・ワンドロワンライ
ZAロワイヤル。
日没から夜明けまでミアレシティで開催される、ポケモン勝負を用いたランクバトルである。
最高位であるAランクに到達したトレーナーには最高の栄誉と可能な範囲で願いが叶えられる、というものだった。史上初のAランク到達者が現れて以降は、ランク制のみ廃止されたZAロワイヤル∞に名前を変えて、ミアレのトレーナーたちが切磋琢磨し、リワード戦による報酬をかけた戦いの場となっている。
ZAロワイヤルはクエーサー社が主催するものだ。街全体を大きく使った大きなその制度は、当然ながら多額の費用が掛かる。それを賄うため、リワード戦の様子を中継したり、有名トレーナーのグッズ販売やバトルイベントで収入を得るような事業もしていた。それは結果的に一部のトレーナーたちに人気を集める事にもつながっている。
そういうわけで、ランク制が廃止された今でも、元々高ランクだったトレーナーたち…所謂上位ランカーの面々はミアレで知らない人がいないほどの有名人となっていた。それこそ、他の街でいうジムリーダー程度の人気を誇っているのである。
そんな人気の一角、というよりは一番人気でもあるはずの男――史上初のAランク到達者にしてミアレの英雄たるキョウヤは、上位ランカーに向けてのクエーサー社から招集に応じてオフィスに向かい、集合場所にて素っ頓狂な声を上げた。
「え!?」
呼び出された先には、キョウヤ以外にも上位ランカーの男性陣が集合していた。シローにグリ、そしてカラスバまで。
「おうキョウヤ、遅かったやん」
キョウヤに気づいたカラスバが声を掛けるが、キョウヤはそれどころじゃなかった。
――3人とも、見慣れない格好をしている。そしてキョウヤの目はその中でも、カラスバに釘付けだった。
「その格好どうしたんですか!?」
カラスバの装いは、いつもの見慣れた毒々しいジャケット…ではなかった。
首元にはウイングカラーのドレスシャツ。ベストとタイはカラスバらしいパープルで、スラックスは美しい白。さらにそれと合わせられた上品な光沢のある白い生地のジャケットを腕に抱えて、いつもは横に流した前髪を後ろに撫でつけたフォーマルな装いだった。
――それこそ、新郎、みたいな。
(う、わ、カラスバさんかっこいい~…美人…可愛い…)
あまりに見慣れない、そして似合い過ぎる装いに思わずキョウヤはぽけーっと見惚れてしまったのだが、今はそれよりも気になることがあった。
「か、か、カラスバさん結婚するんですか!?!?」
キョウヤはバビュンとカラスバの元へすっ飛んでいき、今にも泣きだしそうな顔でそう尋ねた。問い詰める勢いだ。
なんせこのキョウヤという男、カラスバに恋をしていた。出会った頃から少しずつすくすく成長した恋心は、今ではそれはそれは大きな恋情としてキョウヤの心のど真ん中に居座っているのである。その結果、サビ組という普通は近寄りがたい組織に毎日足繁く通って、そこのボスを健気に口説き続けるという恋する英雄が誕生したのだ。
まあ唯一の誤算としては、このカラスバという男。自分に向けられる純粋な愛に対しては非常に鈍感であるために、現状キョウヤの気持ちが一切伝わっていないのであるが。
――とはいえ、カラスバはカラスバでキョウヤに対してはやけに甘く、少なくとも何かしら特別に思っている様子ではあるのだけれど、それは彼の腹心くらいしか気づいていないので今は置いておく。
とにかく、そんな相手が新郎のような格好をして目の前に現れたのだ。キョウヤの動揺は推して量るべしだろう。
あわわわわわ…!と動揺と困惑と嫉妬でわけもなくじたばたしているパピモッチに、迫られた方のカラスバが小さく噴き出す。
「ふ、は!ちゃうちゃう、結婚せんよ」
「ほんと!?」
「おん、オレが結婚なんかするわけあらへんやん。どこにオレみたいなんと結婚する命知らずおんねん」
はい、ここに。そう言って飛びつかなかったのは、後ろからグリの呆れた視線と、よく分かっていない様子のシローの純粋すぎるキラキラした視線が突き刺さっていたからである。
こほん、と咳払いしたグリも、シローも、カラスバとタイプは違うが別のタキシードに身を包んでいた。その様子に首を傾げていると、ため息を吐いたグリが口を開く。
「ジューンブライドにかこつけて、キャンペーンというか宣伝イベントをするようです」
「ロワイヤルのジェンダーバランスを揃えたいとかで、女性トレーナーの関心を惹くんが目的らしいわ」
そしてそこに人気の高い上位ランカーの協力を仰いだ、ということなのだろう。なるほど、確かにそれはありそうだ。それは分かったけれど。
「…なんでタキシード?」
そう言って首を傾げるキョウヤに、ずいぶんなメロ男と化したカラスバが肩をすくめる。そしてそこに後ろからグリが口をはさんだ。
「ロワイヤルに登録したら、ウェディングドレスを着て上位ランカーと写真撮影ができるんだそうです」
「は!?!?」
「で、オレらは今とりあえず衣装合わせをしとるっちゅーわけや。本番は来週やな」
なんてことないようにそう言われたその言葉に、キョウヤは動きを停止した。そして今手に入れた情報を咀嚼する。
つまり、なんだ?来週、ロワイヤルに登録したミアレの女性たちが、ウェディングドレスを着て好きな上位ランカーと写真を撮るチェキ会みたいなことをやるわけだ。
…――つまり来週、こんなカッコよくて美人で可愛い格好をしたカラスバさんが、ウェディングドレスを着たどこかの誰かさんと写真を撮る、と?
その結論に達した瞬間、キョウヤはサァっと顔を青ざめさせてカラスバの両肩をがしりと掴んだ。
「だめだめだめ!!俺カラスバさんの他カプ地雷だから!!無理!!」
「た、たかぷ…?」
鬼気迫る表情でそう言うが、カラスバはその勢いに若干引きながら聞きなれない単語に首を傾げるばかり。いまいち伝わっていない様子にキョウヤは歯嚙みしながら、必死に考える。なにか、なにかないか。どうにかしないと、カラモブなんて絶対嫌だ!!
マスカットに直訴すべきか、それとも、なんていろいろぐるぐる考えながらもキョウヤはずい、とカラスバに顔を近づけて迫真の表情を見せた。
「絶対ダメだから!!」
それだけ言うと、キョウヤはバッと踵を返して部屋の外へ駆けていく。
――至近距離に顔を近づけられたカラスバが、その白い耳を赤く染めている事にも気づかずに。
「あ!ちょっとキョウヤ!?」
「そんなの絶対、ぜーーったい認めませんからね!!!」
扉を閉める前に念押しするようにそれだけびしりと指さして言うと、キョウヤは部屋を飛び出していった。
「…キョウヤさんも一応その上位ランカーの1人なのに」
そんなシローの心底不思議そうな声に、グリとカラスバは頭を押さえながら頷いた。
そして一週間後。
メディオプラザ前には、ずいぶん立派な撮影セットと控え室がセットされていた。イベントはずいぶんな賑わいを見せているようで、まだ開始前だというのに会場には人だかりができていた。もちろん、イベントの告知で目の色を変えたミアレレディの皆々様である。
上位ランカーの男性陣ーーカラスバはもちろん、グリとシローもタキシード姿で待機していた。
「にしてもシローはよぉサイズあったなぁ」
「はい!ただあまり動かないようにと言われています!」
「確かにはち切れそうですね、肩とか胸筋のあたりとか」
3人は呑気に雑談に興じてイベントの開始を待っていた。ロワイヤル関連のこういう催しは初めてではないのだ。ロワイヤルの維持継続のため、出来る限りの貢献はしていこうというのが彼らの思いなのである。なんせ、この制度のおかげで強いトレーナーたちとバトルができて自己研鑽を積むことができるので。
「そういえばキョウヤは?彼目当ての人も多いでしょうに」
グリがきょろきょろと会場内を見回すが、どうも彼らしき姿はない。
「なんや今週全然捕まらんかったって聞いたけど…」
自分たちと同じように衣装合わせが必要なのに全然連絡が取れない、とマスカットが嘆いていたのを先日聞いたばかりだった。あいつ何やっとんねん、とカラスバが眉間にしわを寄せた、その時。
カツン、とカラスバの前で甲高いヒールの音が鳴って、ふわりと純白のシルクが視界に入った。ああ、イベントが始まったのだなと重い腰を上げて顔を上げた瞬間、カラスバの脳みそはフリーズした。
「カラスバさん♡」
そこにいたのはミアレレディ――ではなく。
「っ…は!?キョウヤぁ!?!?」
そう、今しがた話していた話題の中心、キョウヤであった。しかし彼の格好に大きな問題があった。
「おま、なんやその格好!!」
思わずカラスバがそう叫ぶのも無理はない。キョウヤの装いは、タキシードではなかった。
――ふわり、腰から広がるのはAラインシルエットの純白のスカート。立派な男の骨格を下首元と肩は豪快にさらけ出されており、その胸筋を包み込むハートカットデザインのビスチェに、日々ミアレの街をパルクールで駆け抜けるしなやかな筋肉に覆われた腕は可愛らしい形のパフスリーブに、さらに手元はご丁寧にシルクのグローブに覆われている。
極めつけは、そのダークブラウンの頭にティアラが乗せられ、そこからショート丈のヴェールが伸びていた。
思いのほか、結構ごついけれど、顔の良さで誤魔化せてない部分が目立ちすぎるけれど、誰がどう見ても立派な花嫁姿であった。
カラスバをはじめ、絶句する3人にかまわずキョウヤはにこにこ満面の笑顔である。
「なにって、イベントに合わせてウェディングドレスを着てきたんですけど」
「いやオマエ…えぇ…?なんで?」
「なんでって…」
きょとん、と日ごろからパピモッチだとかイワンコだとか言われる可愛らしい顔で首を傾げて、それから再びにっこりと笑った。
「カラスバさんとウェディングフォト撮るのは俺だけですから!」
「は!?」
そう言ったキョウヤは、カラスバがぽかんと口を開けて固まっているのをいいことに、その背中と膝裏に手を差し込んで、ひょい、と抱え上げてしまった。
そう、なんとこの男、成人男性を軽々と姫抱きしたのである。
ウェディングドレス姿で。
「ということで失礼しますね!」
「はぁあ!?!?」
それはそれは爽やかにそう言い切ったキョウヤは、完全に時間が固まってしまったイベント会場の様子などもろともせず、そのままの格好でカラスバを掻っ攫っていったのだった。
「…ジプソさんに、お赤飯炊いておくのをおすすめしますとだけ連絡しておきましょうかね…」
すべてを諦めて遠い目をしたグリの言葉に、シローだけが不思議そうな顔で「そうですね?」と首を傾げていた。
その日、ホテルZの周辺ではウェディングドレスを着たミアレの英雄が、真っ赤な顔を下タキシード姿のカラスバを抱きかかえて街を疾走する姿が目撃されたそうだが、彼らがどうなったかを知る者はいなかった。
終
日没から夜明けまでミアレシティで開催される、ポケモン勝負を用いたランクバトルである。
最高位であるAランクに到達したトレーナーには最高の栄誉と可能な範囲で願いが叶えられる、というものだった。史上初のAランク到達者が現れて以降は、ランク制のみ廃止されたZAロワイヤル∞に名前を変えて、ミアレのトレーナーたちが切磋琢磨し、リワード戦による報酬をかけた戦いの場となっている。
ZAロワイヤルはクエーサー社が主催するものだ。街全体を大きく使った大きなその制度は、当然ながら多額の費用が掛かる。それを賄うため、リワード戦の様子を中継したり、有名トレーナーのグッズ販売やバトルイベントで収入を得るような事業もしていた。それは結果的に一部のトレーナーたちに人気を集める事にもつながっている。
そういうわけで、ランク制が廃止された今でも、元々高ランクだったトレーナーたち…所謂上位ランカーの面々はミアレで知らない人がいないほどの有名人となっていた。それこそ、他の街でいうジムリーダー程度の人気を誇っているのである。
そんな人気の一角、というよりは一番人気でもあるはずの男――史上初のAランク到達者にしてミアレの英雄たるキョウヤは、上位ランカーに向けてのクエーサー社から招集に応じてオフィスに向かい、集合場所にて素っ頓狂な声を上げた。
「え!?」
呼び出された先には、キョウヤ以外にも上位ランカーの男性陣が集合していた。シローにグリ、そしてカラスバまで。
「おうキョウヤ、遅かったやん」
キョウヤに気づいたカラスバが声を掛けるが、キョウヤはそれどころじゃなかった。
――3人とも、見慣れない格好をしている。そしてキョウヤの目はその中でも、カラスバに釘付けだった。
「その格好どうしたんですか!?」
カラスバの装いは、いつもの見慣れた毒々しいジャケット…ではなかった。
首元にはウイングカラーのドレスシャツ。ベストとタイはカラスバらしいパープルで、スラックスは美しい白。さらにそれと合わせられた上品な光沢のある白い生地のジャケットを腕に抱えて、いつもは横に流した前髪を後ろに撫でつけたフォーマルな装いだった。
――それこそ、新郎、みたいな。
(う、わ、カラスバさんかっこいい~…美人…可愛い…)
あまりに見慣れない、そして似合い過ぎる装いに思わずキョウヤはぽけーっと見惚れてしまったのだが、今はそれよりも気になることがあった。
「か、か、カラスバさん結婚するんですか!?!?」
キョウヤはバビュンとカラスバの元へすっ飛んでいき、今にも泣きだしそうな顔でそう尋ねた。問い詰める勢いだ。
なんせこのキョウヤという男、カラスバに恋をしていた。出会った頃から少しずつすくすく成長した恋心は、今ではそれはそれは大きな恋情としてキョウヤの心のど真ん中に居座っているのである。その結果、サビ組という普通は近寄りがたい組織に毎日足繁く通って、そこのボスを健気に口説き続けるという恋する英雄が誕生したのだ。
まあ唯一の誤算としては、このカラスバという男。自分に向けられる純粋な愛に対しては非常に鈍感であるために、現状キョウヤの気持ちが一切伝わっていないのであるが。
――とはいえ、カラスバはカラスバでキョウヤに対してはやけに甘く、少なくとも何かしら特別に思っている様子ではあるのだけれど、それは彼の腹心くらいしか気づいていないので今は置いておく。
とにかく、そんな相手が新郎のような格好をして目の前に現れたのだ。キョウヤの動揺は推して量るべしだろう。
あわわわわわ…!と動揺と困惑と嫉妬でわけもなくじたばたしているパピモッチに、迫られた方のカラスバが小さく噴き出す。
「ふ、は!ちゃうちゃう、結婚せんよ」
「ほんと!?」
「おん、オレが結婚なんかするわけあらへんやん。どこにオレみたいなんと結婚する命知らずおんねん」
はい、ここに。そう言って飛びつかなかったのは、後ろからグリの呆れた視線と、よく分かっていない様子のシローの純粋すぎるキラキラした視線が突き刺さっていたからである。
こほん、と咳払いしたグリも、シローも、カラスバとタイプは違うが別のタキシードに身を包んでいた。その様子に首を傾げていると、ため息を吐いたグリが口を開く。
「ジューンブライドにかこつけて、キャンペーンというか宣伝イベントをするようです」
「ロワイヤルのジェンダーバランスを揃えたいとかで、女性トレーナーの関心を惹くんが目的らしいわ」
そしてそこに人気の高い上位ランカーの協力を仰いだ、ということなのだろう。なるほど、確かにそれはありそうだ。それは分かったけれど。
「…なんでタキシード?」
そう言って首を傾げるキョウヤに、ずいぶんなメロ男と化したカラスバが肩をすくめる。そしてそこに後ろからグリが口をはさんだ。
「ロワイヤルに登録したら、ウェディングドレスを着て上位ランカーと写真撮影ができるんだそうです」
「は!?!?」
「で、オレらは今とりあえず衣装合わせをしとるっちゅーわけや。本番は来週やな」
なんてことないようにそう言われたその言葉に、キョウヤは動きを停止した。そして今手に入れた情報を咀嚼する。
つまり、なんだ?来週、ロワイヤルに登録したミアレの女性たちが、ウェディングドレスを着て好きな上位ランカーと写真を撮るチェキ会みたいなことをやるわけだ。
…――つまり来週、こんなカッコよくて美人で可愛い格好をしたカラスバさんが、ウェディングドレスを着たどこかの誰かさんと写真を撮る、と?
その結論に達した瞬間、キョウヤはサァっと顔を青ざめさせてカラスバの両肩をがしりと掴んだ。
「だめだめだめ!!俺カラスバさんの他カプ地雷だから!!無理!!」
「た、たかぷ…?」
鬼気迫る表情でそう言うが、カラスバはその勢いに若干引きながら聞きなれない単語に首を傾げるばかり。いまいち伝わっていない様子にキョウヤは歯嚙みしながら、必死に考える。なにか、なにかないか。どうにかしないと、カラモブなんて絶対嫌だ!!
マスカットに直訴すべきか、それとも、なんていろいろぐるぐる考えながらもキョウヤはずい、とカラスバに顔を近づけて迫真の表情を見せた。
「絶対ダメだから!!」
それだけ言うと、キョウヤはバッと踵を返して部屋の外へ駆けていく。
――至近距離に顔を近づけられたカラスバが、その白い耳を赤く染めている事にも気づかずに。
「あ!ちょっとキョウヤ!?」
「そんなの絶対、ぜーーったい認めませんからね!!!」
扉を閉める前に念押しするようにそれだけびしりと指さして言うと、キョウヤは部屋を飛び出していった。
「…キョウヤさんも一応その上位ランカーの1人なのに」
そんなシローの心底不思議そうな声に、グリとカラスバは頭を押さえながら頷いた。
そして一週間後。
メディオプラザ前には、ずいぶん立派な撮影セットと控え室がセットされていた。イベントはずいぶんな賑わいを見せているようで、まだ開始前だというのに会場には人だかりができていた。もちろん、イベントの告知で目の色を変えたミアレレディの皆々様である。
上位ランカーの男性陣ーーカラスバはもちろん、グリとシローもタキシード姿で待機していた。
「にしてもシローはよぉサイズあったなぁ」
「はい!ただあまり動かないようにと言われています!」
「確かにはち切れそうですね、肩とか胸筋のあたりとか」
3人は呑気に雑談に興じてイベントの開始を待っていた。ロワイヤル関連のこういう催しは初めてではないのだ。ロワイヤルの維持継続のため、出来る限りの貢献はしていこうというのが彼らの思いなのである。なんせ、この制度のおかげで強いトレーナーたちとバトルができて自己研鑽を積むことができるので。
「そういえばキョウヤは?彼目当ての人も多いでしょうに」
グリがきょろきょろと会場内を見回すが、どうも彼らしき姿はない。
「なんや今週全然捕まらんかったって聞いたけど…」
自分たちと同じように衣装合わせが必要なのに全然連絡が取れない、とマスカットが嘆いていたのを先日聞いたばかりだった。あいつ何やっとんねん、とカラスバが眉間にしわを寄せた、その時。
カツン、とカラスバの前で甲高いヒールの音が鳴って、ふわりと純白のシルクが視界に入った。ああ、イベントが始まったのだなと重い腰を上げて顔を上げた瞬間、カラスバの脳みそはフリーズした。
「カラスバさん♡」
そこにいたのはミアレレディ――ではなく。
「っ…は!?キョウヤぁ!?!?」
そう、今しがた話していた話題の中心、キョウヤであった。しかし彼の格好に大きな問題があった。
「おま、なんやその格好!!」
思わずカラスバがそう叫ぶのも無理はない。キョウヤの装いは、タキシードではなかった。
――ふわり、腰から広がるのはAラインシルエットの純白のスカート。立派な男の骨格を下首元と肩は豪快にさらけ出されており、その胸筋を包み込むハートカットデザインのビスチェに、日々ミアレの街をパルクールで駆け抜けるしなやかな筋肉に覆われた腕は可愛らしい形のパフスリーブに、さらに手元はご丁寧にシルクのグローブに覆われている。
極めつけは、そのダークブラウンの頭にティアラが乗せられ、そこからショート丈のヴェールが伸びていた。
思いのほか、結構ごついけれど、顔の良さで誤魔化せてない部分が目立ちすぎるけれど、誰がどう見ても立派な花嫁姿であった。
カラスバをはじめ、絶句する3人にかまわずキョウヤはにこにこ満面の笑顔である。
「なにって、イベントに合わせてウェディングドレスを着てきたんですけど」
「いやオマエ…えぇ…?なんで?」
「なんでって…」
きょとん、と日ごろからパピモッチだとかイワンコだとか言われる可愛らしい顔で首を傾げて、それから再びにっこりと笑った。
「カラスバさんとウェディングフォト撮るのは俺だけですから!」
「は!?」
そう言ったキョウヤは、カラスバがぽかんと口を開けて固まっているのをいいことに、その背中と膝裏に手を差し込んで、ひょい、と抱え上げてしまった。
そう、なんとこの男、成人男性を軽々と姫抱きしたのである。
ウェディングドレス姿で。
「ということで失礼しますね!」
「はぁあ!?!?」
それはそれは爽やかにそう言い切ったキョウヤは、完全に時間が固まってしまったイベント会場の様子などもろともせず、そのままの格好でカラスバを掻っ攫っていったのだった。
「…ジプソさんに、お赤飯炊いておくのをおすすめしますとだけ連絡しておきましょうかね…」
すべてを諦めて遠い目をしたグリの言葉に、シローだけが不思議そうな顔で「そうですね?」と首を傾げていた。
その日、ホテルZの周辺ではウェディングドレスを着たミアレの英雄が、真っ赤な顔を下タキシード姿のカラスバを抱きかかえて街を疾走する姿が目撃されたそうだが、彼らがどうなったかを知る者はいなかった。
終