祝福されし生命《イノチ》

空虚をも斬り裂くかの様な鋭い剣閃が見事魔物を斬り伏せる。

魔物を物言わぬ肉塊に変えたのは、神秘の大陸ーミスタルシアを旅する救世の騎士と呼ばれる青年。

彼は、心に決めた相手と二人旅をしている最中、魔物の襲撃に遭っていた。

幾度となく世界を救い、数々の死線を潜り抜けて来た騎士は魔物等物ともせず地に沈めていく…。

そんな彼に負けじと、魔物を闇の力が宿った剣や魔術で倒すのは…美しい堕天使ールシフェル。

彼は、魔界で知らない者はいない堕天使達の頂点に君臨する存在。

そう…騎士が心に決め、一生涯の伴侶に選んだ相手は堕天使長ールシフェルである。

二人は見事な連携で魔物を倒していたが…途中、ルシフェルの動きが鈍り、彼の握る剣にもその影響が出始めていた。

(何だ…何時もより身体が重い…)

普段の己からは考えられない倦怠感にも似た鈍重さにルシフェルは内心呟く。

また、感じるのはそれだけではなく、何故か何時もより魔力の消耗も激しく冷静な彼は珍しく戸惑っていた。

それに気を取られていたルシフェルは自分に襲い掛かる魔物に気付けなかったー…。

しかし、それに気付いた騎士が剣閃で魔物を薙ぎ払った。

そして、漸く現実に引き戻されたルシフェルは、眼前に立つ騎士の広い背中を見上げる。

「…騎士」

「大丈夫か?!ルシフェル」

全ての魔物を倒し終え、剣を鞘に納めると彼の身を案じる様に尋ねる。

「ああ…大丈夫だ」

それに相槌を打ち、至極心配そうな視線を向け、怪我をしてないかと全身をくまなく見詰める騎士に羞恥を感じ、視線を逸らす。

幾ら修復機能を持った堕天使とは言え、伴侶である彼を大事に思っているからこそ騎士は心配していた。

怪我がないと知り、彼は安堵の溜め息を洩らす。

「でも、どうしたんだ?君らしくないじゃないか」

普段のルシフェルからは似つかわしくない鈍重な動きと剣閃に怪訝な表情で問う。

それにルシフェルは一瞬、また彼を心配させるかと思い、隠し通そうかとも考えたが…此処は素直に話す事に決めた。

「何故かは知らんが…今日は酷く身体が重い。その上、何時もより魔力の消耗も激しい…」

その発言に騎士は切れ長の琥珀の双眼を見開いた後、口を開く。

「!…もしかしたら、疲れが溜まっていたのかもしれないな」

この地に来る途中も魔物の襲撃に連続で遭ったり、道中休憩を挟んでいるとはいえ…野営や長旅による疲労が出たのかもしれないと騎士は考える。

そして、何かを決意したかの様に頷くと真っ直ぐルシフェルを見据える。

「ルシフェル。今日は此処までにして宿に行こう」

これ以上ルシフェルに無理をさせる訳にはいかないと思い今夜は宿に泊まろうと歩を進める。

しっかりと彼の手を握り締めながら。

自分の手を引く騎士の広い背中を見詰め、大した事ではないのに過保護だなと彼にバレない様に溜め息を吐く。

内心は呆れながらも無意識に自分の表情が緩んでいるのをルシフェルは気付いていなかった。








街に辿り着いた後、二人分の料金を支払い宿に入る。

装備等を外し、軽装になると簡易ながらも野営とは違う柔らかな寝具の感触に一息吐く。

「今日はゆっくり身体を休めるといいよ…ルシフェル」

眼前で何時もの服装や装備ではない清潔感のある白いシャツを纏う彼に優しく言う。

「…分かった。だが、少し大袈裟ではないか?」

相槌を打った後、溜め息混じりに洩らす。

遠回しに過保護だと言われた騎士はきょとんとした後、直ぐに端整な顔に笑みを浮かべる。

「大袈裟じゃないよ。ルシフェルが大事だから心配してるだけ」

「…ッ」

双眼を細め、優しい口調と表情で言う彼にルシフェルは思わず白い頬を赤らめ、思わず視線を逸らす。

(……私のような堕天使を心配するのはお前だけだぞ)

魔界では堕天使長、地上界では魔界の天使と呼ばれる自分を此処まで心配するのは彼以外に居ないのではと内心呟いた。

チラリと彼を一瞥すると、明日の準備を兼ねて雑嚢の整理をしていた。

此処に来る途中に店に寄り、足りない物資等を買い足したりしていたのを知っているルシフェルは朝一で宿を出発出来るなと考え、寝具に腰掛ける。

「……っ」

軽く腰掛けた筈にも関わらず、何故か下腹部に違和感を感じ、思わず掌を宛てる。

(一体、何だ…)

先程の魔物との戦闘中に感じた倦怠感と関係があるのかと、ルシフェルは一人考えながら未だに雑嚢を整理している騎士の背中を見詰める。









その後、漸く雑嚢の整理を終えたらしい騎士と他愛のない会話をしていると、突然宿の主人が部屋を訪ねて来た。

何処か切迫した様子の主人に騎士は何事かと視線を向ける。

すると、主人は比較的村に近い平原に魔物が現れ、村に危害が及ぶ前に討伐の依頼を騎士に要請して来たのであった。

救世の騎士として村を守る為、彼はその依頼を承諾した。

騎士の言葉に主人は感謝を述べ、前金を手渡した。

受け取ったそれを雑嚢に仕舞い、討伐に向かうべく再び防具や外套を身に纏う騎士同様にルシフェルも準備をしようとするが。

「ルシフェル。君は此処で待っていてくれ」

寝具から立ち上がるルシフェルを制止する様に騎士は言い、細い両肩を掴み再び座らせる。

「何故だ?お前一人では危険だ。私も一緒に……」

上から両肩を押さえられ、自然と騎士を見上げる形で見据え、食い下がるも彼は首を横に振る。

「大丈夫だから。ルシフェルは休んでて……」

これ以上、ルシフェルに負担を掛ける訳にはいかないと安心させる様に優しい口調で言うとチュッと額に口付けを落とす。

優しげな行為に薄っすらアメジストの瞳を見開くが直ぐに元の表情に戻り、折れた様にルシフェルは頷く。

それに安堵した騎士は彼の両肩から両手を離し、立て掛けていた剣をベルトに差す。

「成るべく、直ぐ戻るから」

ルシフェルに振り返り、騎士は端整な顔に笑みを浮かべ、室内を出た。

バサリと外套を翻す彼の広い背中を見送り、暫くは部屋の扉をぼんやりと見詰めていた。

騎士が戻る迄暇を潰そうと、本棚にある書物を手に取り、表紙を捲る。

頭の片隅に騎士の事が過ったが、それを振り払う様に書物の内容に集中する。
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