熱中したバケモノと
「お兄さん」
駅前の小さな広場にあるベンチに人待ち顔で座って退屈そうに携帯電話に目を落としていじっていた、茶色いジャケットに赤いチェックのシャツを着て青いジーパンを穿いてそこらでよく見かけるスニーカーという平凡な恰好をした、どちらかというと明るそうではあるが気の弱く優しそうな若い青年に、友一は人の良さそうなニコニコとした笑みを向けて昔からの知り合いのように親しそうに声をかける。
「すみません、いきなり声かけちゃって、驚きましたよね。お兄さんなら話を聞いてくれるかなって思って。ねぇ、お兄さん、誰か待ってるんですか? もしかして時間に余裕あります? それなら俺とちょっとした<ゲーム>をしませんか?」
突然のことで動揺して困惑顔をしている青年に向けて、友一はパチリと片目を閉じて両手を合わせて拝むようにして、困ったように笑って首を傾ける。
「はは、こんな唐突にやっぱりダメですか……、そんなこと言われても困りますよね?」
わずかに警戒を見せていた青年が、友一のほうに体を向けて、携帯電話を横に置いて口を開く。
「あ、いや、そんなことないけど……。確かにいきなりでちょっとビックリしたけどさ。ゲームしようだなんて言われたことないし、君、どうしたの? 何かあんの? 俺でよければ話くらいは聞いてあげてもいいけど」
青年の目が友一の頬に向けられ、殴られた痕を見て少し痛むように眉がひそめられ、心配と不安と怯むような顔に変わる。
「ケンカとか?」
青年はそわそわとして周囲を見回して、少し離れた位置に立っている京を見つけて不審そうに目を細くして、目の前に立っていまや情けない顔でヘラヘラしている友一を見る。
「いやぁ~、それがッスね、さっき街でちょっと怖い人たちに絡まれちゃいまして。財布を取られちゃったんスよ。それで俺たちすごく困ってて」
京のほうを友一もわざとらしく大きな動きで振り向いて困惑げにチラリと見てから青年のほうに顔を戻す。
「電車賃がなくて帰れないんス。俺たちふたり。それでどうしようかと」
『ああ!』と理由がわかってホッとしたというように青年が胸を撫でおろして完全に警戒を解いて明るい顔をして、固く閉じ合わせていた足を開いて力を抜いてだらしくなく座り、前のめりになって友一を見上げて、苦笑した。
「そうか、なんだ、そういうこと。それは大変だったでしょ。可哀想だね。それなら困ってるでしょう。そういうことなら、お金貸してあげてもいいんだけど、君が言ったさっきのゲームってのは何?」
「いいんですかっ!?」
友一は控え目に申し訳なさそうなニコという笑みを浮かべて大仰に『いい人がいてよかったぁ~』と安堵の息を吐いて見せる。
「困った時はお互い様じゃん!!」
すっかり友一に気を許した様子で、青年が友達に向けるような嬉しそうな楽しそうな笑顔で優しそうな目を向けて、穏やかに問う。
「それで君の言うゲームってなんなの?」
友一は若干うつむいて今までとは違う微かに笑みに口元を歪め首を傾げて眉を下げてたいしたことではないというようにさらりと言う。
「ただでお金をもらうのも悪いんで。よくあるコインを後ろに隠してどちらかの手に隠して前に出して『どっち?』ってやる<ゲーム>ッスよ。それをこれから俺としませんか?」
青年が難しい顔をして『うーん』とうなって腕組みをして考え込む。
「……金額を聞いてなかったんだけど、いくらくらいいるの、ふたりで?」
見上げて問う青年に落ち込んだようにしょんぼりとして見せて友一は返す。
「それが必要なのは千円くらいなんスよ」
「あ、結構高いんだね、そっかそっか」
「すみません、こんな話を持ち出しちゃって、あの、無理ならいいんで、本当はこんなこと頼めたことじゃないですし」
さらりと言われて、気落ちした様子の友一を見て、青年が焦って『ちょっと待って!』と言い、苦笑に近い笑みに顔をくしゃりとさせて、『わかったよ』となだめるように言って、引き止める。
「しよう、そのゲーム、君が勝てば千円渡すからさ。そうだよね。うん、いいよ、どうせ暇してるしさ」
友一は元気を取り戻したようにがばっと頭を上げて明るい顔で嬉しそうにニッコリして言う。
「本当スか!? 助かります俺!! 優しいですね」
『いやぁ~』と照れた様子でうつむいて頭の後ろをかいていた青年が少しして頭を上げて真面目な顔になる。
「うん、じゃあ、さっそくやろうよ。その『どっちの手にあるか』ゲーム。君は財布取られたっていうからお金ないのか。十円玉でいい? これ使って?」
リュックから財布を取り出して、十円玉を一枚つまんで友一のほうに差し出す青年に、友一は『いやいや』と首を横に振る。
「お兄さんがしてください。俺がどっちの手に入ってるか当てますんで。そのほうが楽しいでしょ? 三回勝負で。全勝したら千円ください」
きょとんとした青年は、少し考えて『それもそうか』と納得した様子で笑顔でうなずいて、十円玉を持った手を後ろに回した。
「こういうの、懐かしいかな、こどもの頃にやったっけ……」
ぶつぶつと呟きながら青年は肩を揺らしながら後ろに回した両手の中で十円玉を行き来させているようだった。
「よしっ、さぁ、どーっちだ?」
両手を握り拳の形で前に出して楽しそうにニコニコとして問う青年に、あごに手を当てて真剣な表情で左右の拳を交互に見て考え込んでいた友一は、少しして答えた。
「……右ですね」
「当たりー」
パッと右手を開いて手の中の十円玉を見せ、一度当たるくらいは偶然だからだろう、青年は格別驚いたふうでもなく、それでも感心したように『君すごいじゃん』と言ってまた手を後ろに回し、もそもそしてから前に出した。
「さてと、今度は、どっち?」
友一は先ほどと同じ動きを見せてから慎重に答えた。
「……じゃあ左で……」
瞬間、きょとんとした青年が大きく笑って、左手を開く。
「またまた当たりー! すごいね君! 運いいね!」
しかしハッとして、『運がよかったらカツアゲされないか……』と悪いことを言ってしまったように笑顔を引っ込めて、真面目な顔をしてまた両手を後ろに回してもそもそとしてから、『最後の一回』と言って前に出した。
「当たるかなぁ、さぁ……、どっちだっ!?」
「左」
友一はニコリとして言って、驚きに目を丸くしている青年の左の手首をそっとつかんで引っ張り、指を一本一本引っ張って手を開かせた。
「俺の勝ちッスね!」
そこにある十円玉を見て、勝ち誇ったように言って、ぽかんとしている青年に顔を近付けて顔を覗き込み、ニヤニヤして首を傾げ、低めた声で訊ねる。
「約束通り、千円くれますよね、お兄さん?」
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「またそんな隅っこに行く~」
それなりに空いてきていた電車内で、乗り込むなり空いている席には目もくれずに反対側のドア付近に行き、それまで茂みに隠して置いたビニール袋を両腕にさげて、横を向いてポケットに手を突っ込んだままドシンと扉にもたれかかる友一に、後から追いついた京が呆れ顔をして言い、渋々と言った様子で隣に立つ。
「いいだろ、好きなんだから、放っとけよ」
寄り添うようにして立つ京を鬱陶しそうに見てから友一は投げやりに返す。
「座りましょうよ」
「嫌だ」
きっぱりと言って、また横を向き、目を閉じる。
「お得意の狸寝入りですか? あのゲームの時も友一先輩はろくに寝ないで僕らから情報を得ようと必死に聞き耳を立ててましたもんね。面白かったですよぉ、どんどんやつれてく先輩、ただでさえ目つきは悪いし目の下にくまもあるのにそれが」
「うるせぇ。少し黙ってろ。俺は疲れてるんだ」
目を閉じたままでドスの効いた声で京を遮り、友一はうつむいて、もう反応はしないとばかりにあからさまに全身で京を拒絶する。
「僕は平気だったのに」
ポツリと言って、京が友一の前に回り、腕を組んで言う。
「揺れたら困るんでつかまらせてください」
「……なんのために吊り革があると」
「僕、背が低いんで、つかまらせてください」
「……嘘吐き」
「それは先輩もでしょ」
仕方なしに友一は目を開けて自分を上目遣いに期待でキラキラと輝く目で見上げてニンマリと笑んでいる京をジロりとにらんで低い声で強く言う。
「お前は、揺れても、大丈夫じゃねぇか!」
バランス感覚も優れているということを知っている友一の言葉に、平然として京はクスクスと笑って、なめるように友一を細めた目で見て言う。
「さっきの、やっぱりあれは、『目』ですか?」
ため息を吐いて、友一は京にしがみつかれている腕とは反対の手をポケットから出して、ボサボサの頭をかいてため息を吐いて嫌々というふうに話す。
「たいてい、手を前に出した時に、ちゃんとコインが手の中に隠れてるかどうか見ちまうんだよ。だから手を前に出した瞬間に相手の目を見て確認するところを見ておくんだ。三回くらいの勝負なら勝てるぞ。これを知ってる奴が相手だと無理だけどな。俺が狙いをつけた奴、そういうことと無縁そうな奴だったし、こいつなら……ってさ」
種明かしをされてもわかっていたことのように京は『ふーん』とだけ言う。
「京の鞄にハンバーガーを入れたのは失敗だった。お前は平気でも俺はそうじゃないんだ。正直電車代もギリギリだったしな」
京は疑うようにジロジロと下から友一の顔を見てその両腕に下げられたビニール袋を指す。
「これ、誰かに売っちゃえばよかったんじゃないですか、そこらで。結構高いブレスレットなんかも入ってますよ。三千円以上する品物だから千円でいいなら喜んで買う人もいるんじゃありません?」
友一はしかめ面をしてぶんぶんと首を横に振る。
「ダメだ! これは少なくとも明日京を無事に家に帰すまではまだ売れないんだよ。っていうか勝手に他人ん家に泊まること決めてんじゃねぇよ。朝になったら追い出すからな。もううんざりなんだよ」
『ヒドいなぁ』とぼやく京に、視線をやってじっと見つめて、それから逸らして友一は窓のほうを向いて呟く。
「さっきの話、ヒーローならお前のほうが似合うだろ、俺は極悪人なんだし」
窓に映る京の顔が急にニコニコとし出す。
「……何笑ってんだ?」
あまりの不自然さに友一が振り向いて問うと、もはや抑えきれないというように嬉しそうにニマニマとしていた京が、こつんと友一の胸に頭をぶつけてから満足そうに息を吐いて言う。
「だって、友一先輩が僕のこと頼りにしてるとか言ってくれたんだもん、それって僕のこと認めてくれてるってことですよね。わざとだとわかってても言われたら嬉しいもんだなぁ。思い出すとニヤけちゃう!」
憮然としてそんな京を眺め、友一は嫌そうな苦い顔をして、舌打ちをする。
「さっきの見ててもまだそう思えるなんてお前はおめでたい奴だよ」
苛立たし気に吐き捨てる友一を面白そうにスゥッと目を細めて見て、見られている気付いた友一と目を合わせるとニコリと首を傾げて笑んで、京はさらりと言った。
「ま、もしも僕がヒーローなら、友一先輩がヒロインでもいいですよ?」
ザァッ……と友一が青ざめる。
「却下だ!!」
(おしまい)
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