・短編

ミアレ大学に入学して早2ヶ月。慣れない生活をこなしながら憧れのカフェのバイトに申し込み、なんとか受かったのが2週間ほど前の話。今日でシフトに入るのは5回目で、私は名札に初心者マークを貼りながらの仕事をしていた。
私の担当はキッチンではなくホールで、オーダーを聞いて食事や飲み物を提供して、レジでお会計し、食器を下げるまで。皿洗いは業務に入っていない。それでもまだ卓の名前をギリギリ覚えて少しずつメニューを覚え始めているところだったのに、なんと今日から新メニューが始まるのだという。というより、人気が高くて復刻するメニューらしい。
それはカップル限定のかなり大きなパフェで、これが味はもちろん.限定という言葉とその見栄えのインパクトから人気のメニューだったそうだ。それがこの度復活するとのこと。
結構重いから運ぶ時に気をつけるように、とか、カップル限定だからオーダーの時にカップル証明してもらうように、とか色々注意点を聞きながら、すでに店の前にできている行列に私は顔を青くしていた。

もう何回転しただろう。目がまわるような忙しさだ。正午から午後6時までのシフトだけど、今が何時かもはや分からない。あ、でも少し外が暗くなってきたからもう夕方だろうか。

まだ店内は満席ではあるものの、外の行列はもうだいぶ落ち着いてきていて、ようやく一息つけそうだ。そのタイミングで1組のお客様が帰ったので、先輩が卓を片付けるのを横目に見ながら私は次のご新規様の案内をするためカフェの入口のドアを開けた。
「お待たせしました、お次お待ちのお客様ら何名様で…」
「あ、俺たちだ。2名です」
「はぇ」
思わず仕事中なのを忘れて私は気の抜けた声と共に固まった。ドアを開けた先、あと数組が待っている列の先頭に立っていたのは、今やこのミアレで知らない人はいない有名人ーー英雄、キョウヤくんだった。たまに街で見かけるキラキラの爽やか笑顔を浮かべたまま指を2本立ててピースの形を取る彼に一瞬頭が真っ白になる。
え、まって、キョウヤくん?本物?特別に推し、というわけではないけどかっこいいよなぁくらいに思っている超有名人が急に目の前に現れたら誰だってびっくりするだろう。あと実は私はポケモンバトルを見るのが好きなので、よくバトルの中継とかリワード戦とかも見に行っているのである。
というか、2名?もう1人誰?どこ?
そう思ってチラリとキョウヤくんの斜め後ろを見ると、帽子を目深に被った色白の男性がいることに気づいた。顔はよく見えなかったけど、紫のデザインシャツに黒のカーゴパンツを合わせた、キョウヤくんと同い年くらいの人に見えた。お友達だろうか。
エムゼット団以外の人と一緒にいるの珍しいなあなんて思いながら、私はそこでようやくハッとして、慌てて口を開いた。

「お、お席にご案内します!」


先輩が片付け終わった2人掛けのテーブル席に案内しながら私はぐるぐる考えていた。キョウヤくんと一緒に来た男性、誰だろう。パッと見た瞬間、界隈で有名なイケメン市民アユムさんかと思ったけど、彼はもう少し長身なので違う。キョウヤくんの後ろにいる彼は小柄、だけど細身というわけでもない。でもなんか、なんか見覚えがあるような。
なんて考えている間に席について、どうぞと促しながらこっそり観察する。お店の中でも奥の席、入口に背を向けるように座ったのが帽子の男性で、キョウヤくんはその向かいに座る。そのとき、帽子の男性が、私の方をちらりと見て軽く会釈をした。
「おおきに」
…ん?おおきに?
ついでに帽子の鍔の下から覗いた鋭い金色の目。なんだかめちゃくちゃ見覚えがある気がした。
いやまさかなぁ、と思いながらメニューを渡すと、受け取ったキョウヤくんがありがとうございます、と英雄スマイルを向けてから連れの男性の方に向けてメニューを開いた。1番先頭に挟んであるのは限定パフェだ。それを見たキョウヤくんが頬を緩めて、それを指差して連れの男性を窺い見る。
「カラスバさん、パフェでしたよね?他のメニューも見ます?」
「ん」
それに対してこくん、と男性が頷いたのだけれど。
(ふぁ!?)
危ない。声を上げるところだった。
最初から注文は決めていたみたいだけど、こんな状態でオーダーを取るなんてできる訳がなくて、ご注文お決まりになりましたらお知らせください、とだけ早口に言って、一旦パントリーに戻る。
いま、いまカラスバさんって言った??言ったよね??
しかもあの独特の方言と、黒髪と白い肌…それにあの金色の目…かつ、キョウヤくんと親交のある人物といえば、もう思い当たる人は1人しかいない。
(サビ組のカラスバさん…!?)
やばい。やばい。

推しだ〜〜!!

そう、私はポケモンバトルが好きで、その中でも特にカラスバさんのバトルが好きで推すようになったのだ。そりゃまあ肩書とか諸々のこわい噂とかあるけど、私はトレーナーとしての彼が好きなのだ。素人はいいから黙って彼のバトルを見なさい。
毒使いはじわじわ削る搦手を取る人が多いけど、彼は違う。攻めと守りの緻密な計算、いざという時に大胆に攻められる判断力と胆力、勝利への貪欲さ。そして何よりーーバトル中の彼の楽しそうな顔。あれが本当に疲れた心に効くのである。は〜そんな彼のオフの姿に出会えるなんて!

と、めちゃくちゃ嬉しくなってパントリーの中で悶えていたのだけれど、ふと我に帰る。
…キョウヤくんとカラスバさんが、2人で仲良くカフェ?しかもうちみたいなスイーツ特化の可愛いお店に?あれかな、スイーツ男子ってやつ。キョウヤくんがスイーツ男子とかだと…うん、可愛いな…となるとカラスバさんは付き添いだろうか。
え、こんなところまで付き合ってくれるほど2人は仲良いのか。だってキョウヤくんの周りにはそれこそエムゼット団の子達がいる。デウロちなんなんかはよくカフェでお茶してるの見るし、じゃあわざわざキョウヤくんがカラスバさんを誘ってるのか…?
でもなんか、さっき並んでる時も席に案内した時もそうなんだけど、2人の空気感がなんかこう…キョウヤくんの気遣い方とかカラスバさんの柔らかな受け答えとか…やけに親密そうというか甘酸っぱいというか。やっぱ実はかなり仲良いのでは?
次々湧いてくる疑問に頭を捻っていると、彼らのテーブルで呼び鈴が鳴ったので慌てて表情を引き締める。ダメダメ、仕事中!
なんともないふりして営業スマイルと共にオーダーをとりに向かう。

「ご注文はお決まりですか?」

カラスバさんは帽子の鍔を下げて少し顔を隠している。うん、カラスバさんだと思って改めて見ると…本当に全然雰囲気違うなあ。威圧的なオーラもないし、なんだかものすごく若く見える。いや実はめちゃくちゃ若かったりするのかな。あの特徴的な眼鏡もかけてないし、仲良い人ならすぐわかるのかもしれないけど、私みたいなお金も借りてない一般市民ではぱっと見わからないだろう。もうちょっと推しのご尊顔見れたらな〜と思いつつ、そんな彼の代わりにキョウヤくんの方がメニューを開いて、分かりやすく指差して答えた。
「あ、はい。あの、このパフェ2つお願いします」
まって。待って?
キョウヤくんがニコニコ笑顔で指さしてるの、例のカップル限定パフェなんですけど…?

え、え、まって。混乱してきた。目の前には顔色ひとつ変えずニコニコスマイルを浮かべているキョウヤくんと、顔を伏せて帽子で顔を隠しているカラスバさん。
このパフェはメニューにデカデカとカップル限定、と書いているので知らずに注文しているということはないだろう。つまり。あれですか?
お二人は付き合ってるんですか…??
だったらそんなのビッグニュースなんですけど!?じゃあこれスイーツ男子とそれに付き合ってるお兄さん、じゃなくてデートってこと!?
気になる、めちゃくちゃ気になる…!!
思わず固まって2人を交互に見つめてしまった私に、キョウヤくんがはにかむように笑って唇に人差し指を当てる。内緒のポーズだ。
や、やっぱりそういうことですか〜!?!?
内心大興奮しながら、ご本人が内緒と言ってるのだからとなんとか平静を保ってお仕事を再開する。ええっと、カップル限定くそでかパフェが…二つ?
「えっ、と、お二つですか?」
「?はい」
曇りなき目のキョウヤくんと、不思議そうに小首を傾げるカラスバさん。あ、これはたまにいらっしゃるパターンのお客様だ。私は手でパフェのサイズを表しながら確認を取る。
「あの、このパフェ結構大きくてですね…2人で食べても、1つが限界という方が多いです」
「あー、なるほど」
想像以上のサイズ感に苦笑したキョウヤくんが、どうします?と伺うように首を傾げてカラスバさんの方を見つめる。するとカラスバさんが小さく頷く。
「ほなさすがに1個でええんちゃう?」
「ですね」
それからキョウヤくんがこちらを向き直った。
「じゃあ1つで。あとはモココーヒーを…」
ちらり、キョウヤくんが向ける視線を受けて、今度はカラスバさんが答える。
「2つで」
「かしこまりました。こちらの限定パフェ1つと、モココーヒー2つですね」
「はい。それでお願いします」
分かりやすい注文、本当にありがとうございます。ハンディーで注文を打ち込むみつつ、私は今日死ぬほど言った定型文を、流れるように口にしていた。
「では限定パフェをご注文ということで、カップル証明をお願いいたします」
「っ!?」
「か、カップル証明!?」
「はい。カップル限定パフェですので」
まだ新人なのでしっかり集中してハンディーに打ち込んで、それから顔を上げてお二人の方を見るとーーギョッとした様子で固まっていた。その様子に私の方が固まってしまう。え、そんなびっくりするようなことかな。しかも2人は付き合ってるっぽいよね?さっきキョウヤくんがそれっぽい感じで内緒ってしてきたし。なんて思いながらオロオロしていると、私と同じくらいオロオロしているキョウヤくんが恐る恐る尋ねてきた。
「え、あ、証明って」
その時頭をよぎったのは、少し前に接客したいちゃいちゃバカップル。一目も憚らずぶちゅっとかましていて面食らったのを思い出してそのまま口にした。
「えーと、キスとか」
「「キス!?!?」」
2人が同時に声を上げてパッとそれぞれ自分の口を塞いだ。
すぐ思いついたのが分かりやすいキスになってしまったけど、別にキス縛りなわけではない。慌てて再度口を開く。
「あ、あとデート中のツーショットのお写真を見せてくださる方もいれば、ペアリングをされてる方もいましたね」
と、後付けで言ったけど聞こえてなさそうだった。キョウヤくんは顔を真っ赤にして意味もなく胸の前で手をぶんぶん振って狼狽えているし、カラスバさんは何やら俯いてわなわなと口を、というか体を震わせている。
え、ていうかそんなまずいこと言ったかな。だってわざわざこれ注文するってことは付き合って……いや待て。こういうの販売する時、一定数の「これ食べたいけど彼氏彼女がいないからとりあえず友達に恋人のふりをしてもらう」というのは常套手段だ。もちろんそれをお店側は容認してるし、だからこそ軽いカップル証明しか求めてない。ということは、だ。
この2人が付き合ってないのだとしたら?
なおかつ、キョウヤくんのこの反応。そして2人の空気感。
…もしかして、これキョウヤくんが片想いしてたりしません…?
…私、最初に出す例示をミスったかもしれない!!いや逆に正解だったかも!?
私は顔を青くすればいいのか赤くすればいいのかもわからず、ただ息を呑んで2人の反応を待った。
「ど、どうします?カラスバさ、」
「〜っ、すまん!」
そこからはスローモーションだった。バッと顔を上げたカラスバさんは、キョウヤくんに負けないくらい顔が真っ赤で。でもなんかすごい覚悟決まった顔でキョウヤくんを睨みつけると、そのままテーブル越しに胸倉を掴んで、ガッと自分の方へ引き寄せた。キョウヤくんは突然のことに反応できてなくてポカンとしてたんだけど、そんな彼の顔にカラスバさんが唇を寄せてーー

ちゅ、と。

キョウヤくんの頬から、随分と可愛らしい音がした。

カチンと固まるキョウヤくん。掴んでいた胸倉をパッと放して腕と足を組み、羞恥を誤魔化すためか真っ赤な顔のままあからさまに憮然とした表情をするカラスバさん。それから私の方をチラッと見て、それから視線を外し、ぶっきらぼうにこう尋ねた。
「こ、これでええんやんな?」
「え、あ、はい!!なんかありがとうございます!!!」
「なんか?」
「あっいえ!なんでもないです!!」
思わず素直にそんな感想を口に出してしまって慌てて頭を下げる。いや、だってさ、これ脈アリでしょ。何この甘酸っぱい空間。両片思いだったんですか?早く言ってくださいよ。そしたら私、口にキスしてくださいって指定したのに。
なんて、思わぬところで受けた恋の香りを噛み締めて、最後にキョウヤくんの反応でも見ておこうかなと思ったその時。
「では少々お待ちくださ…お客様!?」
「へ?」
「は、鼻血が…」
「うぇ!?!?」
つぅ、とキョウヤくんの綺麗なお顔の中心、筋の通った鼻から滴る赤い液体。ギョッとした私とカラスバさんが慌てておしぼりを差し出したり、奥からティッシュを持って来たりとドタバタする羽目になり、2人のやりとりはそのままあやふやになった。

キッチンで見事に盛られたでかいパフェとコーヒー2つをトレイに乗せて慎重に持ち上げる。なかなか重いけれど今日1日で結構慣れた。とはいえ油断せずにゆっくり目的のテーブルへと足を運ぶ。
「お待たせしました、カップル限定パフェとモココーヒー2つ、お持ちしました」
「あ、ありがとうございます」
「おおきに」
提供する時にお礼言ってくれるお客さんほんと大好き〜!!そして有名人でもあるこの2人がそのタイプだと知って嬉しくなった。キョウヤくんはともかく、カラスバさんもそっちのタイプなんだ…やっぱ推せるな…。なんて思いながら、私は2人の真ん中に大きいパフェをどどん!と置く。そして細長いパフェスプーンを1つずつ置いて、コーヒーもセット。キョウヤくんはサイズに驚いていたけど、カラスバさんがなんだか目を輝かせた気がするのは気のせいだろうか。
「ごゆっくりどうぞ〜」
私は一礼して、それからそそくさとパントリーへ戻りーーパントリーの中で2人の会話が聞こえる位置を陣取った。仕事なら大丈夫、もうかなり店内は落ち着いてるしちゃんと片付けは進めるから。
だって、気になるんだもの。この2人結局どういう関係なのか。あと推しをもっと拝みたい。普通はカラスバさんに会う機会ってなかなかないからね。

いそいそとスプーンを構えた2人はふと固まって、顔を見合わせる。
「…そうか、これ2人で1個をつつくしかないねんな」
「ですよね、深く考えずに頼んじゃった」
「すまんな、嫌やったらやっぱりもう一個頼んでも…」
「い、嫌じゃないです!カラスバさんの方こそ…」
「お、オレも嫌やないで」
まって。まって?何これ。
これが成人男性2人の会話なんですか…??少女漫画じゃなくて??
なんっ…なんですかその甘酸っぱい雰囲気ともじもじした会話!!今どきハイスクールの子達の方がもっと進んでますよ!?
なんともいえない感情に胸を支配されて天を仰ぎながら胸を押さえる。なんかこう、胸の辺りがぎゅんぎゅんする。これが…萌え…?
ふと、そういえばさっきから他のテーブルから呼び出しをくらわないなと思って店内を見回す。…全員もれなく、奥のテーブルを必死に覗き見て、顔を真っ赤にして悶えていた。
いや、うん、そりゃそうだよね。まずキョウヤくん全然顔隠してなかったし、カラスバさんの名前呼んでるし、みんな気づくよね。
そしてみんな気になるよね…!
これはもう心置きなく堪能させてもらおうと思い、私は再度例のテーブルに視線を向けた。
「…ほ、ほないただこか」
「あ、は、はい…」
2人はまたもじもじそわそわ言葉を交わして、気恥ずかしさを誤魔化すようにスプーンをパフェのてっぺんに突き刺した。
「!うっま…」
心底感動したような声を漏らしたのはキョウヤくんーーではなく、カラスバさんだった。スプーンで掬った生クリームを一口食べて顔を綻ばせたカラスバさんは、そのまま一口、二口とどんどん食べ進めてゆく。そして口に運ぶたびに「うまぁ」と声を上げて、あの鋭い目尻をふにゃりと緩ませるのだ。
…え?私の推し…もしかして可愛い…?
バトル中のあの苛烈ながらも楽しそうな、野生みすら感じる姿ばかり目に焼き付けていたし、普段はあの通りかなり威圧感のある佇まいをしているカラスバさんだ。そんな彼に、可愛いなんて感情をもつことになるなんて。
なんて思いながら眺めていて、ふとその隣に視線を向けた時、私は息を呑んだ。
カラスバさんの向かい側、同じパフェスプーンを片手にしたキョウヤくん。もう片方の手で頬杖をついた彼は、もくもくと食べ進めるカラスバさんを見つめて、ふふ、と蕩けるような甘い笑みを浮かべていたのだ。
「カラスバさんほんと甘いもの好きですよね」
いや、いやもう彼氏じゃん。
恋人を優しく見守る彼氏じゃん!!!
その言葉にハッとしたカラスバさんが、ぐっと眉間に皺を寄せて下からじとりとキョウヤくんを睨む。上目遣いになってますが大丈夫ですかそれ。この空間でこれ以上可愛いを上乗せしないでください。
「…悪いか」
「や、可愛いなって思って」
「は、はぁ?…オマエも甘いもん好きやんけ」
「俺のは別にいいんです」
「なんやそれ。変なやつ」
てか今更だけどキョウヤくんじゃなくてカラスバさんの方がスイーツ男子なんだ…か、かわい〜…。
なんて思っていると、1つのパフェに同時にスプーンを伸ばした2人が、不意に顔を上げる。
「「…」」
視線が、絡む。しばらく見つめあって、そして2人ともが何事か口を開こうとしたその瞬間。
ロトロトロト、と着信音が鳴り響いて、魔法が解けたように勢いよく2人が顔を背ける。鳴ったのはカラスバさんのスマホロトムだった。
「出て大丈夫ですからね」
「お、おん。すまんな」
そう言ってカラスバさんは少し横を向いて、それから応答ボタンを押して耳にスマホロトムを当てた。その間、キョウヤくんは赤くなった顔を冷ますようにパタパタと顔を扇いでいた。ちなみにやりとりを見つめていた私たちも妙にドキドキしてしまった心臓を必死に宥めるように水を飲んだり手元を動かしたりしていた。
電話口で何事か話しているカラスバさんの表情が、すっと引き締まる。おそらく、仕事の電話だろうか。先ほどまでの可愛らしい雰囲気から一転、ある意味見慣れた鋭い表情に切り替わり、そこには一切余韻がなかった。正直二重人格を疑いたくなるレベルで。通話を切ったカラスバさんがスッと席を立つと、途中から察していたのか、キョウヤくんはすでに諦め気味の苦笑を浮かべていた。
「すまんキョウヤ、仕事や。残り食べてええよ」
「だろうなと思いました。お仕事頑張ってくださいね」
「ほんま堪忍な」
カラスバさんが申し訳なさそうに眉を下げながら踵を返し、店の入口へ向かっていく。去り際になんだか目配せされた気がして、お見送りついでにカラスバさんの後を追うと、「これ頼むわ」と伝票を渡されて。そのまま彼はしれっとスマホロトムで2人分の決済を済ませた。
「店員のねぇちゃんもおおきに」
「いえ!ご来店ありがとうございました!」
お会計時間はわずか10秒ほど。そしてすぐにカラスバさんは退店していった。

「っあ〜…あのギャップほんと…ずるいんだよなぁ…」
残されたキョウヤくんは、そんなことを言いながら顔を赤くして机に顔を伏せていたので、カラスバさんのスマートなお会計には気づいていないのであった。

この日を境に、あちこちのカフェで2人の少女漫画のようなやり取りが目撃されるようになったのだけど、残念ながら今に至るまでカップル成立の情報は流れて来ていないのだった。


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