他CP
広がる色は赤、朱、あか。
今回のアーチャーのマスターは目の前のライダー、真名をアルスター神話の中で名高い女王メイヴの策略により赤の海に倒れている。
現在は単独行動により霊格を保つ事が出来ているとはいえ、メイヴと戦った事で魔力は底が尽きようとしていた。
「流石は三騎士の1人、と言う事かしら?此処まで保った事を褒めてあげるわ、アーチャー!ふふ」
「女王メイヴに、この後に及んで褒め、られるとはな…最後の1人となる君に賞賛を送ろう……っ」
「そうねー……あ、そうだわ!賞賛も良いけれど、折角だから私の願望に立ち会わせてあげるわ!」
力も入らず霞む視界の中でスルリと鞭で顎から頬を撫でられる感覚と共にアーチャーは世界がブラックアウトした。
「これが聖杯…使える物は…アーチャーは生きてい……そうね、私の願いは……」
視界が揺れる。
まだ己に息がある事、姿形を保っている事を不思議に思いながら聞こえてくるメイヴの声を途切れ途切れに耳にする。
ぼやける視界の中でも分かる程の輝きにメイヴが聖杯を手に入れた事を理解できた。
だが遠ざかる意識では彼女の願いは分からない。
「貴方は幸運よ?アーチャー」
幸運とはどういう事だ?と言う疑問も口に出来ぬまま頬を包む温かな熱にアーチャーは抵抗する力も残っておらず、そのまま再び瞳を閉じた。
これで私の今回の聖杯戦争は終わりを告げるのか、と。
「アー……」
「っう……」
「アーチャー、目を開けて?貴方が目を覚まさないと始まらないわ」
「ぁ……これ、は……かはっ、何が、起こった!」
軽く叩かれた頬よりも喉に空気が通る痛みでアーチャーは目を覚ますと、目の前にメイヴが覗き込むように頬に手を添えていて、驚きで勢い良く起き上がる。
すると更に驚いた。
アーチャーの身体は縮んでおり、正しく通る魔力の流れに恐怖すら覚える。
もはや裸に赤い聖骸布を纏っている姿など違和感はあれど、どうでも良くなった。
慌てて周りを見舞わせども見慣れぬ城内で訳が分からない。
アーチャーやメイヴが召喚されたのは機械の多い為にアーチャーの認識では近代的な文明だった筈なので城など間違っても無かったと確認している。
「この城は私が聖杯で作り出したの!そーれーよーりーも!」
「うわっ!」
小さくなった身体では、成人女性であるメイヴにいとも容易く捕まり、膝の上に乗せられる。
中身は成人男性なアーチャーとしては、素肌に聖骸布を纏った状態で膝に乗せられる、と言う行為は精神的に辛すぎる。
しかし、そんな事はメイヴには関係などない。
「貴方が目覚めるのを待っていたのよ?もう待ちくたびれたの。さぁ!左手を掲げて!」
「っぅ……何をする!」
ビリビリと痺れるような魔力濃度に背中だけでなく額など全身が鳥肌になり、冷や汗を流す。
しかしどうやら自分は普通の子供と変わらない状態なのだと痛感してサーヴァントであるメイヴに抵抗らしい抵抗もできずに事は進む。
「聖杯よ!この子供を主として私に相応しい王のクーフーリンを召喚させなさい!」
「何っ!?」
メイヴの言葉に驚きよりも焦燥感が湧いてくる。
ただの子供と成り下がったとはいえ霊核で出来ているアーチャーにマスターの代わりをさせようとしているのだ。
その事実に逃げようとするが天井から現れた輝く聖杯の光を浴びた瞬間、柄も言われぬ感覚が身体を駆け巡る。
激痛とはまた違う神経に水が雪崩込むような奇妙な感覚にアーチャーが襲われていると部屋は光り輝き、無事に召喚を終えてしまっていた。
「う、あ……っ!」
「クーフーリン、召喚に応じ参上した」
「キャー!クーちゃん!やっと!やっと会えたっ!!!」
メイヴの歓喜の声を耳元で聞きながらアーチャーは再び意識が遠のくが歯を食いしばる事で耐えた。
そう何度も意識を飛ばしていては状況を把握するのに手間取ってしまう。
メイヴの膝から開放されて、メイヴが座っていた椅子に座り直して改めて召喚させられた男とそんな彼に嬉しそうに引っ付くメイヴを見やる。
恵まれたメイヴの身体が密着しているというのに顔色1つ変わらないクーフーリンに違和感を感じた。
アーチャーの中で"彼らしくない"と目の前の男を否定するが、それを無視して深呼吸をしながら途方に暮れるような気持ちで天井を見上げる。
自分の中で彼に違和感があるからと言ってどうなると言うのか、とアーチャーは思う。
どうやらアーチャーはメイヴに利用される為に生かされたらしい事は察する事が出来た。
でなければ自分は此処に子供の姿にさせられてまで存在していない筈である、と考えたからだ。
これからどうしようか、と何処か他人事のように疲れた瞳で天井を眺めて考えているとアーチャーの目の前にクーフーリンが現れた。
かと思う前に気付けば上を見ていた事で晒すように無防備だった喉元を噛まれて怯んだ隙に唇を塞がれていた。
「っん!?」
「ん……やはりお前が俺のマスターか」
「ぷはっ!な、何をする!クーフーリン!」
「お前がマスターかどうか魔力で確認しただけだ」
「こんな事をせずとも出来るだろう!?」
アーチャーの怒鳴る姿に対して怒るどころかクスクスと楽しそうに笑うメイヴに、更なる怒りが湧いてくるがヒリヒリとする喉に怒鳴る唇を噛み締めて押し留まった。
運動能力や能力があるとはいえ今は結局は子供の姿なのだ。
出来る事は限られている。
「そう怒らないで?アーチャー。説明してあげるから広間へ行きましょう」
楽しげなメイヴが扉へと軽い足取りで誘う。
クーフーリンはそんな上機嫌なメイヴを横目にマスターであるアーチャーを紅の瞳で見つめてくる。
その淀んでいる筈なのに真っ直ぐな瞳に何処かアーチャーは言いようのない安心感を覚えて、ため息1つを零して席を立った。
「はぁ…とりあえず服をくれないか?」
■
城内にはホムンクルスの真似事のように聖杯から作られたと思わしき召使いたちが忙しなく廊下を行き来していた。
そんな彼らでも赤き布しか纏っていない少年は色んな意味で目を引く。
そんな興味深く見つめてくる好奇心や邪心の眼差しに居心地の悪さを覚えていると突然、足が浮いた。
どうやら後ろを歩いていた狂王に持ち上げられたらしいが今の彼からすると予想外の事にアーチャーは慌てた。
「うわっ!?」
「暴れるなよ、落ちる」
「あ……すま、ない」
その粗暴さ、凶暴さを具現化したような見た目とは裏腹に自分の腰や尻を支える手は優しく感じられ、そして頭はすっぽりと聖骸布で覆われた。
そんな気遣いを感じられる腕に気付けばアーチャーもソッと手をクーフーリンの首元に添えてバランスを取り、与えられた部屋へと二人で入っていく。
アーチャーはメイヴにその聖骸布に包まれてるだけでも可愛いわよ?と言われて苦虫を潰したような顔で冗談はやめてくれ、と言った事により用意された服に着替える事にした。
すると布で気付かなかったがヘソの上に令呪が出現しており、思わずため息と共にその令呪を撫でた。
この令呪により狂王クーフーリンオルタのマスターであると認めるしかない。
クーフーリンオルタの現界の為だけに今の自分は生かされている。
そんな現実を叩きつけられたように感じたのだ。
そんな憂鬱さに浸っていると背中は無防備となっていたのだろう。
ぬるりと背筋に沿って濡れた何かが背中を這う感覚にアーチャーは襲われて、振り向くとそこには狂王が挑発的に舌を出していた。
「な、舐め!!?」
「あまり無防備に俺の前に立つな、マスター。思わず抉りたくなるだろう?」
「物騒な事を口にするな!分かったから離れろ!」
それからは隙を見てはクーフーリンはアーチャーの肌に甘噛みをしたり、舐めてくるので武器を投影しようとも考えたが勝ち目は薄いので、手早く着替える事に専念した。
「チッ……着替えたなら行くぞ」
「今、舌打ちをしなかったか?」
一方的な攻防の末になんとか着替え終えたアーチャーは何処かつまらなそうな男に呆れていると再びその身体は狂王の腕に収まった。
どうやら子供の足では遅いのが面倒らしいと察する事が出来たので今度は慌てる事なく、疲れを感じつつもクーフーリンの腕に収まってメイヴの待つ部屋へと向かった。
「うんうん、やっぱりその服にして良かったわ!アーチャー似合ってる!」
「それはどうも……」
「あれ、なんだか疲れてない?」
先程までクーフーリンと繰り広げた攻防戦の疲れからか、か弱い子供の身体のせいなのか分かりかねたがアーチャーは気だるい身体を無視して席に着く。
身体が気だるいから休むなどと言う子供らしさなどアーチャーは持ち合わせていない。
それよりも己の立場や状況を把握する方が最優先であった。
「気の所為だろう?良いから話を聞かせてくれ」
「そう?ならまずは何処から話そうかしら」
「何故、私をこんな姿にしたんだ?ライダー」
「戦いも終わったしメイヴって呼んでも良いのよ?身体は貴方を聖杯で助けたらそうなっちゃった」
なっちゃった、と軽く話すメイヴにアーチャーはちょっとした頭痛を覚えながらも己の中で仮説とはいえ予想できる理論を作っていく。
そうでもしないと納得ができない。
「ふむ……残りの魔力で私を再構築したからかもしれないな……それで他には?」
他に話す事はないのか、と促すとメイヴは少し眉間に皺を寄せて何処から話そうかな、と言いながらポツリポツリと話し始めた。
「うーん、まず聖杯だけれど、フィンやディルムッドみたいに"普通"のサーヴァントは擬似的には呼べたのよ?でもクーちゃんはダメだった……」
「彼の様子を見たところ君の願いの影響か?」
「そうよ。そしてクーちゃんの為に貴方の出番よ、アーチャー!」
「わ、私?」
此処だ!とばかりにアーチャーに向かって指を指して嬉しそうに鞭を手のひらで遊ばせながらメイヴは席を立つ。
そしてマスターであるアーチャーの傍に座り、黙っているクーフーリンの首に嬉しそうに腕を回す。
「貴方をマスターとして生き延びさせてクーちゃんを召喚できないかと考えたの」
「はぁ、だから消滅しかけていた私を修復したのか……」
「そういう事!私にキャスター適正は無いし、今の貴方ならマスターの代わりにはなると思ったの」
メイヴの言う通りだった。
今のアーチャーは愛刀の双剣を投影するくらいしか出来ず、霊格もツギハギだらけなのは解析せずとも分かる。
宝具を使おうとすれば発動する前にアーチャーは消滅するだろう。
すぐに自分はメイヴが持つ聖杯によって、なんとか生かされているのだと理解できた。
だが逆にエーテルの塊である以外の存在価値の無いアーチャーをマスターにする事でバーサーカーであるクーフーリンオルタを召喚、現界させうる事が出来るのだろうとも理解する。
「つまり私は君らに強制的に従わざる負えない訳か……」
「ふふ、確かに貴方はクーちゃんの非常食みたいなものだけれど逆にクーちゃんの為にもパクリと誰かに食べられても困るもの。守ってあげる」
「なんだ、その不穏な単語は……っ!?」
「きゃっ!」
ウインクをアーチャーへ飛ばしてくるメイヴに対して呆れたようにため息を吐いて話は終わったとばかりに席を立とうとした時だった。
轟音が城内に鳴り響き渡ると廊下を忙しなくケルトの戦士や召使い達が駆け抜けて行く。
慌てて城の窓の外を見ると煙が上がっており、残っていた鷹の目の能力を使用すると何やら影のような獣や竜牙兵に似た者たちとケルト兵士たちが庭で交戦しているのを目視できた。
「なんなんだ、奴らは!」
「あ!待ちなさい、アーチャー!何が見えたの!?」
メイヴが思わず廊下へと掛けて行くアーチャーに声をかけるがアーチャーはその問いに答える事もなく、行ってしまった為にメイヴは呆れたようにため息を吐いて放っておこうと振り向くと、そこに狂王の姿は既に無かった。
■
煙が邪魔だったので、もっと見晴らしの良い場所でこの城に起きた事を確認しようとアーチャーは駆け出したのだが、すぐにアーチャーはクーフーリンに片腕で吊るされるように捕まっていた。
「何をする!離せ、バーサーカー!」
「お前こそ何を考えている」
「君には関係ない事だ!」
「お前は俺のマスターだ。付いて行く」
身体が子供になった事で沸点が低くなったのか、アーチャーはまともに抵抗する事が出来ず、また屈辱的な体勢で持ち上げられており怒りは募っていく。
しかしそんなアーチャーに動じる事はなく、怪しく艶やかに光る紅の瞳は真っ直ぐにアーチャーを見つめて譲る事はない。
そんな彼らしいとも感じられる強い意志をすぐに察したアーチャーはクーフーリンの手から脱出すると小さな身体で血が上がった頭を冷しながら説得を試みる。
「はぁ……私は自分の周りで何が起こっているのか確認しようとしているだけだ。付いて来る程じゃない」
「ならば言い方を変えよう。俺はお前の槍だ。その俺が付いて行くのがどおりだろう?」
「なっ!き、みはっ……!」
さも当然とばかりに言葉を伝えながらクーフーリンはアーチャーを部屋に来た時のようにアーチャーの尻に手を当てて支え、顔を覗き込む。
そんな彼なりの信頼を表したように言葉と美丈夫な顔で覗き込まれ、アーチャーは堪らず頬を染めて見惚れてしまう。
顔を赤くしたアーチャーに対してクーフーリンは不思議そうに首を傾げてくる。
「……ん?どうした?」
「い、いや……上に、行ってくれ」
「分かった」
どもりながらも命令を下すアーチャーに視線を寄越すが関心を示すような素振りは見せず、バーサーカーらしく力づくで天井を破壊すると屋根まで一気に飛び上がる。
「っう!このように上がるなら教えてくれ……」
「なんだ、舌でも噛んだか?」
「この身体では君の動きに耐えるのが少々堪えるだけだ……それよりも……」
不安定な足場な為か腕からは下ろされる事が無かったのでアーチャーは首や上半身を捻って庭などで行われている戦いを鷹の目で確認する。
やはり部屋の窓からも見た通り、月明かりの下、影のような獣や竜牙兵が何処からか湧いているのが見えた。
バラバラでいて観察してみると1箇所に向けて倒されながらも突き進む姿に思い当たる事を口に出していた。
「コイツらは聖杯の使用による弊害と考えるのが自然だが……」
「ふん、メイヴが捨てたマスターの可能性もなくはないがどの道、暇つぶしにはなるだろう」
「……全く物騒な話だな」
此処にきて初めて表情らしい顔を見せたかと思ったらニヤリと歯を見せて笑う姿は恐ろしい程に邪悪さを含んでいる。
しかしそんな言葉は口に出さず、アーチャーは何処か諦めたようにため息混じりにポツリと呟いた。
その後、暫く見ていた二人であったがクシュンと一つアーチャーがクシャミをした事でクーフーリンは、また無言で床へと降りた。
その頃には流石のアーチャーも怒る気力は沸かず、その逞しく頼りがいのある首元や胸にしがみついて着地に備える。
無事、舌も噛まずに着地を済ませると目的を達成した狂王は相変わらず興味が無さそうにアーチャーに次の指示を促してくる。
「アーチャー、だったか?これからどうする?」
「あ……その……私の真名はエミヤ、と言う」
「……それがどうした」
真名を告げてきたアーチャーに少し目を見開き、真意が理解できないのかアーチャーの顔を覗き込んでくる。
どうやら子供の姿であるアーチャーの表情は覗き込まなければ分かりづらいのだろう。
今度は照れる事もなく、覗き込んでくる瞳に真っ直ぐに見つめ返してアーチャーは真意を伝えた。
「君の名を知っているのに名乗らないのは不公平だろ、と思ったのだが不服だったか?」
「いや、好きに呼ぶから構わん。それに余分な考えは不要だ。お前は敵が誰なのかを指差せばそれでいい」
そんな言葉と共に屋根で見せた笑みを向けてくる狂王にゾクリと生理的な緊張感を身体が反応したが、アーチャーはそれを物ともせずに同意を込めて微笑み返した。
するとそんなアーチャーの態度がお気に召したのか、ブワリと大きな蜥蜴や恐竜を思わせる長い尾を一振り動かして、何を思ったのか狂王は空いていた手でアーチャーの手を取り、彼の小さくなった手のひらへと口付けた。
そんな突然の事に笑みは消えて慌てて問い詰めようとした。
したのだが部屋から、ひょっこりと顔を出したメイヴの声に遮られてしまった。
「ちょっ!?何を」
「クーちゃん!帰ってきたのね!アーチャーもおかえりなさい!」
「メイヴか…纏わりついてくるのだけは勘弁してほしいものだ…」
「っふ!」
「何がおかしい」
「いや、気にしないでくれ」
担がれてズルイ!と文句まで言って駆け寄ってくるメイヴに自分はついでか、と分かりやすい彼女に苦笑いしつつ隣なら渋い顔で予想外の反応があり、アーチャーはそんな彼の感情らしい所を見て、つい、だがしかし初めてクスリと笑った。
困惑したような態度の狂王の横顔に懐かしさを覚えながら、見つめてくる瞳に少し微笑み返した。
END
今回のアーチャーのマスターは目の前のライダー、真名をアルスター神話の中で名高い女王メイヴの策略により赤の海に倒れている。
現在は単独行動により霊格を保つ事が出来ているとはいえ、メイヴと戦った事で魔力は底が尽きようとしていた。
「流石は三騎士の1人、と言う事かしら?此処まで保った事を褒めてあげるわ、アーチャー!ふふ」
「女王メイヴに、この後に及んで褒め、られるとはな…最後の1人となる君に賞賛を送ろう……っ」
「そうねー……あ、そうだわ!賞賛も良いけれど、折角だから私の願望に立ち会わせてあげるわ!」
力も入らず霞む視界の中でスルリと鞭で顎から頬を撫でられる感覚と共にアーチャーは世界がブラックアウトした。
「これが聖杯…使える物は…アーチャーは生きてい……そうね、私の願いは……」
視界が揺れる。
まだ己に息がある事、姿形を保っている事を不思議に思いながら聞こえてくるメイヴの声を途切れ途切れに耳にする。
ぼやける視界の中でも分かる程の輝きにメイヴが聖杯を手に入れた事を理解できた。
だが遠ざかる意識では彼女の願いは分からない。
「貴方は幸運よ?アーチャー」
幸運とはどういう事だ?と言う疑問も口に出来ぬまま頬を包む温かな熱にアーチャーは抵抗する力も残っておらず、そのまま再び瞳を閉じた。
これで私の今回の聖杯戦争は終わりを告げるのか、と。
「アー……」
「っう……」
「アーチャー、目を開けて?貴方が目を覚まさないと始まらないわ」
「ぁ……これ、は……かはっ、何が、起こった!」
軽く叩かれた頬よりも喉に空気が通る痛みでアーチャーは目を覚ますと、目の前にメイヴが覗き込むように頬に手を添えていて、驚きで勢い良く起き上がる。
すると更に驚いた。
アーチャーの身体は縮んでおり、正しく通る魔力の流れに恐怖すら覚える。
もはや裸に赤い聖骸布を纏っている姿など違和感はあれど、どうでも良くなった。
慌てて周りを見舞わせども見慣れぬ城内で訳が分からない。
アーチャーやメイヴが召喚されたのは機械の多い為にアーチャーの認識では近代的な文明だった筈なので城など間違っても無かったと確認している。
「この城は私が聖杯で作り出したの!そーれーよーりーも!」
「うわっ!」
小さくなった身体では、成人女性であるメイヴにいとも容易く捕まり、膝の上に乗せられる。
中身は成人男性なアーチャーとしては、素肌に聖骸布を纏った状態で膝に乗せられる、と言う行為は精神的に辛すぎる。
しかし、そんな事はメイヴには関係などない。
「貴方が目覚めるのを待っていたのよ?もう待ちくたびれたの。さぁ!左手を掲げて!」
「っぅ……何をする!」
ビリビリと痺れるような魔力濃度に背中だけでなく額など全身が鳥肌になり、冷や汗を流す。
しかしどうやら自分は普通の子供と変わらない状態なのだと痛感してサーヴァントであるメイヴに抵抗らしい抵抗もできずに事は進む。
「聖杯よ!この子供を主として私に相応しい王のクーフーリンを召喚させなさい!」
「何っ!?」
メイヴの言葉に驚きよりも焦燥感が湧いてくる。
ただの子供と成り下がったとはいえ霊核で出来ているアーチャーにマスターの代わりをさせようとしているのだ。
その事実に逃げようとするが天井から現れた輝く聖杯の光を浴びた瞬間、柄も言われぬ感覚が身体を駆け巡る。
激痛とはまた違う神経に水が雪崩込むような奇妙な感覚にアーチャーが襲われていると部屋は光り輝き、無事に召喚を終えてしまっていた。
「う、あ……っ!」
「クーフーリン、召喚に応じ参上した」
「キャー!クーちゃん!やっと!やっと会えたっ!!!」
メイヴの歓喜の声を耳元で聞きながらアーチャーは再び意識が遠のくが歯を食いしばる事で耐えた。
そう何度も意識を飛ばしていては状況を把握するのに手間取ってしまう。
メイヴの膝から開放されて、メイヴが座っていた椅子に座り直して改めて召喚させられた男とそんな彼に嬉しそうに引っ付くメイヴを見やる。
恵まれたメイヴの身体が密着しているというのに顔色1つ変わらないクーフーリンに違和感を感じた。
アーチャーの中で"彼らしくない"と目の前の男を否定するが、それを無視して深呼吸をしながら途方に暮れるような気持ちで天井を見上げる。
自分の中で彼に違和感があるからと言ってどうなると言うのか、とアーチャーは思う。
どうやらアーチャーはメイヴに利用される為に生かされたらしい事は察する事が出来た。
でなければ自分は此処に子供の姿にさせられてまで存在していない筈である、と考えたからだ。
これからどうしようか、と何処か他人事のように疲れた瞳で天井を眺めて考えているとアーチャーの目の前にクーフーリンが現れた。
かと思う前に気付けば上を見ていた事で晒すように無防備だった喉元を噛まれて怯んだ隙に唇を塞がれていた。
「っん!?」
「ん……やはりお前が俺のマスターか」
「ぷはっ!な、何をする!クーフーリン!」
「お前がマスターかどうか魔力で確認しただけだ」
「こんな事をせずとも出来るだろう!?」
アーチャーの怒鳴る姿に対して怒るどころかクスクスと楽しそうに笑うメイヴに、更なる怒りが湧いてくるがヒリヒリとする喉に怒鳴る唇を噛み締めて押し留まった。
運動能力や能力があるとはいえ今は結局は子供の姿なのだ。
出来る事は限られている。
「そう怒らないで?アーチャー。説明してあげるから広間へ行きましょう」
楽しげなメイヴが扉へと軽い足取りで誘う。
クーフーリンはそんな上機嫌なメイヴを横目にマスターであるアーチャーを紅の瞳で見つめてくる。
その淀んでいる筈なのに真っ直ぐな瞳に何処かアーチャーは言いようのない安心感を覚えて、ため息1つを零して席を立った。
「はぁ…とりあえず服をくれないか?」
■
城内にはホムンクルスの真似事のように聖杯から作られたと思わしき召使いたちが忙しなく廊下を行き来していた。
そんな彼らでも赤き布しか纏っていない少年は色んな意味で目を引く。
そんな興味深く見つめてくる好奇心や邪心の眼差しに居心地の悪さを覚えていると突然、足が浮いた。
どうやら後ろを歩いていた狂王に持ち上げられたらしいが今の彼からすると予想外の事にアーチャーは慌てた。
「うわっ!?」
「暴れるなよ、落ちる」
「あ……すま、ない」
その粗暴さ、凶暴さを具現化したような見た目とは裏腹に自分の腰や尻を支える手は優しく感じられ、そして頭はすっぽりと聖骸布で覆われた。
そんな気遣いを感じられる腕に気付けばアーチャーもソッと手をクーフーリンの首元に添えてバランスを取り、与えられた部屋へと二人で入っていく。
アーチャーはメイヴにその聖骸布に包まれてるだけでも可愛いわよ?と言われて苦虫を潰したような顔で冗談はやめてくれ、と言った事により用意された服に着替える事にした。
すると布で気付かなかったがヘソの上に令呪が出現しており、思わずため息と共にその令呪を撫でた。
この令呪により狂王クーフーリンオルタのマスターであると認めるしかない。
クーフーリンオルタの現界の為だけに今の自分は生かされている。
そんな現実を叩きつけられたように感じたのだ。
そんな憂鬱さに浸っていると背中は無防備となっていたのだろう。
ぬるりと背筋に沿って濡れた何かが背中を這う感覚にアーチャーは襲われて、振り向くとそこには狂王が挑発的に舌を出していた。
「な、舐め!!?」
「あまり無防備に俺の前に立つな、マスター。思わず抉りたくなるだろう?」
「物騒な事を口にするな!分かったから離れろ!」
それからは隙を見てはクーフーリンはアーチャーの肌に甘噛みをしたり、舐めてくるので武器を投影しようとも考えたが勝ち目は薄いので、手早く着替える事に専念した。
「チッ……着替えたなら行くぞ」
「今、舌打ちをしなかったか?」
一方的な攻防の末になんとか着替え終えたアーチャーは何処かつまらなそうな男に呆れていると再びその身体は狂王の腕に収まった。
どうやら子供の足では遅いのが面倒らしいと察する事が出来たので今度は慌てる事なく、疲れを感じつつもクーフーリンの腕に収まってメイヴの待つ部屋へと向かった。
「うんうん、やっぱりその服にして良かったわ!アーチャー似合ってる!」
「それはどうも……」
「あれ、なんだか疲れてない?」
先程までクーフーリンと繰り広げた攻防戦の疲れからか、か弱い子供の身体のせいなのか分かりかねたがアーチャーは気だるい身体を無視して席に着く。
身体が気だるいから休むなどと言う子供らしさなどアーチャーは持ち合わせていない。
それよりも己の立場や状況を把握する方が最優先であった。
「気の所為だろう?良いから話を聞かせてくれ」
「そう?ならまずは何処から話そうかしら」
「何故、私をこんな姿にしたんだ?ライダー」
「戦いも終わったしメイヴって呼んでも良いのよ?身体は貴方を聖杯で助けたらそうなっちゃった」
なっちゃった、と軽く話すメイヴにアーチャーはちょっとした頭痛を覚えながらも己の中で仮説とはいえ予想できる理論を作っていく。
そうでもしないと納得ができない。
「ふむ……残りの魔力で私を再構築したからかもしれないな……それで他には?」
他に話す事はないのか、と促すとメイヴは少し眉間に皺を寄せて何処から話そうかな、と言いながらポツリポツリと話し始めた。
「うーん、まず聖杯だけれど、フィンやディルムッドみたいに"普通"のサーヴァントは擬似的には呼べたのよ?でもクーちゃんはダメだった……」
「彼の様子を見たところ君の願いの影響か?」
「そうよ。そしてクーちゃんの為に貴方の出番よ、アーチャー!」
「わ、私?」
此処だ!とばかりにアーチャーに向かって指を指して嬉しそうに鞭を手のひらで遊ばせながらメイヴは席を立つ。
そしてマスターであるアーチャーの傍に座り、黙っているクーフーリンの首に嬉しそうに腕を回す。
「貴方をマスターとして生き延びさせてクーちゃんを召喚できないかと考えたの」
「はぁ、だから消滅しかけていた私を修復したのか……」
「そういう事!私にキャスター適正は無いし、今の貴方ならマスターの代わりにはなると思ったの」
メイヴの言う通りだった。
今のアーチャーは愛刀の双剣を投影するくらいしか出来ず、霊格もツギハギだらけなのは解析せずとも分かる。
宝具を使おうとすれば発動する前にアーチャーは消滅するだろう。
すぐに自分はメイヴが持つ聖杯によって、なんとか生かされているのだと理解できた。
だが逆にエーテルの塊である以外の存在価値の無いアーチャーをマスターにする事でバーサーカーであるクーフーリンオルタを召喚、現界させうる事が出来るのだろうとも理解する。
「つまり私は君らに強制的に従わざる負えない訳か……」
「ふふ、確かに貴方はクーちゃんの非常食みたいなものだけれど逆にクーちゃんの為にもパクリと誰かに食べられても困るもの。守ってあげる」
「なんだ、その不穏な単語は……っ!?」
「きゃっ!」
ウインクをアーチャーへ飛ばしてくるメイヴに対して呆れたようにため息を吐いて話は終わったとばかりに席を立とうとした時だった。
轟音が城内に鳴り響き渡ると廊下を忙しなくケルトの戦士や召使い達が駆け抜けて行く。
慌てて城の窓の外を見ると煙が上がっており、残っていた鷹の目の能力を使用すると何やら影のような獣や竜牙兵に似た者たちとケルト兵士たちが庭で交戦しているのを目視できた。
「なんなんだ、奴らは!」
「あ!待ちなさい、アーチャー!何が見えたの!?」
メイヴが思わず廊下へと掛けて行くアーチャーに声をかけるがアーチャーはその問いに答える事もなく、行ってしまった為にメイヴは呆れたようにため息を吐いて放っておこうと振り向くと、そこに狂王の姿は既に無かった。
■
煙が邪魔だったので、もっと見晴らしの良い場所でこの城に起きた事を確認しようとアーチャーは駆け出したのだが、すぐにアーチャーはクーフーリンに片腕で吊るされるように捕まっていた。
「何をする!離せ、バーサーカー!」
「お前こそ何を考えている」
「君には関係ない事だ!」
「お前は俺のマスターだ。付いて行く」
身体が子供になった事で沸点が低くなったのか、アーチャーはまともに抵抗する事が出来ず、また屈辱的な体勢で持ち上げられており怒りは募っていく。
しかしそんなアーチャーに動じる事はなく、怪しく艶やかに光る紅の瞳は真っ直ぐにアーチャーを見つめて譲る事はない。
そんな彼らしいとも感じられる強い意志をすぐに察したアーチャーはクーフーリンの手から脱出すると小さな身体で血が上がった頭を冷しながら説得を試みる。
「はぁ……私は自分の周りで何が起こっているのか確認しようとしているだけだ。付いて来る程じゃない」
「ならば言い方を変えよう。俺はお前の槍だ。その俺が付いて行くのがどおりだろう?」
「なっ!き、みはっ……!」
さも当然とばかりに言葉を伝えながらクーフーリンはアーチャーを部屋に来た時のようにアーチャーの尻に手を当てて支え、顔を覗き込む。
そんな彼なりの信頼を表したように言葉と美丈夫な顔で覗き込まれ、アーチャーは堪らず頬を染めて見惚れてしまう。
顔を赤くしたアーチャーに対してクーフーリンは不思議そうに首を傾げてくる。
「……ん?どうした?」
「い、いや……上に、行ってくれ」
「分かった」
どもりながらも命令を下すアーチャーに視線を寄越すが関心を示すような素振りは見せず、バーサーカーらしく力づくで天井を破壊すると屋根まで一気に飛び上がる。
「っう!このように上がるなら教えてくれ……」
「なんだ、舌でも噛んだか?」
「この身体では君の動きに耐えるのが少々堪えるだけだ……それよりも……」
不安定な足場な為か腕からは下ろされる事が無かったのでアーチャーは首や上半身を捻って庭などで行われている戦いを鷹の目で確認する。
やはり部屋の窓からも見た通り、月明かりの下、影のような獣や竜牙兵が何処からか湧いているのが見えた。
バラバラでいて観察してみると1箇所に向けて倒されながらも突き進む姿に思い当たる事を口に出していた。
「コイツらは聖杯の使用による弊害と考えるのが自然だが……」
「ふん、メイヴが捨てたマスターの可能性もなくはないがどの道、暇つぶしにはなるだろう」
「……全く物騒な話だな」
此処にきて初めて表情らしい顔を見せたかと思ったらニヤリと歯を見せて笑う姿は恐ろしい程に邪悪さを含んでいる。
しかしそんな言葉は口に出さず、アーチャーは何処か諦めたようにため息混じりにポツリと呟いた。
その後、暫く見ていた二人であったがクシュンと一つアーチャーがクシャミをした事でクーフーリンは、また無言で床へと降りた。
その頃には流石のアーチャーも怒る気力は沸かず、その逞しく頼りがいのある首元や胸にしがみついて着地に備える。
無事、舌も噛まずに着地を済ませると目的を達成した狂王は相変わらず興味が無さそうにアーチャーに次の指示を促してくる。
「アーチャー、だったか?これからどうする?」
「あ……その……私の真名はエミヤ、と言う」
「……それがどうした」
真名を告げてきたアーチャーに少し目を見開き、真意が理解できないのかアーチャーの顔を覗き込んでくる。
どうやら子供の姿であるアーチャーの表情は覗き込まなければ分かりづらいのだろう。
今度は照れる事もなく、覗き込んでくる瞳に真っ直ぐに見つめ返してアーチャーは真意を伝えた。
「君の名を知っているのに名乗らないのは不公平だろ、と思ったのだが不服だったか?」
「いや、好きに呼ぶから構わん。それに余分な考えは不要だ。お前は敵が誰なのかを指差せばそれでいい」
そんな言葉と共に屋根で見せた笑みを向けてくる狂王にゾクリと生理的な緊張感を身体が反応したが、アーチャーはそれを物ともせずに同意を込めて微笑み返した。
するとそんなアーチャーの態度がお気に召したのか、ブワリと大きな蜥蜴や恐竜を思わせる長い尾を一振り動かして、何を思ったのか狂王は空いていた手でアーチャーの手を取り、彼の小さくなった手のひらへと口付けた。
そんな突然の事に笑みは消えて慌てて問い詰めようとした。
したのだが部屋から、ひょっこりと顔を出したメイヴの声に遮られてしまった。
「ちょっ!?何を」
「クーちゃん!帰ってきたのね!アーチャーもおかえりなさい!」
「メイヴか…纏わりついてくるのだけは勘弁してほしいものだ…」
「っふ!」
「何がおかしい」
「いや、気にしないでくれ」
担がれてズルイ!と文句まで言って駆け寄ってくるメイヴに自分はついでか、と分かりやすい彼女に苦笑いしつつ隣なら渋い顔で予想外の反応があり、アーチャーはそんな彼の感情らしい所を見て、つい、だがしかし初めてクスリと笑った。
困惑したような態度の狂王の横顔に懐かしさを覚えながら、見つめてくる瞳に少し微笑み返した。
END