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『トモダチゲーム』二次創作(小説)






 一時限目終了のチャイムが鳴る。
 机に肘をついて頬杖をしてうつむき眠っていた片切友一は、目を覚ましたもののすぐに動くことはせずに、目だけ動かして辺りの様子を窺う。
 倫理の教師が持ち物をまとめて教室を出て行くところで、日直が黒板を消し始めていて、気の早い生徒は立ち上がり仲間と輪になってにぎやかにお喋りを楽しんでいる。
「ふわ~ぁ……」
 大きな欠伸をして、寝ていたことがバレて怒られることに時間を費やさずに済んだことに安堵し、まだぼんやりとしたまま頭を手で乱暴に掻く。
 今日も朝早くから新聞配達で家々を回り、食事もろくに取れずに急いで家を出て、学校にはギリギリ間に合ったといったところだ。
 きちんと整える時間などないため、もともと少し癖のある髪の毛はボサボサで、気にはなるものの当然櫛など持ってきていないため、どうしようもない。
 昨晩も内職で遅くまで起きていたため寝不足で、目の下の隈もきっとひどいことになっているだろう、そう考えると友一は憂鬱だった。
 これから先もずっとこうなのだ、それは変わらない、だからどうしようもないことなのだ。
 否、友一自身が、変えないということを決めている。
 この何も変わらない平穏な日常を保つことこそが友一には重要なのだ。
 かけがえのない日々。大切なもの、それをくれるもの、手にしたもの。築き上げてきたもの。
 『普通の毎日』。
 たとえ夜遅くまで内職で寝不足で、朝早くから新聞配達で朝食もろくに食べられず、授業は眠りこけて内容もろくに耳に入らず、集団の中でみっともない格好で過ごさなくてはならず、放課後もアルバイトに忙しく仲間と遊べずに、いつも貧乏でどれほどみじめだろうとも。
 得られた平和がどれほど大切で手放しがたいものであるか。
「あー……」
 もそもそと体を揺すり、のろのろとした動きで倫理の教科書とノートをしまい、代わりに次の時間の数学の授業に必要なものを机の中から取り出す。
「……さてと!」
 友一は振り切るように小さく頭を振り、パシパシと頬を叩いて気合を入れると、顔を引き締めてガタンと勢いよく立ち上がる。
「天智!」
 数学の教科書とノートと筆記用具を手にクラスメイトで友人である三笠天智の机に向かう。
「友一」
 待っていたように天智がにっこりと微笑む。
 クラスで一番の成績の良さを誇る天才で、爽やかな短髪、眼鏡をかけてはいるがそれがかえって似合っていて彼を知的に見せ、なかなか精悍な顔つきをしており、常に冷静で決して頭の良さをひけらかすこともなく、仲間の仲裁役をかってでるほど善良で、仲間からも頼りにされている好青年だ。
「ごめん! 次の数学、俺、確か当たると思ったんだよ! それでさ、ちょっとわからないところがあるから、悪いけど教えてくれないか?」
 顔の前で両手を合わせて、申し訳なさそうな笑顔で天智を拝むようにして頭を下げると、天智が『またか』と困ったように苦笑する。
「ああ。いいさ。友一の頼みじゃ断れないからな。どうせ忙しくて予習する暇もなかったんだろ。どこがわからないんだ?」
 天智の問いに慌てたふりで急いで教科書を開く。
「ええとさぁ……」
「っていうか、友一お前、数学の宿題はやったのか?」
 出したい言葉が相手の口から出たことに『やった!』と思いつつ、それを顔に出さないようにして、驚いたふりをする。
「ヤバッ! 宿題なんてあったか? 忘れてた!」
 ぎょっとしてみせる友一に、『はぁ』と天智が重くため息を吐く。
「どうせまた寝てたんだろ。仕方がない奴だな。少しはアルバイトを減らしたほうがいいんじゃないか。いつか体を壊すんじゃないかと俺は心配だよ。今回だけは特別に俺のノートを写させてやるが」
 『ほら』と優しい微笑を浮かべて天智が自分のノートを差し出す。
「マジで? サンキュー! 天智」
 眉を下げていかにも申し訳なさそうに微笑して拝むと天智が満更でもないように『よせよ』と言いながら優越感にわずかにニヤリとして見せる。
 友一は内心で狙い通りだと思う。
 最初に低い要求を飲ませて、次の高めの要求を断りにくくさせる。
 おまけに下出に出て、美味しい思いをさせれば、次も問題なく受け入れられるだろう、優越感くらい味わわせておけばいい、利用できるのなら。
「本当にごめんな」
 友一は謝罪の言葉を口にしながら宿題を写すが、天智は『お安い御用だよ』と得意げの上に、こうなるともうひとりがやってくるもので気は楽だ。
「何やってんだ友一? え、あれ、何それ? まさか宿題っ!?」
 他の友達とふざけ合うことをやめて友一達のほうに寄って来た四部誠が大声を出して大袈裟に『ひえぇっ』とのけ反る。
「そう」
 短く返した友一は天智のノートを写すことに夢中になっているフリをして顔を上げずにいて、その代わりに、だからこそ天智が誠に向けて不審そうに問うた。
「宿題がどうした? 四部? お前は宿題は?」
「や……俺……最初っからやるつもりなかったっていうか……」
 友一が顔を上げると、誠は気まずそうにカリカリと指で頬をかいていて、その様子は天智をうんざりとさせた。
「またか。しっかりやってこいよ。そんなんじゃ進級できないぞ。いくら成績が悪くないとはいえ……お前はやればもっとできるはずだろ。もったいない。今からじゃあ到底間に合わないがな……」
 チラと時計を見て天智が難しい顔をする。
「俺も! 俺も友一と一緒に写させて! お願い!」
 両手を合わせて、パチリと片目を閉じて、笑顔で頼み込む誠。
「とはいえこの後は友一が授業で当たるかもしれないって言うから教えることになっているんだ」
 『ええ~っ』と非難げな声を上げて『そりゃねぇよ』と恨めし気な目を向ける誠に友一は済まなそうに曖昧に苦笑して『ごめん』と言う。
「ちょっと四部!! 悪いのはアンタでしょ!? 友一じゃなくて!!」
 沢良宜志法が片手を腰に当ててもう片方の手の人差し指でビシッと誠をさして怒鳴った。
「友一も謝るな!! さっきから……見てたら……ペコペコと……」
 怒られて首をすくめて誤魔化しの愛想笑いを浮かべていた誠が首をひねる。
「見てたって、志法、いつからいたんだ?」
「いつからだろうがアンタには関係ないから! たまたまだ! とにかく、そういう楽をするような真似は駄目だぞ。どんどん人間が堕落していくんだからな。友一は……まぁ……今回は仕方ないけど……」
 『友一ばっかりー!』とわざとらしく誠が大袈裟に嘆いておどけてみせる。
 そこにいたみんながクスクスと笑う。
 気付かれないほどそっと近づいてきてみんなの輪の中にいた心木ゆとりも。
「はい、友一、ノート作ってきたから……。前回の分と、今回の分も。友一、前回も寝ちゃってたでしょ、だから……。それでね、私のでよければ、宿題もやってあるから。それと予習した分もっ……」
 最初は勢いよく、後に行くほど小さな声になりながら、ゆとりはノートで顔を隠してゆっくりと言う。
 ようやく言い終えて、もじもじとして、ノートの横から顔を出す。
 その顔は真っ赤だった。
「サンキュ、心木、いつもありがとな」
「うんっ……」
 差し出されたノートを受け取り、友一がにっこりすると、ゆとりが嬉しそうに目をキラキラと輝かせる。
「それじゃあこの天智のノートは俺がいただきだっ!」
「あっ、こら、よせっ」
 隙をついて素早く机の上のノートを奪い取る誠と、それに慌てて取り返そうと立ち上がる天智、巻き込まれてぶつかったはずみでゆとりを抱きしめる友一、『キャッ』と悲鳴を上げるゆとり、友一のそれをわざとだと言って怒る志法。
 そして最後にはみんなで笑い出す。
 友達だった。
 いろんなことがあってもみんなで過ごす友達だった。
 たとえ何があろうとも、助け合うことのできる、友達同士のはずだったのに。



 大切な、大切な、……。





(おわり)
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