・ワンドロワンライ

俺ことキョウヤは、このミアレの裏を取り仕切るちょっとアブナイお兄さん、カラスバさんに片想いをしている。なお。
「カラスバさん好きです!!付き合ってください!!」
「やから、ミアレの英雄がこんなおっさんにうつつ抜かし取ったらあかん言うとるやろ。はよ帰ってかわええ女の子捕まえてきぃ」
「他の誰かじゃなくてカラスバさんがいいんです!」
「可哀想に、完全にオレの技に嵌まっとるやん。あれがオレの手口っちゅーやつやねん、分かる?オマエはオレに騙されてるだけ、はよ目ぇ覚ましや〜オレはオマエのことそんな目で見てへんからな〜」
と、このように既に失恋済みである。ちなみに今のは累計12回目くらいの失恋ね。
カラスバさんのことが好きだと自覚してから、それはもう俺の世界はバラ色で、毎日がキラキラして輝いて見えていた。それはカラスバさんに振られてからも変わらない。だって、この街には好きな人がいる。カラスバさんがいる。会って話ができる。どれだけ告白して振られようと、それでも好きで好きでたまらないのだ。それに、いつもカラスバさんには告白を断られてしまうけれど、告白自体を嫌だと言われたこともなければ事務所の出禁もくらわない。顔を合わせばいつも通り話してくれるし、関係性はまったくもって変わらない。
全く眼中にないから気にも止められてないのだ、と言われれば、それはまあちょっと、いや、結構へこんでしまうかもしれないけれど、仕方ない。だって、会えば会うほど、話せば話すほどどんどん好きになってしまうのだ。これはもう魅力的なカラスバさんが悪いとしか言えない。
だから俺は、好きでいるのを許してくださいと宣言して、毎日せっせと告白に勤しんでいる。もううざい、顔を見せに来るな、嫌いだと言われるまでは通い続けると決めている。
溢れる「好き」をどうしていいのかわからないので、溢れた分だけぶつけ続けることを選んだのだ。

そんなある日、いつもどおりミアレの屋上という屋上を駆け回っている最中。ローズ地区のセゾン運河沿いにある地下水道前で、サビ組の人たちが何やら集まっているのを見かけた。以前俺がメガ結晶を片付けたところだ。ジプソさんの大きな背中に隠れていたけれど、ひらりとあの特徴的な毒々しいジャケットの裾が垣間見えて、俺は嬉しくなってそちらに足を向ける。
ロトムスライドを使って建物を渡り歩いていると、地下水道の入り口から誰かが出てきた。項垂れた様子のその人は、きっと今からサビ組に「お世話」になる人だろう。何やら話し込みながらその男を囲んでいたその時、ふらりとその人の体がふらついて、その後ろから何かが飛び出してきた。そしてその瞬間、周囲の人たちを押しのけて、あの人が――カラスバさんが身を挺したのを、俺は屋上から慌てて飛び降りながら目撃したのだ。
「”あやしいひかり”!」
――ぼわぁ、と日中でも分かるくらいに輝く三色の光。男の背後、地下水道から飛び出してきたポケモン――クズモーが放ったそれは、至近距離でカラスバさんに直撃した。
「カラスバさま!!」
「ボス!!」
逆にそのおかげで、その周囲にいたサビ組の人たちは光を見ずに済んだらしいけれど、直接的に傷つけるものではないとはいえポケモンの技を直接受けた想い人の姿に俺はギョッとした。
「カラスバさん!」
「キョウヤさま!?どうしてここに、」
「偶然です!上から見てて!」
空中にいた俺はそのままロトムを使って彼らのすぐ近くへ降り立つ。ジプソさんをはじめとするサビ組の皆さんは、ボスが被害を受けた中でも素早く判断して男とクズモーを取り押さえていた。そんな中、その場で膝をついて目を手のひらで覆っているカラスバさんに俺は焦燥を募らせる。
「カラスバさん、大丈夫ですか!?」
カラスバさんに直撃したのは、あやしいひかりだ。通常ならポケモンを混乱状態にするもの。人間に当たった場合の作用は、どうだったか。個人差が大きいものだった気がする。
症状を確認しないと、と思ってカラスバさんの背中に触れかけた瞬間、俯いていた彼がスッと片手を上げてそれを制するような動きをしたので、俺は上げた手を中途半端に宙で彷徨わせた。
「ったく…ほんまけったいなことしよってからに」
落ち着いた声音。少し呆れも入っているだろうか。いつも通りに近い声に、少し胸を撫で下ろす。それは俺だけじゃなくて彼の右腕も同じだったらしい。
「カラスバさま、ご無事ですか」
「あー大丈夫や、でもなんや強い光見てもうたさかい、目ぇちかちかするわ」
そう言ってその場で立ち上がった彼は、目が眩むのか眉間に深い皺を寄せたまま目頭を押さえている。
そういえば、こんらんやメロメロにするような技が人間に当たった時でも、精神力が強い人には干渉しにくいと聞いたことがある。カラスバさんなんてその最たる例だろう。一応病院で視力に異常がないかは診てもらったほうがいいんだろうな、と思いながら、ジプソさんを含め部下の人たちと何やら話している背中を見守る。その会話の後、例の男とクズモーは応援で駆けつけた他の組員さん達に連れて行かれた。
その間ずっと目元を押さえたりしていたカラスバさんだったが、ようやく目が慣れてきたのか手を離して顔を上げた。それからハァ、とため息をついてから口を開いた。
「にしてもなかなかええ技やったな、はは、あんなかわええ顔してようやるわほんま。あれめちゃくちゃ才能あるんちゃう。いやでもシンプルにちょっとしくったな、オレダッサいなぁめっちゃ恥ずいわ。あ、そうやオレ以外に直視したやつおらんやんな?オレはどうでもええけどオレのかわええ部下に被害が出てたらさすがに黙ってられへんしなぁ、でもあれカタギさんやろ?うわどないしよ、こういうのがまぁまぁ難しいんよな、しかもめちゃくちゃ実害出た分けちゃうし、でもサビ組のボスに手出したおとしまえはつけてもらわなあかんし、はあ、なんや手ぇかかるなあ」
なにか、おかしい。
そりゃ無口な人じゃないけど、こんな、マシンガンのように喋る人だっただろうか。しかも確実に普段は口にしないところまでペラペラ喋ってる気がする。
「てかオレいま多分こんらんくらったんやんな、なんや別に気持ち悪いとか視界が回るとかそういうのはなんもないな、たしか人間がかかったら結構個人差あるんやっけ?ヤク吸ってる時みたいになるって報告も見たけど、ヤク吸ったことないしわからんわ、はは、おもろ。でもいまは確かになんやめっちゃ気分ええんよなぁ、酒飲んだ時に似てるかもしれん。肝臓にダメージないしこれめっちゃええんちゃう?体に優しい酒やでぇ、これで一発稼げそうやな」
そして金の目が、ふと俺の方を見て。
「あ、キョウヤ、」
ーー花が綻ぶように、微笑んだ。
「今日もえらい男前やなぁ、駆けつけてくれたんか?流石ミアレの英雄さんやで。ほんまオマエおると助かるわ、ミアレのためにようさん働いてくれておおきになあ」
ばしばしと背中を叩かれる。結構容赦なくて痛いけど、それ以上に、なんだかいつもより壁がない彼から目が離せない。いまもだって、肩なんか組んじゃって。いつも絶対そんなことしないじゃん、なあなあはあかんやろって言って、一線を引いてるじゃん。なのに、何、この距離。
「ふふ、なんやぽかんとして。そんな顔もええなぁ、そうや今日はいつものあれ言うてくれへんの?」
アレ?アレってなんだろう。いつも俺が言ってること?そんなのカラスバさん好きです付き合ってくださいしか、
「オレいっつもオマエがアレ言うてくれんのを、」
カラスバさんがそこまで言った、その刹那。

ーーバキィッ!!!

とんでもない鈍い音がしたと思ったらーーカラスバさんの綺麗な顔に、カラスバさんの綺麗な右ストレートが突き刺さっていた。
「ぎゃああああ!!カラスバさんがーー!?」
「ぼ、ボスーー!?」
自らを渾身の力で殴ったカラスバさんは、そのまま地面に倒れ伏し。
周りにいた俺たちは悲鳴を上げながら彼を病院へ担ぎ込んだのであった。

診断の結果、カラスバさんは軽い脳震盪を起こしていたのと、やはりあやしいひかりの直撃を受けたことで1日検査入院となった。心配で病院で付き添っていると、カラスバさんが小さく呻き声を上げて目を覚ます。
ぼんやり濁った目は、まだ彼の意識が明瞭になってないことを示していた。ちなみに彼の右頬には大きなガーゼが貼られている。渾身の力で自分を殴りつけて気絶までしたのだから、いくら反射のお兄さんとはいえちょっと覚悟がキマりすぎてやしないだろうか。混乱の効果もあるのかもしれないけれど。
遠くを見るような虚な目のままあたりを見回して、それからベッド脇の椅子に座っている俺で視線を止める。
「きょ、や」
「はい」
ふわふわした声だった。半分夢の中にいるのだろう。もしかしたらまだ、混乱の影響が残っているのかもしれない。
「ふ、きょうや、かわええなあ」
「へ」
焦点の合わない目が、俺の顔を見て、ふにゃりと溶けた。
「ゆめんなかでも会えるとか、はは、おれ、なかなか幸せもんやん」
「カラスバさん」
ふにゃふにゃした表情は、見たことがない類のものだった。本当に気が抜けた、幼子が親に向かって手を伸べる時のような。そんな、無防備な顔で。
ただでさえ彼のことが好きだ好きだと叫ぶ心臓が、きゅうう、と高い音を立てて軋む。
「ゆめならあれや、あれ言うてよ、いつもの…」
駄々をこねるように甘く強請られる。気絶する前にも言っていた、あれ。思い当たるのは1つしかなくて。
俺はどきどきと、期待のようなものを持ちながら、ガーゼの貼られていない方の彼の白い頬にそっと指先を触れる。
「俺、やっぱりカラスバさんの事すきだよ」
焦がれるようにそう言った俺の言葉を、カラスバさんは満ち足りたような顔で聞き届けて、それからその綺麗な眉を少し下げて苦笑を浮かべる。
「かわいそうになぁ、オレなんかにだまされて」
「…だまされてないよ。最初がそうだったとしても、俺はカラスバさんのことが本当に大好きなんだよ」
「でもな、ゆめんなかでもオマエはこっちに来たらあかんよ」
夢の中でも、あなたは俺の告白を受けてくれないの。
じゃあどうして、俺の好きを欲しがるの。
ずっと好きでいるつもりだけれど、カラスバさんの心がわからなくて、もどかしくて、詰るようにじっとその端正な顔を見つめた。
「カラスバさんは、俺のこときらい?」
思えばいつも、俺の告白を受けない理由は聞かされていたものの、彼が俺のことをどう思っているかは聞いたことがなかった。それをポジティブに捉えて、嫌われてはないと捉えて挑み続けていたけれど。
うそ。本当は、聞くのが怖くて聞いたことがなかっただけだ。

「あほやなあ」

頬に触れた俺の手を、カラスバさんの白い手が上から覆う。骨ばった大きな手は、少しだけ冷たい。
でも、オレを見つめる金色の目は、はちみつのようにとろりと溶けて、熱かった。

「どうしようもないくらい好きやから、オマエの気持ちに応えられへんねん。
ほんま、あほや…なあ…」
ーーそれだけ言うと、カラスバさんは再びゆるりと長い睫毛に縁取られた瞼を下ろして、健やかな寝息を立て始めた。

(…まって)
取り残されたのは、真っ赤になって固まった俺一人。
(まってまってまって)
白い手はすでに力無くぱたりとシーツに落ちている。でも俺はそれでも彼から、カラスバさんの顔から、手が離せなくて。
(カラスバさん、ほんとは、俺の事好きなの…!?)
予測していなかった重大情報に、俺の体は沸騰して脳みそは深刻なエラーを起こした。

――キョウヤ は こんらん した !

混乱。
秩序や整理されていた状態が崩れ、物事が入り乱れて区別や理解が難しくなる様子。また、予定変更や情報過多により頭が整理できず、思考の能力が低下して、判断や意思決定に支障が出ている状態。

終 
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