『トモダチゲーム』二次創作(小説)
モニターには最終ゲームに入ってからの参加者たちの様子が映っている。
毛布にくるまった面々に8日目の一日分の食事が友一によって配られるところだった。
友一や心木さんや四部のことも気にはなるが、それよりも他の参加者と共に寒さと飢えに震える志法ちゃんの姿が目に入り、俺は今やこうしてモニター越しに観ていることしかできない己のことを不甲斐なく思う。
先のゲームで脱落となった俺は、俺が海で助けた海童聡音と現在負傷していて治療中の身の紫宮京と共に、ただみんなを見守っていることしかできない。
極限状態の中、緊張と不安と疲労とその他諸々からだろう、幼い少女が自分の番になってもう耐えられないというように大声を出して不満を並べ立てた、無理もないことだとは思うが……。
ギクッとしたのは俺たちも同じ、先ほどの斯波真次とのやりとりのこともある、これは友一が望まない展開だ、(いけない)と志法ちゃんも思ったんだろう、俺も同じ気持ちだった、そんな時に……四部がその少女に自分の分の食事を差し出したのだ。
『俺の分も食べていいよ』
優しく微笑んでいる四部を観ていて、俺はありし日のことを思い出した。
その日は教室で友達5人で仲良く昼食を食べた。
その後、昼休みの時間になってそっと、志法ちゃんがクッキーの入った小さな袋を出したのだ。
「あのさ、私……クッキー作ってきたんだけど、食べたい人がいたらあげるから言ってよね。そんなに自信があるってわけじゃないんだけど、腹の足しにはなるかもしれないんだし、別に……あれよ、あれ! せっかく持ってきたんだから、誰かに食べてもらおうかなって思って、ちょっとだけよ」
真っ先に飛びついたのはやはり志法ちゃんのことが好きな四部だった。
「やっりぃ! 志法、俺にくれ、俺に! 俺食べたい!!」
豪勢なお弁当を食べていた四部が興奮して飛びついた理由が甘い物が好きだからだとかそんな理由ではないことは想像がついた。
頭を押しのけられるようにされた俺はため息を吐くだけに留めてズレた眼鏡を直す。
次に遠慮がちに声をあげたのは意外にも心木さんだった。
「あ、志法ちゃん……、あの、わ、私ももらっちゃっていいかな?」
弁当が足りなかったんだろうか?
俺には心木さんがクッキーを食べたがる理由がわからない。
顔を赤くしてもじもじとして申し訳なさそうに上目遣いに窺いながら言う。
「志法ちゃんの作ったクッキーが美味しそうだから私も欲しいなぁって……」
心木さんが恥ずかしそうに笑う。
なるほど、女の子だから甘い物が好き、というやつなのか。
さてと、残るは俺と友一だが……と、俺は友一のほうをさっと見る。
「はは。俺の分もあるのかな? 沢良宜」
柔らかい失笑だか苦笑だかに近い笑みを浮かべて穏やかに友一が問う。
「とっ……友達全員の分あるに決まってるじゃない!!」
胸を張ってきっぱりとそう返す志法ちゃんに対して、困ったように眉を下げた友一がほんの少し首を傾ける。
「そうか? じゃあ、貰うよ」
何気なく友一から顔を背けた俺は、一瞬だけ心の底から嬉しそうに目を細めて眩しい笑顔を見せてうなずく志法ちゃんを、目の端に捉えて記憶に刻んだ。
「うんっ!!」
残るのは俺ひとりで、こうなると断る理由もない。
「俺もいいかな?」
もちろん志法ちゃんも断らない。
「ええ! いいわよ、美笠君。遠慮なんかしないで!!」
そうして友達みんなでクッキーを食べることになった。
+++++
志法ちゃんにしてはめずらしく、可愛らしい花柄のお菓子を乗せるための紙を用意していて、そこに人数分のクッキーを分けて置いてくれた。
取り上げた四部は両の手の上に乗せて頭上に掲げて『志法のくれたクッキーを俺は絶対に食べない! 飾っておく!! なんなら家宝にするぜっ!!』と言って志法ちゃんにウィンクして見せて『もうっ……』と呆れられている。
ぱくりと食べた心木さんは『美味しいーっ。美味しいよ、志法ちゃん! どうやったらこんなに美味しくできるの?』と目を輝かせて志法ちゃんに訊ねて女子トークを弾ませている。
俺も1つ2つと食べて、志法ちゃんににっこりと明るい笑顔を向けて『本当に美味しいよ、沢良宜さん、ありがとう』と、優しく穏やかな声になるよう気を付けて言う。
同じようににっこりと笑って『ありがとう、美笠君!』と返す志法ちゃんにはどこか遠慮が見える。
当たり前だ、俺たちは幼馴染みだということをみんなに隠して友達付き合いをしているんだから、距離を置くのも無理はない。
そんな俺は、実は志法ちゃんがクッキーを作るために前日スーパーで買い物をしていたことまで知っているんだがな、そしてもうひとつ。
何だか申し訳なさそうに1つ1つゆっくりと時間をかけて味わいながら食べている友一のほうを窺い見る。
いつも空腹でいる自分のためのクッキーだと気が付いた様子はない。
そんなこともわからないのかお前は……!
もどかしさに苛立ちを感じながら、それを覆い隠して、俺は食べることに夢中になっている友一に声をかける。
「美味しいな、友一」
「ああ、うん。美味いよ」
それだけか、友一……!
すると顔を上げて、ようやく志法ちゃんのほうを向いた友一が、照れ臭そうに顔を赤くしてにこっとして言った。
「手作りなんて、あんまり食べたことなくて。ありがとう、沢良宜。お前の作るクッキーって美味しいんだな」
正面から見るとどんな顔をしていたのか、目を丸くした志法ちゃんが、一瞬にしてぼっと耳まで赤くして、顔を緩めてすっと目を逸らしておずおずと、彼女らしくなく言った。
「い、いやあの……さ、別にお礼なんていいから。そういうんじゃないし。友一は言わなくていいのよ」
それが面白くなかったのは四部だ。
「なんだ、友一、食べないんなら俺がお前の分のクッキーもーらいーっ!!」
友一の手元にあったクッキーを取り上げて食べる真似をした。
「四部っ! 返しなさいよ!! 別に食べないとは言ってないでしょうっ!!」
当然のごとく怒り狂う志法ちゃんに、クッキーを持ったまま走り回って逃げる四部に、おろおろとしている心木さんに、額を痛むように片方の手のひらで覆う俺に、何故か曖昧に微笑む友一に。
「いいんだ、四部が欲しいんならやるよ、俺にはもったいない」
どこか陰のある苦い笑みで言って苦しそうにうつむきがちに友一は続けた。
「もう……お腹いっぱいだから。気にするなよ。俺はいいからさ」
投げやりに出された言葉に、俺にはもしかしたら友一には志法ちゃんの心配りがわかっていたんじゃないかと思えた、そしてそれが友一の自尊心を傷つけたんじゃないかとも。
そして、馬鹿な四部は友一の思いも志法ちゃんの想いも何も知らず、それならばと喜んで残りのクッキーをいただいたのだった。
+++++
「……まぁ、今する話じゃないが、過去にはそういうこともあったな」
俺は話し相手の海童聡音と紫宮京に言い終えて、眼鏡を直す振りで過去の思い出に暗くなる顔を隠した。
先ほど目にした友一と四部の醜い言い争いを現実のものだと己に認識させるために軽くうなずいて。
海童聡音はただじっと俺を見上げている、より多く友一を知っている紫宮京は呆然として。
「……今じゃ考えられないよね、友一先輩のそんな姿……」
今は状況が違う。
昔は余裕があったとかそういう話ではない。
俺には静かに呟く紫宮の言いたいことがよくわかった。
(終わり)