ハピハピLife

しかしクーフーリンの心労は虚しく、カレンの緊張感の無い澄んだ声で断ち切られた。

「あら、私ったらうっかりしていました。ライバルになる人の前で……」
「白々しいんだよ!アイツを引き抜くって話もだがライバルってどういう事だ!」
「ランサー、答えを分かっていながら質問をしないで頂けますか?めんど、いえ、私は心を砕いて話しているのですから」

鋼鉄より硬そうな心を砕いて話すとは笑いすら起きねぇだろ、などとは決して口にはしない。
すれば後からどんな仕返しをされるか分からん、と渋顔でランサーとニックネームで呼ばれつつ、言葉をお茶で飲み込む。
カレンの回りくどい話を要約すると衛宮祐巳ことアーチャーは、前からランサーの所属する事務所のスカウト、スタッフで話題になっていた人物だった。
顔は実は童顔、黒人では出ない褐色肌。
そして日本人らしいキメ細かい肌とのコントラスト。
瞳は神秘的な銀色。
身長も文句無しで高い。
そして周りを気遣える性格。
魅力的だと言う話から、いつしか事務所が本腰をあげてモデルとして迎え入れたいと考えていたらしい。

これにはランサーも同情せずにはいられない。
ランサーの所属するコトミネ・エンターテインメント・プロダクションの社風は、目的には手段を選ばないと言う所がある。
ランサー自身も割と詐欺に近い方法で今の地位に居るので渋顔になるのも致し方ない。
もはやランサーは現在の事務所に所属してから心の底から笑った事など無いのだ。

アーチャーに同情はすれど致し方ないと言って目を瞑る事になるだろう事をランサーは予感していた。
事の顛末が意外な方へと転がるとは予想すらできずに。

結局、断ると思っていた提案を飲まれたアーチャーは明日から傷が治るまでの間、ランサーの付き人をする事になっている。
あまりに苦手な人物と割と長い期間、仕事をしなくてはならないと言うアーチャーにとっては不慣れな体験から珍しく兄弟に甘える顛末となったのだ。
深いため息をつく可愛い弟に同情しつつ、シャドウは疑問を整理した。

「ま、確かに予想外だよな。クーフーリンって確か女好きを売りにしてるらしいし」
「ほう、詳しいな。シャドウ」
「え?あ、あー……この前、お客さんが教えてくれてな……」

ポリッパリッとハムスターのように小さくポテトチップスを咀嚼しつつ、オルタから投げかけられた言葉によってシャドウの顔もまた暗くなった。
どうやらナイーブな事を思い出してしまったらしい。
落ち込むなどと言う珍しさは、根暗と言われがちな三兄弟の中では明るいシャドウに対してアンバランスさを感じさせる。
勿論、これには理由があった。

「そういえばシャドウ、その客とは前に気にしていた人だな……その、どうするんだ?告白」
「う、うううう!!!思い出させないでよ、アーチャー!!!」

告白と言う言葉を聞いた瞬間、シャドウは今までの落ち着きが嘘のように取り乱すと体育座りをして体を出来るだけ丸め、頭が痛むかのように己の手で、己の頭を鷲掴む。
人によっては鬼気迫るシャドウの様子に慣れたようにオルタは無感情に見えやすい顰めっ面を隠しもせずに表しながらも、手はシャドウの背中を撫でる。
そこに無駄は無く、また彼の分かりにくい優しさは普段よりも分かりやすい。

「落ち着け、シャドウ。ほら、頭を掻き乱すな」
「あう……オルタぁ……!」
「その、すまない、シャドウ」
「うぅ……アーチャー……!っぐす、俺、どうしたら良いんだっ!」

シャドウは過去の大火災の経験からストレスを感じると情緒不安定になる為に一度、パニックになると周りの助けが必要な人間なのだ。
この三兄弟は全員とも自己評価は低いのだが表面的に一番出ているのがシャドウであり、鈍さも祟って告白は初めてされたのだ。
無論、その相手が問題なのだが。

「お、男からの告白が初めての告白だなんてっ……ふぇ……っ!」
「つくづくお前達は二人揃って変な輩に絡まれるな」
「問題を起こしてクビになりそうなのは貴様も一緒なのだから変わらんだろう、オルタ!」
「ふん、お前と一緒にされては困る」

ピリピリと肩こりをして疲れが重くのしかかるような空気を弱々しくも鶴の一声が緊張した空気を切り裂く。
二人とも喧嘩するなよ……と言うシャドウの声だ。
元気の無い声であろうと相容れぬオルタとアーチャーを諌める事を忘れない。
覇気がない事で二人の気を向かせる事に成功し、普通なら無表情でもシャドウから見れば可愛らしく拗ねた表情でオルタは背中を撫でて来る。
アーチャーはシャドウの飲み物を追加したり、テーブルを片付けたりと傷心のシャドウに対して甲斐甲斐しい。
そう、シャドウは働いている喫茶店の新しい常連客であるキャスターと言う男に告白されて悩んでいたのだから、しょうがない。

「あぁ、やはりお前の入れるコーヒーは美味いな」
「アイリッシュコーヒーだから懐かしいんじゃないですか?」
「まさか!いくらなんでも年がら年中コーヒーがアイリッシュじゃねぇよ」

それは失礼した。笑い事じゃねぇって!と微笑みながら談笑の出来る店員と客と言う関係は中々貴重だった日々を思い出しては落ち込む。
シャドウにとってキャスターは新しく出来た常連客、それ以上の貴重な友人だったのだから。
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