他CP
人斬り以蔵、幕末の四大人斬りの一人であり、若くして死んだ苛烈な人物と言うのは近代になってから知られる所だろう。
出生は土佐であり、同時に多くの書物や創作で名を広めている同郷の坂本龍馬ともまた縁、だけでは片付けられぬ間柄であったそうだ。
帝都での異変を経て、藤丸立香と縁の出来た両者は見事にカルデアに召喚を果たし、同時に死闘も厳重注意されたのは記憶に新しい。
しかし彼らの関係性を知る人々であれば当然ではないだろうか。
話せば長くなるのが歴史であるが大まかに言えば、龍馬は脱藩し同士であった筈の武市半平太、そしてその仲間たちを裏切った。
そう以蔵は話したのだ。と同時に龍馬も否定も肯定もしない。
真実とは見る者の立場で変わるものだと多くの英霊たちと対話してきた立香もマシュも学んでいた為に深く言及することもなくカルデアが賑やかになる事を喜んだ。
誰がどんな立場であろうと今はもう同じように新たな特異点が現れないように気をつけながら新たな月日が経つのを待つ日々なのだから。
争う必要も無い、筈だった。
『以蔵さん』
龍馬は以蔵をさん付けで呼ぶ。
そもそも以蔵と龍馬の歳は二歳しか違わない上に当時の身分も厳密に表すならば龍馬の方が上であると思われても仕方のない程に龍馬の出自は良いものなのだ。
傍から見れば嫌味とも思えるだろう。実力も龍馬も以蔵も申し分ない筈だ。
けれども龍馬は敬うようにさんを付けて呼ぶ。
それは以蔵にとって怒りを助長するものでしかない筈のものだ。
だと言うのに最近の以蔵は彼に名前を呼ばれる事に一つに高ぶりを覚えるようになって話はおかしくなり始めていた。
最初はシュミレーターでの戦闘から来る高ぶりだろうと思った。
増え始めた頃は龍馬に恋愛や情欲に関わることか、とも考えて頭が痛くもなって、顔を合わせる度に否定する為に殴っていたようにも思う。
勿論、傍に寄り添うお竜に邪魔されるのだが話が変わるので横に置いておこう。
話は逸れそうになったが以蔵は、ある日の夜に見た夢で真実に気付くことが出来た。
まずサーヴァントは夢を見ない。
見た夢はマスターか自分の過去の夢想、そして後者の自分の過去を以蔵は見たのだ。
飄々としたあの男が驚いた後に何処か納得したように晴れやかな顔を血で染めている顔に手を添える自分の手だ。
『い、ぞう、さ、ん』
口は動いているが声はない。
額を斬られたのちに手当たり次第に斬った。
血は止まらないだろうから呼吸をすれば口からは息ではなく大量の血が溢れて流れるだけだ。
手筈は整えられている。
四年前、打首獄門で切られた岡田以蔵が本来ならば幽霊でもなければ近江屋に居る筈はない。
されど藩の役人と手引きしていたのなら、どうだろうか?
仲間を、家族を見逃すと囁かれたらどうだろうか?
誰でも大切な者たちを危険から守れるのならば、その手に剣を取るのが男の役目である筈だと以蔵は思う。
目も頭も冴えた状態で考える。
上手い、上手すぎる話であったと思う。
命を免れ、家族を助けてもらい、仲間を見逃してもらう。
そんな上手い話は嘘に決まっているのだ。
だが当時の以蔵は拷問に疲れ果て正常な判断など無理な状態であり、何も分からぬままに約束を守ろうと言われた場所で、ただただ剣を振るった。
きっとこれは裏切りと言える行為だと言う事は以蔵でも理解出来ている。
しかし、どうしても胸の内から湧き上がり、溺死しそうな程に溢れる坂本龍馬への憎悪は最早、以蔵にとって呼吸のようなものでしかなく、そこに善悪などでは測れないほどの憎悪が詰め込まれている。
もし止めようものならば以蔵の精神に霊基に異常が発生するのだと本能で以蔵は理解できた。
最早この憎悪に以蔵の意思などは無い。
だからだろうか、と以蔵はふっと気付いた。
最早、龍馬を殺した場所に居た以蔵は最早、本人とは呼べない無名の怪物だったのかもしれない。
だからこそ今度こそは確実に自分の意思で彼を殺したいと願うのだろうか、と。
「あ、以蔵さんおはよう」
「……けっ、朝から何しゆー」
「何って、お竜さんに誘われて朝食だよ」
もし仮に龍馬が殺害したであろう自分を見て覚えているのなら、どうだろうか。
と考えたが、すぐに止めた。
自分らしくないと思ったのだ。
分からないのなら聞けば早い、と無遠慮に龍馬の髪をかき上げる。
「イタタタっ!以蔵さん流石に痛い!抜ける!」
「やかぁしい!」
どうかした?と尋ねる龍馬の声は聞こえない。
ただ以蔵は眼の前の額に傷が無い事に、怒りと安堵の矛盾を抱えて忙しいのだから仕方ない。
しかも目の前に居る男は痛くなければ抵抗しなくても良いだろうと思っているらしく、何処か遠くでも見るように視線が合わない。
それは以蔵にとって苛立ちを覚える行為でしかない。
この苛立ちをぶつけろと全身が沸き立ち、以蔵はその感情に抗う術を知らない。
故にガブリ、と可愛げもなく龍馬の額に噛み付くのも仕方のない事だと自分に囁く。
「なっ!?ちょっ!以蔵さ、ん!?」
「はっ!なにを情けない顔しちゅーが」
「いや、流石に額は……勘弁してほしいかな」
「ふん、それが情けない言いゆーんだ」
なら僕が首を触ったり傷つけでもいいの?嫌でしょ?と言う龍馬の言葉も声もいただけない。
どうした事だろうか、と以蔵は自分の異変に驚き慄いた。
彼が、龍馬が己の首に噛み付く。
あの無残に大人しく斬られた龍馬が自分に彼の意思で傷を作るのだ。
そう考えた瞬間に以蔵の頭から足先に甘い痺れが走っては以蔵も堪ったものではない。
「ぅっっっ!」
「え、以蔵さっんぐぇ!」
「っうわぁぁあああん!!!」
突如として襲った自分の異変と龍馬の声掛けによりパニックとなった以蔵は逸話になりかねない泣き声と共にカルデアを爆走し、それはそれはこっぴどくマスターにお叱りとお竜さんの噛みつきにあったのは、まだ別の話だろう。
END
出生は土佐であり、同時に多くの書物や創作で名を広めている同郷の坂本龍馬ともまた縁、だけでは片付けられぬ間柄であったそうだ。
帝都での異変を経て、藤丸立香と縁の出来た両者は見事にカルデアに召喚を果たし、同時に死闘も厳重注意されたのは記憶に新しい。
しかし彼らの関係性を知る人々であれば当然ではないだろうか。
話せば長くなるのが歴史であるが大まかに言えば、龍馬は脱藩し同士であった筈の武市半平太、そしてその仲間たちを裏切った。
そう以蔵は話したのだ。と同時に龍馬も否定も肯定もしない。
真実とは見る者の立場で変わるものだと多くの英霊たちと対話してきた立香もマシュも学んでいた為に深く言及することもなくカルデアが賑やかになる事を喜んだ。
誰がどんな立場であろうと今はもう同じように新たな特異点が現れないように気をつけながら新たな月日が経つのを待つ日々なのだから。
争う必要も無い、筈だった。
『以蔵さん』
龍馬は以蔵をさん付けで呼ぶ。
そもそも以蔵と龍馬の歳は二歳しか違わない上に当時の身分も厳密に表すならば龍馬の方が上であると思われても仕方のない程に龍馬の出自は良いものなのだ。
傍から見れば嫌味とも思えるだろう。実力も龍馬も以蔵も申し分ない筈だ。
けれども龍馬は敬うようにさんを付けて呼ぶ。
それは以蔵にとって怒りを助長するものでしかない筈のものだ。
だと言うのに最近の以蔵は彼に名前を呼ばれる事に一つに高ぶりを覚えるようになって話はおかしくなり始めていた。
最初はシュミレーターでの戦闘から来る高ぶりだろうと思った。
増え始めた頃は龍馬に恋愛や情欲に関わることか、とも考えて頭が痛くもなって、顔を合わせる度に否定する為に殴っていたようにも思う。
勿論、傍に寄り添うお竜に邪魔されるのだが話が変わるので横に置いておこう。
話は逸れそうになったが以蔵は、ある日の夜に見た夢で真実に気付くことが出来た。
まずサーヴァントは夢を見ない。
見た夢はマスターか自分の過去の夢想、そして後者の自分の過去を以蔵は見たのだ。
飄々としたあの男が驚いた後に何処か納得したように晴れやかな顔を血で染めている顔に手を添える自分の手だ。
『い、ぞう、さ、ん』
口は動いているが声はない。
額を斬られたのちに手当たり次第に斬った。
血は止まらないだろうから呼吸をすれば口からは息ではなく大量の血が溢れて流れるだけだ。
手筈は整えられている。
四年前、打首獄門で切られた岡田以蔵が本来ならば幽霊でもなければ近江屋に居る筈はない。
されど藩の役人と手引きしていたのなら、どうだろうか?
仲間を、家族を見逃すと囁かれたらどうだろうか?
誰でも大切な者たちを危険から守れるのならば、その手に剣を取るのが男の役目である筈だと以蔵は思う。
目も頭も冴えた状態で考える。
上手い、上手すぎる話であったと思う。
命を免れ、家族を助けてもらい、仲間を見逃してもらう。
そんな上手い話は嘘に決まっているのだ。
だが当時の以蔵は拷問に疲れ果て正常な判断など無理な状態であり、何も分からぬままに約束を守ろうと言われた場所で、ただただ剣を振るった。
きっとこれは裏切りと言える行為だと言う事は以蔵でも理解出来ている。
しかし、どうしても胸の内から湧き上がり、溺死しそうな程に溢れる坂本龍馬への憎悪は最早、以蔵にとって呼吸のようなものでしかなく、そこに善悪などでは測れないほどの憎悪が詰め込まれている。
もし止めようものならば以蔵の精神に霊基に異常が発生するのだと本能で以蔵は理解できた。
最早この憎悪に以蔵の意思などは無い。
だからだろうか、と以蔵はふっと気付いた。
最早、龍馬を殺した場所に居た以蔵は最早、本人とは呼べない無名の怪物だったのかもしれない。
だからこそ今度こそは確実に自分の意思で彼を殺したいと願うのだろうか、と。
「あ、以蔵さんおはよう」
「……けっ、朝から何しゆー」
「何って、お竜さんに誘われて朝食だよ」
もし仮に龍馬が殺害したであろう自分を見て覚えているのなら、どうだろうか。
と考えたが、すぐに止めた。
自分らしくないと思ったのだ。
分からないのなら聞けば早い、と無遠慮に龍馬の髪をかき上げる。
「イタタタっ!以蔵さん流石に痛い!抜ける!」
「やかぁしい!」
どうかした?と尋ねる龍馬の声は聞こえない。
ただ以蔵は眼の前の額に傷が無い事に、怒りと安堵の矛盾を抱えて忙しいのだから仕方ない。
しかも目の前に居る男は痛くなければ抵抗しなくても良いだろうと思っているらしく、何処か遠くでも見るように視線が合わない。
それは以蔵にとって苛立ちを覚える行為でしかない。
この苛立ちをぶつけろと全身が沸き立ち、以蔵はその感情に抗う術を知らない。
故にガブリ、と可愛げもなく龍馬の額に噛み付くのも仕方のない事だと自分に囁く。
「なっ!?ちょっ!以蔵さ、ん!?」
「はっ!なにを情けない顔しちゅーが」
「いや、流石に額は……勘弁してほしいかな」
「ふん、それが情けない言いゆーんだ」
なら僕が首を触ったり傷つけでもいいの?嫌でしょ?と言う龍馬の言葉も声もいただけない。
どうした事だろうか、と以蔵は自分の異変に驚き慄いた。
彼が、龍馬が己の首に噛み付く。
あの無残に大人しく斬られた龍馬が自分に彼の意思で傷を作るのだ。
そう考えた瞬間に以蔵の頭から足先に甘い痺れが走っては以蔵も堪ったものではない。
「ぅっっっ!」
「え、以蔵さっんぐぇ!」
「っうわぁぁあああん!!!」
突如として襲った自分の異変と龍馬の声掛けによりパニックとなった以蔵は逸話になりかねない泣き声と共にカルデアを爆走し、それはそれはこっぴどくマスターにお叱りとお竜さんの噛みつきにあったのは、まだ別の話だろう。
END