・ワンドロワンライ
泣く子も黙り、暴れるポケモンも静まるサビ組。そのトップに君臨するのは、冷静で視野が広い切れ者であり、ミアレに仇成す者は容赦なく切り捨てる冷酷さを併せ持つボス。その一方で仁義を重んじ情に厚く、カリスマ性に溢れる…そんな、一度魅了されると抜け出せない毒のような男が、カラスバだ。そしてその男を支える右腕が、ジプソであった。
かつてミアレの路地裏で辛酸をなめさせられた相手だが、その才能にほれ込み、チンピラたちの頭に据えるべく口説き落としたのもジプソだ。そして実際にカラスバは才覚を発揮し、今ではサビ組を立派な一組織へと成長させた。そんな彼はサビ組ボスという肩書はもちろん、近寄りがたい出で立ちとオーラから、周囲の人間から恐れ敬われる存在でもあった。
今日も今日とて、カラスバは自身のオフィスで鋭い視線のまま液晶画面を見つめて、黙々と仕事を捌いていたのだが。
たん、とエンターキーを叩く音がして、深い呼吸が一つ、部屋に落ちる。休憩を挟まれるのだろうか、とジプソが新しいコーヒーを淹れに行く前に、カラスバは席を立ってこう言った。
「ちょお日向ぼっこしてくるわ」
「承知いたしました。…えっ?」
――カラスバ様に趣味が増えた。それも、ずいぶんと可愛らしい趣味が。
初めてそれを聞いた日から、カラスバは2-3日に1回のペースで「日向ぼっこ」に出かけるようになった。はたしてそれは言葉通りの意味なのか。仕事であれば、さすがに腹心たるジプソにも報告が入るはずであるし、そもそもそんな気負った様子ではないので本当にプライベートではあるのだろう。
しかし、カラスバ様が、日向ぼっこ。日向ぼっことは、ジプソの認識が間違いなければ、温かい日差しが降り注ぐ場所で日光を浴びて温まることだろう。寒い日に猫ポケモンを始めとするポケモンたちがよくやっているあれだ。つまりカラスバ様は、ふらりと事務所を抜け出しては日当たりのいい広場のベンチやどこかで、柔らかな日差しを浴びて微睡んでいるのだろうか。えっ、うちのボスかわいい。
カラスバが出かける回数が片手の数を超えたころ、ジプソはどうしても好奇心が抑えられずにそのあとを追ってみた。カラスバの行き先は毎回バラバラだった。言葉通りに外に出ている日もあれば、カフェやレストランなど屋内に向かう場合もある。
そして唯一の共通点は――行先に必ず、キョウヤがいるという点だった。つまり、カラスバはキョウヤと会うことを「日向ぼっこに行く」と呼んでいる、ということだろう。
キョウヤは、このミアレに彗星のごとくやってきた、若い青年である。旅行者としてこの街にやって来て、そのままミアレ最強のポケモントレーナーまで一気に駆け上がり、さらに街の危機まで救ったヒーローだ。彼とサビ組は、まあ第一印象こそ悪かったものの、今ではお互いに顔を合わせればそれなりに話をする程度の交流を持った相手でもある。我らがボスが彼にひどく興味を持っていることは周知の事実で、またキョウヤの方も何故かずいぶんカラスバに懐いている様子なので、二人が交流を深めていることにも何ら不思議はない。
わざわざあんな言い方をするのは、休憩に行くと言う代わりだろうか?カラスバは、自身とサビ組が舐められないように普段から非常に気を使っている。あの威圧感のある装いもその一環だ。そんなサビ組のボスがほいほい休んでいると思われないように、隠語のような扱いでそう言っているのだろうか。…いや、それならそう言うし、そもそも「休憩に行ってくる」よりも「日向ぼっこに行ってくる」のほうが圧倒的にゆるいし舐められそうである。
はて。一体、何をもって彼は「日向ぼっこ」に向かうのだろうか。…我々日陰者のお天道様たるカラスバ様が言うのも、なんだか変な気分だが。そんな風にジプソは頭をひねっていた。
「日向ぼっこ行ってくるわ」
今日も今日とて、仕事に区切りをつけたカラスバがノートパソコンを閉じて立ち上がる。ジプソは彼がエレベーターへ向かうのを眺めながら、とうとう思い切って口を開いた。
「…普通に、キョウヤ様に会ってくる、でいいのでは?」
ぴたり、足を止めたカラスバが少しだけ目を見開いて、定位置から動かないジプソを振り返る。それから少しからかうような色を乗せて、にやりと笑った。
「なんや、気付いとったん」
オレんこと尾行でもしたか?と、明らかに分かったうえで聞いてくる男に、ジプソはバツが悪そうに頭を下げる。面白がっているこの男に余計な燃料を与えない方がいいのだ。付き合いの長いジプソはそのあたりをよく理解していた。その様子に少しつまらなさそうに鼻を鳴らしたカラスバだったが、今日は機嫌がいいのか、すぐにまた緩く口元を緩ませた。
「でもええねん、日向ぼっこで合ってるし」
「はい…?」
それからどこかを見つめるような顔をして目元まで和らげるので、おや、とジプソは思う。
「キョウヤは、太陽みたいなやつやろ。ま、うちのお天道様はオレやけどな。…でも、世界を遍く照らす、昼の太陽はあいつやさかい」
何か眩しいものでも見るように目を細めたカラスバの脳裏にはきっと、あのミアレの英雄の明るい笑顔が浮かんでいるのだろう。
つまりはあれか。キョウヤを太陽に例えて、そのうえで彼に会うことを「日向ぼっこ」なんて呼んでいるのか、この人は。なんともまあ、ずいぶんと可愛らしい。…いや、もしかしたら日向の道を歩くヒーローたる彼に対する憧憬と、日陰者の自身に対する皮肉が混ざって、わざとそんな言い方をしているのかもしれないけれど。
薄暗い道に引きずり込んだ身としては、後ろめたさが拭えない。すこし目を伏せるジプソに、しかしカラスバは本当に気にした様子はなく。ただ、滅多に見せない柔らかな表情を浮かべながら、まるで憧れの人に会いに行く少女のように頬をモモン色に染めてはにかむように笑ったのだ。
「あいつとおると、なんや体の奥っていうか…胸のあたりがポカポカしてくんねん。ほんま日向ぼっこみたいやろ?でも、なんでやろなあ。不思議なやつやわ」
笑いながら、それでも心底不思議そうにそう言って、彼は扉の向こうへ消えていく。そうしてエレベーターに乗ってその場を去った己のボスの姿に、ジプソは数秒固まった後に両手を口元に持って行ってこういった。
「えっえっうそ!?日向ぼっこってそういうこと!?」
まさかの恋の予感に、ジプソはそのいかつい顔をぽぽぽっと赤く染めて一人で悶えた。
終
なお、その数日後「日向ぼっこ」から帰ってきたカラスバが顔を真っ赤にして目をぐるぐるさせながら帰ってきた上に「お天道様みたいぬくい奴やと思っててんけど…その…なんや、めっちゃ熱かったわ…」と意味深なことを言って、その白い頬をさらに茹でオクタンのように真っ赤にしたので、ジプソは「婚前交渉を許した覚えはございませんよ!!!!」と自慢のはがねポケモンたちと共にホテルZにポケモン大会に向かったという。
かつてミアレの路地裏で辛酸をなめさせられた相手だが、その才能にほれ込み、チンピラたちの頭に据えるべく口説き落としたのもジプソだ。そして実際にカラスバは才覚を発揮し、今ではサビ組を立派な一組織へと成長させた。そんな彼はサビ組ボスという肩書はもちろん、近寄りがたい出で立ちとオーラから、周囲の人間から恐れ敬われる存在でもあった。
今日も今日とて、カラスバは自身のオフィスで鋭い視線のまま液晶画面を見つめて、黙々と仕事を捌いていたのだが。
たん、とエンターキーを叩く音がして、深い呼吸が一つ、部屋に落ちる。休憩を挟まれるのだろうか、とジプソが新しいコーヒーを淹れに行く前に、カラスバは席を立ってこう言った。
「ちょお日向ぼっこしてくるわ」
「承知いたしました。…えっ?」
――カラスバ様に趣味が増えた。それも、ずいぶんと可愛らしい趣味が。
初めてそれを聞いた日から、カラスバは2-3日に1回のペースで「日向ぼっこ」に出かけるようになった。はたしてそれは言葉通りの意味なのか。仕事であれば、さすがに腹心たるジプソにも報告が入るはずであるし、そもそもそんな気負った様子ではないので本当にプライベートではあるのだろう。
しかし、カラスバ様が、日向ぼっこ。日向ぼっことは、ジプソの認識が間違いなければ、温かい日差しが降り注ぐ場所で日光を浴びて温まることだろう。寒い日に猫ポケモンを始めとするポケモンたちがよくやっているあれだ。つまりカラスバ様は、ふらりと事務所を抜け出しては日当たりのいい広場のベンチやどこかで、柔らかな日差しを浴びて微睡んでいるのだろうか。えっ、うちのボスかわいい。
カラスバが出かける回数が片手の数を超えたころ、ジプソはどうしても好奇心が抑えられずにそのあとを追ってみた。カラスバの行き先は毎回バラバラだった。言葉通りに外に出ている日もあれば、カフェやレストランなど屋内に向かう場合もある。
そして唯一の共通点は――行先に必ず、キョウヤがいるという点だった。つまり、カラスバはキョウヤと会うことを「日向ぼっこに行く」と呼んでいる、ということだろう。
キョウヤは、このミアレに彗星のごとくやってきた、若い青年である。旅行者としてこの街にやって来て、そのままミアレ最強のポケモントレーナーまで一気に駆け上がり、さらに街の危機まで救ったヒーローだ。彼とサビ組は、まあ第一印象こそ悪かったものの、今ではお互いに顔を合わせればそれなりに話をする程度の交流を持った相手でもある。我らがボスが彼にひどく興味を持っていることは周知の事実で、またキョウヤの方も何故かずいぶんカラスバに懐いている様子なので、二人が交流を深めていることにも何ら不思議はない。
わざわざあんな言い方をするのは、休憩に行くと言う代わりだろうか?カラスバは、自身とサビ組が舐められないように普段から非常に気を使っている。あの威圧感のある装いもその一環だ。そんなサビ組のボスがほいほい休んでいると思われないように、隠語のような扱いでそう言っているのだろうか。…いや、それならそう言うし、そもそも「休憩に行ってくる」よりも「日向ぼっこに行ってくる」のほうが圧倒的にゆるいし舐められそうである。
はて。一体、何をもって彼は「日向ぼっこ」に向かうのだろうか。…我々日陰者のお天道様たるカラスバ様が言うのも、なんだか変な気分だが。そんな風にジプソは頭をひねっていた。
「日向ぼっこ行ってくるわ」
今日も今日とて、仕事に区切りをつけたカラスバがノートパソコンを閉じて立ち上がる。ジプソは彼がエレベーターへ向かうのを眺めながら、とうとう思い切って口を開いた。
「…普通に、キョウヤ様に会ってくる、でいいのでは?」
ぴたり、足を止めたカラスバが少しだけ目を見開いて、定位置から動かないジプソを振り返る。それから少しからかうような色を乗せて、にやりと笑った。
「なんや、気付いとったん」
オレんこと尾行でもしたか?と、明らかに分かったうえで聞いてくる男に、ジプソはバツが悪そうに頭を下げる。面白がっているこの男に余計な燃料を与えない方がいいのだ。付き合いの長いジプソはそのあたりをよく理解していた。その様子に少しつまらなさそうに鼻を鳴らしたカラスバだったが、今日は機嫌がいいのか、すぐにまた緩く口元を緩ませた。
「でもええねん、日向ぼっこで合ってるし」
「はい…?」
それからどこかを見つめるような顔をして目元まで和らげるので、おや、とジプソは思う。
「キョウヤは、太陽みたいなやつやろ。ま、うちのお天道様はオレやけどな。…でも、世界を遍く照らす、昼の太陽はあいつやさかい」
何か眩しいものでも見るように目を細めたカラスバの脳裏にはきっと、あのミアレの英雄の明るい笑顔が浮かんでいるのだろう。
つまりはあれか。キョウヤを太陽に例えて、そのうえで彼に会うことを「日向ぼっこ」なんて呼んでいるのか、この人は。なんともまあ、ずいぶんと可愛らしい。…いや、もしかしたら日向の道を歩くヒーローたる彼に対する憧憬と、日陰者の自身に対する皮肉が混ざって、わざとそんな言い方をしているのかもしれないけれど。
薄暗い道に引きずり込んだ身としては、後ろめたさが拭えない。すこし目を伏せるジプソに、しかしカラスバは本当に気にした様子はなく。ただ、滅多に見せない柔らかな表情を浮かべながら、まるで憧れの人に会いに行く少女のように頬をモモン色に染めてはにかむように笑ったのだ。
「あいつとおると、なんや体の奥っていうか…胸のあたりがポカポカしてくんねん。ほんま日向ぼっこみたいやろ?でも、なんでやろなあ。不思議なやつやわ」
笑いながら、それでも心底不思議そうにそう言って、彼は扉の向こうへ消えていく。そうしてエレベーターに乗ってその場を去った己のボスの姿に、ジプソは数秒固まった後に両手を口元に持って行ってこういった。
「えっえっうそ!?日向ぼっこってそういうこと!?」
まさかの恋の予感に、ジプソはそのいかつい顔をぽぽぽっと赤く染めて一人で悶えた。
終
なお、その数日後「日向ぼっこ」から帰ってきたカラスバが顔を真っ赤にして目をぐるぐるさせながら帰ってきた上に「お天道様みたいぬくい奴やと思っててんけど…その…なんや、めっちゃ熱かったわ…」と意味深なことを言って、その白い頬をさらに茹でオクタンのように真っ赤にしたので、ジプソは「婚前交渉を許した覚えはございませんよ!!!!」と自慢のはがねポケモンたちと共にホテルZにポケモン大会に向かったという。