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退屈した天才と






 ニコニコとして友一の返答を待っている京を、それも断られるはずがないというように胸を張って余裕ありげにその時を待っている京を、友一は背の差を利用して鋭く細めた目で冷たく見下して声を低めて静かに言う。
「京、もう一度言ってくれないか、俺の聞き間違いかもしれないから」
 優しいと勘違いできるほどにゆっくりと丁寧に友一に言われた京は意外そうに目を見開いてからその目をすがめて怪訝そうに眉をひそめて口をとがらせる。
「え、だから、僕が友一先輩の時間を買うんです。付き合ってくれたらお金を払いますよ。三時間で一万くらいでいいですか?」
 京は片手を出して指を3本立て、もう片方の手の指を一本立てて、友一のほうに突き出す。
「造花作りは一本作って10円なんでしょ? 僕の遊びに付き合うだけでこれだけもらえるなんてボロいと思いません? 先輩がいくら器用だって言っても千本作るにのは時間かかりますよね~?」
 ニッコリと笑って可愛らしく小首を傾げて『そうでしょ?』と下から顔を覗き込むようにして嫌らしく言う京に友一は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「……」
 否というはずがないのにというように、黙り込む友一を不思議そうな顔をして見つめてもっと首を傾ける京に、友一はため息を吐いた。
「そういうことじゃねぇんだよ。他に割のいい仕事があるからってノルマもあるのにいきなりやめられるかよ。信用問題だろ。っていうかだいたい人間を金で買おうとするのは非常識だ。一般的にはな」
 『怒ってもいいんだが』と本当にうんざりしたというように嫌そうにしかめ面をして苛立ちを堪えるように固く目を閉じる友一に京が不満そうに言う。
「あんな<ゲーム>を経験した後なのにですか。友一先輩はあの時に査定で0円だった癖に。そこを僕は一万出そうっていうんですよ?」
 友一はカッと目を見開く。
「このクソガキッ……」
 襟首をつかまれてぐいと引き寄せられても京は慌てた様子もなくムスッとして膨れっ面で物分かりの悪い相手に呆れたとでもいうように嘆くように話す。
「あ、友一先輩、どうせ働いたこともないガキの癖にとか言うんでしょ。それが気に入らないんですね。あの<ゲーム>の時のことは抜きにして。わかりました。安心してください。親のお金じゃなくて僕が親の仕事を手伝って手に入れたお金を出しますから。それなら文句ないでしょ?」
 周囲の目を気にして、ぐいぐいと京を揺さぶっていた友一はそれをやめて京をそっと地面に下ろし、怖い顔をやめて片目を閉じて京のほうを窺う。
「京は俺の話を真面目にちゃんと聞いてたのか?」
 何事もなかったかのように京も笑顔になって話す。
「聞いてましたよ。ノルマがあるんでしょ。大変ですね。それでも三時間くらいなら別に問題ありませんよね。僕が満足したら終わりです。そもそも内職しながらでもいいって僕は言ってるんですよ。そうだ、僕の遊びに付き合ってくれたら今度は僕が先輩に付き合って造花作りを手伝ってあげてもいいですよ、僕は今日一日暇ですから。先輩さえ良ければ先輩の家に泊まったっていいし」
 自分勝手にペラペラと自分に都合のいいことをまくし立てる京に、頭が痛むというように友一は額に手を当て、腹が立つどころかそれを通り越して呆れたと重たくため息を吐いて首を横に振る。
「京、言いたいことはいろいろあるが、それはそれとして……」
 自分よりだいぶ下にある京の丸いおかっぱ頭を大きな手でつかみ、傍目からは撫でているように見えるように乱暴に左右に動かして、慌てて両手を上げてそれを止めようとする京に構わずに緩い笑みを浮かべて問う。
「天才さんは俺と遊びたいのか俺で遊びたいのか。そこが気になるな。何がしたいんだよ。つまらないだろ? 俺と遊んだところでお前はさぁ!」
 ニコニコとして言う友一に髪の毛をぐしゃぐしゃに乱された京はこれ以上されないように両手で頭を押さえて不機嫌そうに口をへの字に曲げて眉をはね上げて友一をにらみ上げる。
「……友一先輩で。ニュアンスでわかってくださいよ。ってか言ってるし!」
 フンと鼻を鳴らす京に、友一はニタリと嫌らしい笑みを濃くして、京の小柄な体を両脇から腕を回していきなりガバッと抱きしめた。
「ええっ、ちょっ、友一先輩!?」
 予想外の友一の行動に目を丸くして強張る京に、友一はお構いなしにその体に覆い被さるようにして腕の中に閉じ込め、頭に頬をこすりつける。
「京は可愛いよなぁ」
「何するんですか!! 放してくださいよ!! 気持ち悪いってば!!」
「いやぁ、意外と筋肉ついてるんだなと思ってさ、こんなに小さいのになぁ」
「イジメだ!! 新手の嫌がらせだ!! っていうかどうせ何か企んでるんでしょ!!」
「どうだろうな。俺は可愛い年下を可愛がってるだけじゃないか。誰がどこからどう見たところでそうだろうが……?」
 体をまさぐりながら耳元で優しく囁く友一に、真っ赤になったり真っ青になったりしていた京が、急に暴れることをやめてグッタリと体から力を抜く。
「……お願いですから脇腹の傷は触らないでください。今はもう痛くないんですけど。嫌な思い出がありまして」
 渋々といった様子で苦々し気にそれでも無理に笑みを作って言う京に真面目な顔をして友一は少し身を離して体に回した手は放さずに寄り添う程度にしてうなずいてみせた。
「ああ。わかってるさ。そこまでヒドいことはしない」
 京が顔を引きつらせる。
「いや、っていうか、もうやめてくださいよ。じゅうぶんヒドいですから。そろそろ僕叫びますよ。変態の烙印を押されたいですか。それとももう鬼畜だの下衆野郎だのバケモノだのと言われ慣れちゃっててそれじゃ効きませんか?」
 京の挑発には乗らずに友一は特に感情を浮かべていない素の表情で手を放して京を開放してその両手を頭上に上げてバンザイしてもうしないことを示してゆっくりと口を開く。
「京、とりあえず落ち着いて、鞄の中を見せてみろ」
 京が『まだ僕は怒ってんのに……』と不貞腐れた様子で投げやりに返す。
「なんで?」
 両手を下ろした友一はその片方の手を軽く開いて京のほうに差し出す。
「まずお前が本当に金を持ってるかだろ?」
「ああ、なるほど、それもそうですね」
 納得した様子で小さくうなずき、『ホント他人を信用しない人だなぁ』と聞こえよがしに呟きながら、京が自分の横にある地面に置いた鞄の中から財布を取り出そうと体を向けて中腰になった瞬間に友一は京のズボンのポケットから携帯電話をすり取った。
「あっ!?」
 感触で気付いて慌てて振り向いて『ゲッ』と顔を青くしてあんぐりと口を開けて友一を凝視している京に友一はニッコリと明るく笑いかける。
「さっき、ポケットにあるかどうか確認してたのは、財布じゃなくてこれだったんだよ」
 やられたと蒼白になって慌てふためいて取り返そうとする京に、その身長差を利用して奪い返されないように右に左にと動きながら、友一はアドレスの中からあるひとつの名前を選んで電話をかける。
「……あ、もしもし、万里兄ちゃん?」
 『返せ!!』とわめいている京の頭を手で押さえて、友一はニヤニヤとしてわざとらしく親し気に京の<近所のお兄さん的存在>である丹羽万里に向けて、京の口調を真似して話す。
「僕だけど。あのさ、今、友一先輩と一緒にいるんだ。それで先輩が一万円で『僕で遊んで』くれるっていうんだけど。家についていってもいいかな~。なぁ、どう思うよ、万里兄ちゃん?」
 言葉の最後はドスを効かせた低い声でわざと脅かすように強い口調で言う。
「……」
 電話の向こうからは沈黙が返り、友一の下からは京の『違うんだよ!! 万里兄ちゃん!! 誤解だから!! 友一先輩、僕僕詐欺だから、それ!! お金のことまで言わないでよ!!』と必死の弁解と非難と懇願と混じった焦燥感たっぷりのわめき声が上がっていて、友一は黙ってじっと携帯電話に耳を傾けている。
「……その気持ちだけは尊重できない」
 しばらくして、落ち着いた低い静かな声が、ともすれば京の大声でかき消されそうなほどに小さく聞こえた。
「……そう京に伝えてくれ」
「はぁ?」
 耳を澄ましていたために聞き取れた友一が、しかしその意味がわからずに眉をひそめて、大きな声で返す。
「いや、えっとあの、すみませんスけどちょっと意味が。あ、そっか、いきなりで驚いたスよね。すみません、お久しぶりです、片切友一です。あの<ゲーム>の。あの時はどうも。まぁいろいろあるでしょうけど、お互い様ということでそこは省きましょうよ、今は。それで、俺は呼び出されて京といるんですが、こいつがうるさくて……」
 『困ってるんですよ』と言おうとした友一よりも早く万里が口を開く。
「その程度で出し抜いたつもりか?」
「は?」
「いまいましいだけなのだよ」
「それは説明はいらないってことスか?」
「奪り返す」
「……あはは。あの、なんか誤解があるっていうか、さっきのは冗談で。俺のほうが京に一万円で付き合ってくれって言われてまして」
「あぁ信じてるぜ仲間をな……と京に伝えてくれ」
 友一は携帯電話から耳を離して、もはや疲れた様子で仏頂面で黙り込んでいる京を見下ろして、急に片手でガバッと京の体を強く引き寄せるとそのことで『いたたっ……』と声を上げる京を近づけて向こうへ向けて大声で言った。
「ああ! わかりましたよ! 京のことは俺に任せてください! メチャクチャにしてやりますから! 温厚なあんたなんかには想像もつかねぇようなヤバいことをして泣かせてやるよ!! 可愛い可愛い大事な『弟』が今後生きていけないような目に遭わされるのを黙ってそこで指くわえて見てるんだなっ!!」
 『覚悟しておけよ』と言い放って『待てっ……』という焦りの声にしめしめと思いながら友一は無言でプツッと携帯電話の通話を切った。
「えっ……?」
 きょとんとしている京に友一は『ほらよ』ともう用はないというように興味なさそうに携帯電話を出して京の手の中に押し込む。
「これでいくらなんでも慌てて迎えに来るだろ」
 疲れ切った様子でガクリとその場に座り込む友一を困惑顔で見る京の手の中の携帯電話がうるさく鳴り出す。
「あ!! 万里兄ちゃん!? ごめん、そうじゃなくて、違うんだよ!! えっ、ああいや、確かに友一先輩とは一緒にいるけど……。なんでさ。誤解だって。僕がそんなことするわけないって万里兄ちゃん知ってるでしょ。いやいやいや、それは、なんていうか……。とにかく違うんだよ。あっ、ちょっと待って、友一先輩っ!?」
 これ幸いとこっそり逃げ出そうとした友一の黒いパーカーの背中をひっつかんで京が止める。
「後で電話するから!! 今のこと友一先輩と話してから!! それでいいよね!?」
 強い口調できっぱりと言って通話を切り素早くメールを打つとすぐに電源を切る京を後ろ向きのまま首だけ捻じ曲げて友一は不服そうな顔で細めた目を向けて言う。
「会話ができなかったぞ」
「何を言われたんです?」
 万里の言った言葉を繰り返して聞かせると京はこっくんと深くうなずいた。
「それはきっと僕が友一先輩に殺されると思ったんですよ」
「マジか」
 驚いて京に向き直り、天を仰ぎ見るようにした友一は、『あちゃあ』と派手に苦笑して、肩を落としてボサボサの頭をかきながら、気まずそうにして、あらぬ方向を見やって言った。
「俺、京のことメチャクチャにするって言っちまったぞ、あいつに」
「そういうことだと万里兄ちゃんも思ったんですよ。だいたい先輩の印象が悪すぎますって。百太郎先輩のことボコった前科がありますし。場所教えたんで来るとは思いますけど。かなり怒ってますよ?」
 友一は『はぁ』とため息を吐いてうなだれる。
「どうするかな」
「どうしますか」
 顔を見合わせ、同時に顔を背けて、互いの様子を目で窺う。
「……」
「……」
 ゆっくりとふたり同時に振り向いた。
「心配させただけのことはあると思わせたほうがいいんだが」
「それじゃあ場所を変えてふたりで殴り合いでもします?」
 目をスッと細くしてねっとりとした目で自分を見る京に、友一はしかめ面をして顔を背けて、厄介なことになったと重たく長いため息を吐いた。
「……まったく冗談じゃねぇよ……」





(続く)
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