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熱中したバケモノと






 部屋の明かりをつけたままなので至近距離でお互いの顔がよく見える。
 無理やりに両手を後ろに回されて部屋にあったコードで手首を縛られている友一は静かな怒りに冷たい顔をして京をにらみつけている。
 京は満足そうにうっすらと微笑みを浮かべて取っておきの獲物をこれから食べようというように楽しそうに目を細めてなめるように友一を見つめている。
「この時を待っていたんですよ……なんて言ったら怒りますか?」
 ピクンと眉を動かすだけの友一を見て、その内心に秘めた激しい憎悪に近いほどの感情に気が付いて、京はヘラッと申し訳なさそうな笑顔を見せて言う。
「あ、狸寝入りじゃなかったんですよ、本当に寝てました。僕は。いずれ友一先輩に隙ができることはわかってましたし」
 それでも赤い瞳をらんらんと輝かせて凍り付いたかのように無表情で京を見つめたまま無言でいる友一に京が『ふぅ』と短いため息を吐く。
「こんな時、鬼畜ならなんて言うんですか、『いい様だなぁ』とか?」
 余裕ぶって友一を試すように言う京に、瞬間的に蹴りを入れようとした友一の足をそれより一瞬早く京が足で押さえて強く締め付けて、そして友一の上にまたがる形で乗ってしまったため、横向きのまま上から見下ろされて屈辱に唇を噛み締めてから、友一は仕方なしに口を開く。
「……誰かさんもじゅうぶん鬼畜だよ」
 吐き捨てるように言って、友一は歪んだ笑みを見せ、わざと挑発するように言う。
「それで? 天才さんは俺をこうして何がしたいんだ? 俺の家には金目の物は何もないぞ?」
 京はきょとんとして、パチパチと瞬きをして、友一の両肩をつかんでグイッと引っ張り無理やり仰向けにさせる。
「鈍いですね」
 友一の体の上に腹ばいになって、ゆっくりと目と目が合う位置までずりずりと上がり、胸と胸とをぴたりとくっつけて、京は間近にある友一の顔を見下ろして、固く身を強張らせている友一に、無邪気そうにニコリと笑う。
「友一先輩、先輩の身の安全は誰も保障してないんですよ、先輩は僕を明日無事に家に帰すって言ってましたけど」
「……お前だって俺を無事家に帰るまで守るって言ってただろ!!」
「その後のことは?」
 わざとらしく目を大きく見開いて不思議そうに首を傾げて明るい声ですぐに訊ねて返してくる京に、決して京から目を離さずに難しい顔をして考え込んでいた友一は、己の中の憤りを吐き出すように長く息を吐いて答えた。
「……わかった。殴りたいだけ殴れよ。その代わりお前は今日から俺の敵だ!!」
 ギッと鋭い目でにらみつけられ、京が意外なことを言われて驚いたというように『あらら』と言い、眉を下げて困惑顔でニコニコと笑った。
「嫌だなぁ、友一先輩ってば、それは誤解ですよ~」
 その言葉に信用できないと友一は目を最低まで細めてじっと京を見つめる。
「でも、そう来るとは思ってましたから、これから友一先輩が僕から離れられないように弱みを握らせてもらいますね!」
 途端にそれまでは冷たく無表情だった友一はザァッ……と青ざめて眉を下げて目を見開いて口をあんぐりと開けて激しいショックを受けたというような顔をしてぶるぶると震え出す。
「け、京……、お、おおお前まさか、それは……おい、嘘だろ……?」
 身をよじって逃れようと暴れる友一をきっちりと押さえ込んでその慌てぶりに怪訝そうに京が問う。
「え、そんなに嫌がらなくても、別にみんなに言い振らしたりしませんよ?」
 『そうじゃないと意味がないんだから』と真剣な口調で言って唇をとがらせる京に友一は心底親そうな顔をしてぶんぶんと勢いよく首を横に振る。
「嫌だ!! ちょっと待ってくれ!! 誤解なんだ……!! そうだろ!? 京、なぁ、そうだよな!?」
 京が目をすがめて『はぁ?』と必死すぎる友一に不審そうにする。
「ちょっと、先輩、どうしちゃったんです?」
 真っ青になったり、真っ赤になったり、あたふたとしていた友一は逃れようとすることをいったんやめて、おとなしく上を向いて目を閉じて難しい顔をして『うーんうーん……』とうなっていたが、ゆっくりと目を開けると、じっと自分を見下ろしている京を真っ直ぐに見て真面目な顔で真剣に問うた。
「こういうことを訊くのはなんだが、いい言い方が思いつかなくて、すまないんだが、ぶっちゃけた話、京はホモなのか?」
 京が己の身を抱きしめてガクリとして友一の上から落ちかける。
「はあぁぁぁっ!?」
 激怒して思わずというように大声でわめいて、隣の壁がドンと叩かれ、すぐに我に返った京は、京の下でビクビクとしている友一を見て、呆れ顔をする。
「どうしてそう思うんです?」
 問い返されて、友一は京をなだめようというようにヘラヘラと緩く笑いながら様子を窺いつつ、ボソボソと話す。
「あ、いやぁ、それならそれでいいんだけどさ……。京がそういう奴だって構わないんだけどな……。ただ、ほら、なんていうか、その、俺には縁がないっていうか……。正直恋愛に興味ないし……。さっきお前のことを好きって言ったのもあれは大好きな人にほんの少しだけ似てるっていうことであって……」
 真っ赤になって最後は涙ぐんで口を閉じる友一に、聞いていた京の顔からだんだんと表情が消えて、終わると『はぁーっ』と長いため息を吐いた。
「あのさぁ、友一先輩って時々ホント馬鹿だよね、なんでそういうこと言うかなぁ」
 腹立たし気に言って京に軽蔑の冷たい目を向けられて、笑みを消して、友一は世にも情けない顔になる。
「だ、だって、お前……あの<ゲーム>の時に、マリアが出てきた時のお前らの反応を見てたが、お前は無反応だったんだぜ。他の連中は色めきだってたってのに。あの時はガキすぎてまだ女に興味ないのかと思ったけど……。もうひとつの可能性も考えてて……。それで今日のお前の俺に対するあれこれからやっぱりこいつはってなって……」
 ムスッとして訊いていた京が、あきらかに恐怖して震えている友一を片目で見て『ふむ』と言い、興味津々といった様子で友一の顔に自分の顔を近付ける。
「それでホテルの話の時もあんなに怯えてたってわけですか。へーえ。先輩ってこういうのダメなの? 殴られるのは平気なのに? なんで?」
 鼻と鼻がくっつきそうな距離に友一は頬を赤らめたまま顔をスッと横に向けて気まずそうに言う。
「気持ち悪いんだよ。他人に直に触れられることが……。感触とか。温もりとかさ。いいからとにかく早く離れてくれ」
 友一の胸の上に両肘をついて頬を手でつつんでズイッと身を乗り出して友一の横顔をまじまじと見ていた京が『ふーん』と言ってニマニマとし出す。
「それは気持ちいいんですよ、友一先輩、怖いだけで。気持ちよくなるから怖いんです。いつまでも避けられるものでもないですよ。それにしてもホントにこっちのほうが弱みなんだ。手を変えてもいいんですけど」
 羞恥を堪えるように固く目を閉じて仏頂面で京のすることなすことに反応するまいとして黙り込んでいる友一に京はお構いなしに話す。
「ちなみにさっきの話なんですけど、正直僕にはよくわからないんですよ、男とか女とか気にしないのかも。ほら、僕、自分のことがよくわからないって言ったでしょ。先輩がそう言うんならそうかもですね!」
 明るく言い放つ京に、友一はゆっくりと振り向いて、しかめ面で問う。
「好みのタイプはどうなんだ?」
 『ん?』ときょとんとして、顔を上げて壁の一点を見つめて『うーん』と考え込んで、京は首を傾げてポツリと言った。
「男女問わず『面白い人』かなぁ……」
 ゾクッと全身に鳥肌を立てて驚愕の表情をした友一がわめく。
「今すぐ俺を放すんだ京っ!!」
 京はニッコリと笑ってそんな友一をあしらおうとする。
「まぁまぁ落ち着いて。ここ壁が薄いんですから。でも友一先輩の時は壁が殴られませんね」
 不思議そうに言う京に『俺の顔面と怒声のせいだろ』と友一は言う。
「なぁ、京、俺のこと怒ってるなら土下座でもなんでもするからさ。とりあえず本当にもう放してくれないか。腕が痛いし」
 懇願する友一をつまらなさそうに見て京が真顔で冷たい目を向けて言う。
「わかってないなぁ、先輩は、ホント。そうじゃないでしょ。先輩が離れようとするからじゃん。まぁいっか。とりあえず最初の手で」
 友一の上から退いた京は、ズザザザザッ……と素早い動きで部屋の隅の壁まで逃げて縮こまる友一に、傍に置いていた携帯電話を手に持って振り向いた。
「あれ?」
 友一の姿を確認して京は曖昧な微苦笑を浮かべて言う。
「先輩、困るなぁ、横向きに寝ててくれないと」
 縛られているところを写真に撮るつもりだったのだと察して友一は愕然として目の前で天使のようにニコニコと無邪気そうな笑みを浮かべて近付いてくる京に絶望してうなだれる。
「京、お前、空手技だかなんだか知らないが俺を押さえられるんだよな……」
「はい! もちろんできますよ。さっきもしたでしょ~」
 あと一歩の距離で止まって語尾にハートマークがつきそうなほど上機嫌で京は携帯電話を片手に元気にうなずく。
「鬼畜の名はお前にやるぜ……」
 諦めて全身から力を抜いてグッタリと壁にもたれる友一に、『そうですか』と言って京はあと一歩の距離を踏み出したが、狙って足を延ばした友一に足を引っかけられて倒れこんだ、ただし友一に覆い被さるようにして横に押し倒した、狙ったように。
「あーあ」
 無事に携帯電話も守って友一の上に乗った京はその唇を友一に近付けた。
「やっぱりこっちももらっておきますね」





(おしまい)
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