闇霊の想い…。
ミアレの英雄と呼ばれているМZ団の切り札ーベルカは少し…嫌、かなりの変わり者であった。
片目を覆い隠す紫の髪、長い睫毛に縁取られた半目がちの桃色の瞳、白い肌、ぷっくりとした唇に妖艶な口元のほくろが特徴の中性的な容姿は服装も相まって度々性別不詳と迄言われている。
美しい容姿に騙されがちだが…彼は歴とした青年でありポケモンバトルが強く、ZAロワイヤルではAランクに迄上り詰めた実力者だ。
そんな彼が何故…変わり者なのかーーそれは昼間は殆ど昼寝と称して起床せず、“夜”にしか行動しないからだ。
此処まで来ると単に朝が苦手だと思いがちだが…そんな事はなく、本当に夜の間しか活動をしないのであるーー。
その事はМZ団メンバーも知っており、最初こそ彼のマイペースぶりに呆れたり、困ったりしていたがそれがベルカの性質なのだと理解し、現在は放任している。
無表情で素っ気ない性格の彼は口数が少なく、タウニー以外のメンバーであるデウロやピュールは最初苦手意識を抱いていた。
だが…彼が本当は律儀で優しいと知り、それが切っ掛けでベルカに歩み寄る事が出来た。
誤解していた事を謝罪すると、彼は相変わらず表情一つ変える事はなかったが静かな声で「気にしていない」と、告げた。
自分達と年齢が変わらない筈にも関わらず…彼は博識でその知識量は十代とは思えなかったが、今まで色々な地方を旅して来たからとしか言わなかった。
それだけで博識になれる物なのだろうかと、怪訝に思いながら彼等は過ごして来た。
そして…ミアレの太陽が沈み、夜に変わる頃、漸くベルカが起床し、一階のロビーに姿を現す。
彼の遅い起床も今では気にせず、タウニー達は軽く挨拶を返す。
「ベルカ起きたんだね!」
「もう夜ですが…おはようございます」
「まだ眠そうだけど…大丈夫?」
誰もが振り向くであろう美しい顔には相変わらず鉄仮面の様に表情は一切なく、彼の性別を有耶無耶にする男女どちらとも取れる中性的な服装。
ベルカはデウロの言葉通り眠そうに半目がちの桃色の瞳をトロンとさせていた。
何処か気怠げにも見える麗人の仕草に彼等は一瞬、息を飲む。
自身の魅力を微塵も理解していない本人はと言うと、相変わらずマイペースな様子で友人達に挨拶を返す。
「…おはよう」
「今日は依頼が入ってる…終わり次第戻る」と、付け加えホテルZを後にする。
バタンと、扉が締まる音がロビーに響き渡り、再度静寂に包まれると彼等の口から深い深い溜め息が洩れる…。
「あの表情は反則だし…」
「……不覚にもドキッとしてしまいましたよ」
「ベルカって綺麗なんだから…もっと笑えば良いのに」
最後に呟かれたデウロの言葉にタウニーとピュールの二人は同意と言わんばかりにうんうんと頷く。
・
・
・
・
・
・
無意識な色香で友人達を翻弄した事に唯一人気付かないベルカは夜のミアレを歩く。
厚底シューズが石畳の地面を踏む音に混ざり、彼の鼓膜に悲鳴の様な泣き叫ぶ声が聞こえた。
一度、足を止めた彼は辺りを見回すが…他の人達には聞こえていないのかーー誰も気にも留めず、夜の街を闊歩したり、カフェでまったりしたり、ZAロワイヤルに参加するトレーナーが居るだけであった。
“自分にしか聞こえていない”事を悟った彼は依頼の前に寄り道と称して…悲鳴が聞こえる場所へと歩を進める。
先程とは違い段々、人気がない場所へ誘われる様に進んで行くと鼓膜に届く悲鳴がより強く、鮮明になり、聞き取れる様になっていた。
『やだ!やだ!離して!離してよ!!誰か助けてーー!!』
それは泣き叫ぶ子供の声だと気付いた。
嗚咽混じりの悲鳴が聞こえるのは遮蔽物に囲まれた路地裏で其処だけが異様な空気に包まれ、僅かに肌寒さを感じた。
静かに其処へ近付くと、まるで深淵の様な暗闇が広がる路地裏から伸びた黒い影の様ナニカが幼子の小さな腕をガッチリと掴んでいた。
男児らしき幼子は表情を恐怖で染め、顔を涙やら鼻水でぐしゃぐしゃに汚し、自身の腕に絡み付くナニカから逃れ様と必死に藻掻くーー。
恐慌状態の幼子は至近距離にベルカが立っていても気付く事なく、叫び続ける。
この世ならざるモノに絡め取られた人間は例え生者であっても常人に認識されなくなり、その為…どんなに叫んでも声が届く事はないーー。
“霊力”を持った存在以外にはー…。
グシャッ!
嫌な音と共に幼子の腕をガッチリ掴んでいた黒いナニカが突如、霧散した。
ナニカから解放された幼子は漸く恐怖から解放された事に僅かに安堵し、未だに涙を流す大きな両目で何が起こったのかを確認する。
「⋯⋯ぁ」
幼子の目に映ったのは黒いナニカを黒革のスリーフィンガーグローブで覆われた華奢な手で握り締めるベルカの姿ー…。
このミアレで最早、知らない人は居ないであろう人物の姿に驚きやら何やらを隠せない幼子だが…先程の恐怖もあり上手く声を出せずにいた。
「行け…」
見上げたまま驚いている幼子にベルカは無表情のまま静かに、それでいて鋭い声で一言告げる。
その声で金縛りが解けた様に我に返った幼子は何度か小さな足が縺れそうになりながら、この場を去るべく駆け出した。
幼子の小さな背中が見えなくなると同時…暗闇が広がる路地裏から人の腕を模した数多の黒いナニカがベルカの細い首や四肢に絡み付き、彼を物凄い勢いで深淵へと引き摺り込んだーー。
ゴーストタイプのポケモンではないこの世ならざるモノが無数に蠢き、常人なら完全に気が狂うであろう男女混ざり合った呪詛にも似た怨嗟の声が空間に響き渡る。
「……」
しかし、この状況でもベルカは表情一つ動かす事なく、言葉では形容出来ないナニカを見据える。
ギチ、ギチ…と、彼を拘束する黒いナニカは徐々に力を込め、気管や細い四肢を締め上げていく…。
それでも、ベルカの表情は動く事なく静かな声で言う。
「それが精一杯か?」
「見掛け倒しだな」と、付け加え彼はブチッと四肢を拘束しているナニカを意図も簡単に引き千切った。
自ら拘束を解き、深淵の闇に佇むベルカを得体の知れない存在だと認識したナニカは怯んだ。
畏怖する黒いナニカにベルカは無表情のまま口角だけを吊り上げると、女性の様な細長い指をブヨブヨと蠢動する肉塊に喰い込ませたと同時に強引に握り込む。
その瞬間ー…耳を劈く様な甲高い絶叫にも似た悲鳴がナニカから上がる。
『腹ガ減っタ…』
ナニカとは違う異質な声がベルカの口から洩れたかと思うと、彼の姿は“人間”から別のモノへと変わっていたーー。
紫色の幽体、吊り上がった緑の双眸、大きく裂けた口、幽体の中で遊泳するかの様にぐるぐると回転を繰り返す双眸や口と同色の人魂…。
ナニカを見下ろす異質な姿をしたベルカ“だったモノ”は大きくギザギザに裂けた口でパクリと黒塊を呑み込んだーー。
閉じた口端から黒い液体を滴らせ、グチャグチャと口腔内で咀嚼音を響かせ、やがてゴクリと嚥下すると元凶が消えた事で隔絶された空間が霧散する。
聞き慣れた賑やかな夜のミアレの音を聞きながら、再度人間の姿になったベルカが路地から現れる。
「依頼の眠気覚ましには調度良いか…」
独り言をポツリと洩らすと彼は依頼者の待つ場所へと向かった。
・
・
・
・
・
今日、入っていた依頼を全てこなしたベルカは独り…静寂に包まれた4番ワイルドゾーンに居た。
毒を含んだガス状の霧を纏ったゴースや剣の姿をしたヒトツキと言ったゴーストタイプのポケモンが生息するかつて墓地だった場所である。
ゴーストポケモンが浮遊する人気の無い場所で彼は何をしているかと言うと、このエリアに棲むゴース達と戯れていた…。
何度か足を踏み入れる内に顔馴染みになった為、依頼が終わった後ベルカは必ず足を運ぶ様になったのだ。
『ゴース!ゴース!』
「何だ?“元の姿”になれって?分かった…少し待ってくれ」
ベルカの周りをふよふよと浮遊するゴースに急かされた彼は苦笑し、制止させると言った。
その時…サクッと草を踏み締める音を聞き、視線を上げた。
其処に立っていたのはーー。
「此処に居ったんか…探したで」
紫に近い黒髪、切れ長の黄金の双眼、独特なロイド眼鏡、グラスコード、毒を彷彿とさせるスーツと独特な訛りが特徴的な人物。
半目がちの桃色の瞳に見覚えのある男が映ったベルカは口を開く。
「アンタか……相変わらず“沢山憑いているな”ーー」
「そんなに日にちが経っていない筈だが?」と、付け加え男に纏わり付く様に蠢く黒いナニカを見据える。
戯れていたであろう…ゴースやヒトツキ達を周りに漂わせ、半目がちの瞳を細めて言う彼に男ーサビ組のボスーカラスバは自身の肩に手を置き、鬱陶しそうに軽く回すと言った。
「ホンマか…通りで身体が重い訳や」
「アンタは引き寄せ易い体質だからな…」
「今、祓ってやる」と、付け加えゆったりとした足取りでカラスバに近付き、数多のナニカ達を指先だけで弾き、霧散させる。
所謂、デコピンで常人には視認出来ないナニカ達をベルカが祓った事により、あんなに鈍重だったカラスバの身体がスッと軽くなった。
「流石やなぁ…」
「今日は“アイツ等”喰わんでええの?」と、付け加えたカラスバはベルカの白い頬に大きな手を添える。
武骨な手にスルリと頬を撫でられながら“アイツ等”と言う言葉にソレが何を指すか理解しているベルカは表情を変える事なく、形の良い唇を開く。
「今日は“腹”が膨れているから問題ない…」
その言葉にカラスバは彼が依頼をこなし、腹拵えをして来たのだろうと悟り、更に大きな手を滑らせ、長めの紫色の髪に触れる。
僅かに髪か指先が首筋に触れたのか…ベルカがピクリと小さく反応するのを彼は見逃さなかった。
「…止めろ」
「何で?別にええやろ…オレ等“恋人同士”なんやから」
拒絶する彼に端整な顔に笑みを浮かべたカラスバが口を開き、華奢な身体を引き寄せる。
距離が近くなった事に驚いたのか、焦ったのか紫色の長い睫毛に縁取られた半目がちの桃色の瞳を見開き、白い頬を朱に染める…。
実はカラスバとベルの二人は恋人同士。
素っ気なく、全く己に靡かないベルカをカラスバが何度フラれてもあの手この手で熱心に口説き、最後は彼が折れる形で漸く恋人になった。
カラスバとベルカが恋人になったと知ったサビ組はボスが意中の相手と恋が成就した事を全員が喜んだ。
特に右腕として傍に居たジプソはカラスバの涙ぐましい努力を知っている為、片手で両目を覆い、涙を流しながら人一倍喜んだ。
ベルカと恋人同士になってもカラスバは素っ気ないながらも何処か人を惹き付ける不思議な魅力のある彼が他に奪われない様に順調に仲を深め…現在に至る。
無表情な顔を紅潮させ半目がちの桃色の瞳を逸らし、カラスバの胸板を押し距離を取ろうと抵抗するベルカ。
しかし、そんな彼を離さないとばかりに両腕に力を込め、抱擁と言う名の檻に閉じ込める…。
「照れとるん?可愛ええなぁ…ベルカ」
「…ッ」
指先でツーッと首筋を撫でられ、耳元で囁くカラスバに無意識の内に身体を強張らせる。
突然現れた男に抱き締められ、その腕の中で震えるベルカにゴースやヒトツキ達は戸惑い焦った様に彼等の周りを漂う。
おろおろする野生のゴース達にロイド眼鏡越しの黄金の双眼を向けるとカラスバが口を開いた。
「ベルカのおトモダチかいな?心配せんでええよ」
ゴースとヒトツキはカラスバとベルカを交互に見た後、彼の言葉を理解したのか大人しくなった。
彼等が落ち着いたのを見計らい再度、腕の中に閉じ込めた恋人に視線を向けたカラスバはロイド眼鏡越しの黄金の双眼を大きく見開く。
そこにいたのはーー。
規則的な回転を繰り返す紫色の幽体、片目だけが渦巻き状になった緑の双眸、大きく裂けた口、幽体の中を遊泳するかの様に回転を繰り返す双眸や口と同色の人魂が特徴的な不思議な石に繋がれたポケモンの姿…。
その姿を視認した途端、カラスバの両腕越しに伝わったのはベルカの柔らかな身体ではなく、ヒンヤリとした冷たい感触…。
「オマエなぁ…ミカルゲの姿になるんやったら言ってくれへん?」
『あんタが…シつこいカらダ』
不服そうに言うカラスバにミカルゲは吊り上がった双眸を細め、片言の言葉で返答する。
(まぁ、その姿も悪ないからええけど…)
彼の返答にカラスバは内心呟きながら本来なら擦り抜ける筈の幽体の身体を大きな手で触れる。
実はベルカの正体は封印ポケモンと呼ばれるミカルゲだ。
カラスバが彼の正体を知ったのは常人では視る事が出来ないナニカを引き寄せる体質が関係していたーー。
仕事の関係上恨みを買い易いカラスバは“良く無いモノ”を引き寄せてはナニカに憑依されていた。
その日…運の悪い事に彼に憑依したナニカに引き寄せられ更にタチの悪いモノに目を付けられた。
其処へ、気配を察知したらしいベルカが現れ、引き寄せ易い体質にも関わらず“良く無いモノ”が集まる路地を通ったカラスバを咎めた後、ナニカに向き直る。
片目を覆い隠す紫の髪、長い睫毛に縁取られた半目がちの桃色の瞳、白い肌、ぷっくりとした唇に妖艶な口元のほくろが特徴の中性的な容姿は服装も相まって度々性別不詳と迄言われている。
美しい容姿に騙されがちだが…彼は歴とした青年でありポケモンバトルが強く、ZAロワイヤルではAランクに迄上り詰めた実力者だ。
そんな彼が何故…変わり者なのかーーそれは昼間は殆ど昼寝と称して起床せず、“夜”にしか行動しないからだ。
此処まで来ると単に朝が苦手だと思いがちだが…そんな事はなく、本当に夜の間しか活動をしないのであるーー。
その事はМZ団メンバーも知っており、最初こそ彼のマイペースぶりに呆れたり、困ったりしていたがそれがベルカの性質なのだと理解し、現在は放任している。
無表情で素っ気ない性格の彼は口数が少なく、タウニー以外のメンバーであるデウロやピュールは最初苦手意識を抱いていた。
だが…彼が本当は律儀で優しいと知り、それが切っ掛けでベルカに歩み寄る事が出来た。
誤解していた事を謝罪すると、彼は相変わらず表情一つ変える事はなかったが静かな声で「気にしていない」と、告げた。
自分達と年齢が変わらない筈にも関わらず…彼は博識でその知識量は十代とは思えなかったが、今まで色々な地方を旅して来たからとしか言わなかった。
それだけで博識になれる物なのだろうかと、怪訝に思いながら彼等は過ごして来た。
そして…ミアレの太陽が沈み、夜に変わる頃、漸くベルカが起床し、一階のロビーに姿を現す。
彼の遅い起床も今では気にせず、タウニー達は軽く挨拶を返す。
「ベルカ起きたんだね!」
「もう夜ですが…おはようございます」
「まだ眠そうだけど…大丈夫?」
誰もが振り向くであろう美しい顔には相変わらず鉄仮面の様に表情は一切なく、彼の性別を有耶無耶にする男女どちらとも取れる中性的な服装。
ベルカはデウロの言葉通り眠そうに半目がちの桃色の瞳をトロンとさせていた。
何処か気怠げにも見える麗人の仕草に彼等は一瞬、息を飲む。
自身の魅力を微塵も理解していない本人はと言うと、相変わらずマイペースな様子で友人達に挨拶を返す。
「…おはよう」
「今日は依頼が入ってる…終わり次第戻る」と、付け加えホテルZを後にする。
バタンと、扉が締まる音がロビーに響き渡り、再度静寂に包まれると彼等の口から深い深い溜め息が洩れる…。
「あの表情は反則だし…」
「……不覚にもドキッとしてしまいましたよ」
「ベルカって綺麗なんだから…もっと笑えば良いのに」
最後に呟かれたデウロの言葉にタウニーとピュールの二人は同意と言わんばかりにうんうんと頷く。
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無意識な色香で友人達を翻弄した事に唯一人気付かないベルカは夜のミアレを歩く。
厚底シューズが石畳の地面を踏む音に混ざり、彼の鼓膜に悲鳴の様な泣き叫ぶ声が聞こえた。
一度、足を止めた彼は辺りを見回すが…他の人達には聞こえていないのかーー誰も気にも留めず、夜の街を闊歩したり、カフェでまったりしたり、ZAロワイヤルに参加するトレーナーが居るだけであった。
“自分にしか聞こえていない”事を悟った彼は依頼の前に寄り道と称して…悲鳴が聞こえる場所へと歩を進める。
先程とは違い段々、人気がない場所へ誘われる様に進んで行くと鼓膜に届く悲鳴がより強く、鮮明になり、聞き取れる様になっていた。
『やだ!やだ!離して!離してよ!!誰か助けてーー!!』
それは泣き叫ぶ子供の声だと気付いた。
嗚咽混じりの悲鳴が聞こえるのは遮蔽物に囲まれた路地裏で其処だけが異様な空気に包まれ、僅かに肌寒さを感じた。
静かに其処へ近付くと、まるで深淵の様な暗闇が広がる路地裏から伸びた黒い影の様ナニカが幼子の小さな腕をガッチリと掴んでいた。
男児らしき幼子は表情を恐怖で染め、顔を涙やら鼻水でぐしゃぐしゃに汚し、自身の腕に絡み付くナニカから逃れ様と必死に藻掻くーー。
恐慌状態の幼子は至近距離にベルカが立っていても気付く事なく、叫び続ける。
この世ならざるモノに絡め取られた人間は例え生者であっても常人に認識されなくなり、その為…どんなに叫んでも声が届く事はないーー。
“霊力”を持った存在以外にはー…。
グシャッ!
嫌な音と共に幼子の腕をガッチリ掴んでいた黒いナニカが突如、霧散した。
ナニカから解放された幼子は漸く恐怖から解放された事に僅かに安堵し、未だに涙を流す大きな両目で何が起こったのかを確認する。
「⋯⋯ぁ」
幼子の目に映ったのは黒いナニカを黒革のスリーフィンガーグローブで覆われた華奢な手で握り締めるベルカの姿ー…。
このミアレで最早、知らない人は居ないであろう人物の姿に驚きやら何やらを隠せない幼子だが…先程の恐怖もあり上手く声を出せずにいた。
「行け…」
見上げたまま驚いている幼子にベルカは無表情のまま静かに、それでいて鋭い声で一言告げる。
その声で金縛りが解けた様に我に返った幼子は何度か小さな足が縺れそうになりながら、この場を去るべく駆け出した。
幼子の小さな背中が見えなくなると同時…暗闇が広がる路地裏から人の腕を模した数多の黒いナニカがベルカの細い首や四肢に絡み付き、彼を物凄い勢いで深淵へと引き摺り込んだーー。
ゴーストタイプのポケモンではないこの世ならざるモノが無数に蠢き、常人なら完全に気が狂うであろう男女混ざり合った呪詛にも似た怨嗟の声が空間に響き渡る。
「……」
しかし、この状況でもベルカは表情一つ動かす事なく、言葉では形容出来ないナニカを見据える。
ギチ、ギチ…と、彼を拘束する黒いナニカは徐々に力を込め、気管や細い四肢を締め上げていく…。
それでも、ベルカの表情は動く事なく静かな声で言う。
「それが精一杯か?」
「見掛け倒しだな」と、付け加え彼はブチッと四肢を拘束しているナニカを意図も簡単に引き千切った。
自ら拘束を解き、深淵の闇に佇むベルカを得体の知れない存在だと認識したナニカは怯んだ。
畏怖する黒いナニカにベルカは無表情のまま口角だけを吊り上げると、女性の様な細長い指をブヨブヨと蠢動する肉塊に喰い込ませたと同時に強引に握り込む。
その瞬間ー…耳を劈く様な甲高い絶叫にも似た悲鳴がナニカから上がる。
『腹ガ減っタ…』
ナニカとは違う異質な声がベルカの口から洩れたかと思うと、彼の姿は“人間”から別のモノへと変わっていたーー。
紫色の幽体、吊り上がった緑の双眸、大きく裂けた口、幽体の中で遊泳するかの様にぐるぐると回転を繰り返す双眸や口と同色の人魂…。
ナニカを見下ろす異質な姿をしたベルカ“だったモノ”は大きくギザギザに裂けた口でパクリと黒塊を呑み込んだーー。
閉じた口端から黒い液体を滴らせ、グチャグチャと口腔内で咀嚼音を響かせ、やがてゴクリと嚥下すると元凶が消えた事で隔絶された空間が霧散する。
聞き慣れた賑やかな夜のミアレの音を聞きながら、再度人間の姿になったベルカが路地から現れる。
「依頼の眠気覚ましには調度良いか…」
独り言をポツリと洩らすと彼は依頼者の待つ場所へと向かった。
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今日、入っていた依頼を全てこなしたベルカは独り…静寂に包まれた4番ワイルドゾーンに居た。
毒を含んだガス状の霧を纏ったゴースや剣の姿をしたヒトツキと言ったゴーストタイプのポケモンが生息するかつて墓地だった場所である。
ゴーストポケモンが浮遊する人気の無い場所で彼は何をしているかと言うと、このエリアに棲むゴース達と戯れていた…。
何度か足を踏み入れる内に顔馴染みになった為、依頼が終わった後ベルカは必ず足を運ぶ様になったのだ。
『ゴース!ゴース!』
「何だ?“元の姿”になれって?分かった…少し待ってくれ」
ベルカの周りをふよふよと浮遊するゴースに急かされた彼は苦笑し、制止させると言った。
その時…サクッと草を踏み締める音を聞き、視線を上げた。
其処に立っていたのはーー。
「此処に居ったんか…探したで」
紫に近い黒髪、切れ長の黄金の双眼、独特なロイド眼鏡、グラスコード、毒を彷彿とさせるスーツと独特な訛りが特徴的な人物。
半目がちの桃色の瞳に見覚えのある男が映ったベルカは口を開く。
「アンタか……相変わらず“沢山憑いているな”ーー」
「そんなに日にちが経っていない筈だが?」と、付け加え男に纏わり付く様に蠢く黒いナニカを見据える。
戯れていたであろう…ゴースやヒトツキ達を周りに漂わせ、半目がちの瞳を細めて言う彼に男ーサビ組のボスーカラスバは自身の肩に手を置き、鬱陶しそうに軽く回すと言った。
「ホンマか…通りで身体が重い訳や」
「アンタは引き寄せ易い体質だからな…」
「今、祓ってやる」と、付け加えゆったりとした足取りでカラスバに近付き、数多のナニカ達を指先だけで弾き、霧散させる。
所謂、デコピンで常人には視認出来ないナニカ達をベルカが祓った事により、あんなに鈍重だったカラスバの身体がスッと軽くなった。
「流石やなぁ…」
「今日は“アイツ等”喰わんでええの?」と、付け加えたカラスバはベルカの白い頬に大きな手を添える。
武骨な手にスルリと頬を撫でられながら“アイツ等”と言う言葉にソレが何を指すか理解しているベルカは表情を変える事なく、形の良い唇を開く。
「今日は“腹”が膨れているから問題ない…」
その言葉にカラスバは彼が依頼をこなし、腹拵えをして来たのだろうと悟り、更に大きな手を滑らせ、長めの紫色の髪に触れる。
僅かに髪か指先が首筋に触れたのか…ベルカがピクリと小さく反応するのを彼は見逃さなかった。
「…止めろ」
「何で?別にええやろ…オレ等“恋人同士”なんやから」
拒絶する彼に端整な顔に笑みを浮かべたカラスバが口を開き、華奢な身体を引き寄せる。
距離が近くなった事に驚いたのか、焦ったのか紫色の長い睫毛に縁取られた半目がちの桃色の瞳を見開き、白い頬を朱に染める…。
実はカラスバとベルの二人は恋人同士。
素っ気なく、全く己に靡かないベルカをカラスバが何度フラれてもあの手この手で熱心に口説き、最後は彼が折れる形で漸く恋人になった。
カラスバとベルカが恋人になったと知ったサビ組はボスが意中の相手と恋が成就した事を全員が喜んだ。
特に右腕として傍に居たジプソはカラスバの涙ぐましい努力を知っている為、片手で両目を覆い、涙を流しながら人一倍喜んだ。
ベルカと恋人同士になってもカラスバは素っ気ないながらも何処か人を惹き付ける不思議な魅力のある彼が他に奪われない様に順調に仲を深め…現在に至る。
無表情な顔を紅潮させ半目がちの桃色の瞳を逸らし、カラスバの胸板を押し距離を取ろうと抵抗するベルカ。
しかし、そんな彼を離さないとばかりに両腕に力を込め、抱擁と言う名の檻に閉じ込める…。
「照れとるん?可愛ええなぁ…ベルカ」
「…ッ」
指先でツーッと首筋を撫でられ、耳元で囁くカラスバに無意識の内に身体を強張らせる。
突然現れた男に抱き締められ、その腕の中で震えるベルカにゴースやヒトツキ達は戸惑い焦った様に彼等の周りを漂う。
おろおろする野生のゴース達にロイド眼鏡越しの黄金の双眼を向けるとカラスバが口を開いた。
「ベルカのおトモダチかいな?心配せんでええよ」
ゴースとヒトツキはカラスバとベルカを交互に見た後、彼の言葉を理解したのか大人しくなった。
彼等が落ち着いたのを見計らい再度、腕の中に閉じ込めた恋人に視線を向けたカラスバはロイド眼鏡越しの黄金の双眼を大きく見開く。
そこにいたのはーー。
規則的な回転を繰り返す紫色の幽体、片目だけが渦巻き状になった緑の双眸、大きく裂けた口、幽体の中を遊泳するかの様に回転を繰り返す双眸や口と同色の人魂が特徴的な不思議な石に繋がれたポケモンの姿…。
その姿を視認した途端、カラスバの両腕越しに伝わったのはベルカの柔らかな身体ではなく、ヒンヤリとした冷たい感触…。
「オマエなぁ…ミカルゲの姿になるんやったら言ってくれへん?」
『あんタが…シつこいカらダ』
不服そうに言うカラスバにミカルゲは吊り上がった双眸を細め、片言の言葉で返答する。
(まぁ、その姿も悪ないからええけど…)
彼の返答にカラスバは内心呟きながら本来なら擦り抜ける筈の幽体の身体を大きな手で触れる。
実はベルカの正体は封印ポケモンと呼ばれるミカルゲだ。
カラスバが彼の正体を知ったのは常人では視る事が出来ないナニカを引き寄せる体質が関係していたーー。
仕事の関係上恨みを買い易いカラスバは“良く無いモノ”を引き寄せてはナニカに憑依されていた。
その日…運の悪い事に彼に憑依したナニカに引き寄せられ更にタチの悪いモノに目を付けられた。
其処へ、気配を察知したらしいベルカが現れ、引き寄せ易い体質にも関わらず“良く無いモノ”が集まる路地を通ったカラスバを咎めた後、ナニカに向き直る。
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