『トモダチゲーム』二次創作(小説)
ぽんと軽くながら唐突に背中に押しつけられた物に片切友一はきょとんとして振り返る。
「はい、友一君、これあげる」
そこに立っていた、自動販売機に飲み物を買いに離れていた紫宮京が、友一を見上げてニッと笑う。
「安心してよ。僕のおごりだからさ。喉渇いたでしょ?」
友一に缶を半ば無理やり持たせ、返事を待たずに上機嫌の様子で先に自分の分の缶を開けて飲み出す京に、不満と不審の両方を合わせたような複雑な表情で友一は京と渡された缶とを交互に見比べる。
「なぁ~にぃ~?」
それに気付いた京が、飲むのをやめて、眉をひそめて怪訝そうに友一をジロジロと見る。
「……あ、別に振ってなんかいないからね、僕はそんなくだらないことはしないよ」
眉を下げて、情けない顔をして、友一は渋々といったようにゆっくりと缶を持ち直す。
「……いや、これを飲んでいる間、お前と一緒にいることになるからな」
諦めた様子でため息を吐き、缶を開ける友一に、今度は京が罠に嵌めて捉えた獲物をこれから調理する時のような笑みを浮かべる。
「ねぇ、友一君って、コミュ障だったりする?」
まだ口をつけることを躊躇っていた友一が目を空に向けて考え込むようにする。
「んー。どうだろうな。学校じゃ否応なしに喋ったりするだろ。友達もいるし。そこそこ上手くやってるって感じじゃないのか」
「嘘だね」
「お前な……」
京に一言で切り捨てられて、友一は横目で京を見やり、その面白がるような顔を眺めて仕方がないといったふうに嘆息して、缶を傾けて中身を勢いよくごくごくと飲み出す。
「さっきのゲームで友一君はとうてい上手くやれてるとは言えない感じだったよ。だいたい学校のカースト最下層の人間でしょ。友一君みたいなのは」
優越感に満ちた嬉しそうな表情ではずんだ声で言って両手を広げて軽く肩をすくめてからかう京にたいして憤るでもなく友一はすんなりとうなずく。
「まぁな、集められたメンバーの中じゃ、俺は下のほうだったと思うよ。あれを最少人数で構成された会社だと考えると俺はグループの中じゃアルバイトってところだろ。いつクビにされても文句も言えない。お前やあの流星ってヤツみたいに上の連中に取り入ることも下手だからな。そのほうがやりやすいこともあるが」
『やれやれ』といったように京が首を横に振ってみせる。
「友一君の日常生活が窺えるなぁ……」
そこで初めてはっきりと眉をひそめて不満をあらわにして友一は口をとがらせる。
「お前のほうこそ、学校でどう振る舞ってるのかわかりやすいよな、紫宮」
京は咎めるような目で友一を見た。
「ありゃりゃ。それは言わなくてもいいじゃない。わかった上での話なんだから。<友情かくれんぼ>の時に僕の猫被りは友一君にバレてるでしょ。『みんなの可愛い下級生ポーズ』もさんざん見せてるんだしさ。あんなもんだよ」
あっさりと言い放つ京を友一はわざとらしく首をすくめて怖々と見る。
「へえ。相手によってころころ態度を変えるヤツは信用ならないっていうけどな。それに何より嫌われるだろ」
そう言いながらも友一の口元はいやらしい笑みに歪んでいた。
「まあ」
京は当然といったようにうなずく。
「僕が女の子だったら話は別だけど。男社会だとそういうことはあんまり関係ないよね。より上の者やより強い者に媚びることだって必要なスキルでしょ。うちの学校って意外と体育会系の縦社会だから。『先輩先輩!』ってやってるほうが可愛がられるわけ。裏表なんて当然だしね。それに僕、この容姿だし、ねぇ?」
隣に並ぶ友一をチラリと上目遣いに見て小首を傾げてニコリと微笑む。
「あー……」
京の言わんとすることを察したというように友一は片手を上げてその笑顔を遮った。
「わかったわかった。お前はみんなに可愛がられてるよな。あの『万里兄ちゃん』にも」
意味深に出された言葉にカチンときた様子で京が刺々しく返す。
「そんなんじゃないよ! 万里兄ちゃんは近所のお兄さんで僕のこと本当の弟のように可愛がってくれてるんだから! ちょっと、変なこと言わないでよね、友一君!」
ぷんぷんと顔を真っ赤にして怒る京にしてやったりとニヤつく友一。
「まぁまぁ。そう怒るなって。頭もよくて容姿もよくてよかったな」
申し訳なさそうにそう言われて、とりあえず怒りを収めた京は、不機嫌そうに頬を膨らましていたのをやめて言う。
「天は二物を与えるんだ。僕はその一例だよね。もっと褒めてくれてもいいのに」
いったん引っ込めていたいやらしいニヤニヤ笑いをまた浮かべてそれを手で覆い隠して友一は言う。
「はいはい。性格もよくていらっしゃるよな。前のふたつがなきゃただの生意気なクソガキだけど」
京はムスーッとして頬を膨らませて『ふん』と鼻で息を吐く。
「あっそ。いいよ。友一君なんか頭も容姿も性格も悪い癖に」
腹を立てた様子でそっぽを向いてただ黙ってごくごくとジュースを飲み出す京に、友一はふと真面目な顔になって静かな口調で言った。
「……それなんだが……」
急に深刻になる友一に京はきょとんとして振り向く。
「なに? どうかしたわけ? そんな顔して」
面白い話ではなさそうだと興味なさそうに問う京に、難問を前にしたように考え込んだままで友一が口を開く。
「<友情かくれんぼ>の時も……<友情の檻>の時も……どちらの時も俺はお前を出し抜いたっていえばそうなるが……、平たくいえばお前を騙した、少なくとも嘘を吐いたっていうことにはならないか?」
本当に理解できないというように京は怪訝そうな顔をする。
「それがどうかした?」
その軽さにも友一の表情から暗さが抜けることはなく重く低く言葉を続ける。
「いや、今さらそのことで罪悪感に責め苛まれるだなんて言う気はないが……、お前にとってはどうなんだ?」
「どうって?」
「いや、だから、俺に対して許せないとか復讐したいとか。紫宮は本当に面白そうだからというだけで参加したのか? お前って負けず嫌いだろ?」
訊ねられた京が目を丸くする。
「へー!」
次にはその目をすがめて、友一をじっと見つめ、つまらなさそうに吐き捨てる。
「それをすることになんか意味あんの?」
ガンッと缶を地面に叩きつけ、グシャッと足で踏みつけて、京は言う。
「この僕がそんな馬鹿なことすると思うわけ? 時間の無駄じゃない? 許すとか許せないとか騙すとか騙さないとかくだらないことにこだわってどうすんの?」
苛々とした様子で詰め寄られた友一は困惑げにボソリとこぼす。
「……だってお前は怒ってたよな……」
うんざりとしたように京はしかめ面でため息を吐いて、黙って目を閉じてしばし、ゆっくりと首を横に振って、腰を曲げて落とした缶を拾い上げて近くの空き缶入れに捨てに行く途中で足を止め、振り向き、友一に一瞥をくれる。
「僕が勝つからいいんだよ」
ポイッと缶を捨てて、スタタッ……と友一のもとに戻ると、興味津々といったように顔を覗き込む。
「なに? もしかして気にしてくれたわけ? 僕に悪いとか?」
目が合わないように横を向き、友一は若干苛立たし気に言った。
「違う。そうじゃないさ。ただ俺は『そういうヤツら』に恨まれてるからな」
さらりとそう言う友一に、京は目を輝かせて興奮気味に『へーえ!』と言う。
「そういうこと言っちゃうんだ、友一君って、それなのに僕にそういうこと聞くんですね?」
自分の知っている反応とは違うことに友一は怪訝そうな顔をして、楽しそうにわくわくとしている京を片目で窺う。
「それってすっごく面白いなぁ!」
好奇心いっぱいの無邪気なこどものような京に、『天才の考えることはわからない』と呆れ顔になり、友一は缶の中身を飲み干して捨てに行く。
「そうじゃないなら別にいいんだ」
何故かその後を京がついてくる。
「そうだったら興味を持ってくれるんですか?」
子犬がしっぽを振ってついてくるような感覚に友一は疲れた様子で返す。
「いいや……別にそういうわけじゃ……なんで敬語……」
執拗に話を聴きたがる京を友一が振り切るまでにはだいぶ時間がかかったのだった。
(おしまい)