SSまとめ

それはなんて事はない。
とても平和な1日の一コマだったろう。
鍵が開いていたので誰か居るだろうと勝手知ったるとばかりにランサーは玄関の扉を開けて声をかける。
今日は珍しく大量に魚が釣れたのだが逃がすのも勿体無いし、1人では食べきれないのでお得意さんの衛宮邸に持ってきていた。
「邪魔するぜー今日は大量だから魚分けてやるよー」
ところが玄関は静まり返る。
これにはランサーも呆気にとられた。
もし誰も居ないのであれば無用心にも程がある。
しかしもう一度、声を張り上げて呼びかけると誰かが歩いて来る音が聞こえてきた。

「おーい!誰か居ねぇのかー!」
「騒々しいぞ、ランサー!」
何やらエプロンの端で手を拭きながら顰めっ面で思わぬ相手、腐れ縁の相手であるアーチャーが現れてランサーは思わず苦言の声をあげずにはいられない。
「ぁあ!?なんだよ、テメェしか居ねぇのかよ、アーチャー!」
「平日なのだから当然だ、たわけ」
何やらランサーから見れば、いつものすかした顔とは違い、不機嫌を全面に出したような表情のアーチャーに少々の疑問を持ちながらもランサーはバケツをアーチャーに押し付けると靴を脱いで屋敷へと入っていく。
すると不機嫌でありながらアーチャーも憎まれ口を叩きながらも追い返そうとはしないのだから人が良いと言えるだろう。

「なーなんか食えるもんねぇか?」
「もう少し堪えたら夕食なのだから待てば良いだろう」
「入れ食い状態で釣ってたら食うの忘れたんだよ」
「はぁ……暫し待て」
「お?なんかあんのか?」
ガタイの良い男同士で話すには少々世帯染みた内容を繰り広げながらランサーは魔力を最小限に抑えた為の空腹を訴える。
するとなんだかんだとランサーとは部類の違う世話焼きのアーチャーはランサーの質問の返事も返さず、キッチンへと消える。
そんなアーチャーに冷めてやがる、などと愚痴っていると暫くして何やら甘い香りが漂ってきたかと思うとアーチャーはホットケーキを2枚ほど焼いて、そこに生クリームを添えてランサーの前に出してきた。

「これで文句はないだろう」
「お!美味そうだなー!……いや、でもこの生クリームはどうした?」
「その、今日は夏至だろう……」
「……げし?」
「……いや、分からないのならば良い」
「なんだよ、意味ありげに黙りやがって……ま、貰えるもんは貰うけどな!」
「ふん、大人しくそうしていれば良いものを」
「お前の減らず口ほどじゃねぇよ」
短時間で出てきた生クリーム添えのホットケーキと夏至が分からない上に結びつかないランサーは疑問に思いながらも、食欲そそるホットケーキにフォークを刺して食べて行く。
ふんわりとした食感のホットケーキにつくづく料理は絶品だ、とアーチャーの料理の腕を改めて認めながら味わう。
すると紅茶を入れて傍へ置きながらアーチャーが夕食について尋ねてきた。

「夕食も食べて行くのだろう?」
「あ?あー家主が良いっつーならな」
アーチャーの言う通り、ランサーとしては夕食にありつきたい所だが家主の許可もなく長いする程、ランサーも厚かましくはなかった。
すると、そんなランサーに対してやはり嫌味たらしくアーチャーの口数は減らない。
「ふっ、君のような男でも常識は弁えているらしいな」
「ったく、相変わらず一言多いつーか女々しい男はこれだからヤダねー」
「ならば客なら客らしく畏まっていろ、ランサー」
「へいへい、可愛くねぇー奴」
自分の分の紅茶を啜り、ランサーの可愛げがないと言う台詞にどこ吹く風といった様子でアーチャーは紅茶を楽しんでいる。
そんな気にしないアーチャーにますます可愛くない、愛嬌がないと思いながらも、ランサーは甘いホットケーキと香りの良い紅茶に舌鼓をうった。

そうしてなんだかんだと穏やかな遅めの昼ご飯を終えて、のんびりと家主の士郎を待つ為にテレビを見ていた時だった。
遠くから複数のただいまーと言う声が響いたかと思うとバタバタと複数の歩く音が聞こえ、すぐに居間の障子は開かれて、士郎、セイバー、凛がそれぞれランサーへと声をかけてくる。
「あ、ランサー!来てたのか」
「おや、客はランサーでしたか」
「おう!邪魔してるぜ」
「今日はランサーを招こうと思ってたから丁度良かったわね」
「は?俺を?」
魚を譲った事を知らない筈なので訳が分からない。
しかしランサーの疑問はすぐに解ける事になる。
「今日は夏至って言うんだけどね?確かクーフーリン、つまりランサーの誕生日がその辺りよねって話になった事があったのよ」
「それを聞いた藤ねぇが"お世話になってるから祝いましょ!"って騒いじゃってさ」
「なので大河やイリヤスフィールがお酒を、桜とライダーがプレゼントを、士郎や凛、アーチャーが料理などを準備する事になったのです」
「本当は秘密にして驚かせようとしたけど先に家にいられちゃあ無理だからネタばらしよ」
次々と楽しそうに告げられる自分の誕生日会の計画に流石のランサーも飲んでいた紅茶をゴクリと音を立てて大きく飲み込み、目を丸くする。
だからアーチャーも夏至だ、なんだと気にしていたと言うのだろうか。
「マジかよ!いや、待て待て!あのアーチャーもか?」
「え?えぇ、凛や大河の提案で料理はアーチャーを中心に行いますよ?」
「マジか……」
一瞬、ランサーは頭が真っ白になった。
そしてすぐにアーチャーが洗い物の為に居たキッチンを見たが、思い返すといつの間にかアーチャーは洗濯物を取り込むと言って出て行っていた。

アーチャーを逃がしてしまった。

そう考えているとランサーは、思わず席を立っていた。
士郎やセイバーは不思議そうにしているがマスターである凛だけは悪戯っ子のような笑顔なのだからランサーの考えている通りなのだと痛感する。
「ランサー?どうしたのですか?」
「ちょい席外すから準備できたら呼んでくらや」
「え、えぇ、分かりました」

何処か驚くセイバーに早口で返答をするとランサーは大股で屋敷を歩き回ろうと思っていた。

アーチャーを捕まえて話をしないと気が済まない。
可愛げどころか中々、意地らしい所があるではないか。
そう思うと思わず頬が緩むのを自制しきれない。
そんな事を考えていると意外と早くアーチャーは見つかった。
どうやら洗濯物を畳み終えて、庭先を見ているが、ランサーには気付いている筈だ。

「あのホットケーキは誕生日プレゼントのつもりか?アーチャー」
「なんだ、藪から棒に」
「坊主や嬢ちゃんから聞いちまった。祝ってくれるんだろ?俺を」
「そこまで分かっているなら、せいぜい大人しく祝われていろ、ランサー」
相変わらず口は変わらぬ憎まれ口であったがランサーの視界に入る横顔の頬と耳は小麦色の褐色肌でも分かりやすい程、赤くなっていた。
ランサーはその姿で気分が上がっていくのを自覚してかける言葉は思い浮かばなかったが堪らず、夕日で輝くオレンジ色の銀髪を豪快に撫でると引き寄せて、可哀想になるくらい赤い耳元へと言葉を告げる。

「そう言わずちょっと位は俺に良い思いさせてくれや、アーチャー」

END
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