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優しい君

優秀な魔法士を育てる指折りの名門校であるナイトレイブンカレッジ。

そんな名門校に魔法が使えない異世界から一人の少年がやって来た。

彼は元居た世界へ帰る方法が見付かるまでオンボロ寮の監督生としてナイトレイブンカレッジに在籍していた。

魔法が一切使えないが彼には“別の”力が備わっていた。

それは、霊能力と呼ばれる類稀なる力でもう一つは…この世のモノではない、異形の魔手を召喚出来ると言う力であった。

明らかにこの世界のモノではないその異形の能力には学園長を含めた全生徒が驚きを隠せなかったーー。

しかも…その魔手達は神出鬼没で様々な場所から現れ、更には魔法を一切受け付けなかった。

その力のお陰でオンボロ寮の監督生は数々のオーバーブロットの事件を解決に導いたのだ。

“魔法が使えない異世界人”と言うレッテルは貼られているものの…事件を通して彼と関わった生徒達はそんな事を気にせず接していた。


しかし…中には魔法が使えないにも関わらず学園に通い、更には寮長、上級生と親しい、または成績が良いと言う事を妬み、煙たがっている生徒も何人か居た。


“魔法が使えない役立たず”


“成績が良いのは教師に取り入ってるから”


“何であんな奴が寮長や上級生に気に入られているんだ”


“何時も何もない所を見て話してて気味が悪い”


等と言った心無い陰口を投げ掛けられる度、何時も傍に居るグリムやハーツラビュル寮生のエースやデュースの二人は気を効かせて聞こえない様に遠ざけたり、席を外したりと監督生を気遣った。

それは同じ一年生のサバナクロー寮生のジャックも同じであった。

自分を何時も気遣ってくれる友人達に監督生のサクヤは人形の様な美しい顔に控え目な笑みを浮かべ、感謝の意を述べた。

この世界では珍しい混じり気のない艶やかな黒髪、長い睫毛に縁取られた黒真珠の様な瞳、雪の様な白い肌、何処か異国風の儚げな雰囲気を漂わせる少女の如き美貌の華奢な少年は男心を擽られた。

友人と言う形で接しているものの、密かに気になっている相手に控え目ながらも笑顔で感謝されると擽ったさを感じた。


ほんわかした空気を漂わせる彼等を見詰めるのはサクヤを気に食わない数名の生徒達。

彼等はどんな手を使ってもサクヤをこの学園から追い出そうと模索していると、彼の“特殊能力”に目を付けたのであったーー。

それに気付いた彼等の頭の中に恐ろしい考えが浮かんでいる事に誰一人気付いていなかった。










そして、それは数日後起こった。


「ど、どうして……一体、何が起こってるの……?」

困惑した様な今にも泣きそうな声を漏らすサクヤ。

何故なら…何時も自分に忠実な筈の魔手達が己の意志に反するかの様に勝手に出現し、怨嗟の“声”を上げながら暴れていたーー。

しかし、暴れるなんて生易しいものではなく…少しでもサクヤに近付こうものなら魔手達は命を刈り取ろうと攻撃を仕掛けるのであった。

今まで談笑していたグリム、エース、デュースの二人と一匹は驚きを隠せなかった。

「ふなっ!?い、一体どうなってるんだゾ?!」

魔手をギリギリ避けたグリムは驚愕の声を上げる。

「知るかよッ!」

「それより、これじゃサクヤに近付けないぞ…ッ」

グリムの言葉にエースは吐き捨てる様に言い、デュースは突如暴走を始めた魔手達に困惑しているサクヤに視線を向け、言った。

彼は必死に魔手達を宥める様に声を張り上げるものの“彼等”は声が届いていないのか……暴れていた。

このままではグリム達の命を奪い兼ねない様子にサクヤは地面に両膝を着き、泣き崩れた。

「お願い……止めて……っ」

両手で顔を覆い、必死に魔手達に念じた。

“グリム達には手を出さないで”


“大事な人達の命を奪わないで”


華奢な肩を揺らし、嗚咽を洩らす彼の言葉が漸く届いたのか……魔手達は大人しくなり、引き込まれる様にサクヤの影の中に消えていった。

魔手が消えたのを見計らいエース達はサクヤの元へ駆け寄った。

あの魔手達が神出鬼没だと言う事を知っている為、また現れるかもしれないと内心怯えていたが、今はサクヤを安心させてやろうと思い直す。

「サクヤ大丈夫か、なんだゾ…?」

グリムはピョンと、サクヤの膝に飛び乗り、真ん丸な蒼玉の双眼を向け、心配そうに尋ねる。

しかし、彼は顔を上げようとはせず俯いたままであった。

「俺もデュースも平気だからさ…なぁ、顔上げろって」

「エースの言う通りだ。僕等は何処も怪我していない」

サクヤは大人しくてたまに厳しい事を丁寧な言葉で言って退け、怖かったりもするが…心はそんなに強くないのだ。

恐らく、自身が使役しているあの魔手達が暴走し、自分達を傷付けたと気にしている…。

彼は誰よりも優しく、思いやりのある人物だと言う事は何時も一緒にいる自分達がよく知っているからこそ分かる。

それに、彼は“一度”もあの魔手を攻撃対象として自分達に向けた事はない。

まぁ、授業や課題の補習、罰と証した清掃から逃げようとした時の足止め、遊びの時に召喚した事はあっても“彼等”を決してけしかけたり等しなかった。

だからサクヤを疑う様な事はないと言う視線を向けると、漸く彼は俯きがちだった顔を酷く緩慢な動きで上げる。

その表情を見た二人と一匹はギョッとした。

サクヤは長い睫毛に縁取られた黒真珠の様な瞳を涙で濡らし、白い頬は涙目特有の効果により赤く染まっていた。

好意を抱いている相手の煽情的な表情にエーデュースコンビは思わず息を飲み、グリムは純粋に相棒を心配した。

「本当に……怪我、してませんか?」

足元から現れた魔手達に支えられながら立ち上がると、エースとデュースの頬や身体に手を触れ、身長差の関係で上目遣いで尋ねるサクヤ。

「だ、大丈夫だっての…!」

「そ、そうだ!だ、だから心配しないでくれ!」

見た目美少女な相手に頬や身体を触診される様に触れられれば幾ら何でも歯止めが利かなくなりそうな為、声を張り上げる。

その言葉に安堵したのか、「良かった…」と、サクヤは声を洩らし、控え目に微笑む。

儚い美しさを持つ彼に似合う静かな笑みは満面の笑みではなくともエースとデュースには尊いものに見えた。

同時に彼には…サクヤにはずっと笑っていて欲しいと思った。

「なぁ、サクヤ。お前のその…手?みたいなヤツ今までにも暴走とかってした事あんの?」

確認する為、エースは彼に尋ねる。

すると、サクヤはそれを否定する様に首を横に振るとさくらんぼ色の唇を開く。

「ないですよ。“この子”達とは小さい頃から一緒に過ごしてますが僕の意志を無視して相手に危害を加えた事は一度もありません……」

「そうか…なら、一体何が原因なんだ?」

相槌を打った後、デュースは腕を組み黒い革手袋に覆われた手を顎に添え、考える。

頭を悩ませる二人を余所にグリムを抱いたサクヤが突如、何かを思い出した様に呟く。

「あ…そう言えば。あの子達の霊力と混じって妙なチカラを感じましたね……」

「まるで“ナニカ”に強制的に支配されている様な……」と、付け加えチリーンと髪に付けた鈴を鳴らしながら首を傾げる。

「おい…それってーー」

サクヤの言葉がヒントになり、意外に頭が切れるエースが欠けたピースが嵌まったとばかりに口を開こうとした瞬間、それは突如響いた声に遮られる…。

「あ~~小エビちゃん。何してんの~?」

間延びした口調とサクヤをその呼ぶのは一人しかいない…。

エース達が視線を声がした方向に向けると、脳内で描いた通りの人物がいた。

浅瀬を彷彿とさせる青髪に一房灰色のメッシュが混ざった金と灰色のオッドアイを持つ長身の生徒。

彼は機嫌が良いのか…はたまたお気に入りのサクヤが居た事が嬉しいのかにこにこ笑い自分より遥かに小さく、華奢な身体を長い腕でギュウ、ギュウと抱き締めていた。

「あ、フロイドさん。こんにちは……」

一方、最早慣れたのか、平気なのか…サクヤは自身に絡み付く腕に手を添え、振り返る様に仰ぐと控え目な笑みを浮かべ、挨拶を返す。

フロイドと呼ばれた生徒はオクタヴィネル寮の2年生であり彼等の一つ上の上級生だ。

イソギンチャク事件以来、エース達はフロイド含めたリーチ兄弟とオクタヴィネルの寮長ーアズールが苦手であった。

その証拠に今までサクヤの傍にいた筈のグリムはデュースの肩に移動していた。

本当ならこの場を去りたいが……先程のサクヤの事を考えるとその場に踏み止まった。

それに、彼はサクヤが居れば機嫌が良い為、見守る事にした。

この学園内で唯一彼を恐れないサクヤは後ろから抱き締められた状態で先程の問いに答える。

「別に対した事ではないんですが、エース君達と楽しく話していただけですよ」

(本当はちょっと困った事もありましたが……)

魔手達が暴走した事は伏せ、告げると彼は「ふ~ん…」と、詰まらなそうな返事をする。

何となく予想出来ていた答えに苦笑していると、フロイドは何か閃いた様に口を開く。

「ねー小エビちゃん。暇ならさァ、今からオレと遊ぼうよー」

「今からですか?でも、もうすぐ予鈴鳴りますよ?」

「何?小エビちゃんの癖に生意気」

彼の地雷を踏んでしまったらしく、フロイドは不機嫌な表情でサクヤを見下ろし、言った。

その様子にサクヤは困った笑みを浮かべるしかない…気分屋なフロイドの地雷は何処にあるか分からない。

やってしまったと思いながらもサクヤはこれ以上、彼の機嫌を損ねない様に腕の中で身体を反転させ、精一杯片腕を伸ばし、頭を撫でる。

「本当にごめんなさい…フロイドさん。放課後なら時間がありますから。その時遊びませんか?」

「…………うん」

まさか頭を撫でられるとは思ってなかったフロイドは一瞬、驚いたが同時にあんなに不機嫌だった筈なのにそれすら吹き飛び、気付くと頷いていた。

自身の返答に安堵した様に控え目に微笑むサクヤを見下ろしていると、フロイドの中にぽかぽかとした温かい感情が広がるのを感じた。

ほんわかした空気を漂わせる二人に見守っていたエース、デュース、グリムは感心していた。

(あのフロイド先輩を撫でるとか……絶対無理だわ)

(ああ。おまけに空気まで和ませるとは……)

(子分、スゴいんだゾ……)

(((流石……猛獣使いーー)))

内心でサクヤを称賛していると、フロイドが此方を向く。

「あれ?カニちゃん達いたの?」

「最初から居ましたけどーー!?」

(本っっっっ当に、サクヤしか見てないなこの人!!)

代表する様にエースが声を張り上げると同時に内心呟く。

フロイドは既に興味が失せたとばかりに視線を彼等から反らし、再びサクヤの方を向くと上機嫌に言った。

「ねー小エビちゃん、もっかい撫でて~」

「はい。良いですよ」

自分より年上の筈なのに何処か子供っぽい姿に微笑ましさを感じたサクヤは頷く。


そして、フロイドに華奢な白い手を伸ばそうとした瞬間ーー。
 
                 
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