SSまとめ
季節は夏も終盤となり、秋を迎えて寒々しい冬の支度をせんと涼しい風が吹き抜ける頃。
まだ汗を流させる程の熱さを残す太陽の光の下、大の男二人が車から降りると駐車場から仲良く口喧嘩を繰り広げながら一つのアパートの階段を上がって行く。
「今日はかなり車を綺麗に停められただろ?褒めて良いんだぞー」
「自画自賛かね?そもそも免許を持たん私に聞くな」
「んだよ、車を上手く運転できる事はいい男の条件の一つだろうが」
「車検が嫌だから私には不要だ。あ、そうだ!ランサー。君の車検そろそろじゃないのか?」
「コノヤロウ!てめぇ、アーチャー!嫌な事を思い出させるんじゃねぇ!」
フフン、と様になっている心持ち嫌な微笑を向けてくるアーチャーと呼ばれた雪の輝きのような銀髪と暖かな大地を連想させる褐色肌の男に
爽やかな夏の青空を思わせる美しい青髪を惜しげもなく髪留めでまとめて背中に流しているランサーと呼ばれた色白の男が苦い物を口にしたように舌を出す。
彼らはいずれも立派な酒を飲む事を許されて会社に働き、社会に貢献する社会人だ。
だが彼らの縁は、そんな物ではなく遡る事、約13年前つまり9歳の頃、小学生3年生の頃からの因縁になる。
だが当の本人たちは気付いたら隣に居るのが当たり前なので気にした事も無いようだ。
そんな小競り合いを繰り広げながらランサーの借りる一室へと勝手知ったるとばかりにアーチャーも靴を脱いで、家主に続くと冷蔵庫を開けて買ってきた物を入れていく。
「とりあえずビールを一つ飲むだろう?」
「応!お前も呑んだらどうだ?」
「調理をするから後で貰う事にする」
「あ、そっか。火を使うから酔うわけにはいかねぇわな」
「そういう事だ」
アーチャーからビールを受け取りながらランサーは、1人の時には雑にしか使用しないキッチンをアーチャーに任せて机の前に早々に座るとビールをあおる。
今日は二人とも休日でアーチャーが泊まる予定となり、もう外に出掛ける用事もないので躊躇なくビールを飲む事が出来る。
そんな単純だが嬉しい事実とアーチャーの美味い食事にありつけると言う事に、自然とランサーは微笑んでアーチャーを見る。
ランサーの視線には気付いていないのか、気にしていないのか分からないが、いつの間に準備していたのかアーチャーはエプロンを着用すると、トントンカチャカチャと調理器具を奏でている。
そんな無駄の無いアーチャーの動きにランサーは、これが男じゃなくて女の子で果てには彼女だったらなぁ、と思わずにはいれない。
無論、ランサーに彼女が居なかった訳ではないのだが運が無いのか、女難の相があるのか、はたまた両方なのか。
ランサーは彼女が出来ても長続きした事がなかった。
何しろランサー好みの女性は居るのだが、人生の師匠であったり、彼氏持ちであったり、性格に難があったり、そもそも相手にして貰えなかったりと散々でなのだ。
だが幸いにも友人関係で苦労した事は無く、可愛い後輩や豪傑で清々しい男友達ばかりと友好に過ごせていた。
ただ目の前でエプロンのリボンを踊らせている男の事を除けば。
「っランサー!エプロンを解くな!」
「んー?結び直してやってるだけだろ?」
「要らぬ事をするな、と言ってるんだ。たわけ!」
「ヒラヒラ気になるんだよ」
「君は猫さんかね!あぁ、犬でも動く物は好きだったかな?」
「動物から離れろや!ところで今日の飯、なんだ?」
「む?ハンバーグとマカロニサラダとスープにしようと思うが……スープはコーンかコンソメか迷っている。希望はあるか?」
「コーンスープ」
「了解した……って、貴様!サラダを摘むな!」
「いっっって!!!」
じゃれついてくるランサーにハンバーグのタネを捏ねているからと足蹴りをお見舞いしながらアーチャーは、調理に手を抜かない。
不器用な性格のくせに器用な男だと矛盾した事を考えながらランサーはアーチャーの足蹴りを受けつつ、サラダを摘む手を緩めない。
塩胡椒の良き塩梅、玉子とマヨネーズの強烈な旨みに混ざるアッサリと爽やかなキュウリや玉子の白身、そして本命のマカロニの食感が腹を空かせた身としては止まらないのだ。
何より好物の酒と合わせると、この世の祝福を受けたかのように錯覚すら覚えると言うのに摘み食いなど止められる筈がない。
それにランサー自身は気付いているか定かではないが、なんだかんだと対等に口喧嘩の出来る貴重な友人とのじゃれあいは他の誰でもないアーチャーとするのが楽しく、他の誰かでは意味が無い事なのだ。
そしてそんなランサーに文句を言いながらも本気で殴ったりしないアーチャーも同じような気持ちであるのだが、二人してそんな事実を改めて確認できる程、素直な性格はしていなかった。
「ほら!君の携帯が鳴っているぞ?さっさと出たらどうなんだ!」
「あーはいはい!分かってるって」
離れていくランサーに親の仇のように足蹴りで追い払ってくるアーチャーに、知り合いが見たら驚きそうな貴重な姿を見ているとは気付いていないランサーは渋々、携帯を見ると着信であった。
しかも登録されている"長男"の文字に苦虫を噛み潰したような表情をしながらも電話に出る。
すると長男はランサーと似たような、幾分、落ち着きのある低い声を不機嫌そうにさせて開幕すぐに文句をランサーにぶつけてきた
『遅い!』
「割とすぐに出ただろ?文句言うなよ、キャスター」
『ふふん、そんな事を言っていのか?折角、俺が美味い酒をお前にも分けてやろうと思って連絡してやったのに』
「何言ってんだよ。どうせ、店の余り物だろうが」
ランサーの言う店の余り物とは、ランサーの兄でキャスターが己の恋人と経営する食事も出来るbarの事だ。
賞味期限が切れかかり、どうしても廃棄しなくてはならない酒が出てくると、いつも気まぐれにランサーに渡してくるのだ。
流石のランサーも身内からの貰い物とはいえ義理が立たないと言う事でbarに来店して驚いた事がある。
キャスターの恋人でアーチャーの兄でもあるシキと言う男の料理は、それはそれは絶品なのだ。
ランサー好みの味付けはアーチャーではあるのだが、それでもbarのクオリティではなく高級レストランではないだろうかと見栄えの美しさに度肝を抜かれ、兄のドヤ顔が腹立たしかったのは記憶に新しい。
病による左目のハンディキャップを物ともせずにアーチャーによく似ているが少しくすんでいる銀髪を無造作にして、アーチャーよりは筋肉の無い腕でコップを静かに磨いていた男は、初対面の時に見せた無気力で人形のような面影は無く、嬉しそうに微笑んでいた姿にランサーは何処か人間味を感じて安心したものだ。
『それでも美味いんだから文句言うな。それじゃあお前の家にあと少しで付くからな、あ!つまみは安心しろ、俺達は食って来たがシキが居るからお前の飯も作ってくれるだろう』
「は!?ちょっと待て!今からかよ!」
『当たり前だろうが。せいぜい部屋の掃除しとけ!じゃあな』
一方的に切られた印のようにツーッツーッと言う音にすら苛立ちを覚えながら切って、ベッドへと投げ捨てると慌ててアーチャーの所へと向かう事にする。
流石に泊まるアーチャーに伝えない訳にはいかないし、キャスターに文句を言われる筋合いはない。
何故なら彼が一方的に電話は切ったのだから。
キッチンを覗くとアーチャーはハンバーグを蒸し焼きにしている所で真剣な眼差しをフライパンへと向けている。
本来ならば、そんなアーチャーには手酷い返しをされた事があるので、ちょっかいは少ししかしないのだが伝えない訳にもいかない。
「あ、アーチャー……」
「……ん?どうしたらランサー?何やら深刻そうだな」
「兄貴が来る」
「…………は?」
「キャスターがシキを連れて来るらしい……」
「は!?何!?君、そんな事は一言も……もしや先程の電話がキャスターさんか?」
「あーすまん、そういう事だ」
断る前に切りやがった、と我ながら言い訳がましい事を言っていると思いながらも後ろ髪をかいて申し訳なさそうにアーチャーに謝った。
アーチャーと言えば、やはり驚いたのか目を見開いて幾分いつもよりも幼い顔を向けてくるが、穏やかに微笑むように口を緩ませるとと仕方ないな、と笑う。
「来るものは仕方あるまい。二人とも食事はどうするのだ?」
「確か食って来てるみたいだった。だから気にせず食っちまおうぜ」
「ふむ、そうか……しかしシキか、君の前で一緒に居る事になるのは初めてだったかな?」
「ん?そういやそうだな、なんかあるのか?」
「少しな……君の事だから苦笑いで流してくれるとは思うが文句ならシキに言ってくれ」
「は?それはどういう」ピンポーン
事なんだよ、と続けようとしてタイミング良く呼び鈴が鳴ったので、何処か沈んだような雰囲気のアーチャーに仲が悪いのか?と思いながら覗き穴からキャスターとシキを確認して出迎えてやる。
ドアを開けるとキャスターは早々に両手の内の片方の酒の入った袋をランサーに押し付けると遠慮なく上がり込んでくる。
そんなキャスターに遠慮しろや!と怒鳴りながらランサーの招きを待つように動かないシキに会釈するとシキも会釈を返してきたので、ランサーは改めて何故、こんなに出来た男がキャスターと付き合っているのか不思議な気持ちになった。
そんな気を抜いているとランサーの背後で笑い声が聞こえてきたのでアーチャーにキャスターが気付いたらしいと思っているとシキが驚いたような表情になり、ランサーがどうしたのかと尋ねる前にシキはランサーの横を素早く通り抜けて、中へと入って行ってしまった。
そんな先程とは様子の違うシキに驚いて慌てて戸締りをしてキッチンに行くとランサーはアーチャーの様子に納得する事が出来た。
何故なら赤い顔を照れからか苦しいからか分からないが困惑したような表情のアーチャーをへし折らんばかりにシキが満面の笑顔で溺愛する猫に頬摺りするように忙しなく頬にキスを送りながら抱き締めていたのだから。
「あぁ、キャスターに送って貰えるだけじゃなくてアーチャーにまで会えるなんて今日はなんて良い日なんだ!会いたかったぞ!アーチャー!」
「し、シキ!苦しいから離してくれ!」
「もう少しだけ良いじゃないか!久しぶりに会うんだよ?」
「何言ってるだ!一昨日、屋敷に顔を出したじゃないか!」
「もう一昨日の間違いだろ?私は毎日でも顔が見たいと言うのに……やはりお前に一人暮らしをさせるんじゃなかったなぁ」
「実家は楽だけど、いつまでも頼りにする訳にも行かない」
「なら私を頼ってくれれば良いのに……」
「それも嫌だと散々言っただろう!!!」
かなり嫌がるアーチャーにへこたれぬシキの数少ない面識の中でも全く見た事のない様子に驚いたが、ランサーはアーチャーの暗さにも納得してしまった。
もしキャスターが同じような態度だったならばランサーは今は留置所送りにされていそうだと血生臭くさり気なく酷い事を考えながら出来上がっている料理の品々をテーブルへと運ぶ事で、この異様な空間からランサーは脱出する事にした。
キャスターと言えばケラケラと楽しげに笑って携帯で写真を撮っているので後で写真を送って貰おうか、などと考えながら3人に話しかける。
「こんなに酒もあるし、キャスター飲もうぜ。アーチャーとシキは大量のつまみ頼むわ」
「おい、ランサー!その前に私と君は食事が先だろう!」
「あーはいはい、お前はシキの腕から出てから言えな、アーチャー」
「む!ランサー君と言えどアーチャーは渡せないぞ!」
「シキは黙っていてくれ!!!!!」
「お、ランサー一丁前に焼きもちとはまだまだ青臭さが抜けてねぇなぁ」
「なんでそうなる!あー疲れる!アンタだけもう帰れよ!酒を置いて帰れ!!!そのコップ俺の愛用品だ!クソが!!!」
などと実の兄に翻弄されるランサーとアーチャーは密かな楽しみを兄たちに邪魔されながらも美味なる酒と料理をなんだかんだと楽しんだ。
心の中で、次は静かに二人で過ごしたいと互いにと思いながら。
END
まだ汗を流させる程の熱さを残す太陽の光の下、大の男二人が車から降りると駐車場から仲良く口喧嘩を繰り広げながら一つのアパートの階段を上がって行く。
「今日はかなり車を綺麗に停められただろ?褒めて良いんだぞー」
「自画自賛かね?そもそも免許を持たん私に聞くな」
「んだよ、車を上手く運転できる事はいい男の条件の一つだろうが」
「車検が嫌だから私には不要だ。あ、そうだ!ランサー。君の車検そろそろじゃないのか?」
「コノヤロウ!てめぇ、アーチャー!嫌な事を思い出させるんじゃねぇ!」
フフン、と様になっている心持ち嫌な微笑を向けてくるアーチャーと呼ばれた雪の輝きのような銀髪と暖かな大地を連想させる褐色肌の男に
爽やかな夏の青空を思わせる美しい青髪を惜しげもなく髪留めでまとめて背中に流しているランサーと呼ばれた色白の男が苦い物を口にしたように舌を出す。
彼らはいずれも立派な酒を飲む事を許されて会社に働き、社会に貢献する社会人だ。
だが彼らの縁は、そんな物ではなく遡る事、約13年前つまり9歳の頃、小学生3年生の頃からの因縁になる。
だが当の本人たちは気付いたら隣に居るのが当たり前なので気にした事も無いようだ。
そんな小競り合いを繰り広げながらランサーの借りる一室へと勝手知ったるとばかりにアーチャーも靴を脱いで、家主に続くと冷蔵庫を開けて買ってきた物を入れていく。
「とりあえずビールを一つ飲むだろう?」
「応!お前も呑んだらどうだ?」
「調理をするから後で貰う事にする」
「あ、そっか。火を使うから酔うわけにはいかねぇわな」
「そういう事だ」
アーチャーからビールを受け取りながらランサーは、1人の時には雑にしか使用しないキッチンをアーチャーに任せて机の前に早々に座るとビールをあおる。
今日は二人とも休日でアーチャーが泊まる予定となり、もう外に出掛ける用事もないので躊躇なくビールを飲む事が出来る。
そんな単純だが嬉しい事実とアーチャーの美味い食事にありつけると言う事に、自然とランサーは微笑んでアーチャーを見る。
ランサーの視線には気付いていないのか、気にしていないのか分からないが、いつの間に準備していたのかアーチャーはエプロンを着用すると、トントンカチャカチャと調理器具を奏でている。
そんな無駄の無いアーチャーの動きにランサーは、これが男じゃなくて女の子で果てには彼女だったらなぁ、と思わずにはいれない。
無論、ランサーに彼女が居なかった訳ではないのだが運が無いのか、女難の相があるのか、はたまた両方なのか。
ランサーは彼女が出来ても長続きした事がなかった。
何しろランサー好みの女性は居るのだが、人生の師匠であったり、彼氏持ちであったり、性格に難があったり、そもそも相手にして貰えなかったりと散々でなのだ。
だが幸いにも友人関係で苦労した事は無く、可愛い後輩や豪傑で清々しい男友達ばかりと友好に過ごせていた。
ただ目の前でエプロンのリボンを踊らせている男の事を除けば。
「っランサー!エプロンを解くな!」
「んー?結び直してやってるだけだろ?」
「要らぬ事をするな、と言ってるんだ。たわけ!」
「ヒラヒラ気になるんだよ」
「君は猫さんかね!あぁ、犬でも動く物は好きだったかな?」
「動物から離れろや!ところで今日の飯、なんだ?」
「む?ハンバーグとマカロニサラダとスープにしようと思うが……スープはコーンかコンソメか迷っている。希望はあるか?」
「コーンスープ」
「了解した……って、貴様!サラダを摘むな!」
「いっっって!!!」
じゃれついてくるランサーにハンバーグのタネを捏ねているからと足蹴りをお見舞いしながらアーチャーは、調理に手を抜かない。
不器用な性格のくせに器用な男だと矛盾した事を考えながらランサーはアーチャーの足蹴りを受けつつ、サラダを摘む手を緩めない。
塩胡椒の良き塩梅、玉子とマヨネーズの強烈な旨みに混ざるアッサリと爽やかなキュウリや玉子の白身、そして本命のマカロニの食感が腹を空かせた身としては止まらないのだ。
何より好物の酒と合わせると、この世の祝福を受けたかのように錯覚すら覚えると言うのに摘み食いなど止められる筈がない。
それにランサー自身は気付いているか定かではないが、なんだかんだと対等に口喧嘩の出来る貴重な友人とのじゃれあいは他の誰でもないアーチャーとするのが楽しく、他の誰かでは意味が無い事なのだ。
そしてそんなランサーに文句を言いながらも本気で殴ったりしないアーチャーも同じような気持ちであるのだが、二人してそんな事実を改めて確認できる程、素直な性格はしていなかった。
「ほら!君の携帯が鳴っているぞ?さっさと出たらどうなんだ!」
「あーはいはい!分かってるって」
離れていくランサーに親の仇のように足蹴りで追い払ってくるアーチャーに、知り合いが見たら驚きそうな貴重な姿を見ているとは気付いていないランサーは渋々、携帯を見ると着信であった。
しかも登録されている"長男"の文字に苦虫を噛み潰したような表情をしながらも電話に出る。
すると長男はランサーと似たような、幾分、落ち着きのある低い声を不機嫌そうにさせて開幕すぐに文句をランサーにぶつけてきた
『遅い!』
「割とすぐに出ただろ?文句言うなよ、キャスター」
『ふふん、そんな事を言っていのか?折角、俺が美味い酒をお前にも分けてやろうと思って連絡してやったのに』
「何言ってんだよ。どうせ、店の余り物だろうが」
ランサーの言う店の余り物とは、ランサーの兄でキャスターが己の恋人と経営する食事も出来るbarの事だ。
賞味期限が切れかかり、どうしても廃棄しなくてはならない酒が出てくると、いつも気まぐれにランサーに渡してくるのだ。
流石のランサーも身内からの貰い物とはいえ義理が立たないと言う事でbarに来店して驚いた事がある。
キャスターの恋人でアーチャーの兄でもあるシキと言う男の料理は、それはそれは絶品なのだ。
ランサー好みの味付けはアーチャーではあるのだが、それでもbarのクオリティではなく高級レストランではないだろうかと見栄えの美しさに度肝を抜かれ、兄のドヤ顔が腹立たしかったのは記憶に新しい。
病による左目のハンディキャップを物ともせずにアーチャーによく似ているが少しくすんでいる銀髪を無造作にして、アーチャーよりは筋肉の無い腕でコップを静かに磨いていた男は、初対面の時に見せた無気力で人形のような面影は無く、嬉しそうに微笑んでいた姿にランサーは何処か人間味を感じて安心したものだ。
『それでも美味いんだから文句言うな。それじゃあお前の家にあと少しで付くからな、あ!つまみは安心しろ、俺達は食って来たがシキが居るからお前の飯も作ってくれるだろう』
「は!?ちょっと待て!今からかよ!」
『当たり前だろうが。せいぜい部屋の掃除しとけ!じゃあな』
一方的に切られた印のようにツーッツーッと言う音にすら苛立ちを覚えながら切って、ベッドへと投げ捨てると慌ててアーチャーの所へと向かう事にする。
流石に泊まるアーチャーに伝えない訳にはいかないし、キャスターに文句を言われる筋合いはない。
何故なら彼が一方的に電話は切ったのだから。
キッチンを覗くとアーチャーはハンバーグを蒸し焼きにしている所で真剣な眼差しをフライパンへと向けている。
本来ならば、そんなアーチャーには手酷い返しをされた事があるので、ちょっかいは少ししかしないのだが伝えない訳にもいかない。
「あ、アーチャー……」
「……ん?どうしたらランサー?何やら深刻そうだな」
「兄貴が来る」
「…………は?」
「キャスターがシキを連れて来るらしい……」
「は!?何!?君、そんな事は一言も……もしや先程の電話がキャスターさんか?」
「あーすまん、そういう事だ」
断る前に切りやがった、と我ながら言い訳がましい事を言っていると思いながらも後ろ髪をかいて申し訳なさそうにアーチャーに謝った。
アーチャーと言えば、やはり驚いたのか目を見開いて幾分いつもよりも幼い顔を向けてくるが、穏やかに微笑むように口を緩ませるとと仕方ないな、と笑う。
「来るものは仕方あるまい。二人とも食事はどうするのだ?」
「確か食って来てるみたいだった。だから気にせず食っちまおうぜ」
「ふむ、そうか……しかしシキか、君の前で一緒に居る事になるのは初めてだったかな?」
「ん?そういやそうだな、なんかあるのか?」
「少しな……君の事だから苦笑いで流してくれるとは思うが文句ならシキに言ってくれ」
「は?それはどういう」ピンポーン
事なんだよ、と続けようとしてタイミング良く呼び鈴が鳴ったので、何処か沈んだような雰囲気のアーチャーに仲が悪いのか?と思いながら覗き穴からキャスターとシキを確認して出迎えてやる。
ドアを開けるとキャスターは早々に両手の内の片方の酒の入った袋をランサーに押し付けると遠慮なく上がり込んでくる。
そんなキャスターに遠慮しろや!と怒鳴りながらランサーの招きを待つように動かないシキに会釈するとシキも会釈を返してきたので、ランサーは改めて何故、こんなに出来た男がキャスターと付き合っているのか不思議な気持ちになった。
そんな気を抜いているとランサーの背後で笑い声が聞こえてきたのでアーチャーにキャスターが気付いたらしいと思っているとシキが驚いたような表情になり、ランサーがどうしたのかと尋ねる前にシキはランサーの横を素早く通り抜けて、中へと入って行ってしまった。
そんな先程とは様子の違うシキに驚いて慌てて戸締りをしてキッチンに行くとランサーはアーチャーの様子に納得する事が出来た。
何故なら赤い顔を照れからか苦しいからか分からないが困惑したような表情のアーチャーをへし折らんばかりにシキが満面の笑顔で溺愛する猫に頬摺りするように忙しなく頬にキスを送りながら抱き締めていたのだから。
「あぁ、キャスターに送って貰えるだけじゃなくてアーチャーにまで会えるなんて今日はなんて良い日なんだ!会いたかったぞ!アーチャー!」
「し、シキ!苦しいから離してくれ!」
「もう少しだけ良いじゃないか!久しぶりに会うんだよ?」
「何言ってるだ!一昨日、屋敷に顔を出したじゃないか!」
「もう一昨日の間違いだろ?私は毎日でも顔が見たいと言うのに……やはりお前に一人暮らしをさせるんじゃなかったなぁ」
「実家は楽だけど、いつまでも頼りにする訳にも行かない」
「なら私を頼ってくれれば良いのに……」
「それも嫌だと散々言っただろう!!!」
かなり嫌がるアーチャーにへこたれぬシキの数少ない面識の中でも全く見た事のない様子に驚いたが、ランサーはアーチャーの暗さにも納得してしまった。
もしキャスターが同じような態度だったならばランサーは今は留置所送りにされていそうだと血生臭くさり気なく酷い事を考えながら出来上がっている料理の品々をテーブルへと運ぶ事で、この異様な空間からランサーは脱出する事にした。
キャスターと言えばケラケラと楽しげに笑って携帯で写真を撮っているので後で写真を送って貰おうか、などと考えながら3人に話しかける。
「こんなに酒もあるし、キャスター飲もうぜ。アーチャーとシキは大量のつまみ頼むわ」
「おい、ランサー!その前に私と君は食事が先だろう!」
「あーはいはい、お前はシキの腕から出てから言えな、アーチャー」
「む!ランサー君と言えどアーチャーは渡せないぞ!」
「シキは黙っていてくれ!!!!!」
「お、ランサー一丁前に焼きもちとはまだまだ青臭さが抜けてねぇなぁ」
「なんでそうなる!あー疲れる!アンタだけもう帰れよ!酒を置いて帰れ!!!そのコップ俺の愛用品だ!クソが!!!」
などと実の兄に翻弄されるランサーとアーチャーは密かな楽しみを兄たちに邪魔されながらも美味なる酒と料理をなんだかんだと楽しんだ。
心の中で、次は静かに二人で過ごしたいと互いにと思いながら。
END