『トモダチゲーム』二次創作(小説)
「絶対に壊せない関係っていうのもあるでしょ?」
紫宮京が大きく開いた目を好奇心にキラキラと輝かせて、興奮からか頬を赤く染めてそう訊ねてきた時に、思わず舌打ちしそうになった片切友一はその顔を歪めてしかめ面をするだけに留めてふいと横を向いた。
「……」
何も返さない友一に対して、京は絶対に質問に答えてもらえるはずだという確信ありげな余裕のある様子を見せて、目を細めてニンマリと笑んで続けた。
「友一先輩、壊すの得意なんですよね、人間関係。友人同士とか、あ、恋人同士もなのかな。でも壊せないものもありますよね?」
猫がねずみをいたぶるように、友一を試すように意地悪く問うて、ねっとりとした視線を向けて友一の反応を窺う京に、振り向いた友一は、ニッコリと形だけの笑みを見せて返す。
「……じゃあ、逆に訊くが、壊せないものってあるのか?」
ふっとうつむいて京は馬鹿にするように苦笑を漏らして、両の手をあげて肩のところで開いて、ひょいと軽く肩をすくめてみせた。
「強がっちゃって嫌だなぁ」
ニコニコとした笑顔のまま冷たい目で京を見下ろす友一に怯む様子もなく顔を上げた京は何もかもわかっているというようにひとりでうなずいて続けた。
「友一先輩、実は結構寂しい人でしょ、平気そうに見えて案外……」
「懐具合のことを訊いているなら確かに俺は寂しいが」
「そんなことに僕が興味持つように見えます?」
憮然として言ってから京は友一を上から下までジロジロと見る。
「……っていうか、どう見たって、友一先輩は裕福じゃないですよ。そこを気にするべきなのは僕じゃなくて友一先輩のほうだから! もう少し見た目をよくしようとか思わないんですか!?」
京に詰め寄られ、友一は気まずそうにそっぽを向いてさりげなく己のボサボサの頭をかいて、わずかに頬を赤らめる。
「いや、マジで金がないんだよ、貧乏学生なんだ」
「ゲーム中だからとはいえですよ!!」
『あれほどの大金を稼げるなら普段だって……』と続けて怒鳴ろうとした京の口を友一は片手でふさぐ。
「まぁ、手段を選ばなければだが、普段は俺はそこらの高校生なんだ」
友一はそれ以上の追求を逃れるように早口で言い、口を覆っていた手を外してムッとしている京に『まぁまぁ』と困惑気味の笑顔でなだめるようにして、秘密めかして片目を閉じて『悪かった』と胸の前で拝むように両手を合わせて軽く頭を下げた。
「こんな物騒な人が『そこらの高校生』って……」
膨れ面でぼやく京に愛想よくニコニコとして友一は言う。
「お前だって……いや……お前のほうこそ、こんな天才がそこらの高校生に紛れてるなんて思わないぞ、しかも京の学校は別に進学校じゃないだろ」
途端に京が眉をひそめる。
「なんでわかるんです?」
それからすぐに理解したという様子で顔を明るくした。
「ああ。百太郎先輩とかがいるから。確かに馬鹿でも入れる学校ですよ。僕なんてこれでも苦労してるんです。だってあんまり目立っちゃうのもなぁって」
京は両手を上げて頭の後ろで組み、『あーあ』と疲れたようにため息まじりに言うが、顔は得意げだ。
「ま、僕にとっては高校は遊びですから、遊び。だいたい日本の高校なんてどこも似たようなものでしょ。変わりませんよ。大学は海外に行けばいいし。今はただの付き合いですよ。高校生活を楽しむのも悪くないかなぁって。あ、心配しなくても、僕は天才ですから」
お得意の台詞を言ってウィンクをして舌を出す京をうそ寒いほどに優しい目で見て微笑んで友一は言う。
「猫被りが身に着くわけだ」
ジロリと身長差のため友一を見上げて京は仏頂面をして唇をとがらせる。
「言いたいことがあるなら言ってくださいよ~。性格悪いなぁ。もー……」
それから急にハッとして京はパチパチと瞬きをしてから真面目な顔になる。
「……っていうか、話を逸らすのやめてくださいよ、僕はきちんと覚えてますからね!」
「なんの話だっけ?」
「とぼけないでくださいよ! 友一先輩は寂しい人でしょって! 僕は天才ですから自分が言った言葉は忘れません!」
ビシッと友一に人差し指を突きつけてキリッとした顔で逃すまいというように真っ直ぐ見つめて言い放つ京に『やれやれ』と友一がため息を吐いて言う。
「じゃあ京に何かを忘れさせるなら頭を殴るでもしないと駄目なのか」
真面目な顔で思案するように呟く友一に京が顔を赤くして憤然と怒鳴る。
「いい加減にしてくださいっ!! またそうやって誤魔化そうとするっ!! いくら友一先輩でも許しませんよっ!!」
『僕のことを馬鹿にしてっ』とぷんぷんと怒る京を友一は静かに不思議そうな顔をして眺める。
「他人のことをさんざん馬鹿にするわりに自分が馬鹿にされるのは許せないとかお前どうなんだよ……」
呆れたような友一の呟きにも反応せず、怒りで耳まで真っ赤にして京はそっぽを向いて、口をへの字に引き結んでただ黙っている。
「相手したくないんだけどなぁ……」
友一は少しの間、このまま京を放っておくことが得策かどうか、ここは機嫌を取っておくほうが後々のためになるか、真剣に考えて、首を縦に振った。
「京、お前が訊きたいのは、お前と『万里兄ちゃん』とやらのことだろ。何故なら俺はお前の家族のことを知らないからな。絶対に壊せない関係で、友人でもなく恋人でもないのなら、お前と『万里兄ちゃん』の兄弟のような絆ってことでいいんだよな」
友一が真面目に答える気になったところを見せたことで、京はまだムッとした様子ながら向き直り、こくんとうなずいた。
「いちいち『万里兄ちゃん』て言わないでください」
『嫌味だなぁ』という言葉にうっすらと面白そうに友一は笑う。
「すまん。万里先輩か。俺の先輩じゃないけどな。それで肝心の壊せるかどうかだが。簡単さ」
『えっ?』と驚きに目を見開く京を見て、何かを堪えるように口元を一度引き締めて友一はうつむき、そのままでボソボソと話す。
「『近所のお兄さん的存在』で、尻を叩けるほどの仲っていうことは、よっぽど幼い頃からの付き合いなんだろう。万里先輩が『お兄さん』で京が『弟』と。なら、早く学んだ万里先輩がお前にいろいろなことを教えたわけだ、たとえば勉強とか」
そう言って、チラリと目だけ上げて京の様子を窺う友一に、京は不審げに眉をひそめる。
「……それがどうしたんですか?」
友一は当然のことを何故言うのかという京にひとつ大きくうなずいて言う。
「そうだな。当たり前だよな。そのお前が先にできるようになった万里先輩に教えてもらい後から容易にできるようになるところを見せつけるってこと以外はさ。天才は軽々と努力している凡人を追い越せるもんな。その苦労も理解しない」
「そんなっ……」
慌てて何かを言おうとした京を手を前に出すことで制して、友一は目を閉じてこくこくとうなずいて、ふっと口元に笑みを作る。
「わかってるさ。あいつも俺ほどに低脳じゃないっていいたいんだろ。いわゆる秀才ってやつだ。だが、だからこそお前を間近で見ていて、『天才にはどうしたって勝てっこない』ってことを思い知らされているんじゃないのか?」
「……っ!!」
ごくりと唾を飲み込む黙り込む青ざめた京の顔を見て友一はニヤリと笑う。
「最初はなんだろうな。本を読めるようになるか。文字を書けるようになるとかか。絵とかどうなんだろうな。こどもの頃っていうと自転車に乗れるようになるとかさ。鉄棒で逆上がりとかもあるよな。そのうち教えてもらうどころか『お兄ちゃん』よりも先に『弟』のお前のほうができるようになったりして。しかも上手に。お前はなんでもできるみたいだからなぁ」
今度は友一が猫がねずみをいたぶるような目で俯いている京を見る。
「どんな気持ちがしただろうなぁ? 可愛がってた自分より遅く生まれたお前が自分よりも早く、しかもずっと上手に、なんでもできるようになるっていうのは? 傍にいるお前が自分ほどに大した努力もせずに軽々と乗り越えて置いていかれて下にされる気分っていうのはさぁ?」
京の拳が腰のところでぎゅっと強く握られるのを見て友一の笑みが深くなる。
「お前には何をしても敵わないんだなって思うよな。『万里兄ちゃん』はそれでこどもの頃に一度でも悔しい思いをしたことはなかったか? ああ、いや、お前に訊いても無駄か。だって、お前、わからないもんな。できなくて悔しい思いをすることなんて。踏みにじられた敗者の側の気持ちなんて味わったことがないもんなぁ。それで気が付かないうちに誰かを傷つけてきたんじゃないのか? お前に自分も馬鹿にされてるって、見下されてるって思って、陰で泣いてた奴がいるとは思わないか?」
目の前にしゃがみ込み、下から顔を覗き込んでニィッと目を細めて首を傾げる友一を、京が無表情で見つめ返す。
「ほら、京、思い出してみろよ。あるだろう。最近のことならバスケットボールだって……」
「……うるさいよっ!!」
耐えきれないというように大声で怒鳴って友一の言葉を遮り、京は体全体で息をするように大きく震えて、声を絞り出す。
「だからなんだって言うのさっ!! 僕が他人を馬鹿にする奴だなんてこと万里兄ちゃんは知ってるっ!! それでもずっと前から変わらずに優しく接してくれてるんだっ!! 今さら友一先輩が何を言ったって変わるわけないっ!! 僕が馬鹿にしてるとかそんなことを吹き込んだところでっ……!!」
きょとんとしていた友一は、『はぁ』と小さくため息をつき、ゆっくりと立ち上がるとのんびりと首を横に振ってからボソリと言った。
「それはそうだろうな。昔からお前は生意気なガキだっただろうし、あいつはずいぶんとお前に甘いみたいだしな、あんな共犯者みたいな真似ができるほどにはさ。だから反対のことを言うんだよ」
ハァハァと肩で荒く息をしていた京は、呼吸が整ってから、さりげなく距離を取っている友一のほうをぽかんとして見る。
「……反対のことって……?」
何が言いたいのかわからないといった様子の京に、もはやどうでもいいようにつまらなさそうに、友一は素っ気なく言う。
「京が万里先輩のことを褒めちぎってたってさ。自分よりずっと頭が良くて、ずっと器用で、ずっと素晴らしいってさ。『僕よりも天才だって目を輝かせて言ってましたよ』なんて囁いたらそんなわけがあるはずないのにって劣等感を刺激するだろ。直に馬鹿にされるよりさ。本当は馬鹿にしてやがる癖にと思わせるほうがこの場合は効くんだよ。普通なら裏で他人を褒めるのは良い方向に向かうんだが。いつも馬鹿にしてる奴が裏で褒めてたなんて嘘臭いだろ。表でお前が褒める分にはまだ素直に受け取れるんだろうが。俺みたいな奴が裏でこっそり告げると」
軽く言い放つ友一を、怒るでもなく泣くでもなく笑うでもない奇妙な顔つきで見ていた京が力が抜けた様子で両手をだらんと下げて立ち尽くす。
「……」
迷子になって途方に暮れているこどものように呆然と突っ立ったまま何も言わずにいる京をじっと見て、友一はガシガシと乱暴に自分の後ろ頭をかき、面倒臭そうに口を開いた。
「……あー、さっきの話だけどな、俺は正直うらやましいよ」
「……何がですか」
気を取り直したらしい京に、ふっと柔らかい笑顔を友一は見せた。
「京が」
「……なんで?」
わけがわからないどころか、もはや友一を不審人物を見るような目で見て問う京に、友一は困ったように苦笑して返した。
「……いや、万里先輩かな、うらやましいのは」
「……?」
諦めた様子で京が肩を落とす。
「友一先輩、からかってるんでしょ、僕のこと」
「京が最初にからかってきたんだろ」
「意趣返しですか。それにしても性格悪すぎますよ。僕だからいいものの」
「いいのかよ」
「僕は細かいことは気にしませんから」
「俺が気にしていてもか」
「うーん、それはどうだろう、でも」
ツツツ……と友一の傍によって京はニンマリと笑う。
「さっき言ってたこと、万里兄ちゃんに言わないでくれるなら、今は殴らないであげますよ」
『おー怖』と言って友一は笑った。
(おしまい)