退屈した天才と
「俺は目立ちたくないのに……」
公園を出て、京と連れ立って歩きながら、友一はしょんぼりとして呟く。
「画像のことならなんとかなりますよ。僕、ほら、高校生ですし。先輩に迷惑はかけません。通報したのもたぶん知らない人だと思いますし。いたずらとか噂が立っても僕がなんとかしてみせますから」
隣で片目を閉じて微笑して言う京に、背中を丸めてポケットに手を突っ込んでトボトボと重い足取りで歩く友一は、困惑顔で首をかいた。
「いや、じゃなくて、もう目立ったじゃねぇか」
「逃げる際中のことですか?」
「『も』だ!」
苛立たし気に強くきっぱりと言ってから、『はぁ』とため息を吐いて、友一は立ち止まり殴られて赤く腫れた自分の頬を黙って指さす。
「ああ!」
京も立ち止まり、『それもそうですね』と言って、気まずそうに叩かれた自分の頬をさすって首を傾げる。
「今はまだいいですけど、さすがに明るいところに出たら、っていうか電車とか困りますね」
『仕方がねぇよ』と不貞腐れたように投げやりに返して友一は口を閉じる。
「……僕が友一先輩をボコったように見えるから、この場合、目立つのはどっちなんだろう……」
本当に他人がどう思うかわからないというように考え込みながら呟く京。
「けど、僕はわりと目立つほうだから、友一先輩は大丈夫かも!」
ポンと手を打って顔を明るくして笑顔で言う京に友一は仏頂面でうなずく。
「ああ、俺は地味だからな、お前と違って」
気に障ったふうでもなく、当然といったように返して、気が変わったと友一は仏頂面をやめて京を振り向く。
「京、お前みたいに頭の後ろで腕を組んで胸を反らす人間は、自分の能力に絶対的な自信があり、しかもそれを周囲に誇示したい、目立ちたがり屋……だ。自分を大きく見せたいってこともあるが。余裕があるってことを示したいんだな。自信過剰、能力重視で、他人を見下すところがある。その場の主導権を握りたがる。頼られることが大好きで、人の上に立ちたい、いわゆるリーダータイプだよ」
京は不可解そうに眉根を寄せる。
「それが?」
友一が眉を上下に動かして、自分のほうを指さし、つまらなさそうに言う。
「対して、俺みたいに背中を丸くして、なかなか正面を向くことがなく、うつむいてばかりで、ボソボソと話すような暗い奴は、自信がないんだよ。あと、手をポケットに突っ込んでることが多い奴は、嘘を吐いてるとか、何か秘密があるとか、とにかく抱えてることがあって、心の内を見せたくないか、手の内を明かしたくないか、隠してることがある。サービスで教えてやるが。臆病で警戒心が強く他人に容易に本心を明かさない。こういう奴はつつくと突然に攻撃に出ることがあるぞ」
自分をさした人差し指を立てて話してから、京の胸に突きつけて、友一はニタリと凄みのある笑みを作る。
「自分に自信がないから、全力で襲いかかるんだ、牙を剥き出しにして」
脅すようなそれに、ムスッとして『ムーッ』ときつく眉を寄せて目を閉じてうなってから、京は目を開けて力なく『だから何が言いたいの?』と呆れ顔をして言った。
「何? 先輩を用心しろってこと? そんなことをわざわざ言いたいわけ?」
怯まない京にニコッと友一は笑って『まさか』と言って人差し指を退けて肩をすくめて首を横に振る。
「わかってるだろうが、まぁ、確認ってところかな……」
『それで』と友一は続ける。
「言いたいことだけど、俺みたいな奴は、目立つことが極端に嫌なんだよ!」
しかめ面で言い放ち、本当に困ったというように情けない顔で頭を抱えて嘆く友一に、京が平然として言う。
「正反対ですね」
『そういうことだ』と言って友一はコクコクと何度もうなずく。
「本来俺は京みたいな奴は苦手だし、暗いところにいたいのに表に引きずり出されても困るし、だいたいなんでお前が俺に懐くんだよ?」
不可解そうになじるように言われて今度は京のほうが困惑顔をする。
「え? そんなこと今さらまた言われても……。結局僕には友一先輩が面白い人だから興味があるとしか」
「他人で遊ぶんじゃねぇよ!」
カッとなって怒鳴る友一に『おっと』と京が数歩後ずさって首を傾げる。
「僕のことが苦手だから遠ざけたいんですか?」
気にした様子もなく訊ねる京に、怒りを堪えるためにこめかみを押さえていた友一が、複雑な顔をする。
「いや、そういうわけじゃないが、困るんだよ……」
『はーっ』と大きくため息を吐いて、首を横に振って前を向いて歩き出そうとする友一に、後ろからひょこんと顔を覗かせて京が上目遣いに見上げて好奇心に目を輝かせて訊ねる。
「もしかして、怖い、からですか?」
面白そうに目を細めて笑う京に、踏み出しかけた足を止めて驚いたように目を見開いて少しの間ただ黙って見つめていた友一は、ふいっとそっぽを向いて答えた。
「その通りだよ」
さらりと言って、ビニール袋をガサガサ言わせて腕にかけることから手に持つことに変えて、改めて歩き出す。
「片方僕が持ちますよ」
追いかけて横に並んで手を出す京に『いや、いい』と渋い顔で友一は断る。
「だって重いでしょ。僕も男ですから。先輩よりも力ありそうだし」
「なんとなく嫌だ」
「わがまま言わないでくださいよ」
強引に友一の手から京がビニール袋を奪い取り、満足そうにニコと笑んで、友一に問いかける。
+++++
「他にはどんなことがわかるんです?」
それまでは気が乗らないという様子だった友一がぼんやりと空に視線を向けて『そうだな……』と考えながら口を開く。
「<かくれんぼ>の時、見てたんだが、あの千聖って奴も京と同じようにたまに頭の後ろで腕を組んでいたから、こいつも自分に自信があり、そこそこできる奴なんだろうなって思った。だが常に百太郎のことを気にしてたし、何かしらのコンプレックスのようなものを感じたな、リーダーにはなりたいタイプなんだろうけど。ああいうの、百太郎に反抗的な態度を取られると、気に入らないだろ。きっと『俺がフォローしてやってんのに』くらいは思うんじゃないか。それから万里先輩だが、腕を組んでばかりいただろ、あれはガードが堅い証拠だよ。ああいう奴は簡単に他人に心を許さない。疑り深いし、用心深い、初対面の相手とは打ち解けにくいタイプだからすぐに標的から外したよ。その代わり一度受け入れた身内には甘いんだろうけどな。それにすぐに眼鏡に手をやる癖があったよな。ズレてもないのに。ああいう奴は本心を隠してることが多いんだ。だから何か秘密があるんだろうなって。あれは京とのことだったのかもしれないけどな」
長々とゲームの最中での京の仲間の分析結果を述べる友一に、だんだんと京の顔が青くなり、しまいにはガックリとうなだれる。
「万里兄ちゃんの言ってた通り、あのゲーム、早く終わってよかったのかも」
すねたように唇をとがらせて閉口する京の丸い頭を見下ろして、友一は真面目な顔をしてその様子をじっと見てから、思いついたように突然に口に出す。
「京は本当に天才だよな」
『えっ』とパッと顔を上げて期待に目を輝かせて自分を見る京に、友一は優しそうなニコリとした穏やかな笑顔を見せて言う。
「京、お前がいてくれると助かるよ、お前のこと頼りにしてるんだ。天才だし、なんでもできるし、強いし、男らしいし、かっこいいよな。お前に任せておけばなんでも安心だよ。メチャクチャ心強いよ。信頼してるんだ……」
嬉しそうにニコニコしていた京が聞き覚えのある言葉をわざと強調して言った友一がニタリとして『あっ!』と声を上げてうずくまる。
「……って言われると嬉しいんだろ?」
友一も立ち止まり、両手で耳を押さえて真っ赤になって『うう~っ』とうめいている京を見下ろして、ニタニタと笑う。
「リーダータイプの奴ってこういう言葉に弱いんだよな」
「……そんなの誰だって嬉しいに決まってるじゃん……」
「それがそうでもないんだよな。美醜を気にしてる奴なんかは自分の外見を褒められたがるし。京はほら、自分の能力に絶対的な自信がある、だからこういう言葉が効くんだよ」
「うっ」
京はしゃがみこんだまま、両手を足の上に乗せてだらりとして、『チェッ』と言って、それからおおそるおそる顔を上げて、涙目で友一をにらんで言う。
「友一先輩、それってさ、全部嘘なわけ?」
友一はきょとんとする。
「なんで? お前のことだぜ。ただの事実だよ」
見下ろすのをやめて、友一は曲げていた腰を戻して、すまし顔で言う。
「嘘なら『お前は本当に無能だよな』とか言うけどさ」
京が『そっか……』と言ってまだ納得できていない様子ながら立ち上がる。
「でも、先輩の気持ち的にはどうなの、そういうことわかってて……」
言いかけて途中でハッとして口を閉じて目を見開く京に友一がうなずく。
「利用した」
口を真一文字に引き結び、きつく眉根を寄せて、悲壮な表情で友一を見ていた京は、ゆっくりとうつむいて、ほんの少し口元に微笑みを作った。
「わかってたことだけど……これは結構キツいかな」
友一は顔になんの感情も浮かべずにそんな京を眺めて素っ気なく言った。
「京、実はさ……俺は、京のことがわりと好きなんだ」
ビクッとしてはねるように勢いよく顔を上げて目を丸くしている京に、友一は決して冗談などではないという真面目な顔をして、真剣に言う。
「京は少し俺の大好きだった人に似てるんだよ。明るくて、優しくて、前向きで、人懐こい笑顔で、平気で俺に触れてくる。慈愛のこもった目でこんな俺を見るんだよ。髪がさらりとしてるとこも似てるかな。他人を信じよう信じようとして。俺に友達は大切だって教えてくれた人だ。まぁ、……つまり、とても『いい人』だったんだ」
話の内容のわりには、友一は怖いほどの無表情で、淡々と話す。
「善人だったんだ。だから騙されてボロボロにされて……。最後には殺されたんだ。誰にだと思う? 俺にだよ。俺に利用されて俺に殺されたんだ。可笑しいだろ。本当に愛してたと思うのにな……」
うつむいて、微かな微笑を浮かべ、友一は言葉をこぼす。
「京が俺が思った通りの優しい奴で、信頼に応えて心木を守ろうとして騙されて魅嶋にボコボコにされて、熱を出して寝込んでる間、お前の寝顔を見て、俺は何を考えていたと思う?」
暗い陰が落ちて目が見えない友一の口の端だけが嫌な感じにつり上がる。
「ああ、こいつ、殺さないとなぁ……って」
身を強張らせて動けないでいる京の前で友一が堪え切れないというようにニタニタと笑う。
「だって怖いだろ。これ以上壊されたくないよな。見たくないんだよ。だったらいっそこの手で……って思ってもおかしくはないよな。さっきもさ、歩道橋の上で、あの時京があんな冷たい侮蔑の目で俺を見なかったら、恐怖に負けて突き飛ばしてたかもしれない、もし優しい目で俺を見ていたら。壊れるのが怖くて。京は最適解を出したよ。あれは本当に正しかったんだ」
呆然としている京に近付いて、逃げることなく友一を真っ直ぐに見つめてくる京に嬉しそうに悲しそうに微笑し、友一は言う。
「京、お前のことが好きだから、壊したくて堪らなくなる。だから……わかるだろ。そういうことなんだ」
トンと拳で京の心臓の当たりを軽く叩いて友一は顔から表情を失くす。
「……」
いまや冷たく無表情で間近にある友一の顔を見つめていた京は急に動き出すと友一の胸倉をつかんでぐいと引き寄せ頭突きをかました。
「!?」
予想外のことに避けられずに京の頭突きを食らった友一はどさっと地面に尻餅をついてぽかんとする。
「友一先輩、ひとつ聞きたいんですけど、先輩は快楽殺人者なんですか?」
呆気に取られていた友一は、突然の問いに驚いて、奇妙な半笑いに顔を引きつらせて返す。
「この場面でそういうことを問う度胸に免じて答えてやるが、そうじゃないな、断じて違う!」
京は無邪気な幼いこどものようにニッコリと満足そうな笑顔を見せた。
「なら、大丈夫ですよ、僕は先輩にそう簡単に殺されてあげないんで」
友一は痛む額に手を当ててゆるゆると首を横に振る。
「あのなぁ……天才さんの頭はどうなってるんだよ」
京はすまし顔になり、人差し指を立てて、なんでもないことのように言う。
「先輩、ヒーローって、ヒロインがいることもあるけど、基本的に敵か味方しかいないんですよね、あとは観客。先輩はそれですよ。ヒーローはひとりぼっちですもんね。守ることしか知らない。守られることを知らない。頼って甘えてしまったらそれがなくなった時にどうしたらいいかわからないから。先輩が怖いのってそれでしょ。だからたったひとりでいる。本当にまだ何かと戦ってるんじゃないかって思うくらいですよ?」
首を傾げる京に友一が真っ赤になる。
「俺を中二病患者みたいに言うな!!」
その普通の人らしい反応にニンマリと笑んで、京は人差し指を振り振り、得意そうに言う。
「敵か味方しかいない人生なんて僕は寂しいと思うけどなぁ」
不貞腐れて開き直って地面に胡坐をかいて仏頂面で友一が吐く。
「他に何がいるんだよ?」
「ライバルとか」
「敵じゃねぇかよ!」
座っている友一にしゃがんで目を合わせた京は悪戯っ子のようにニィッと目を細めて笑って言った。
「そうでもないかもですよ?」
(終わり)