『トモダチゲーム』二次創作(小説)
これから先に待ち受けるものを示すような『暗雲立ち込める』といった曇天と強い風。
毅然として前を歩く男の黒いフードのついた服の裾が風でひらりとはためく。
紫宮京は目の前の男のぼさぼさの黒い頭を見て目をすがめた。
「もっといい服なかったの?」
思わずこぼれた言葉と続いて出たため息。
それからふふっと小さく笑みを漏らす。
緊張に身を強張らせて歩く男……片切友一……と違い、京自身は両手を頭の後ろで組んで鷹揚に構えて歩いていた、悔しいことに足の長さの問題で先を行くふたりに置いていかれないようにはしていたが。
友一の隣を歩く四部誠がチラリと京のことを見る。
不満そうではなく気がかりそうにだ。
こちらは一目でわかる高そうなジャケットを着ている。
「……そういうお前だって制服じゃん……」
おそるおそると話しかけてくる誠は、前回のゲームのことが影響しているのだろう、どこか気まずそうでもあり怖々といった様子でもある。
だが、余計なことを話さない友一の代わりにと思ったのだろう、庇うような口調だった。
京はふんと小さく鼻を鳴らす。
「四部に話してるんじゃないよ」
先ほどの事情説明の際に京には誠が『尊敬できる相手』ではないことがわかっていた。
端的に言うと京の嫌いな『馬鹿』だが、種類は『能天気な馬鹿』で、罪がないわけではないが関心を引くほどの相手ではない。
年齢が上だからといって自他共に認める『天才』である京には必ずしも相手が尊敬できるような相手とは限らないということを知っていた。
今まで背が小さい癖に生意気だとさんざん絡まれている。
自分より『できる』者が何かの面でひとつでも劣っていれば自分が上であると暴力で示そうとする者がいるのだ。
それを京は軽蔑していて、誰に何を言われても罵倒を浴びせることはなく『馬鹿』で済ませる代わりに、呼び方で明確に区別している。
どこか緊張した面持ちで振り向く友一ににこっと笑いかける。
「僕は友一先輩に言ったんだ」
嬉しそうにはずんだ口調で言っても友一の曇った顔は良くならない。
「……服なんてどうでもいい」
素っ気なく返した友一の目はよどんでいて目の下には隈ができている。
「必要なことはもう話しただろ」
うんざりしたというように言って、京を冷たく一瞥し、その目を今度は物言いたげに誠に向ける。
誠が『ごめん、悪かった、勘弁して』といったように両手を合わせて誤魔化し笑いを浮かべて片目を閉じる。
これから何があるだろうかと楽しみでわくわくしてはずんでいた京に、唆されて調子に乗って余計なことまでペラペラと喋ったのは誠だ。
「内情はよーっくわかりました!」
京はにっこり笑って片手を上げて『ハイ!』をする。
また友一がいかにも気が重いというような渋い顔をして京を見やる。
足を止めて向き直り、慌てて足を止めた京を、正面からじっと京を見つめる。
「紫宮、お前、本当にわかるか?」
『お前は何もわかっていない』と言いたげな友一の口調に京は口をとがらせる。
「服なんて気にしてる場合じゃないってことですか?」
それくらいはわかっている。
これから『大人のトモダチゲーム』第二ゲームに向かうところなのだから。
第一ゲームを友一とふたりでクリアしたことで調子に乗っているとでも友一に思われているのなら京にとってはつまらないことだ。
自分は馬鹿ではない。
あくまでも『あれはあれ』で『これはこれ』だ、気を抜いてなどいない、ただ友一は自分のことを天才であると認めてくれていないように京には感じられる。
それが不満だ。
何をそんなに不安がることがあるのかと。
「友一先輩と僕がいるなら絶対に大丈夫ですって。今度だって勝てますよ。そんなことより、チームのみなさんと打ち解けておいたほうがいいでしょ、どうせなら仲良くしとかなきゃ。これから共闘することになるんだからさ。くだらないことでも話しましょうよ」
友一の傍で誠が『ゲッ』と声を上げる。
「仲良くする気あんの!?」
それで、ということだろう、なにしろ京は誠のことを呼び捨てだ。
「当然でしょ?」
何を言っているのかと京はジロリと誠を見る。
「さっきから仲良くしてるでしょ、僕たち、四部とも話してやったじゃん!」
げんなりとした顔をする誠と違い、友一はさらに顔を険しくする。
「……あのなぁ」
ぐしゃぐしゃとただでさえ乱れている髪をさらにかきまわすことでぼさぼさにして友一はそれをつかんで頭が痛むというように眉を寄せて間に深い皺を作りしかめ面をする。
「ようするにだ、うちのチームにはお前が前に立てられる者がいない、お前の身代わりに影武者になってくれる者がいないんだ。<かくれんぼ>の時のように他人をリーダーに仕立て上げて自分は隠れているわけにはいかない。お前お得意の『影のリーダー』として裏で暗躍する方法は取れないんだからな。覚悟しとけよ。そのへんのことは」
京はうっすらと目を細めてわずかに微笑する。
「友一先輩がリーダーじゃないですか」
友一もやさしげに微笑んでみせて首を傾ける。
「さぁ? どうだろうなぁ? お前次第だけどなぁ?」
京は目を閉じてそっぽを向き不服そうに頬を膨らませる。
「脅さないでくださいよ。友一先輩、ふたりで<人狼>した仲じゃないですか、僕たち。いわば共犯者でしょ。いい関係を築こうとしてるのにぃ。何をそう警戒することがあるかな~」
もどかしそうに言って嘆息する京を友一は笑顔を消して真面目な顔になり冷めた目で見据えて思い切り低めた声を出した。
「お前はお前で勝負するんだぞ」
京が目を見開いて友一を凝視する。
「え?」
一拍置いて出た声に、浮かべられた曖昧な微笑に、そこにある困惑に、友一は軽く舌打ちする。
「俺はお前を利用する。そのことは今まででわかってるよな。覚悟しておくんだな。妙な期待は持つな。お前の思うような『面白い』ことにはならない……」
『わかってないなぁ』と京は両手を広げて目を輝かせて友一に言う。
「それが面白いんじゃないですか!!」
天才故に起こる出来事がすべて何もかもわかりきったことである京には予測できない展開ほど面白いものはない。
「面白くねぇよ」
ボソリと返す友一に歯がゆさを感じて京は力説する。
「ちゃんとわかってますって!! 前回だって僕はひとりで参加したでしょ!! 誰も盾になんかしなかったし!! それでちゃんと勝ったじゃないですかっ!! 友一先輩が一番よく知ってることでしょうっ!?」
いまいましそうと呼べるほど疎まし気に友一は京をにらんでから吐き捨てた。
「このゲームの神髄をわかっていない。お前ほど向いてない人間はいないんだ。あんまり興味本位で他人に……俺に近付くなよ」
『はぁっ!?』と大声を上げてまたわめき出す京に、さすがに見るに見かねた様子で誠が『友一』と躊躇いがちに声をかけて止めに入る。
「あの……俺が言えたことじゃないんだけど、俺もお前に嘘を吐いたし。でも、そこまで言わなくてもいいんじゃないか? 何はともあれコイツ友一に懐いてるみたいだしさ」
友一がふたりのやりとりに焦る友達を見て『むーっ』と目を閉じて困惑げにする。
「だから言ってるんだって……」
京は京で『ちょっと! 四部に言われたくないよ! 黙っててよ!』とぷんぷん怒っている。
「確かにちょっと……生意気なところはあるけど、頭がいいっていうのはホントみたいだし、可愛いところもあるんじゃないか?」
誠に言われて、げんなりした顔で友一が京を見て、京は『当然』のことを言われたというように腕組みをして満足げに笑んでうんうんとうなずいている。
「可愛い……のか?」
誠は苦笑して『まぁまぁ』となだめる。
「多少、あざといなとは思うけど、年下だしさ」
『大目に見てやれ』と言う誠に友一は疲れたようにため息を吐いて肩を落とした。
「四部に言ってもしょうがないけど、厄介なヤツだって前に言ったけど撤回、コイツは面倒くさいガキだ」
出された言葉に誠が呆気に取られて友一を丸い目で見たままその場に凍り付く。
「えーっ、ヒドいですよぉ、友一先輩!!」
文句を言いぷりぷりと怒って見せながらも京はどこか嬉しそうだ。
自分の能力を認めてもらえていることに違いはない。
構ってもらえることにも間違いない。
「僕、役に立ちますから、ちゃんと」
目をキラキラとさせている京に、気まずそうに目を逸らして、友一はボソリと告げる。
「そのつもりがあるならいいが。俺のほうはそれでいいが。ただ……」
最後まで言わずに、きょとんとしている京と誠をそのままに、さっさと友一は踵を返す。
『待てよ!』と慌てて後をついていく誠と違い京はそこに留まったままだ。
歩いていく友一の後ろ姿を上から下まで眺めてにんまりと笑う。
「『明日の敵』……ね」
『ホント他人を信用できない人なんだから』と京は呆れたように呟き、やれやれと息を吐いてほんの少し笑って大きく伸びをして、今のところはよく知らないことから興味の対象である友一を追いかけて走り出す。
「ホント、何をしでかすかわからないんだから面白いよね、友一先輩って!」
……ただ、獲物のほうが降りてくるのを待ち構えていることがあるから、気をつけろよ。
(おしまい)
13/13ページ