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『トモダチゲーム』二次創作(小説)






 足元に小さなバスケットボールらしき物が転がってきて片切友一は思わず足を止めた。
 気が付かずに踏んでしまえば転ぶところだったかもしれない、ボールは本当に小さくて軽いもののようで、踏み潰してしまう可能性のほうが高かったが。
 どうやら玩具の一部であるらしいそのボールを幼い友一は興味をひかれてつい拾い上げ、まじまじと眺めているうちに、続けてポンポンという小さな音と共にまたひとつふたつとコロコロと転がってきたボールを今度は仕方なく拾ってそれがきたほうを振り返った。
「あーもうっ、ボール、全部どっか行っちゃったぁーっ。これ入んないよ、パパ、ママ、こんなの無理に決まってるじゃん! 他のおもちゃがいいーっ!」
 病室の中ではベッドの上で不自然に大きな片足を吊り下げるようにされた女の子が憤然として両手を振り上げて傍らに立っている両親らしき困惑顔の男性と女性に向かってわめいているところだった。
「ほらほら、広海、そんなに慌てないでもっとゆっくりやらないと……」
「狙いを定めてちゃんと網の中に入るようにしないといけないんだぞ?」
「そんなのわかってるってばぁ~! 本当のバスケと一緒でしょ! 私ちゃんと狙って投げたじゃん! このおもちゃが悪いんだもん! こんなおもちゃじゃなくて、私、外で遊びたい~っ!」
 癇癪を爆発させるようにして大声を出して大きく体を揺すって暴れ出しそうな女の子に両親は申し訳なさそうに周囲に『うるさくてごめんなさい』と謝罪して女の子を『こらっ』を静かにするように叱りつけながらも女の子に向けられたその瞳は限りなく優しいものであった。
「せめて私ひとりじゃなくて弟も一緒だったらなぁ……」
 反省したというよりはただガッカリしたというように肩を落として寂しそうに呟くように言う女の子に両親はその子の背中を撫でて笑顔を見せた。
「青空だったら小学校が終わったらお見舞いに来るから!」
「お友達だってお見舞いに来てくれるって言ってたぞー?」
「やだー! 今がいい!! 今一緒にこれで遊びたいのっ!!」
 わがままを言う女の子の頭を撫でたり手を握ったりしながら心配事でもあるといった様子で曇らせた顔を見合わせ時計を見る両親の様子からこの後に医師との話し合いでもあるんだろうと友一は思った。
 そっと立ち去りかけたが、手にしたボールをどうするべきか迷ってほんの一瞬だけ病室のほうに体を向けてキュッと音を立てた、その時女の子の母親らしき女性と目があった。
「あら……?」
 友一が(しまった)と思った、その時にはもう遅く、その女性が嬉しそうに微笑み、次いで男性が気が付いて笑顔を見せて親し気に話しかけてきて、断る暇もあらばこそ、どんどん近付いてきてぐいぐい引っ張られて中に入れられ、母である片切友華のお見舞いに来た友一は寄り道を余儀なくされた。



「ちょっと骨折したの!」
 やたら元気で活発そうな広海というその女の子はまるで自慢でもするかのように得意げに胸を反らして言った。
「ちょー痛かった! 死んじゃうかと思った! でもすぐに治るんだって!」
 話し相手ができたと大喜びでニコニコとして言う少し年上の広海に友一は少し気まずい思いで『そうなんだ……』とぼんやりして言った。
「君は?」
「僕は……お見舞い」
「誰の?」
「お……お母さん……の」
 慣れない少しだけ年上の女の子相手に困惑して戸惑いがちに上目遣いで相手をじっと窺いながら言葉を選びながら言う。
「そうなんだー。お母さん入院してるんだ。大変だねー。学校は? うちの弟も君と同じくらいだけどまだ学校だよ?」
「……僕は別に、もう学校終わったから、ここに来れただけだよ」
「そっかぁ。早いんだね。青空もそれくらい終わるの早ければいいのに……」
 不満げに頬を膨らませる広海は友一の嘘に気が付いた様子はなかった。
「……かわいそうだね、入院」
 友一はふっと先ほどの父親と母親に大事そうに囲まれて体を撫でられたり気を遣われたり言葉をかけられたりと優しくされていた広海とその大変そうだねという何気ない一言などから嫌な気持ちになり暗い笑みを浮かべて言った。
「足……、怪我しちゃって、走れなくって、遊ぶこともできないなんて……」
 自分と比べて、入院している<お母さん>のお見舞いに来た自分と違って、広海には守ってくれる両親がいて、自分のために玩具を買って来てくれて、後でお見舞いに来てくれる弟や友達がいる、友一がどんなに辛い状況にいるか、たとえ知ったとしてもきっと理解できないに違いない。
「本当、かわいそう」
 うっすらと浮かべていた笑みが口の両端が吊り上がり大きく広がっていく。
 それと裏腹に、心の中は砂漠のように乾いていて、それでいてひどく冷たくなっていた。
 何やら自分でもわからない、得体の知れない歪で醜くどす黒いものが、奥底から湧き上がってくるかのようで、ゾクゾクとして、気持ち悪さと気持ちよさが同時にあり、くらくらと眩暈を感じながら友一は広海の反応を待った。
「そんなことないよ!!」
 きょとんとしていた広海は、パチパチと瞬きをして首を傾げて、急ににこっと花が開くように笑んだ。
「学校に行けないのもつまんないしー、お父さんとお母さんと弟がいる家に早く帰りたいけどー、でもみんな会いに来てくれるしー」
 人差し指を頬に当てて、『欲しいおもちゃも買ってもらえるしー、いつもよりもっと優しくしてもらえるしー』と数え上げていた広海がそれをやめて友一の耳元に口を近付けて内緒話をするように頬を赤くして囁いた。
「それにね、あのね……、治ったら家族旅行に連れて行ってもらえるんだ!」
 本当に楽しみでワクワクして仕方がないというふうに『ふふふ』と嬉しそうに笑う広海をもはや笑顔の消え去った無表情で友一は呆然とただ黙って見つめていた。
 その頭の中では広海の発した家族旅行という言葉がぐるぐると回っていた。
 それが初めて聞いた言葉のように頭から離れていかず、広海の話ももはや耳に入らずに友一はぼんやりしていたが、やがてハッとして、いきなり全身に水を被ったかのような冷たさを感じ、同時に悟ってしまったことに瞬間的に腹を立てて、突然手を伸ばすと広海の膝に置かれていたバスケットボールの玩具を払いのけた。
「きゃっ!!」
 広海の悲鳴にも構わずにダッとその場を駆け出す。
 父親に遊んであげてくれと頼まれていたことも忘れたかのように。
 母親に弟になったつもりでいいからと言われたことも頭から振り払って。


(弟になんかなれっこない……!)

 本当の弟がいるのに。

(家族になんてなれやしないんだ……!)

 あの中に自分の居場所はない。

(家族旅行なんて行けるはずがないんだよ……!)

 そんな幸せは一生無縁のものなんだ。


 頼りになる穏やかだけれども時に厳しく導いてくれる父親がいる、包み込んで守ってくれる優しくて温かな母親がいる、元気で明るく楽しくて一緒に遊んでくれるお姉さんがいる、その弟はどんな弟なのかは知らないけれど。


(……僕じゃないことだけは確かなんだ……)


 本当は、両親に少しの間一緒にいてくれたらお小遣いをあげるからと言われていた、それもこうなると駄目だろう。
 友一はせっかくのお金を手に入れるチャンスをふいにしてしまったことを損なことをしたと思いながら片切友華の名前がある病室に飛び込んだ。
 勢いよくベッドの上で上半身を起こしてこちらを見ていた<お母さん>の腿に飛びつくようにして顔を埋めるようにする。
「友一……!」
 驚いた友華が息を切らしながら自分にすがりつくようにして俯いている友一の肩に手を置く。
「どうしたの? 友一。走ってきたりなんかして……何かあったの?」
 頭の上に降ってくるしっとりとした穏やかで優しくて温かな女性の声。
「……」
 友一はしばらく考えて顔を上げるとニィッと面白いことでもあったかのように笑ってみせた。
「僕ね、すっごく幸せそうな親子に会ったんだよ、みんな仲が良くってさ!」
 それで何故走ってくるのかというように不思議そうな顔をする友華に向かって友一はさらに首を傾げてニコニコとしてみせてはずんだ声で言う。
「そしたらさ、僕もお母さんに会いたくなっちゃって、もうたまらなくって」
「……友一……」
 ホッとした様子で顔を緩めて眩しそうに目を細めて笑顔になる友華を見て、嘘を吐いたという罪悪感の欠片もなく、友一は成功したと満足する。
 お母さんのことが大好きなこども。
 自分はそれを上手く演じることができている、決して家族旅行に行きたいなどという無理なことは言わない、良い子だからわがままは言わない。
「よかった」
 行きたくても行けないことはじゅうぶんによくわかっている、友華の体のことがある、お金がないこともわかっている、だいたいが家族旅行とは違う。
「このぉ~」
 友華が二ッといたずらをするこどものように笑ってからかうように言って手を伸ばして友一の頬を軽くつまんで引っ張る。
「寂しくなっちゃった?」
「ならないよ! 僕にはおば……お母さんがいるもん!」
「そんなこと言ってぇ~。急いで走ってきたのは誰だ?」
「それはぁ……なんか……顔が見たくなったからぁ……」
 もじもじとして言うと友華が明るく楽しそうに笑い声を上げる。
「あはは! 友一でもそんなことあるんだね。まだまだこどもだなぁ」
「お母さん、心配してやってるんだよ、また具合が悪くなるかもって」
 むすっとして言う友一に、眉を下げて友華は困った顔をした。
「んー……。ありがとう。友一は、お母さんのこと、好き?」
「……うん……」
 恥ずかしくて、頬を赤らめながら、こくんとうなずく。
 これでいい。
 頭を撫でる手からわざと顔を背けて見ないようにした。





(終わり)
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