・ワンドロワンライ

それを知ったのは偶然だった。
すっかり依頼の常連になったペロリームとのカフェ休憩。マカロンを好んで食べるペロリームだったが、たまに別のカフェで限定メニューのいちごのショートケーキが販売されている時だけはそちらに行きたがるそうで、今日は初めてそちらのカフェに同行させてもらっていた。いつもより少し遠くまで足を延ばして、テラス席に向かい合って座って、ペロリームが嬉しそうにケーキを食べるのを見守る。せっかくなので自分用にも1つ注文した。
店内は若い女性客がほとんどで、メニューも内装も可愛らしいお店だなあと思ってふと辺りを見回した時だった。
ふと目についたのは、テラスの角の席。奥まった場所のそこは、観葉植物と建物の影で半分死角になるような位置だったのだけれど、そこに綺麗な濡れ羽色の小さな後頭部が見えた気がして。そしてその人物が店員を探すためか店内にちらりと顔を向けた時、その整った白い横顔でピンと来たのだ。
「…カラスバ、さん?」
「っ!?」
控えめに声を掛ければ、猫ポケモンが驚いた時のようにピャッと彼が飛び上がった。その反応に確信する。まだまだおやつ中のペロリームにちょっと待っててね、と言えばご機嫌な鳴き声が返ってきたので、少し席を立って彼の方へ足を向けた。
そしてその席に回り込めば、やっぱり。見慣れない格好ではあるものの、カラスバだった。
黒いキャップにカラーサングラスを身に着けて、いつもはきっちり整えられた髪もすっかり下ろしたその顔は、ぱっと見ではサビ組ボスのカラスバとは分からないだろう。ついでに服も、紫紺のパーカーに黒のスキニーとずいぶんラフな格好で、もはやその辺のお兄さん――しかもカレッジ生くらい――にしか見えない姿だった。オフだったのかな、なんて思いながら、キョウヤは自分の方を見て目を見開いたまま固まってしまっているカラスバに無邪気に話しかける。
「あ、限定メニューだ。カラスバさんもそれ食べに来てたんですね!俺は依頼でペロリーム
の付き添いで来たんですけど、この子も新メニュー狙いで…あ、いまそこで食べてるんですけどね」
こんなところで会えたのが、しかもプライベートの姿だというのが何だか妙に嬉しくてぺらぺら話しかけたキョウヤだったのだが。カラスバは、どこか覚悟を決めたような顔をして。急にキョウヤの胸ぐらを掴んで、額に筋を浮かべながら迫真の表情で凄んだのだ。
「…オマエ、誰にも言うなよ」
「へ?」
「オレがここでこんなもん食うてたこと、言うなよ」
「こんなもんって、ふわふわホイップのいちごショートケーキ、」
「言 う な よ?」
「…ええと、いいですけど、なんで?」
尋常じゃない気迫のカラスバに流石にそれ以上逆らえるはずもなく、とりあえずキョウヤは頷いたのだが。

曰く。カラスバは実は甘いものに目が無いのだという。
けれどサビ組のボスという肩書は、その役割を踏まえると怖くておっかないイメージが重要で、決して舐められるわけにはいかない。だからカラスバは常日頃から自分が誰にどのようにみられているか、頭のてっぺんからつま先まで気を配って生活しているし、神経をとがらせて背筋を伸ばして生きている。
――でも、そんなカラスバにとっての人生の癒しが、甘いスイーツなのだそうだ。

「オレ、ミアレの路地裏育ちやったって話はしたことあるやろ。やから甘いもんを初めて口にしたんは、それこそサビ組を立ち上げた時に浮かれた部下が買ってきたやっすいケーキやってん。…そん時に初めて食うたケーキの味が、忘れられへんくて」
幼い頃は路地裏で空腹でなる腹を押さえながら窓から覗き込んだ幸せな一般家庭。窓を一枚挟んだその向こうで、親が買ってきたケーキを嬉しそうに頬張る同じくらいの年の子供をずっと眺めてきた。味の想像なんて出来たためしがなかった。食べたことがないのだから。
だからこそ、初めてそれを口にしたとき。この世にこんなに甘くてうまいものがあるのかと、心底感動したのだ。そしてそれ以降、こうやってわざわざ変装して、お忍びで甘いものを食べに来るようになったのだという。

なんだか可愛らしいような、いじらしいような、そんなエピソードにキョウヤはなんだか胸の奥がむずむずした。妙にくすぐったいような、温かいような気持ちになった。
(…?)
キョウヤはそんな自分の胸に手を当てて首を傾げながら、カラスバの言葉に耳を傾ける。
「やから秘密にしといてくれ」
カラスバの表情は切実だった。それほどカラスバにとってこの時間が大切なのだろう。
そうだ、これだけ日々ミアレのために頑張っている人に、たまのご褒美くらいあったっていいじゃないか。キョウヤは純粋にそう思って素直にうなずいた。
「分かりました。でも、バレるのが嫌なら、ジプソさんに買ってきてもらうとかすれば安全なんじゃないですか?」
「ジプソも知らんねん」
「え、ジプソさんにも隠してるんですか」
カラスバの右腕。聞けば、長い付き合いで上下関係ができる前からの知り合いなのだというから、彼なら知っているかと思ったのに。カラスバは気まずそうに目を泳がせながらうなずいた。
「おん。…やって、なんや恥ずいやんか。ええ歳した大人の男が…しかも上司が…」
ぼそぼそとそんな風に言い訳をしている姿に、キョウヤはなぜだか喜びを感じている自分に気が付いた。ジプソさんが、あのジプソさんですら知らないカラスバさんの秘密。それを今日、知ってしまった。その高揚感を抱えたまま、今度こそくすりと笑みをこぼして、ふと頭に思い付いた提案をするべく口を開いた。
「あの、なんていうかて、こうやって1人でこそこそ食べてるとちょっと怪しい感じしますよ」
「うっ」
若干自覚はあったのか、ぎくりと肩を揺らすカラスバにキョウヤはふわりと微笑んだ。
「だからね、次から俺も誘ってくださいよ。で、甘いもの好きな俺に付き合ってるっていう体で行きませんか?俺も結構、甘いもの好きなんですよ」
そう言って顔を覗き込むキョウヤに、カラスバは色のついたサングラスの下で、長い睫毛を揺らしてぱちぱちと瞬きをした。それから少し恥じらうようにその目を伏せて、これまたぼそりと答えたのだ。
「…それなら…ええよ…」
その答えにキョウヤは自分の胸が酷く高鳴るのを感じて、その衝動のままカラスバの手を取って飛び跳ねた。
「やった!じゃあ、次カラスバさんがお休みの日教えてください。あと行きたいお店も!」
「お、おう」
つないだ手をぶんぶん振りながら、半ば勢いでカラスバと二人で出かける約束を取り付けたのだった。
(…あれ、これってデート?)
ペロリームを依頼者の元へ連れ帰りながらご機嫌に鼻歌なんか謡っていたキョウヤは、ふとそんなことが頭によぎって思わず顔を赤くしたのだが、幸か不幸かそれを目撃した人は誰もいなかった。

それから、週に1回ほど、3時のおやつにカラスバと共にスイーツを食べに行くようになった。甘いものを食べている時のカラスバは、いつもの威厳あるボスの姿とはちょっと違って。なんというか、年相応というか、気が緩んでいるというか。表情も雰囲気もいつもより柔らかくて、どちらかというと物静かな感じで。スイーツを食べながらいろんな話もした。ポケモンの事、サビ組の事、街のこと、仲の良いカフェ店員の話、お気に入りのスイーツ、好きな食べ物、嫌いな物。いつものかっこいいサビ組ボスだけではない、彼の新しい一面を知れば知るほど、目が離せなくなっていく自分にキョウヤは気付き始めていた。

そんなある日。いつものようにカラスバと次に食べに行くスイーツの相談をしている時。スマホロトム越しのカラスバが、少し言いにくそうにしながら切り出した。
『キョウヤ。あー、その、次食べたいやつあんねんけど』
「はい、どこのですか?」
『このカフェの…』
送られてきたのは店のURLと位置情報。通話をそのままに画面を開いtて送られてきた店をチェックする。ふむ、メニューも豊富だ。自分はどれにしようかな、なんて思いながらスクロールしていたところに、今度は何かの画像が送られてくる。
『これ…食べたいねん』
なぜかおずおずと言われたことに首を傾げながら送られてきた画像を開く。それは大きめのパフェだったのだが、その下に書いてある文字にキョウヤは変な声が出そうになった。
――カップル限定。でかでかと、間違いようがないサイズでそう書かれていた。
『あ、深い意味はない!深い意味はないねんで!?』
返事がないことに焦ったのか、カラスバが慌てた様子で言い繕うのにキョウヤも引きずらるように慌てて返す。
「え、あ、そ、そうですよね!?あはは、カラスバさんってばほんと甘いものに目がないんだから~」
なんだか体が、というか顔が、熱い。
『あー、その、無理なら全然ええし、』
電話口で申し訳なさそうに引き始めたカラスバに、今度はキョウヤが焦る。無理とかそんなはずないじゃないか。
(…無理とかそんなはずない、のか、俺)
なんて、会話しながらどんどん自分の中でまだ形を持ち切れていない感情が露わになっていく。
「や、大丈夫ですよ。行きましょう。っていうかこれ男同士でもいいんですか?あ、大珠ぶって書いてるな…でも一応俺、女装とかしたほうがいいです?」
依頼で何度か女装したことはあるので抵抗はない。パフェが食べたいだけならその方が悪目立ちしなくていいかな、と思ってそう提案してみたのだけれど。少し間を開けて返ってきた言葉は、これまたキョウヤの心を変に揺さぶるものだった。
『オマエが嫌じゃないなら、男同士のままでええよ。…いつものオマエと行きたいし』
――ずきゅん、心臓が撃ち抜かれて気がしてキョウヤは胸を押さえて悶絶した。
(なんっっっだこの人!!かっっっわいいな!!)
息も絶え絶えにどうにか平静を装い、待ち合わせの約束を取り付けてキョウヤは通話を切って、そのままベッドに突っ伏した。顔は、もう発熱してるんじゃないかというくらいに熱い。心臓も痛いくらいに大騒ぎだ。

ああもう認めざるを得ない。俺、あの人に恋しちゃった。
キョウヤは白旗を上げて恋心に降参した。

なお、当日カップルの証明としてキスをしてくださいと言われて、テンパったカラスバに頬にキスをされてキョウヤは鼻児を出す羽目になるのだが、この時の二人はそんなこと知る由もなかった。



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