『トモダチゲーム』二次創作(小説)






 部活後の部室でバスケットウェアから制服に着替えながら紫宮京はチラと横目で話しているふたりのほうを窺い見る。
「千聖、マジすげぇな、軽く平均点超えてるなんてよぉ」
「そんなことないよ。俺より上の奴なんていくらでもいるじゃん。まったく百太郎はいつも大袈裟だなぁ」
 京の一学年上の2年生であり部活の先輩である鬼瓦百太郎と柱谷千聖が試験のことについて話していた。
「大したことじゃないって。あんな点数。まぁ、なんとか平均は取れたって感じかな、そこまですごいことじゃないだろ?」
「っつったって、千聖、テスト前だって全然勉強してなかったじゃねぇか。女と遊びに行ってたんだろ。それであの点数取れるってマジヤバくね?」
 まるで尊敬しているとでも言いたげな輝く目で千聖の顔を隣でマジマジと見ている百太郎に千聖が柔らかく苦笑して『ふぅ』と小さく息を吐いてへらへらと笑う。
「いやさ、百太郎が勉強しなさすぎなんだよ、俺がすごいんじゃなくてさ」
 シャツのボタンを留め終えた京は前に向き直りまぶたを半分閉じた半眼になりロッカーの中のネクタイに手を伸ばす。
(ふーん……)
 またかと内心で呟いて、少し乱暴にネクタイを首に巻きながら、気づかれない程度のしかめ面をして放っておいても耳に流れ込んでくる会話を聞き流す。
「百太郎だって勉強すればそれくらい取れるのに。この後追試があるんだろ? 先生も部活が終わるまで待ってくれてるんだから頑張っていい点取れよ!」
 にっこりと笑って千聖が親しげに百太郎の肩にポンと手を置いて『うげぇ』と嫌そうに青ざめた苦い顔になる百太郎から離れて部室の中央にある細長いテーブルに荷物を持って移動する。
「ここで待っててやるから安心して行って来な」
 『あーあ』と天井を仰いでぐずぐずとして何やら不満げにぶつぶつと独り言を呟いていた百太郎が渋々といった様子で荷物を持って部室を出ていくその背中を着替え終えた京は目で追った。
(……さて、マズいことになったな、どうしようか)
 ゆっくりと後ろを振り向く。
「あっ、紫宮君、バイバーイ!」
「あはっ、うん、バイバーイ!」
 同じ一年生に声をかけられてそちらに向けて笑顔で手を振り、ニコニコとしたままで出ていく背中を見送り、京は見られなくなったところで表情を消す。
「……」
 うつむいて口元に笑みを作りながら京はゆっくりと振り向いて、パイプ椅子に腰かけて雑誌を広げている千聖をじっと見て確認し、聞こえないように小さなため息を吐くと、それから躊躇いを振り切るように勢いよく自分の鞄その他を掴んで、テーブルに向かう。
「あれ?」
 千聖が雑誌から顔を上げて少し離れたところに座ろうとする京を見る。
「どうしたの、京、帰んないの?」
「あ、僕、万里先輩待ちなんです。勉強教えてもらおうと思って。約束してまして。部室で待ってるようにって。それであの……、千聖先輩、お邪魔じゃなければ座ってもいいですか?」
 気の弱い後輩風にうつむきがちで上目遣いでボソボソと申し訳なさそうにしてお伺いを立てる。
「ああ、いーっていーって、何もそんなに固くならなくても! 座りなよ。何を遠慮することがあるっていうのさ。京、俺、そんな怖い先輩に見える?」
 片方の手のひらをひらひらと振りながら派手に苦笑して見せて言う千聖に京はニコッとして小首を傾げて慌てた様子で少し早口で言う。
「ああ! そうですよね! ごめんなさい!」
 パイプ椅子を引きながらその冷たい感触と同じくらい冷えた心で思う。
(こういう『タメ口でいいよ』とか言う先輩に限って敬わないと腹を立てる癖によく言うよ)
 荷物を足元に置いて京は笑顔を千聖に向ける。
「ありがとうございます。千聖先輩は百太郎先輩を待ってるんですよね。すみません、実はさっき、ちょっと聞こえちゃいまして」
 千聖がうつむいて笑んで疲れたように息を吐く。
「いやぁ~、仕方ないって、こっちの話し声が大きかったんだからさ。百太郎の声は馬鹿でかいんだし。悪く思わなくていいよ」
 パチッとウィンクされて京は笑顔のまま固まる。
(まぁ、何が言いたいのかはわかるんだけど、別に僕もどうでもいいことだし)
 『やれやれ』と言って両手を広げて肩をすくめて首を横に振ってみせる千聖を京は冷たい目でじっと見る。
「あいつ赤点取っちゃってね。今追試中だから。ほら、かわいそうだろ、だから何か食べて帰ろうって話になってさ。ついでに遊んで行こうってね。カラオケとかどうかなーってね」
 へらへらと笑って言う千聖が相槌を求めて目を向けたので京はますます笑顔になってうなずく。
「なるほど。それで百太郎先輩を待ってるんですか。やっぱり千聖先輩は優しいなぁ!」
 『それほどでも……』と言いながら満足そうに上機嫌になる千聖を見つめて京は内心でぼやく。
(……あー、とりあえず済んだけどどうしよう、気まずいなぁ……)
 口元に笑みを浮かべたまま雑誌に目を落とす千聖に、京もまた鞄から本を取り出して、なんとなく読んでいるふりをする。
「……」
「……」
 ふたりきりの部室に沈黙が下りる。
(……千聖先輩か……)
 京はチラと目を上げて千聖の様子を窺う。
(……この人、絶対に僕のこと嫌いだよね、面倒なことになったぞ……)
 千聖はやればなんでもできるほうである、だがそのどれもが中途半端というかある程度はできるというだけの話で、器用だがただそれだけなのだ。
 本人もそれはわかっていて、何にも本気にならないことで『本当はできるけれどやらないだけ』ということにして無様なところを見せないよう自己保身している、一生懸命になるなんて格好が悪いということで。
 そう、やればなんでもある程度はできてしまう、器用貧乏だけれどもあくまでもそれ以上にはなれない、そんな千聖が、やればなんでもできてしまう上にそれを極めることができる本物の天才である京のことを、どう思っているだろうか。
(少なくともバスケ始めばかりの僕がシュートとかバンバン決めちゃうところを見てなんとも思わないわけがないんだよね)
 明るくて遊び好きで友人が多くて女性に優しいひょうひょうとした性格というキャラクター付けのようなので後輩である京にもみんなの見ている前ではいつも優しいものの裏ではどう出るだろうか。
(今までのことがあるからなー……)
 妬まれて嫌がらせをされた過去を思い出してうんざりとして京は顔を歪める。
(正直そんな気持ちは僕には理解できないしどうでもいいことなんだけどさ……)
 どうせそうなのだろう、そう思うと、ふたりでいるこの空間が気詰まりに感じられる。
(あからさまに無視されてもな……)
 かといって話すようなことなど自分も何も思いつかないからと、うつむいて数学の本を集中して読み始めた京に、突然離れた場所からおずおずと声がかけられる。
「……ねぇ、京、あのさ。なんでそんなに離れてんの? こっちに来ない?」
 京が思わず眉をひそめて顔を上げると、困惑したように眉を下げて愛想笑いをしている千聖が、自分の隣の席を示して京を手招いている。
「来なよ」
「え、……あ、はい」
 断る理由もないため京はガタンと席を立ってそちらに向かった。
「いやぁ、なんか気まずいっていうかさ、こうしてふたりでいるのに変じゃない?」
「はぁ……」
 焦った様子で申し訳なさそうに弁解する千聖を京は不思議そうに眺める。
(へえぇ、意外だな、考えてること一緒だったんだ……)
 それはそれでどうなんだろうと思いながら、足元に荷物を置いて、『それじゃ遠慮なく』と千聖の隣に腰かける。
「なんか、気を遣わせてしまったみたいで、すみません」
「ああ、いやいや、そんなことないよ」
 あくまでも優しい良い先輩の笑顔を見せて明るく千聖は言う。
「お互いにね、待つのが暇なら、いい機会だから話さない?」
「……えっ……」
 京は瞬間目をすがめて相手を見た。
「……っと、はい、いいですよ!」
 慌ててニコリと笑顔を作ってこくんとうなずく。
(何を話す気なんだろう……?)
 どうせくだらない話に違いないと思いながらも、期待とまではいかないものの、ほんの少しだけ好奇心がうずいた。





(続く)
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