ハピハピLife

「本当に大丈夫ですから……」
「でもさ、アンタさっきから働きっ放しみたいだし休むのも大事だぜ?」
「この作業の後は撮影です。その時に休むのでお気遣いなく」
「遠慮すんなって。他のスタッフも休んでるし、アンタが休んでも問題ないだろ?」
「……私は普段、事務で慣れていないので準備にも時間がかかるんです。遠慮しておきます」
「いや、でもよ」


まさか最初の受け答えで興味の対象となってしまったとは気付かぬアーチャーは気の所為か、しつこいとしか考えていなかった。
放っておけと言っているのに。
などと、考えながら使った機材の片付けや次の撮影の為に掃除をしようとしているのだがクーフーリンはその後ろをヒヨコのように着いて来ると食い下がる。
申し訳程度の敬語を使ってはいるものの、あまりに食い下がってくるのでアーチャーは段々と言葉の鋭さを増して断ろうか、と考えていた時。
相手役としてキャスティングされたの女子のモデルからクーフーリンは声をかけられた。

「あ、ランサーさーん!その人、1人が好きみたいですし!お菓子も無くなりますし、こっち来ませんか?」

事実ではないが間違いではない、とアーチャーは納得していた。
スタジオでも基本は1人で過ごすように務めて出来る限り、家に居る体の弱い長男や怠惰的な次男の面倒を見なくてはならない。
故に事情を知る凛など以外の人との関わりは必要最低限にしていたのだ。
だが、その女子の言葉はクーフーリンの対抗心を燃え上がらせるだけである、とは誰も知らなかったのだから仕方がない。

「あ?そうなのか……なら俺も手伝うぜ!」
「えっ!?」
「はぁ!?」

モデルの女子よ、驚くのは当然だな。
そしてこの男、頭がおかしい。
何処か冷静な頭が告げている言葉に納得して頷く動きをしたせいだろう。
アーチャーの動きに満面の眩しい笑みをアーチャーに向け、握っていたライトスタンドを引っ張って来る。
そこで漸く我に帰ったアーチャーは慌ててしまい、そこからはクーフーリンと綱引きならぬ力比べだ。

「ちょっ!?離して下さい!」
「良いって、アンタには他にも仕事があるだろ?手伝う」
「っ結構です!貴方はモデルなんですから休憩して下さい!」
「結構、体力には自信があるんだ。大丈夫だっつーの」
「そういう問題ではない!私から仕事を取るなと言っているのが分からないのか、貴方!」
「んだっけ?日本人の遠慮だっけ?そういうのは要らねぇから気にすんな」
「違う!!!」

延々と似たような事を早口で言い合い、いつの間にか必死すぎてアーチャーの口調が砕けてこようとクーフーリンは気にしない。
寧ろ緩まらない抵抗する力に何処かヤケになっていた。
だが力の差はクーフーリンに軍配が上がっているらしく、徐々にクーフーリンの方へとライトスタンドが寄せている。
いつの間にか力比べとなった状態での勝利への確信に思わず、くだらなさなど忘れてクーフーリンはニヤリと口角が上がる。
その笑みにギリッと奥歯を噛み締めていたアーチャーが降参した方が早いかと思い始めていた時だ。
周りも流石にざわつき出した。

「おいおい、クーさん落ち着きなよ!」
「ちょ、衛宮さん珍しく怒ってないか?」
「ほら!衛宮さん、こっちの仕事をしましょ!ね?」
「クー君も!スタッフさんを困らせるなって!」

何やら他にも二人共が意地になってるんじゃ、やら言われながら他のスタッフ達に肩や腕を叩かれてアーチャーとクーフーリンを離そうとした。
無論、膠着状態を解決するチャンスと考えたアーチャーは叩かれた時に手を離した。
離してしまった。

「うぉっ!!?」
「おわっ!!!クー君!!!」
「きゃあ!?」

離した拍子にライトスタンドは力を未だに入れていたらしいクーフーリンの方へと倒れ、クーフーリンの側へと立っていたスタッフ達も慌てた。
しまった、と思った時には遅く。
ガッシャンと音を立てて倒れたライトスタンド、そして逃げ遅れたクーフーリンの左手から出ている血にアーチャーは顔から血の気が引いて頭が真っ白になった。

その後は、謝罪は勿論だがクーフーリン側も悪かったからとライトスタンドの弁償を提案されたがアーチャーは怪我をさせたからと頷かなかった。
これには凛も頭を痛めつつ、諌めるしかない。

「あのね、アーチャー。ライトスタンドのはした金が問題じゃないのよ?人気モデルのクーフーリンが怪我した事で出る損害の方が問題なの」
「そ、れは……」
「なのに彼らは咎める所か、ライトスタンドの弁償すらしてくれると言ってる。これほど有難いことは無いの、確かに何かお詫びしたいとは思うけれど……私達に出来る事は少ない事は分かってるでしょ?」
「……っすまない」

ゆるりと縄手で首を締められるような息苦しさを覚えながらアーチャーは口から謝罪の言葉しか出す事が出来なかった。
しかし遠坂凛。
かの少女は兎に角、親しい人間の中でも特にアーチャーに甘く、自覚をしていながらも彼の苦しんでいたり、辛そうな表情を見て何もしない選択肢は選べない性格なのだ。
だが同時にアーチャーに降りかかる不幸の何割かの原因も彼女であるのだから皮肉なものである。
そして今回の悲運の発端もまた彼女の提案からであった。

「……あっ!待って、いい事を思いついたわ!」
「えっ、凛?」
「早速、提案しないと!」
「え、ちょっと待て!……はぁ」

この時に既にアーチャーは嫌な予感を感じ取っていたが、彼に拒否権はないに等しい。
親に修行として小さくとも会社を任されている上司であり、勤め先の社長なのだ。
どんなに右腕と言われ、周りに尊敬されようとも上司が巻き起こす荒波に揉まれるしかない。
そして凛は、つい思いつきに近い提案をクーフーリンの事務所に送り付けた。

「衛宮祐巳は家事が得意で手先も器用。弁償をする代わりに礼として邪魔でなければ貴方の世話をさせて頂けるそうです」
「あ?男に世話される趣味なんてねぇよ」
「あら、そうなのですか?なら彼を引き抜く為には別のアプローチを考えなければなりませんね」
「は!?ちょっと待てぇぇぇえ!!?」

騒々しくも張り詰めた緊張感をぶち壊すようにクーフーリンはマネージャーであるカレンの爆弾発言に思わず、声を上げた。
彼としては中々、強情であったスタッフが気にならないと言えば嘘になるが世話となると話は変わる。
モデルなら珍しくもない同性愛者ならば兎も角、クーフーリンはノーマルであり、引く手数多なので世話をしてくれる女性にも心当たりはある。
だがカレンの口から漏れた衛宮祐巳を引き抜くと言う話は別である。
まるで話が見えないからだ。
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