。
そのうちの一つがプレゼント攻撃で、中でも一番多かったのが手作りの食べ物だった。
最初のうちは良かった。それこそミドルスクールとかそのあたりは、マフィンやマドレーヌ、少し歪なアイシングでハートが描かれたクッキー、溶かして固めたチョコレートにカラースプレーを散りばめたものなど、まあ可愛らしいものだった。

それが、キョウヤが成長し男として魅力を増すにつれて、女性たちの熱狂具合も変わってきた。そしてカレッジに入学する頃には、プレゼントされる手作りの食べ物たちに異物が混入されるようになったのだ。それらは全て実家にいたワンパチの鼻のおかげで実際に食べずに済んだのだが、薬や体液、髪の毛、その他諸々を仕込まれていたのを目の当たりにしてしまい、それ以来キョウヤは人が作った食べ物を純粋な気持ちで受け取れなくなった。

その結果、今では人が作った食べ物が食べられなくなってしまい、既製品か目の前で作っているのを見た料理しか食べられない。


「……って聞いたんやけど、オマエ、前から俺が作ったもんは全部躊躇いなく食うてるよな……?」

めでたくお付き合いして、互いの家を行き来する半同棲のような生活の一コマ。カラスバの自宅で同じテーブルを囲みながら、野菜のソテーを美味しそうに頬張っていたキョウヤは、恋人の言葉を聞いてきょとんとした。
カラスバは意外に料理が得意である。そしてそんな彼の手料理をキョウヤが食べたがるので、食事を作るのはカラスバの方が多い。今日の食事だって、カラスバが作ったものだ。
前から、というのは、キョウヤとカラスバがお付き合いを始める前を指す。なんならミアレを救った後、なんとなく仲良くなり始めたころに手料理を振舞ったのが最初だった気がする。

どんな経過だったか忘れたが、ホテルZへ宿泊しにいったところ、キョウヤ以外のエムゼット団が全員不在という「営業する気あんのか?」みたいな日があった。
二人だけなら外で食事を済ましてくるか? いやでも、今日使わないといけない食材があるからよろしく、とタウニーが言っていたような……なんてやり取りをしている時に、思い付きで「ほなオレが作ってもええか? 大したもんはできんけど」とカラスバが提案したのが始まりだ。
この時もキョウヤは嫌がるそぶりも見せず、むしろ喜んで「お願いします!」なんて食い気味に言って笑っていたのだ。さらにカラスバが料理をしている間、キョウヤは「ホテルの仕事が残っているから」と他のフロアの掃除をしに出ていったので、作るところも見ていない。けれど、出来上がって食卓に並べられた料理を見てキョウヤは目を輝かせ、躊躇いもなく「いただきます!」と手をつけ始めたのだ。

その時は何も知らなかったからカラスバも何とも思わなかったが、今日偶然出会ったタウニーに「キョウヤって手料理食べられないから大変でしょ?」と言われて絶句したのだ。
だってそんなこと、一言も聞いていない。
そんな大事な事をなぜ黙っているのか。そんな意味を込めて、カラスバはキョウヤをじとりと睨んだ。

「無理して食うてへんやろな?」

咎めるような視線と声にキョウヤは慌てて両手と首を横に振る。

「もちろんです! カラスバさんのご飯、美味しくて大好きなんで」
「……ふーん」
「あ、照れてる」
「やかましいクソガキ」
「えへへ」

そんな軽口を叩いて笑っているキョウヤは、やはり無理をしているようには見えない。しかしタウニーが変な嘘をついてるようにも思えなかった。む、と考え込み始めたカラスバに、キョウヤは食べていた手を止めて苦笑を浮かべる。それから困ったように頬を指で掻いてから口を開いた。

「あー……あのですね、手料理が食べられないっていうのは本当です。だからホテルでも、誰かがご飯を作る時は一緒にキッチンに入って見てるんです。作ってるところから見てたら大丈夫なので」
「でもオレはちゃうやん」

そう、これまで料理をしている最中、キョウヤがたまに様子を見に来たり構って欲しいのかちょっかいを掛けに来ることこをあれど、ずっと見守られるようなことは一度もなかった。それこそ、最初に料理を食べさせたあの日だって。ぐ、と眉根を寄せたカラスバの額に手を伸ばして、その皺を伸ばすように撫でてやりながらキョウヤが言う。

「うん。だから、正確にはカラスバさんが作ったもの以外の手料理が食べられない……っていうのが正しいかな」

そうはにかむキョウヤは可愛らしいし、恋人として自分の料理だけ食べられるというのは信頼の証のようで嬉しいが、それでも違和感は残る。信頼とは積み重ねるものだから、今の関係ならわかるけれど。

「……付き合う前から食えてたやん」
「あぁ……そうですね」
「あれは、なんでなん。さすがにそこまで信頼されてるような時期ちゃうと思うけど」

我ながら寂しいことを言っているが、これは紛れもない事実だとカラスバは思う。得体の知れない、少々、いやかなりグレーな組織のボス。もともとはずいぶん警戒されていたのだから、急に全幅の信頼を寄せるとも思えない。そんな風に首を捻るカラスバに、キョウヤはふっと大人びた表情で笑った。もう少年ではなく、青年らしい顔つきになったその顔が、カラスバの視線を甘く絡めとる。

「あの頃から思ってたんです。あなたになら、毒を盛られてもいい。

――あなたの毒なら飲み干したい、って」

そう言ってどろりと蕩けるように微笑んだ恋人に、カラスバは息を呑む。そして、背筋に甘い電流のようなものが走るのを感じながら、受けた視線を溶かすようにうっそりと微笑んだ。

「ふふ……――ごっつい殺し文句」

性急に伸ばされる大きな手に、カラスバは機嫌良さそうに目を閉じた。
                            
end
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