『トモダチゲーム』二次創作(小説)
「……過去にはそういうこともあったな」
それなりにいろいろとありながらも楽しかった過去を思い出しての俺の言葉に紫宮京が呆然として呟いた。
「……今じゃ考えられないよね、友一先輩のそんな姿……」
そうだ。
あの共に過ごした学生生活で目にすることができた友一の優しい笑顔。
照れ臭そうに顔を赤くしてにこっと笑っていた友一のそんな表情はもはや始めから存在しなかったかように消えてしまっている。
「……ああ……」
そして、それは何も友一だけではないのだと、そう思いつつもそれでも学生の頃の美しい思い出にすがりたい俺は口にすることが出来なかった。
「変わってしまったな……」
画面を見つめながら無理やりに絞り出した俺の震える声に顔を上げてこちらを見る紫宮が痛ましげに眉根を寄せて心配そうに小声で独り言のようにそっと言った。
「それは沢良宜さんのこと……」
俺のピクリとも動かない反応のせいか、それとも最初からわかっていて試したのか、それとも別の何かからか。
さっと首を戻して元のようにうつむき加減にして画面を観るようにした紫宮がゆっくりと口を苦々しい笑みの形に歪めてポツリと言う。
「……じゃ、ないよね」
その言葉に俺は首を縦に振ることも横に振ることもできなかった。
この部屋の中で美化された懐かしい思い出の中だけで生きられるだろうか。
そうできたらどんなにいいかと思いはするけれども俺は観ていてもどかしくて仕方がなくて。
焦燥感と苛立ちに思わずギリギリと爪を嚙みながら画面をにらみつけることしか今の俺にはできないのだった。
口に出してしまえば嘘に変わってしまいそうな俺の中に蘇った過去の思い出は黒いコーヒーの中に白いミルクが落とし入れられ混ざっていくように。
否、……その反対のように……すべてが引っ繰り返されてしまいそうで怖くて仕方がないのだ、溶け込まずに黒い部分も真っ白に変わっていくことが俺には受け入れられない。
「いや……何も変わってなんかいない」
不思議そうな、それでいてなんでもわかっているような、俺を見透かすような目で見て来る海童聡音が顔を上げてこちらを見上げるようにして見る。
眼鏡を直す動きで表情を読まれないようにする俺。
今さら何も隠すことなどないはずなのに、そんなことは無意味なはずなのに、自然とうつむいて悲しみのあまり笑みの形に歪んだ口元を押さえる。
「眼鏡の言うことも観てれば今にきっとわかるよ」
そうだろうか。
彼女の言葉に期待に胸がほんの少し跳ねる。
見たくもないものもどうせ今は見ていることしかできないか。
「……」
あの時のことは、あの後のことは、志法ちゃんたちは知らないこと……。
+++++
志法ちゃんのクッキーを、多少もめたりはしたが、みんなで食べた後。
志法ちゃんと心木さんはトイレへと立った、その間の出来事だった。
同様に教室の外に出ていた四部が缶ジュース等を手に戻ってきた。
「おーい! 友一、やるよ! どれがいい?」
いきなりそう訊ねられて当然の如く友一が不思議そうに訊き返す。
「え? あー、……ってか、何? どうしたんだよ、四部、そんなに……」
こどものように二カッとやんちゃな笑みを見せて四部は言う。
「いやさ、ホラ、さっきの志法のクッキーのこと! 俺が志法のこと好きだから譲ってくれたんだろ? クッキー! そのお返しだよお返し! 倍返し!! 友一の俺への厚い友情を感じてさーっ!!」
缶を抱えて得意げに胸を張って誇らしげに言う四部を俺は呆れ顔で眺めた。
「……四部。あれは沢良宜さんからもらった物だし、お前が缶ジュースを買って返すのでは合わないと思うが、どうだろうか」
金の問題ではないと俺は言いたかった。
「天智~っ。またそんな、固いこと言っちゃってさー、そんなことどうでもいーじゃんって! 俺が今から美味いクッキー作るなんて無理があるだろ!!」
『ねっねっ』と必死に言いながら交互にウィンクらしき瞬きとペコペコと頭を下げる四部に戸惑いどうしたものかと思い口を閉じた俺。
「あのさ……」
かわって友一が口を開いた。
「俺、甘い物、実はあんまり得意じゃないんだ。貧乏しててたいていいつも腹は減ってるしもらえるのはありがたいけど、本当に今日はお腹いっぱいだし、そんな理由でもらうのもなんだかな。沢良宜に悪いし……」
そう言って大あくびする友一。
「午後の授業もあるのに眠くてさー……」
猫のように思い切り両腕を伸ばして『んーっ』と言って眠たそうにして見せる友一の頬にピタッと缶コーヒーがあてられる。
「午後一の授業、眠るわけにはいかないだろ? このコーヒー飲めよ。少しは眠気を覚ますかもしれないからさぁ」
それくらいしかしてやれないから、と、眉を八の字にして弱った様子で片目を閉じて顔を緩めて優しい笑みを見せて言う。
「四部、お前、最初からわかっていてのことか……?」
俺が驚いて問うと四部はなんでもないことのように言った。
「いやだって、この時間、誰だって眠くなるっしょ!!」
それでいいんだというふうに、胸を反らして堂々と言った四部に、俺は感心に近い安堵のため息を漏らして、それならと力を抜いた。
そうだ、こいつのこういうところ、四部は付き合いやすいんだ。
コーヒーを友一に押し付けるようにして受け取らせ、俺にもひとつ缶ジュースを渡して、四部は残りを机に置いて自分の分を開けた。
「友一、本当は志法のクッキー、もっと食べたかったんじゃないのか? 志法もお前に食べてほしそうだったし。あれってさぁ……」
「四部!」
遠慮なくズケズケと物を言う四部に我慢がならずに俺は制すように鋭く名前を呼んで止めた。
「なんだよ、天智。俺は代わりがコーヒーでごめんなって、友一に謝りたかっただけだって! マジで志法が友一のこと好きなんじゃないかとか変なこと思っちゃいないしっ!」
「四部っ!」
四部のこどもっぽく唇をとがらせての反撃に、その言葉が導き出すその答えに、俺は決して表面上には出さないものの内心で悶え苦しんだ。
「……うん。今度はパンだといいな。食べてみたい」
俺が唖然とするほど感情を顔に出さずに、ただ口から出たというような友一の声にはほんの少しだけ嬉しそうな響きがあり、誕生日のプレゼントを心待ちにしてわくわくしているこどものようなところがあって俺を驚かせた。
「パン……は、さすがに無理なんじゃないのか」
俺が呆気に取られて言うと、友一はゆっくりと首を傾げた。
「そう……なのかな。俺、手作りって、あんまり食べたことなくて。なんでもは作れないのかな」
四部が友一の首を絞めようとでもいうように友一の肩に腕を回す。
「パン屋でもなくちゃ無理だろー! 無茶振りすんなって!! 俺は志法の作ったクッキーでじゅうっぶんっ!!」
その回した腕の先の指をピースの形にして見せる、実質絞められたような形の友一がひどく苦しそうだ、気の毒に。
「美味しかったからクッキーでもいいけど……あ」
女子ふたりが戻ってきてそこでこの話は打ち切りになった、四部は買ってきていた缶ジュース等をふたりにも分けた、俺はそれならなんの償いにもならないと思いはしたが言わなかった。
+++++
失われた時間は尊いものだという。
お金で買えない過去もあるんだと。
あの時は止まったまま永遠に有る。
俺の中の『友達』と過ごした楽しかった日々はずっと大切に宝箱に閉じ込めておこう。
たとえこれからもどんなに辛い現実の日々が襲い掛かるとしても嘘ではないのだから。
(終わり)