・短編

キョウヤとカラスバが、いわゆるお付き合いを始めてからすでに三年が経過した。同棲を始めてからは一年と少し。忙しいお互いの身を気遣い思いやり、時には甘く触れ合って、たまに喧嘩はするけれど長引くことはなくて。そんな二人だから、順調な交際を続けていると言っていいだろう。
しかしカラスバには悩みがあった。
もともとキョウヤの猛アタックの末に付き合ったこともあり、夜も普段はキョウヤの方から手を出してくる。しかしそれも付き合いが長くなるにつれて、若い頃ほど盛るのではなく、穏やかな時間を大切にしたスキンシップだけの夜も増えてきた。
だがこれまで散々、若さゆえの激しさで好き勝手抱かれてきたカラスバの体は、じわじわと物足りなさのような……燻る炎のような熱を体の奥で持て余すようになってしまっていた。もちろん今の、お互いの存在を確かめ合うような優しい時間も愛おしいのだけれど、たまにでいいから付き合ってすぐのように激しく――貪り合うように抱かれたい。
しかしそもそも、カラスバからはそういう夜のお誘いをしたことがない。カラスバも童貞ではないが、人を好きになって自分から誰かを欲しいと思うのは初めてだった。だから、誘い方もわからない。

キョウヤは、どうやって自分に手を出していただろうか。

少し遅く帰ってきたキョウヤがシャワーを浴びている音をBGMにしながら、カラスバはソファの上で胡坐をかいてうんうんと唸っていた。
――一緒に寝ていて抱きしめられている時に、不埒な手が体に悪戯してくることが多い気がする。あいつ結構すけべなんよな。かわええ。たまにどこでスイッチが入るのか分からない時もあるけれど、ふとした時に視線が絡んで急に雄の顔をして深いキスをしてくることもある。あとは……ストレートに、少し恥ずかしそうに、今日いいですかと聞いてくるときもある。オレの彼氏ほんまにかわええな。
ところどころ思考を飛ばしつつ、ついでにその時のことを思い出して勝手に体の奥をそわそわさせながら、いや今はそこが本題ではないと頭を振る。
……もし、己が女であれば。柔らかい胸を押し付けてみたり、上目遣いにじっと見つめてみたり、薄着で肌をチラ見せしつつベッドで物欲しげに見つめてみたりすればいいのであろう。けれど残念ながら、カラスバはどう見たって立派な男だ。そりゃあ多少身長は控えめではあるが、骨格も体型も顔もしっかりした成人男性のものである。そんな自分が、ベタなお誘いをして響くとは思えない。
実際にそれを実行すれば、キョウヤは涎を垂らして飛びついてくるのだが、カラスバはいまいち「キョウヤの目に己がどう映っているか」が未だに把握しきれていないので、残念ながらこの案は却下された。

「はーすっきりしたぁ……カラスバさん? どうしました?」
ホカホカと肌から湯気を立てながらキョウヤが部屋に戻ってくる。濡れた髪をタオルで拭う大きな手は見慣れたものではあるが、昔に比べると骨張ったすっかり大人の男の手だ。いつもカラスバの腰を簡単に掴んでしまうその手に視線が吸い寄せられてしまって、慌ててばれないように視線を外す。……思春期じゃあるまいし、色ボケしすぎやろ、と内心で自分に苦言を呈する。
「……いや、なんもないで。ちょっと新しい技構成考えとった」
「え! 気になる! いや、今聞かない方がいいのか。固まったらバトルで試しましょう」
「おう、頼むわ」
そんな何気ない言葉を交わして、寝る前のルーティンを済ませると二人そろって寝室へ向かった。

隣で寝そべりながらそれぞれスマホロトムを操作して明日の予定や緊急の連絡がないかをチェックする。ついでに今日のニュースも。この穏やかな時間もいつものことだが、カラスバは平然としているふりをしているだけで、画面に映る情報は何一つ頭の中に入っていなかった。
――誘うって、どうやったらええんや。
先ほどからずっと考えていたものの良い案は思いつかず、むしろこちらに手を出す直前のキョウヤを思い出して勝手に熱が高まってしまっただけだった。これじゃあただの欲求不満である。いや、間違いではないのだけれど、レスなわけではないし、ちょっと……ほんのちょっと、その先が欲しいだけで。
ちらり、バレないようにキョウヤへ視線を向ける。スマホロトムの画面を眺めるキョウヤの横顔は真剣で、いつも笑うと愛嬌がある顔から可愛らしさが抜けており、ひどく男らしい精悍な顔つきが際立つ。もう三年はこの顔を間近で見ているにもかかわらず、カラスバは生娘のようにドキドキと胸を高鳴らせてしまい、慌てて自分のスマホロトムに視線を戻した。こんなにいい男に成長するなんて思ってなかったのだ。このままでは彼氏にメロつきすぎて心臓が爆発して死んでしまう。大真面目にカラスバはそんなことを思いながら、思考を巡らせ続ける。
……自分から誘うのはハードルが高い。キョウヤは変なところでスイッチが入ることが多いので、適当にじゃれついていれば勝手にスイッチが入ってくれるのではないか。その時に少し悪戯してやれば、もしかしたらいつもより……なんて。

そんな淡い期待を胸に、でも少し気恥ずかしさが勝つので、カラスバはごくごく自然を装って体の向きを変える。そしてまだスマホをいじっているふりをしながら、甘えたがるポケモンのようにぐりぐりとキョウヤの腕に頭を押し付けてみた。
「ん、……どうしたの?」
「ちょうどええとこ探し」
「ふふ……なにそれ、かわいい。俺の腕はいかがですか?」
「ちょい固い、ぼちぼちやな」
「む、厳しいな」
くすくす笑いながらキョウヤがカラスバの髪を長い指先で梳く。心地よさに目を細める。しかしそれだけ。キョウヤの視線もまだスマホに向かったままだ。
この程度ではだめか。次は、と視線を巡らせて、カラスバは二人で一緒に包まっている毛布に目を付けた。よし、こいつを奪ってやろう。毛布を体に巻き付けるようにしてカラスバはキョウヤの反対側にころりと転がる。毛布を巻き取ると、キョウヤの体が毛布の外に放り出されて悲鳴が上がった。
「ぎゃ! ちょっとぉ、寒いんですけど! 独り占め反対!」
「んー、これカラスバさん専用やねん」
「ちがいますぅ~、これは俺とカラスバさんが選んだ二人用毛布ですぅ~! ほら入れて入れて」
パッとスマホを手放したキョウヤが笑いながら毛布の隙間に手を突っ込んで、カラスバごと抱きしめながら侵入してくる。自分より一回り大きくなった体にすっぽり抱きすくめられて、少し満足をしてふふんと鼻を鳴らす。
「狭いやんか」
「こうやってくっつけばいいでしょ、抱き着くの好きなくせに」
「それはオマエが、やろ」
「俺もだけどカラスバさんもでしょ!」
ギャーギャー言いながら狭い布団の中で攻防戦を繰り広げる。引っ付いてみたり押しのけてみたり、つついてみたり。たまにわざと、胸のあたりに触れたときに声を詰まらせてみたり、キョウヤの下腹部のあたりを掠るように手を動かしてみたりしたけれど、キョウヤは変わらず大型犬のようにじゃれついてくるばかり。
――思っていたほど上手くいかない。もちろんこうやってじゃれ合うのも嫌いじゃない、むしろ気に入っているけれど。いまは、こう、あれや、察しろや!
なんだかムカついてきて、カラスバは最終的にキョウヤの胸に抱きすくめられた状態で沈黙した。ぐずるように額を押し付けつつ、憎たらしい奴め、なんて思いながら八つ当たりのように抱き着いてみる。ついでに爪先でげしげしと脛を蹴ってやるのも忘れない。
「いだだだ、っもう、こら」
「……」
「カラスバさん?」
不思議そうな声が頭上に降ってくる。顔を上げるのも癪なのでそのまま黙り込んでいると、よいしょ、なんて言いながらキョウヤが体勢を変えてカラスバの上に覆いかぶさる。困ったように眉を下げた端正な顔が、いつの間にかすっかり不貞腐れてしまったカラスバを見下ろした。
「どうしたのカラスバさん」
「……別に」
ここで何か可愛いおねだりでもできればよかったのかもしれないけれど、カラスバの高い矜持では難しくて、ただ視線から逃れるように不機嫌な顔をしてぷいとそっぽを向く。

――カラスバに自覚はないけれど。キョウヤの目に映るカラスバは、少し違った。
悩まし気に寄った眉、気恥ずかしそうな視線、ほんのり上気した頬。口元はへの字に曲がってつんと澄まされているけれど、それが照れ隠しだというのはどう見ても簡単に分かる。極めつけは、美しい蜂蜜色の瞳の奥にうっすらと燻っている、情欲の炎。
「……ねぇ、もしかして」
立ち上る色香にキョウヤはくらりと眩暈を覚え、期待に胸を躍らせながら口を開いた。

「えっち、したかったの?」

キョウヤの言葉に、カラスバは驚いた猫のように大きく瞳孔を開く。それからぶわりと沸騰するように首から上の肌を真っ赤に染め上げると、必死に顔をそらしながらぼそりと言った。
「……っわるいか」
「……」
キョウヤからの応えはない。人が恥を忍んで肯定してやったというのに。またよく分からないイライラを抱えながら、カラスバは自分を見下ろす男の顔をぎろりと三白眼でにらみつけた。
「な、なんとか言えや! 恥ずいやん、け……」
カラスバの威勢のいい声は、すぐに萎んでいった。

舌なめずりをした絶対的な雄が、欲情しきった目でカラスバを見下ろしてうっそりと笑っている。ぞわりと体の芯が甘く揺さぶられるような強い視線に、思わずごくりと生唾を飲み込む。いつも優しいダークグレーの瞳に、凶暴さすら湛えて。キョウヤはどうにも鈍い年上の恋人の首筋に噛みついた。
「いっ……!」
「カラスバさんが悪いんですからね?」
赤く歯形が付いたそこをべろりと舐めながら、獣が低く喉の奥で笑う。
「今日、寝かせませんから」
その言葉と共にいつも以上に熱く、大きく、そして硬くなったものをぐりぐりと押し付けられて、カラスバはようやく自分がやらかしたことを悟ったのだった。
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