『トモダチゲーム』二次創作(小説)
私はもともとなんの心配も要らなかったけれど、無事に友達とみんなで一緒に2年に進級することができて、眩しい太陽の光の降り注ぐ青空の下、運動会が行われて、結果は関係なくクラス一丸となって楽しんだ……その数日後のことだった。
「告白されたぁ!?」
私が思わず大声を上げると、目の前にいてうつむきがちになって目を合わそうともせずに何やらほんのりと赤く頬を染めてもじもじとしていた心木ゆとりが慌てふためいてバッと顔を上げて、目をくるくるとさせてバタバタと肩まで挙げた両手を忙しく横に振りながら真っ赤になって悲鳴を上げた。
「きゃあああっ!! 志法ちゃんってば、声が大きいよ!! みんなに聞かれたらどうするの……!」
それを言うゆとりの声のほうが大きかったのだけれど。
涙目になって、膨れっ面をして下から一生懸命にらみあげるようにしてもっと小さな声でと訴えている気の弱い友達を見ていると、私は何も言えなくなって両手を腰に当ててやれやれと首を横に傾けて小さくハァとため息を吐いた。
他の友達から離れて廊下に来てくれるように頼まれてついて来たらこれだ。
「あっ、あのね、告白されたって言ってもまだ付き合うとかじゃなくて……」
私の反応に、ビクビクとして胸の前に両手を合わせて懇願するようにして、いかにも泣き出す寸前といった困り顔でゆとりは言う。
「3年の人で、運動会の時に私に興味を持ったんだっていうんだけど、でも私は相手の人よく知らないし……そんなこと言われても困っちゃって。好きだって言ってくれたけど、私は、その、別に……。嬉しくないわけじゃ、ないよ? だけど初めて会った人だし……。年上の人だし、ちょっと怖くって。ねぇ、志法ちゃん、どうしよう? どうしたらいいと思う?」
私が何かいい答えを出してくれると思っているのだろう、期待にまだ涙の残る目をキラキラと輝かせて勢いよく詰め寄ってくるゆとり……積極的なのはこういう時だけだ……に正直私はまいってうんざりとして隠さずに苦い顔をした。
「いや、あのさ……ゆとりはどうしたいわけ? その人と付き合いたいの?」
ゆとりはまたうつむきがちになり、目を伏せて、片方の握り拳を口元に当ててもごもごと言った。
「わからない……。付き合うって言われても、私、どうしたらいいか……。だからって断るのも悪いし……」
ゆとりが思い切り勇気を出したというようにバッと顔を上げて私を大きな丸い瞳でじっと見つめてくる。
「私が断って相手の人を傷つけちゃったらどうしよう!? ねぇ、志法ちゃん、私そんなの嫌だよ! 自分のこと嫌いなんだって思われちゃうよね……?」
『そしたら怖いよ』とポツリとこぼしたゆとりの声を私は聞き逃さなかった私は、ゆとりの両肩をグッとつかみ、あえて冷静に落ち着いた低い声を心がけて言い聞かせた。
「あのね、ゆとり。好きでもない人と無理に付き合うことはないわ。後から知っていけばいいなんてくだらないことを言うヤツもいるけど。そんなよく知りもしない男と付き合うことになってデートだなんていってふたりきりでどこかへ出かけたりしたら……っていうか。相手が本当にゆとりのことを好きかどうかもわからないんだし。だいたい、ゆとりが好きでもないのに傷つけたくないから付き合うだなんて、なんだか相手のことを軽く見てるでっていうか……」
きっぱりと強く言い切ろうとして、あることからたまたま知ってその後にゆとり本人から聞かされた過去のことがよぎり、ゆとりの気持ちを考えて、私はあえて言葉を変えた。
「そんなふうに、他人を傷つけたことで自分が傷つきたくないからなんて理由で、ハッキリ言わないのは良くないと思うわ!」
今にも泣き出しそうなゆとりに、私は両の肩をつかむ手を外して、わざと怖い顔を作ってビシッと人差し指を突き付けて強い口調で冷たく言い放った。
「ゆとりが付き合いたいっていうんなら私はこれ以上何も言わないけど?」
すぐにそれをやめて、フゥッとため息を吐いて、話はこれで終わりとばかりに片手をあげてバイバイをするようにしてゆとりに背を向ける。
「待って、志法ちゃん!」
案の定、背中にゆとりの必死な声がかけられて、すぐに片腕をつかまれる。
「あの……私、間違ってたかも。ごめんなさい。志法ちゃんの言う通りだね」
目の端に涙を残したまま無理やりにというふうに笑みを作って私にすがりつくようにして少し背の高い私を見上げてくるゆとり。
頼られている。
どうあっても守らなくてはならないか弱いこどものような心細そうな姿に今までどれだけ怖い思いをしてきたんだろうという切ない思いが胸を打つ。
「ゆとり……」
何故か安堵して笑顔を見せようとした次の瞬間。
「やっぱり志法ちゃんはいつも正しいよね」
その瞬間に浮かべかけた曖昧な微笑のまま凍り付いた。
脳内に蘇る過去の風景。
「志法はさぁ、いつも正しいよな」
校則違反を見つけて咎めた私に友達の四部誠は言った。
「どこが間違ってるって言うのよ!」
噛みついた私に分が悪いからか弱った様子で直すように言われて直さずにいたために私に叩かれた四部は言った。
「いや、だからさぁ、正しいって言ってんじゃん」
責めるような口振りだった癖にと腹が立った。
「沢良宜さんは正義をモットーにしてるからさ」
クラスで仲間同士のからかいの範疇ともとれるけれど本人が明らかに嫌がっていてイジメに見えるものがあり見て見ぬ振りもできなくてどうしても許せずに止めに入った時に揉めた時に割って入ってくれた友達の美笠天智は言った。
「別にそんなんじゃないけど」
気まずくて口をとがらしてそう返すと苦笑された。
「いいや、沢良宜さんは、いつも正しいよ」
私は遠ざけられたようで何も言えなくなった。
「お前はいつも正しいよな」
ほんの少しだけ、バイトのせいで授業についていけなくなった友達の片切友一のために放課後にクラスの副委員長としてテスト勉強を手伝っていて、間違いを指摘した時に軽く『アハハ』と笑って言われた。
「本当に、先生みたいだよな、沢良宜」
『何よ、それ!』とからかわれたと思って怒って茶化す友一をポカポカと軽く殴って笑ったあの日。
友達の数々の言葉が蘇る。
『お前は正しい』
そうよ、私は正しくあらねば、間違ってはいけないのよ。
間違いなんて、起こしたらいけないんだから、絶対に許さないんだから。
この……が。
私の胸がズキンと痛む。
「あ……ああ」
私は唾を飲み込みコクンと喉を鳴らす。
そして笑顔を取り戻した。
多少ぎこちないものになったけれども。
「そうね。断るんならこの際ハッキリ断ったほうがいいんじゃない? そのほうが相手に妙な期待を持たせずに済むと思うし。かえっていいと思うわ。ゆとりにその気がないのなら」
わからない。
「うん……」
おずおずとうなずいたゆとりがまだ頬を赤くしたままで言う。
「私、志法ちゃんや友一達といたほうが安心するし、ずっと楽しいし」
また今度は胸がズキズキと痛む。
「好きな人とかって、まだよくわからないし、だから困ってたんだ。だけど志法ちゃんがそう言うならその通りにするね。頑張ってみるから」
わからない。
わからない。
わからない。
「そのほうがいいんだ……だからやっぱり志法ちゃんに相談してよかった」
嬉しそうに言うゆとりに困惑する。
この痛みの理由がわからないから恐怖すら覚える。
だけど、私は正しいことを言っただけ、間違ってなんかない。
『えへへ』と涙目ながらも明るく笑うゆとりに、胸にチクチクとしたものを感じながら、『教室に戻るわよ』と顔を背けて言う。
「ただいまーっ!」
ガラリと教室の扉を開けて真っ直ぐに友達3人の元へ向かう。
「長かったなぁ。便秘かよ?」
明るく無邪気にそして無神経にそんなことを言う四部の頭に肘を落とす。
「そういうことを訊くんじゃない!!」
隣で真っ赤になって恥ずかしそうにしているゆとりを隠すようにして前に出て腕を組んで四部達を見下ろす。
「ちょっとした……女同士の内緒話よ。訊くな。まったく男ってのはどいつもこいつもこれだから」
「まあまあ。沢良宜さん、落ち着いて。悪気はないんだしさ」
なだめられてフンッとそっぽを向く。
「いない間に何を話してたんだか……」
背後にいたゆとりがするりと抜け出て申し訳なさそうに友一の前に出る。
「あっ、あの、ごめんね、大事な話があって。志法ちゃんに付き合ってもらっちゃって。でももう大丈夫だから」
友一がニッコリと目を細めて笑う。
「そうか?」
その低く落ち着いた声での一言に他人の心を解す何かがある。
「そうよ」
私は何事もなかったかのように言った。
ゆとりは……知られたくないみたいだったし。
私達友達5人の関係に必要のないことだったわけで。
「言えないようなことってなんだよ~?」
「案外お前の悪口だったりしてな!」
「あっ、友一、お前ぇ~っ!」
友一の冗談に四部が怒ったように殴りかかる振りをしてそれを美笠君が止めようとしてゆとりが本気に取って慌てふためいておろおろとして。
このままでいられたらいいな。
だけど……
『正しいよね』
間違ってない、間違えてない、私は何も……。
私は間違えない、正しい道を選ぶ、私がそう決めたんだから。
……だから。
(……これでいいんだよね……?)
(終わり)