SSまとめ

この世には踏み込める者を選ばれた領域と言うものがある。
それを人々は、極地、神域、世の果て、異界、理想郷、などと好き勝手に様々な言い方をした。
事が起きたのは、唐突だった。
天は裂けて、人々は世界の終わりを覚悟した。
ところが待っていたのは異界から訪れる人や生き物たちとの交流であった。
だが人の世から離れられる者は限られる。
その者は魔力と呼ばれる力を行使できる者達であった。
努力して手に入れた者も居れば、元々、持っていた者もいた。
だからこそ魔力を持った人々は異界の人間離れした者たちと交流する架け橋となっていた。
すると人間と言うのは自然と優劣などをつけるようになる。
新しい貴族制度の導入がなされたのだ。

しかし、そんな事は神域の者達には関係のない話だと考えて人ならざる者達は笑う。
そして人との関わりを嘲笑うかのように、しかし何処か愛おしそうに楽しむのだ。

そして今日も異形な者から不思議な雰囲気の人まで様々な者が通り過ぎて行く。
道路の通りの露店で紅茶をテイクアウトする赤眼の青髪の男もまた人知の及ばぬ男であるが、その姿は美しい。
だが本人はそんな事は毛ほども気にせずに注文を入れる。

「この紅茶、テイクアウトで」
「あいよ、それにしてもお兄さんイケメンねぇ」
「ありがとよ、姉さんも美人だぜ?」
「あら!口が上手いこと!これ、良かったらサンプルどうぞ」
「お!旨そうなクッキーだな!有難く頂戴する!」

店員のおばさんの好意によりありつけたクッキーに手を伸ばしながら注文した紅茶を待つ男の名はクーフーリン、愛称をランサーと言う。
実の所、神域と呼ばれる土地の奥の奥、まさに秘境とも呼べるような影の国でスカサハと言う女性を師として槍術、魔術を中心に修行に明け暮れていた。
しかしそんな彼も大抵の相手を槍も使わずに倒す事が出来るようになった頃から外の、人の世界に興味を示し始めた。
それをスカサハは止めなかったが許しもしなかった。
だが物には限度がある。
ランサーはとうとう興味が抑えられずに今日、神域を出たのだ。

「ふふ、喜んで貰えたなら良かっ……ひっ!?」
「静かにしろ!おい、撃たれたくなけらば来てもらおうか!」

しかしそんな気ままな気持ちも無残に壊される。
神域の者は人の世界では価値ある存在、手に届かないような雲の上の存在に近しい。
故に金や秘法、その様々な見た目などを売り買い目的で人攫いをする者が存在していた。
そして今回もランサーの人並み外れた美しさにより、バレてしまい、おばさんを巻き込む形となってしまったようだ。
この事態にランサーは舌打ちを隠しもせずにする。

「っち……ったく、傍迷惑だけじゃなくて人攫いとはな…いい気分だったのに胸糞悪いぜ」
「なんだと!?おい、調子に乗っぐあ!」
「きゃあ!?」
「おっと、姉さん驚かせて悪いな」

魔術や奇跡の前ではどんな武器も人の手で作られた程度では太刀打ち出来る訳がない。
それを証明するかのように人の目では追えぬ程の速さで銃を奪い取ると、その腕を簡単に捻り上げる。
直後に襲いかかってきた2人も拘束のルーンで、容易く封じる。
あまりの手早さに呆気にとられていたおばさんは、助かった事に気付いた途端、助かった!ありがとう!と壊れた機械のように繰り返しお礼を告げてくる。

「ありがとうね!本当に死ぬかと思ったわ!」
「俺はアンタの紅茶が飲みたかっただけだぜ。むしろ俺のせいで騒がしくさせて悪かったな、それじゃあ!」
「え!?ちょっと待ってちょうだいよ!あら?」
「遅れてすいません!そのまま動かないで下さい!」

流石に魔術を使った撃退にザワザワと周りが騒ぎ始め、そこにおばさんのお礼が油を注ぐ。
実は師であるスカサハには黙って来ていたランサーにとって目立つ事はマイナスである。
なので、そそくさと居なくなろうとした所でタイミング悪く、警官が現れた。
しかし銃を持っていた人攫いを大雑把に投げ飛ばしたのだから当然である。
その後すぐに現れた警官2人はご丁寧に縛られた3人程の人攫いが地面に倒しているのに驚きつつも仕事をする為に人攫いたちに手錠をかけていく。
どうやら逃げるタイミングを間違えたらしく、警官が嬉しそうに話しかけてくる。
彼らからすれば神域の人間と話せる機会など無いのだから嬉しいのだろう。

「ご協力をありがとうございます!奴らは長らく捕まえられなかった常習犯でして」
「へーそうなんすか。とりあえず俺はこの辺で……」
「あ、すいません。良ければご同行願いますか?書類作成をするので!それに保護も致しますよ?」
「あ、いや、あー良いです余計なお世話ですそれじゃあ!!!」
「あ!待って下さい!!!」

これは話をしてスカサハの元へと戻る事になってはヤバイ、と咄嗟に考えたランサーは持ち前の速さで早口で事を伝えると逃げた。
だが人間、逃げられると追いかけたくなるものである。
人にぶつかるのを避けて低い塀、と言っても二階建てくらいの高さを超えて巻こうとするが優秀な警官なのか増援を呼んで追いかけてくる。
先回りされたので次の曲がり角を曲がろうとした。
しかし瞬間に褐色の男が現れたので、慌てて持ち前の運動能力で無理矢理にぶつかる直前で止まる。
瞬間に見た真珠のように淡い灰色の瞳を丸くさせる褐色の男も驚きはしたものの中々の手練だったらしく、ぶつからずに済んだ。

「っな!?」
「っうぉわ!!?悪い!」

だが褐色の男が現れた方向からも全速力で何故か警官が走って来ている。
どうやら褐色の男も追われているらしく、ある意味でランサーと褐色の男は同類であった。

「待て!!!」
「あ!?なんでこっちからも!!?」
「っち!そこの君、来い!」
「は!?あー!しゃあねぇかっ!」

どう考えても警官に追われているのだから、褐色の男は面倒な相手であるのは想像できたが来るように促してきた褐色の男に付いて行く。
道はT字路だからと言うのもあったが警官に捕まり、スカサハの元へは帰りたくなかった。
明らかに仲間などと勘違いされかねない状況であったろうが、ランサーは躊躇わず、褐色の男と共に逃げた。
誰でも半殺しの、命の危険がある運命からは逃げたいものである。
しかし運と言うのは悪い時は、とことん悪い。

「くそっ!行き止まりか!」
「お、ちょっと待て!」
「なんだ?って、おい!何をする!」
「しっ!静かにしてろ!」

行き止まりへと行き当たったが不幸中の幸いか。
周りは廃墟で意識を周りに拡げると、ちらほら人の気配がする。
どうやらスラム街まで逃げて来たらしく、布がかかった空き家があったので、同行者と化した褐色の男を引き寄せて入る。
そしてすぐに男が羽織っていたフードを被せて抱き込むような形で男を抱き締めた。
布の色が赤いので、見ようによっては女性に見える筈だ。
正直、ガタイの良い男なので一瞬、ダメかと考えたが一か八かで、やるしかない。
なんとも居心地の悪い事だが、少しの辛抱だ。
などと祈るような思いでいると、すぐに警官たちは追い付いてくる。

「追いついた!待って下さって、えっ!!? こ、これは失礼しました!」
「何、間違えてんだ!行くぞ!」
「ほ、ほほ本当にすいませんでした!」

結果は成功。
直後に追ってきた警官には、狙い通りに逢引する男女に見えてくれたらしい。
警官は、すぐに慌てたように垂れ下がる布を戻して去って行った。
なんとか誤魔化せた事に安堵した瞬間、腹部を殴られる。
その力を軽減する為に反動に任せて衝撃を殺すように熱かった男の身体から離れた。

「ぐふぁっ!くそ!何しやがる!」
「いつまで引っ付いている気だ、たわけ!」
「離れようと思ったらテメェが殴ってたんだろうが!生娘か!」
「ふん!巻き込んでおいて、よく吠えるものだ!」
「なんだと!」

フードを脱いで憤慨している男を苦虫を噛んだような顔で見返す。
ランサーとて好きでした訳ではないし、結果としては成功したのだ。
何より巻き込んだと言うのは心外だと言う思いと己のタブーである犬を連想しやすい、吠えると言う言葉に眉を顰める。
その凶暴さに男は少し怯んだように瞳を揺らめかせると、少し落ち着いたような声色でランサーへと話す。

「っ……こちらは、君の大暴れのお陰で目を付けられた…これで身を隠さなければならなくなった」
「む……悪気は無かった」
「はぁ……いや、こちらも八つ当たりだったな、君はせいぜい元の居場所へと帰りたまえ。見たところ君は"こちら側"で生きる者ではないだろう?」
「ほう、よく分かったな」
「はぁ……そんな風に魔力を隠しもせずによく言う。少々、君はこちら側を舐めているようだな」

確かにランサーは人避け程度のコートしか来ておらず、魔力を隠していなかった。
しかし、それも魔術を使える者でなければ感知する事は出来ない。
人間の中には魔術は使えずとも修行や武術を高める事により知覚する者も居ると聞く。
どうやら最初に感じた実力の高さは観察力にまで及ぶのか、と純粋に感心していると男は何処か眩しいものを見るように目を細めて帰るように告げてくる。
しかしそれでは逃げてきた意味がない。

「さぁ、帰りたまえ。君ら神域の者には毒でしかない」
「そんな事は俺が決める事だ。それよか、テメェはこれからどうするんだ?」
「君には関係の無いことだろう?……しいて言えば隠れ家になりそうな所を探すが」
「おしっ!なら俺もそれに付いて行くわ」
「な!?何故そうなる!」

ランサーからすれば人の世界の空気は、さほど悪いとは思わない。
何より神域へと戻ればスカサハに気付かれて半殺しの運命が待っているだろう。
彼女に言い訳も弁明も通じないのは分かりきっている。
それならば、この謎の男の逃走に付き合ってみるのも一興であるとランサーは考えた。

「テメェが居なかったら俺も逃げきれなかったかもしれん。俺は借りは作らん主義なんだよ、手伝うのは決めちまった」
「な!?……はぁ、なんて勝手な言い分をするのだ、君は」
「諦めろ、俺は1度決めた事は気が済むまで変えんぞ」
「あー…もういい、好きにしてくれ」

どうやら節々の行動でランサーと言う男を断片的に理解したのだろう。
男が随分と物分りの良い返事を返してきたので、ランサーは外にまだ居られる口実を見つけられて心が踊るのを隠さない。
ランサーのそんな隠しもしない態度に腕組みをして疲れきったようにランサーが気になった灰色の瞳を瞼を閉じて仕舞い込む。
その仕草が気になった事をランサーは振りほどくように意識を逸らすと、多少は共にするだろう男に対して気になっていた事を口にした。

「よし!決定だな!しかし、その君ってのやめろ、なんかムズ痒い!」
「…………呼び方が無いのは不便だな、ふむ………では私の事はアーチャーと」
「ほう、なら俺はランサーと名乗ろう。よろしくな」
「……好きにしたまえ」

ランサーは、アーチャーと名乗った褐色の男の態度に気を悪くする訳でもなく、気に入っているランサーと言う偽名を名乗り、握手を求めて手を差し出す。
すると差し出された気楽な手に呆れつつも諦めたらしい褐色の男、アーチャーは手を握り返す。
どうやら彼なりの敬意らしいと気付いたのはアーチャーと暫く行動を共にして数日後の事だ。
兎にも角にも、こうして丹碧の男達の逃亡生活が始まったのであった。



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