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熱中したバケモノと






 電車を降りて、駅を出て、友一は京とふたり暗い夜道を並んで歩く。
「それ持ちますよ」
 京が指さすのは、友一が途中でコンビニで買った夜食や飲み物が入っている袋のほうではなく、万里に持たされたパンパンのビニール袋ふたつのほうだ。
「電車の中じゃずっと持ってもらっちゃったので悪いですよ、次は僕に持たせてください、ふたつとも大丈夫です。友一先輩は疲れてるでしょ? 僕は鍛えてますから!」
 自信ありげに言ってパチリとウィンクする京が手に持っているのは、友一と一緒にコンビニで買った食べ物や飲み物や歯ブラシなどのお泊りグッズで、多少友一のものより大きいが大した量ではない。
「もぉ~。そういうの嫌だなぁ。遠慮しないでくださいよー」
 無言でいる友一に、隙を見て京が横からビニール袋の持ち手を引っ張って奪い取り、『ふふ』と笑う。
「他人に頼ることくらい覚えたらどうです?」
「……」
 ビニール袋をふたつとも奪い取られた友一は顔に感情を浮かべることなく京を見て、満足げに鼻歌でも歌い出しそうな上機嫌な様子で微笑んで顔を上げて空を見ている京に、わずかに顔を赤らめて目を逸らして不本意そうにボソリと聞き取りにくい声で言う。
「……ありがとう」
 パッと振り向いた京が、今まで見たことのない珍しい動物を見たというような目で友一を見て、動揺を露わにして引きつった半笑いを浮かべる。
「い、今の、メチャクチャ素直に言いましたね」
 友一はムッとして不満顔で京を見返して言う。
「今までだって言ってるじゃねぇか」
「でも、それ、なんか違いましたよ」
 じろじろと京は不躾に恥ずかしそうに頬を赤くしている友一の顔を見て、嬉しそうに笑顔になって可笑しそうに肩を上げてクスクスッと笑い、ついで優しい目を友一に向ける。
「友一先輩って時々可愛いですね!」
 『ああん?』と最低まで低めた地獄の底から響くような声を出して友一は眉をはね上げ目を見開いて唇の片方をつり上げて額には青筋を立てた険しい顔を京にズイッと近付ける。
「今なんつった?」
 平然として京が『可愛いですね』と繰り返す。
「どこが可愛いんだよ。言われたことないぞ。目つき悪いし」
 怯むことのない京に無駄だと脅すことをやめ離れて、空に向けてため息を吐いて友一はただの仏頂面に戻って、理解不能だと嘆くように言う。
「外見じゃありませんよ~」
 苦笑していった京がふと思い直したように言う。
「あ、でも、外見も含まれるのかな。反応が可愛いっていうか。それに先輩ってセクシーですよね」
 ガクリと友一が力を失くして危うく前に倒れかける。
「普通の会話で『セクシー』なんて言葉はまず出ないだろ……」
 呆れ顔をする友一に、京が不思議そうにする。
「あれ? 言われたことないですか? だって先輩って細身で、しなやかな身のこなしっていうか、魅力がありますよ」
 真面目な口調で言う京に真っ青になって『ひぃっ』と友一が短く悲鳴を上げて京から少し距離を取る。
「やめて!! 嫌だ怖い!! 気持ち悪い!!」
 その反応にどうしたらいいのか困るというように京が丸くしていた目をパチパチと瞬きさせて首を傾げる。
「う……嬉しくないですか、そうですか……、難しいな」
 『他に先輩の良いところっていうと』と呟いて難しい顔をして『うーん』とうなり出す京を友一はまるで死んだ魚のような感情のない目をして見て言う。
「なんだよ、京、俺を喜ばそうとしてるのか」
 パッと顔を明るくしてニッコリと笑顔で『うん!』と勢いよくこっくんと深くうなずく京に友一は『あちゃあ~』としかめ面をしてポリポリと首をかく。
「まず『可愛い』って言われて喜ぶ男はそういないだろ。それに『セクシー』も男には言わないだろ。なんで天才の癖にそういうことはわからないんだよ。天才だからか? 通常の会話ができねぇのか?」
 京はきょとんとして、ゆっくりとうつむいて、ボソッと言う。
「僕は自分が可愛い外見をしてるって知ってるんで。そりゃかっこいいのほうがいいですけど。男性にもセクシーってあるでしょ。女性とは違うけど。言い方の問題ならセクシーがダメなら性的魅力があるっていうのはダメですか?」
 今度はまた真っ赤になった友一が両手でその顔を覆って泣きそうなか細い声を絞り出す。
「……男に言われてるってことが問題なんだよ……」
 ショックを受けて立ち直れないでいる友一を少しの間だけ呆れた様子で放っていた京が『やれやれ』と微苦笑して口を開く。
「友一先輩、僕がいて助かったでしょ、さっきの駅までの道のことだって」
 無茶苦茶に走り回って見つけた公園に逃げ込んだので、そこが街のどこなのかさっぱりわからなかった友一を、スマホで地図を見て駅までの道を覚えて京が案内したのだ。
「……ああ、まぁな、正直あれはありがたかったが」
 期待にキラキラと目を輝かせてじっと友一を見つめて無言で何かを待っている京を見て友一はしかめ面をして少し考えた後に渋々といったように続けた。
「京がいてくれてよかったよ。助かった。頼れる奴だよ。もっとも諸悪の根源はお前だけどな。これでいいか?」
 片目を閉じてチラと横目で窺い見て訊ねられた京が『ええーっ』と不服そうに唇をとがらせる。
「もっとあるじゃん。言える癖に。なんか微妙にそれじゃ嬉しくないしなぁ」
「文句を言うんじゃねぇ」
 膨れっ面をしている京と仏頂面をしている友一はしばらく黙って歩く。
「着いたぞ」
 友一はボロボロの2階建てアパートの前にピタッと足を止めた。
「ここだ」
「……ここですか」
 信じられないというように京の見開かれる。
「わーっ、ここが友一先輩の家ですか、ボローいっ」
 なぜか嬉しそうにキャッキャッとはしゃき出した京を見て友一はもはや一日で数えきれないほど吐いたため息を再び吐いてげんなりとして頭を垂れた。


+++++



 友一の部屋のテーブルの上には偽物の花びらや葉や緑色のテープや針金や鋏などが置かれている。
「……飽きた」
 せっせと無言で熱心に造花作りをしている友一の向かいで京が三十本目の作り終えたばかりの造花を放り投げた。
「おいこら」
 友一はゆらりと立ち上がり、京の投げて床に落ちた造花を取りに行き、戻るとまた座り込んで、反対側で仰向けになって伸びをして『もう嫌だーっ!』とわめいている京をにらんで、ボソリと言う。
「静かにしろよ。壁が薄いんだから。近所迷惑だ」
「だって~」
 厳しい顔つきで叱られて『ムーッ』としかめ面でうなっていた京は渋々というようにゆっくりと身を起こし、涙目で友一を見て、ぼやく。
「退屈なんですけどぉ。友一先輩ってばさっきからずっとそれやってるしー。ねぇ、お客さんが来てるんだから、フツーお客さんの相手しません?」
 『僕の僕の!』とわくわくして言う京に友一は冷たい視線を注ぐ。
「……京、ドミノの時は、もっと頑張れてただろ。あの作業を延々と。あの時のことを思い出せ。集中するんだ。まだ飽きるには早い」
 言ってから、接着剤を塗って花と茎をくっつける繊細な作業に戻り、友一はまた黙り込む。
「そうじゃなくて先輩に僕の相手をしてほしいんですけどー」
 対して、初めての内職なのにペラペラとひとりで勝手に喋りながらあっという間に三十本達成した京は、テーブルに片方の肘をついてそれで手で頬を支えて不貞腐れる。
「あ~あ、退屈だなぁ、つまんないつまんないつまんないーっ」
 ぼやいて正面にいる友一の反応を窺い見る。
「……」
 友一は無反応で手元に目を落として一生懸命に地道な作業を続けている。
「……」
 しばらく黙って目を閉じておとなしくじっとしていた京は、少ししてパチッと目を開けると、テーブルの上に並べられていた完成した造花の束をいきなりぎゅっと鷲づかみにすると、気づいた友一が止める間も有らばこそ、満面の笑顔で『ぱーんっ!』と言って天井に向けて放り投げた。
「テメェーッ!!」
 部屋の中にバラバラと造花が散り、さすがにブチ切れた友一がバッと立ち上がり、満足そうにニヤニヤしている京を凶悪な顔で眼光鋭くにらみつける。
「何をしやがるんだ、チクショウッ、このクソガキが!!」
 憤怒の表情で怒鳴る友一に、造花の一本を手にした京が、ニタリと笑う。
「僕を構ってくれないからですよ」
 その手の中で造花の花びらの部分が弄ばれてしまいには手に包み込まれる。
「ぐしゃっとしてもいいですか?」
 愕然として青ざめて立ち尽くしていた友一の眉がだんだんと寄せられて悲壮な顔つきになる。
「京、お前さぁ、他人の苦労をなんでそんな……」
 絶望したというようにガックリとうなだれる友一に京が明るい声で能天気そうに言う。
「だから、僕と遊んでくれないせいですってば、友一先輩が冷たいから~」
 『ねっ?』と問われて友一の額にまた青筋が浮かぶ。
「『冷たいから~』じゃねぇよ! 手伝うって言ったじゃねぇか!! 何いきなり敵に回ってんだテメェはぁっ!!」
 さすがに本気で怒らせてしまうのはマズいと思ったのか、京がしょんぼりとして気弱そうに困惑顔で『まぁまぁ』と言って、手を開いて造花の無事な姿を見せる。
「ここって、壁、薄いんじゃありませんでした? 友一先輩そんなに怒らないでくださいよ、僕、謝りますから」
 両手を合わせてニコニコとして京は仁王立ちしている目の前の友一を拝む。
「ごめんなさい、友一先輩、責任もって僕が拾い集めますから!」
 迫力のあるカッと目を見開き口を真一文字に引き結んでもはや怒りも通り越して殺すべきを殺すだけというような顔で沈黙していた友一はじっとそんな京を見下ろすのをやめてどかっと胡坐をかいてその場に座り込んだ。
「……早くしろよ。ひとつ残らずきれいなままでだぜ。それから遊ぶものなんてここにはないぞ」
 四つん這いになって床に落ちている造花を拾っていた京がすべて集め終わるとそれをテーブルに置いて両手を開いて笑顔を見せる。
「腕相撲とかどうですか?」
 腕組みをしていた友一はテーブルの上に置かれた造花が壊れていないかどうかひとつひとつ確かめてからうなずいて顔を上げて京を見てニタリと笑った。
「いいぞ。その場合俺は手に刃物を隠してお前の手を握るけどな。それでもよければだが」
 京も負けじとニッコリする。
「いいですよ。その代わりに僕は手に石を握って指に毒を塗って先輩の手を握ります。それでもよければですが」
 ふたりして、片方はニタニタ片方はニコニコして、見つめ合う。
「……まぁ」
 引いたのは友一のほうが先だった。
「せっかく天才さんがいるんだし、勉強を教えてもらうってのもアリかもな、どうせ数学の宿題もあるんだし」
 京がきょとんとする。
「何がわからないんです?」
 『はっ?』と顔を歪める友一に京は当然のごとくに言う。
「勉強なんて教科書を読めばいいだけでしょ。参考書でもいいですけど。公式が覚えられないとかですか?」
 心底不思議そうにして訊ねる京を凍りついて見ていた友一はやがて動き出すとやるせない笑みを浮かべて緩く首を横に振った。
「同じ天才でも天智は教えるの上手かったのにな……。天才もここまでになるとそう来るか……。俺が浅はかだったよ……」
 京がムッとする。
「前の男と比べないでください」
 友一がカッとなる。
「前も今もいねぇよ、そんなもん!」
 隣の部屋からドンッと壁が叩かれ、友一はハッとして口をつぐみ、京をにらみつける。
「……なんだよ? 遊ぶ物でも持ってきてるのか? それともまた『友一先輩の過去が知りたい~』とでも抜かすのか?」
 うんざりとしている友一の皮肉げな言葉に、京はそれまでの態度を改めて真剣な表情になり、向かいに座る友一をじっと見つめた。
「……だから、何がしたいんだ、京?」
「友一先輩」
 造花や道具に気を付けながら京はほんの少し身を乗り出して、真っ直ぐに正面から友一を見つめて、嬉しそうにスゥッと目を細めて優しそうに微笑した。
「友一先輩。僕は自分がよくわからないんです。天才だってこととか、見た目が可愛いとか、そういうことは知ってます。でも、自分がどういう人間なのかとか、何が好きで何が嫌いなのかとか。あ、馬鹿は嫌いですけど、そうじゃなくて、うーん……、たとえば食べ物に好き嫌いとかあんまりないし。好みの物とかがよくわかりません。自分をよく見せるための服装とかは別です。大き目のカーディガンが似合うとかそういうことはわかるんですけど」
 一回口を閉じて、京は不安顔になり首を傾げて、少し黙ってから続けた。
「だから、たとえ弱みを見抜いて利用するためであっても、友一先輩に見られることが僕は好きなんです。だってよくわからない僕のことを見透かしてくれるから。確かにわかってもらえたとかわかってあげたいとかわかり合えたとかそういうんじゃないかもしれません。でも先輩に僕をもっと見てほしい。僕も知らない僕自身を引きずり出してほしい。そういうことを思っちゃうんです。それで先輩のことも見たいんです。僕の知らない友一先輩のこと。どんな反応するのかとかそういうことも。知りたいんです」
 京が話し終えると、友一はスッと目を逸らして、ぶっきらぼうに言った。
「多いんだ。わかってもらえたと勘違いする奴。そういうことなら占い師のところにでも行くんだな。他人を騙して金儲けしようというような悪質な奴でもなければじっくりとお前を見てくれて話を聞いてくれた上に励ましてくれるぞ。迷惑なんだよ。期待されても。京は……」
 低く小さい声でボソボソと話して友一は言葉を飲み込んで口を閉じる。
「とりあえず見つめ合うだけでいいって言ってるのに」
 ガックリとして肩を落として背を丸めて小さくなる京に、友一は黙って真顔でじっと眺めていたがそれをやめ、押し入れのほうを指さした。
「京、お前、もう寝ろよ。布団はその中だ。一枚しかないからお前が使っていいぞ」
 ムスッとして京は友一を気に入らないというようににらみつけて、仕方がないというように『はぁ』と重たくため息を吐いて立ち上がり、押し入れのほうに向かう。
「はいはい、お邪魔なんですもんね、僕。わかりました。疲れちゃったし、おとなしく寝ようかな、布団を借りて」
 押し入れを開けて布団を見て『ボロッ!』と驚いている京の背中を友一は無表情でじっと見ている。
「ホントに借りちゃっていいんですか? 一緒に寝ます? 後からでも平気ですよ。僕、バスケ部で、雑魚寝にも慣れてるんで。熟睡するほうですし」
 友一がテーブルの上を片付けて端に寄せて場所を作り、そこに布団を敷きながら問う京に、教科書を取り出していた友一は素気なく返す。
「いいから早く寝ろって。気にするな。俺のほうこそそこらで寝るのは慣れてるんだ」
 『ううーん』と自分の丸い頭の後ろを撫でていた京は『ふわ……』とあくびをしてのそのそと布団に潜り込んだ。
「それじゃあおやすみなさい」
 友一に背を向ける形で壁のほうを向いて横向きで無防備に布団を肩までかけて首を晒して寝る京に『ああ』と友一は言う。
「おやすみ」
 優しい声で返して、テーブルを退けてしまったために自身は京の寝ているのとは反対側の壁にくっついて座り、教科書とノートを開いてペンで書き込み始める。
「……」
 しばらくして京の『スースー……』という穏やかな寝息が聞こえ始め、友一はピタリと手を止めて、耳を澄ます。
「……京……」
 小声で呼んで、返事がないことから京が本当に寝ていることを確かめて、青くなって顔を引きつらせた友一は教科書などを放り出して布団のところへ四つん這いでそっと這って行き、ゆっくりと京の顔を覗き込んで確かに目を閉じて力を抜いているあどけないこどものような寝顔に、それが狸寝入りなどではないことを知って、大慌てで肩をつかんで揺さぶった。
「京!! 人殺しの部屋でのんきに寝るんじゃねぇよ!! 俺に殺されたらどうする気なんだお前は!!」
 隣の部屋などに聞こえないように極力声は抑えて出せるだけの音量にしたものの、しかし激しい口調で怒鳴りつけて、友一は『んあ……』と間抜けな声を出してパッチリと目を開ける京を見守る。
「なんですかぁ、もう……、友一先輩ってば寝ろって言ったり寝るなって言ったり……わけわかんない人ですね」
 ゆっくりと友一を振り向いて、目をこすりながらぶつぶつと言って、京は身を起こして、のろのろと立ち上がり、寝ぼけている様子でふらりと歩き出す。
「先輩、この何にもつけてないコード、使ってもいいですか?」
 友一は『は?』とぽかんとしたが、部屋の隅に置いてあった白いコードを手に取り訊ねる京に、怪訝そうにしかめ面で返す。
「それは別に構わないが」
「あっそ」
 コードを手に京は戻ってきて、そこにしゃがみこんでいる友一に全身でドンとぶつかるようにして布団の上に押し倒して、素早く友一の両手首をまとめてコードで縛り上げた。
「おいっ!? 京っ!? どういうことなんだっ!?」
 慌てて暴れる友一の上に馬乗りになったまま、京はニッコリと笑い、一生懸命首をひねってそれを見て青ざめる友一に言う。
「これで安心して眠れますね」
 もはや言葉も出ないで暴れることをやめてぐったりした友一を布団の中に押し込んで京は『ふふ』と嬉しそうに目を細めて笑って言う。
「いただきます」
 さすがに我に返った友一は真っ赤になって怒鳴った。
「そこは『おやすみなさい』だろ!!」





(おしまい)
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