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『トモダチゲーム』二次創作(小説)






 千聖は若者向け男性用のファッション雑誌を伏せて口元に緩い笑みを浮かべて目を閉じて大きく伸びをしてから京のほうを振り向いてにっこりとした。
「考えてみたら京とふたりきりって初めてじゃない? まぁ、先輩と後輩なんだし、接点があんまりないけどさ。バスケの最中以外では」
 『はぁ……』と答えながら京は手にしていた本に未練を感じて鞄にしまうことをやめて用心のため膝の上に置く。
「そうですね」
 千聖のほうに笑顔を向ければその目が自分の膝に置いた本に落ちていることに気付く。
「へえ……難しい本を読んでるんだなぁ。それ参考書じゃないでしょ。図書室で借りたの?」
 嫌な感じに顔を歪めてあごを上向け細めた目で見下ろしてくる千聖に瞬間的に真顔になった京はわずかに顔をうつむけて叱られたようにしょんぼりとして小さな声で返す。
「あっ、これは……勧められて、断りにくくて」
 本当は京が自分で読みたくて書店で買い求めた本なのだが、宣伝文を読んで興味を持ったのだし、帯でその本を勧めるお偉い先生方に断りにくい、というわけで京としては嘘は言っていないが、千聖がどう捉えるかは本人の自由だ。
「たまには自分のレベルより上の本を読むといいって聞きますし」
 さりげないふうを装って思い出したように本を鞄にしまって京がおずおずと笑って見せると千聖が一応は納得した様子でうなずくように顔を戻して口元だけで笑みを作り『ふうん』とつまらなそうに言う。
「そうなんだ。京は勉強熱心だね。勉強もできて、運動もできて、バスケだってすごい勢いで上手くなってるじゃない?」
「そんなっ……」
「ああ、いいからいいから、謙遜なんてしないで。本当のことだしさ。才能があるっていいことだよ。一年でもう試合に出られるんだもんなぁ。俺たちとは全然違うよ。一年でここまで活躍できる奴が入ってくれて正直助かったし。京には三年の先輩たちも俺も期待してるからさ」
 さらりと決して嫌味に聞こえないように爽やかな笑顔で話す千聖を京は微妙に困惑したような微苦笑を浮かべて見つめ返す。
(嘘くさ……)
 京はゆっくりと視線を逸らす。
(『俺たち』っていうのは百太郎先輩のことか……)
 言い終わると鼻歌でも歌い出しそうな機嫌の良さそうな、今までのことがなんでもないような、余裕ありげな態度に戻る千聖。
(そして『俺』も期待してるってことは2年の中には僕のことをよく思ってない奴がいるってこと)
 京はとっておきの笑顔を千聖に見せた。
「うわぁ、ありがとうございます、千聖先輩! そんなふうに思ってくれてたなんて感激だなぁ! ご期待に副えるように、僕、頑張りますから!」
 半ば本気で拳を握り締めて目を輝かせて元気いっぱいに言う京に、千聖のほうが驚いたように目を見開いて怯んだような様子で、頬に冷や汗を垂らしながらこくんとうなずく。
「あ……ああ……うん。頑張って。えっと……今の調子でいけばいいよ」
「はい! アドバイスありがとうございます! 嬉しいです!」
 思い切りはずんだ声で言えば、千聖が目をパチパチとさせ、やがて気まずそうにゆっくりと顔を背ける。
(ふん、どうだ、ざまぁみろ!)
 京は勝ったことに気を良くして千聖の隣でニコニコとする。
(三年の中にだって、それどころか同じ一年の中にだって僕のことをよく思ってない奴らがいることは知ってるし、そんなことどうでもいいんだよ)
 そのことが気にならないくらいには、実力を見せて思い知らせて黙らせることができると、京は確信していた。
「……京はさぁ」
 しばらくしてから、『はぁ』と嘆くように大きなため息を吐いて、千聖が振り向いて首を傾げて京の顔を覗き込むようにして笑顔で問う。
「万里先輩に勉強教えてもらうの?」
 突然の質問にきょとんとし、京は用心しいしい、考えながら答えた。
「はい、まぁ、万里先輩が教えてくださるというので」
 それがどうしたと不審に思いながら言った後で心の中で万里に向けて手を合わせて謝る。
(ごめん万里兄ちゃん!)
 勉強を教えてもらうというのは本当は嘘で、ただの口実で、一緒に帰るために待ち合わせているだけなのだが。
「俺が見てあげようか?」
「えっ……?」
 驚いて京が千聖を見ると千聖はニヤニヤと嫌らしく笑っていた。
「いやぁ、だって、こうして暇してるんだし? この間に俺が教えてあげたっていいでしょ? ほら、百太郎も追試で、俺もこうして暇してるんだし?」
 椅子に深く腰掛けてのけぞるようにして、千聖は両手を大きく開いて、雑誌の乗ったテーブルを目立つようにして示した。
「……」
 軽く目を閉じて、微笑んだままで黙って京の返事を待っている千聖に、本当に困って京はうつむく。
(いやいや……なんとでも言えるんだけど……どれもちょっと……)
 頭の中でいくつかの言葉を思い浮かべ、内心でぶるぶると首を横に振り、京は深く考え込む。
(こいつに僕が教えてあげるほうじゃないの?)
 チラと目を上げて相手を窺う。
 形だけ宿題などを取り出して見てもらうという手もあるが、不自然極まりないだろう、千聖の耳にも京の成績の良さは届いているはずだ。
(……わからないふりしたってバレるだろ……)
 関係を悪くしないで済む良い断り文句が思いつかずに、考え終わって面倒臭いことになったとうんざりとしている京の耳元に、身を乗り出した千聖の息がかかる。
「ふふっ……なんてね」
 驚いてバッと飛びのく京にニヤニヤとした笑みを浮かべた千聖が自虐のように言う。
「俺ごときじゃダメだよね。なにしろ京は天才なんだから。万里先輩くらい頭が良くないと相手にならないかぁ」
 『傷つくなぁ』と大袈裟なため息を吐いて言って『あーあ』とまた椅子に背を預けて満足そうにする千聖にピシッと京の顔が強張る。
(コイツッ……)
 信じられないという思いで見開いた目を細めて、相手が目を閉じているのをいいことに、ジトッと半眼で見る。
(……嫌だな。そうやってプライド守りたいわけ。馬鹿みたい。言いたいことがあるなら言えばいいじゃん。これなら百太郎先輩のほうがまだマシだったのに)
 繊細な千聖と違って、鈍感な百太郎は京にとって扱いやすい、なにしろ馬鹿にされていても気が付かないくらいなのだ。
(ほらぁ、やっぱり、僕のこと嫌いなんじゃん……)
 このままネチネチとイジメられ続けることも気に入らないし、かといって今の時点で猫被りをやめることはできないし、万里と約束したこともあるしと、京はなんとかこの場を逃れるための言い訳を、相手のほうを窺いつつ考える。
「あ、そうだ、京」
 何かを思いついたというように千聖がパッと目を開いたので京はにらみ据えることをやめて笑顔を作る。
「なんですか? 千聖先輩」
 身を起こしてテーブルの上に置かれた雑誌に身を伏せるようにして千聖はヘラヘラとした力のない笑顔を向けて言う。
「『スポーツで負けても復活してくるお医者さんは?』」
「はぁ?」
 いきなりなんの話題だよと京は素直に驚きを出して千聖をまじまじと見る。
「えっ、あの、なんて……?」
「だから、『スポーツで負けても復活してくるお医者さん』だよ、なぞなぞね」
「ああ、なぞなぞですか、えーっと……」
 京は顔を引きつらせてうなずいておそるおそる口に出す。
「……うーんと、それなら、歯医者さんかな……?」
 千聖が嬉しそうに大きくうなずく。
「さっすが、京、せいかーい! って言っても、コレ、小学生レベルのなぞなぞだけどさぁ。じゃあ次ね、『立派なものなのにいつも他人に踏みつけられているもの』、なぁーに?」
「……」
 楽しそうな千聖を前に京は呆然とする。
(……この人は僕を馬鹿にしてるのかな……?)
 馬鹿にしているのか、表だって馬鹿にしたいのか、千聖のしたいことが何かわからずに頭を悩ませながら京は答えを言う。
「えっと、……スリッパとか、ですか?」
「またまた大正解!」
 ヘラヘラと緩く笑いながら言われてなんとなく屈辱を感じて京はそれを必死に堪える。
(小学生レベルのなぞなぞって……!!)
 わかりきったことを言われたり言わされたり、同じことを聞かれたり答えさせられたり、そういうことが京は嫌いなのだ。
「じゃあ次。今度はちょっと難しいかもよ。『セーターを編める花は何?』」
「……ケイトウ」
 楽しそうな千聖と、もはや仏頂面に近い京のテンションは、天と地ほどの差がある。
「じゃあ次は何にしよっか。そうだなぁ。『物忘ればかりしてる人が行く病院は何科?」
「……は?」
 あまりの鬱陶しさに京は限界を迎えてプチッと切れた。
「そんなこと知りませんよ! 物忘れ外来にでも行ってくださいよ! 認知症でしょ!」
 憤り、投げやりに大声で言うと、それでも驚いた様子ながら千聖が柔らかく苦笑して言う。
「ざんねーん。ふせいかーい。それはそれで当たりだとは思うけどね?」
 『答えは内科だよ』と言った千聖が片目を閉じて顔の前で両手を合わせて京を拝むようにして頭を下げる。
「ごめんね。怒らせちゃって。でも京って怒ると怖いんだねぇ」
 ペコペコとする千聖を前にして急激に頭が冷えた京はハッとしてなんとか笑顔を作ろうと苦心しながら自分も頭を下げた。
「ごっ、ごめんなさい、千聖先輩。違うんです。怖いだなんてヒドいこと言わないでくださいよぉ」
 『嫌だなぁ』とアハハと笑って見せ、頬を流れる冷や汗を感じながら、慌てて頭をフル回転させてごまかす方法を考える。
「実は僕、ちょっとお腹が空いちゃってて、それでイライラしてたんです!」
 涙まで浮かべて申し訳なさそうに『怒鳴っちゃってホントごめんなさい!』と言って勢いよくがばっと頭を下げて、京がおそるおそる顔を上げると、千聖はいつものようにヘラヘラと笑っていた。
「なーんだ。そういうことなら早く言ってくれればよかったのにさ。俺、女の子からもらったパウンドケーキ持ってるから、食べる?」
 千聖が横に置いていた鞄の中をゴソゴソと漁って中からパウンドケーキを取り出すのをしおらしくしょんぼりしたまま京は待つ。
「ほら、これあげるから食べて、京」
「え、でも、あの……いいんですか?」
「いいのいいの。さっきのお詫び。いつもお菓子作ってきてくれる女の子がいるんだ」
 目の前に差し出されたパウンドケーキが何切れか入ったかわいらしくラッピングされた袋を見つめて、これは仲直りのきっかけで先輩が出してくれたものだから後輩として断れないと判断して、覚悟して京は手を伸ばす。
「それじゃあ、すみません、いただきます」
「うん、どうぞどうぞ、食べて」
 気まずい思いで袋からパウンドケーキをひと切れ取り出して両手で端を持って食べ出した京に笑顔で千聖が話す。
「中学の頃はクッキーとかをもらうことが多かったけど、最近では変わった物をくれるようになってさ、マカロンとかね。オシャレになったよね。それに香水とかくれたりしてさぁ」
 ただ自慢したいだけなのだろうからと食べていることをこれ幸いと夢中になっているふりをして京は無言でパウンドケーキを口に入れてもぐもぐする。
「……」
 妙に優しい目で横から千聖にじっと見つめられていることに気付き、京は怪訝に思い、訊ねるような目を相手に向ける。
「ついてるよ」
「ありがとうございます……?」
 己の口の横を指して教える千聖の真似をして京はそこについたパウンドケーキのクズを取り、ついで差し出されるティッシュを受け取りそれで手を拭い、改めて千聖を見る。
「実はさ、俺、京のこと可愛いなって、前から思ってたんだよね、まるで小動物みたいで」
「はっ!?」
「……え、いやいや、そんな驚く?」
 驚いて声を上げた京に、そのことでびっくりしたといったように目をパチパチさせて、千聖は首を傾げて真顔で言う。
「前にバスケ部のみんなで集まってご飯食べた時にも、京はハンバーガーをそうやって両手で持ってチビチビ食べてたよね、小さいしすごく可愛いなって。なんだか、リスとか、そういうの。それか猫みたいな?」
 ふふふと微笑まれて理解不能と京は真っ青になる。
「そうですか……? あれ……? 千聖先輩は僕のこと嫌いなんじゃ……?」
 千聖が不可解そうに眉をひそめる。
「何それ。そういえば百太郎の時にも言ってたよね。京はそんなに他人によく嫌われるの?」
「っていうか……だってっ」
 言おうとした言葉を飲み込んで京はうつむく。
(情報通の千聖先輩なら中学の頃の僕のこと知ってるはずだし……)
 よく思われるはずがないと困惑する京に、『ああ!』と大きな声を上げて、千聖がひらひらと手を横に振る。
「あれかー……。本当はケンカが強いらしいね? それとまぁ、頭の良さは言うまでもないし、いろいろとあったらしいけど。関係ないじゃん?」
「関係……ないんですか……?」
 京が疑いの目でじっと見ると、千聖が気にした様子もなく笑う。
「だって可愛いものは可愛いし。顔とか小さいとことか。可愛がりたいけど普段は万里先輩とかと一緒にいるし」
 言い放つ千聖を京は『げぇっ』と青ざめた顔を歪める。
(この人の判断基準……まさか美醜?)
 顔や背の低さなどで千聖に気に入られているとは思わなかった。
「えーっと、先輩は、まさかそういう……?」
 怖い想像をした京が一応念のためと問うと、千聖が『あれっ?』と慌てた様子でテーブルの上に置いていた雑誌を取り上げ、開いてめくる。
「いやいや~、俺は、女の子が好きだから! こういう可愛い女の子の写真とかよく見てるくらいだからさっ? そこのところは安心していいよ!!」
 無理やり押し付けるように際どい水着姿のグラビアアイドルの写真のページを見せられて京はのけぞる。
「ああっ、わかった、わかりましたよ! ならいいですから!! やめてくださいよもうっ!!」
 わかったというのがわからないのか、それともまだわかってもらえていないと思ったのか、千聖はさらにページをめくり京のほうに向ける。
「今度百太郎も交えて鑑賞会やるからさ、京も一緒に見ようよ、特別に参加させてあげるから」
「余計なお世話ですよぉ」
 膨れっ面で返しながら、きっと無理やりにでもこの人に参加させられるんだろうなと、近くに置いてあったバスケの試合が入っているはずのディスクを手に持ちウィンクする千聖を見て京は察した。
「主将に知れたら怒られるんじゃないですか」
「京は言わないでくれるよね?」
「……まぁ」
 知ってしまったことで、共犯者にさせられるなら、好奇心なんて持たなければよかった。





(おしまい)
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