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退屈した天才と






「マジで覚えてたんだな」
 京の道案内で最初の待ち合わせ場所であるファーストフード店に戻った友一は店内で注文を済ませ、後ろに並んでいた京に言わずもがなのことを言って、順番が来ると出されたハンバーガーなどの載ったトレイを持って席に移動する。
「僕は天才ですから」
 遅れて来た京が、これまた確認のようにお決まりの台詞をさらりと言い放ち、窓際のテーブルを選んで座る友一の向かいの椅子に腰を下ろす。
「逆にどうするつもりだったんです?」
「まぁ、そこまで考えてなかったっていうか、考える必要もないだろうと思ってたからな」
 渇いた喉を急いで潤そうというようにカップに入っているコーラを一口飲んですっきりしたというようにホッと一息吐いてボソリと言う。
「俺ひとりなら迷ったら歩きゃいいんだし」
「そういうものですか」
「京ならどうせ道を覚えてるだろうと思ったからな」
 その言葉に京が嬉しそうにニコッとする。
「へえ! 珍しいなぁ、友一先輩が僕に頼るなんて! それホントですか?」
「そう思っておいたほうがいいぞ」
「利用でも僕は構いませんよ? 先輩が認めてくれてるってだけでも嬉しいですし。それにしても不器用っていうのかなんなのか。この場合は嘘でも『そうだ』って言っておいたほうがいいのに~。ついでに褒めてくれるとかさ……」
 店ではわりと値段の安いほうのバーガーひとつに飲み物のカップひとつという友一のトレイを憐れむような目で見て、小さく息を吐いて京は自分のトレイの上からバーガーやポテトをそちらへ移動させる。
「あげますよ」
「いや……」
「長々と歩かせちゃったお詫びみたいなものです。だから先輩ってそんなに体が細いんですよ。別に食欲がないわけでもないんでしょ?」
「……正直腹は減ってるが。確かにお前の思う通りこれだけなのは金がないからだし。だがお前からもらうってのがちょっと……」
「僕からの施しは受けられないってことですか」
「そうでもないな、王子、それで足りるなら」
 『あ、禁止って言ったのに、言った』と京はムスッとする。
「キングのためにわざわざ余分に買っておいたんですよ。どうせそんなことだろうと思って。ああ、先輩、お金がないんだなぁ……って。後ろであっという間に終わる注文にビックリしてました。選ぶ余地すらもないんですね。僕ひとりでたくさん食べてるのも申し訳ないんで歩いた分の栄養を取るつもりでここは遠慮なく受け取って食べてください。だいたい見てられないし。その貧しい食卓」
 わずかに頬を赤らめて『んー』と首を傾げて両目を閉じて考え込んでうなっている友一に自分は両手でハンバーガーをつかんだ京が強い口調で言う。
「こんなことで後々まで何か言うほど僕は恩着せがましくありませんから」
 躊躇っていた友一の手が京がトレイに乗せたポテトのほうにゆっくりと伸びてひとつをつまんでこれまたおそるおそるというふうにゆっくりと口に運ぶ。
「もったいないから包んで持って帰りたい」
「おっと」
 思わずこぼれたというような一言に京の目が丸くなる。
「今食べても一緒でしょ? それとも夕飯としてってことですか? 友一先輩の夕飯はこれになるの?」
 いつもの好奇心というより心底驚いたという様子でテーブルに身を乗り出して詰め寄る京に友一は恥ずかしそうに頬を赤らめてボソボソと答える。
「これになるんだ。いや待て、中心はっていうか、後は家にあるのはパンの耳の残りとか。つまりこれで今日の分を買う金はない」
「……悪いことしちゃったかな……」
 京は気まずそうに頬に冷や汗を垂らして友一から目を逸らしてうつむき加減でもぐもぐとハンバーガーを食べる。
「かといって金は受け取らないからな! この食べ物は別として! マジで金を出すなら俺は以降そういう目でお前を見るぞ!」
 にらみつけて怒気を込めて吐く友一に、京はしょんぼりとして『ふぁ~ひ……』と口に物を入れているせいでよく聞き取れない声で、情けない顔で返事をする。
「……」
「……」
 しばらく黙ってふたりは目の前に置かれたハンバーガーなどを食べて飲み物を飲んで過ごす。
「……特にふたりで話すこともないな」
「……先輩にその気がないからですよ」
「言いたいことがお互いだいたいわかっちまうと会話が続かない」
「いや、っていうか、僕が興味があるのは友一先輩のことなので」
「万里先輩遅くないか?」
「話を逸らさないでくださいよ。確かに遅いですけど。途中どこかで何か武器になるような物でも買い込んでたりとか~」
「……」
「っていうのは冗談なんですけど」
 茶目っ気たっぷりに首を傾げてウィンクして自分の頭を己の握り拳でこつんと叩いてみせる京に友一は真面目な顔をして返す。
「武器になる物ならわざわざ買わなくてもあちこちにあるぞ」
「まっ、それはそうですけど、じゃあお土産的な何かかもですね」
 すまし顔で人差し指を立ててくるくると回して軽く口に出す京に呆れ顔をして友一は視線を落とし、まだ手を出していないハンバーガーを見つめて、思案顔をして黙り込む。
「僕としては先輩のこといろいろと知られて有意義な時間を過ごせたからいいんですけど」
 テーブルに身を乗り出すようにして頬杖をついてなるべく近くから上目遣いのその考えを見透かすように友一を見つめて京は面白そうに続ける。
「足りないなら追加で注文します?」
 友一はため息を吐いて京から身を離そうというように椅子に背を預ける。
「それはごめんだな」
 『え~っ?』と不満そうに声を上げる京にうつむいていた友一はふっと口角を上げて笑みを作る。
「京、お前はさ、自分が『わかってもらえた』もんだから俺のことも『わかってやろう』としてるんだろ?」
「はっ?」
 突然に出された言葉に、その挑発するような響きに、驚きに目を見開いたまま京が固まる。
「……え? 先輩? いきなり何を……?」
 ゆっくりと頬杖をついていた手を下ろして笑顔を作ろうとして微妙な半笑いの表情で京は座り直して向かいの友一を見る。
「そのままの意味さ。俺にはお前の考えてることがすべてわかるわけじゃない。俺は別に頭が良いわけじゃない。特にお前みたいな天才の考えることなんざ低脳の俺にはわからねぇよ。ただお前という人間がどんな人間でどう動くかがある程度わかるってだけなんだよ。特にお前の弱みとか。でもお前は少なくとも理解してもらえたと思ったよな。あの<ゲーム>の時に」
 何を言い出すのかと浮かべかけていた笑みを消して不安そうな様子で困惑顔をしている京にニヤリと口元に笑みを作ったままで友一は話す。
「京は俺が『寂しそう』に見えるから遊んであげようとしてるんだよな。だって、京、イジメられてたんだもんな。やればなんでもできてしまうことを周囲に妬まれてだろ。いつだかまでは知らないけど昔からだろ。本当にガキの頃からだと俺は思うんだが。その時に『バケモノ』って言われたことがあるからそう言われてた俺のことも放っておけないんだ。今は何を言われても平気だと言っていたがそうじゃなかった頃があるはずだ。それだけじゃないよな。寂しかったんだろ。お前がさ」
 一見して優しく見えるように友一はスゥッと目を細めて京を見やる。
「遊び相手どころか、相手にされない、周囲に遠ざけられる。小学校でもうそうだったのか中学に入ってからかはわからないがずば抜けた『バケモノ』並みの天才と一緒にいたくないよな。運動も勉強もなんでもできる奴の傍にいたら比べられる。いや、そうでもないか、比べることさえ不可能だから。圧倒的に上なんだからさ。クラス中でイジメられたとか。案外幼稚園くらいでもうそうだったのかもしれないと思うよ。理解されないだろう。お前みたいな奴は。何を考えてるかわからないって普通思うよな。薄気味悪いって」
 今はもう無表情に近くなった京が冷たい目で友一をじっと見据えて静かに低い声を出す。
「ええ。イジメられてましたよ。先輩の推察通り、こどもの頃からだけど、特にヒドかったのは中学の頃かな。もちろん入学してすぐにクラス中で浮きまくりでいろいろされましたけど。やり返してたら無視されるようになって。その代わりに敵がちょっと増えちゃいまして。上級生からも絡まれたり。少しだけ他校の生徒からも。まぁ、空手とか習ってたし、僕は天才ですから、4対1で勝つくらいのことは楽勝でした、こっちも殴られたりしてボロボロになりましたけど」
 最後は懐かしむように言ってふっとうつむいて笑んで、『それがどうか?』とニッコリして問う京に、友一はわかっていたとうなずいてまた口を開く。
「京、俺が入学してからだろうと思った理由のひとつは学校も競争社会だからだが、もうひとつの理由は、お前、脱がされただろ?」
「……」
 完全に顔から感情を捨てて京は獲物を狙うような鋭い目で友一を凝視する。
「……どうしてそう思うんですか?」
 友一は『ふぅ』と息を吐いて力ない笑みを浮かべて首を横に振り両手を上げて肩をすくめてなんでもないことのように軽く言い放つ。
「だってお前さ、脇腹の傷でわかるから写真は抜いたって言ってただろ、なんでそんな写真があるんだよ。自分で証拠のために撮ったって言ってたけど腹部もなのか? 自分でどうやって撮るんだよ。鏡にでも映したか? それとも親にでも撮ってもらったのか?」
「……」
「じゃあ言ったのか? 親にイジメられてますって? 言うまでもない、見ればわかることとはいえ、だったら強くなる必要はないだろ。『助けて、お父さん、お母さん』そう言えなかった。自分でどうにかする必要があったはずだ。京は負けず嫌いだしな。あの写真、全部とは言わないけれど、少なくもお前が撮ったってのは嘘だよ。相手に渡されたのか自分で奪い返したのかは知らないけどな。それと、撮られたのはそれだけじゃないよな、俺はお前と違ってお前の過去にそれほど興味ないから言わなくていいぞ。そういう趣味もないしな」
 横を向いて頬杖をついていた京はしばらくしてポツリと言った。
「……万里兄ちゃんは知ってるよ……」
「あっそ」
 本当にどうでもよさそうに素っ気なく返す友一に京はパッと振り向くとキッとにらみつけて腹立たしそうに顔を歪めて苦しそうに言った。
「空手とか習って強くなる前、さすがにクラスの連中全員には勝てなくて、でもそれだけだよ。馬鹿だよね。あんなことでなんとも思うわけないだろ! 勝ち誇っちゃってさ! きっちりとお返しさせてもらったよ! それがっ……」
 口元に手を当てて『しーっ』と声を抑えるよう促す友一にピリピリとしながら京がいったん口を閉じてそっぽを向いてへの字に結んだ口をまた開く。
「それがどうしたっていうのさ」
 『んー』と片目を閉じた友一がうなってからへらへらと笑って『まあまあ』となだめるように言う。
「よくあることだよ。推察なんて大したもんじゃないさ。言葉でもダメだ、暴力でもダメだとなると、ガキのやるイジメなんて後は限られてるだろ。まぁ、気にすることじゃない、……なんて俺に言えたことじゃないが。悪かったよ。こういう時、なんて言っていいかわからないんだけど、そういうことされてたからってお前に対して俺の中の何かが変わるわけじゃないんで……」
 今度は友一が困惑顔をして京のほうを窺う。
「……さっきから友一先輩は何が言いたいわけ?」
 不貞腐れてはいるものの、気を取り直した様子で友一のほうを改めて振り向いて、訝しそうに眉を寄せて問う京。
「俺のことわかったような気でいるなってこと? 同じだと思って近づいてくるなってこと? 同情されてるみたいでムカつくとか? 僕と自分とは違うとでも言いたいわけ? それとも可哀想に思って優しくすることで優越感を持つような偽善者は鬱陶しいから俺に構うなみたいなありがちなことが言いたいの?」
 『ありがちだなぁ』と友一が苦笑する。
「いいや? 俺のこと心配して遊んでくれてアリガトウ。お前の気持ちはとても嬉しいよ」
 ニコッと爽やかな笑顔で首を傾げて言う友一に『嘘臭いなぁ』とぼやいて京が目をすがめる。
「あきらかに拒絶するそれだし。壁あるし。絶交持ち出す寸前って感じじゃないですか。だいたい最初から面倒臭そうだし。僕ってそんなにウザいわけ?」
 まるで渋いお茶を飲んだように顔をくしゃくしゃにして『チェーッ』と文句を言いたそうにする京に驚いたように目を開いて友一は笑って言った。
「そんなことはないさ。俺のほうにはな。ただな……」
 その笑顔がくにゃりと歪む。
「……ただ、俺が求めてるものは、そんな曖昧なものじゃないんだよ」
 テーブルの上に投げ出すように置かれている京の細い手首を友一は突然ガシッと強くつかんだ。
「はぁっ?」
 驚きに目を丸くして焦りに顔を引きつらせる京に友一は道化師のようにニタニタとした笑みを向けた。





(続く)
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