ニャンコ系エミヤ
「あ?なんだお前」
「にゃおん」
今日はバイトも無く大学から早く帰宅する事が出来たので青年、クーフーリン。
通称ランサーは、早めの入浴でもしようかと浮き足立つ足取りで家に帰ると、扉の前に一匹の黒猫が座り込んでいた。
猫は耳と手足は白かったがそれ以外は黒く、ボサボサとしており見るからに野良猫であった。
そんな野良猫がどうしてピンポイントに自分の扉の前に居るのだと頭を抱えたくなった時だった。
猫はじっとランサーを見たかと思うと、のそりと尻尾を揺らして扉の前から退いた。
荒事にしたくなかったランサーとしてはホッと胸を撫で下ろしながら、途中買い物をしてきた為にレジ袋と格闘しながら鍵を取り出して、ようやく愛しの我が家へと帰宅する。
「はぁ、まずは風呂かねー風呂焚くのめんどくせぇー」
「にゃにゃ」
「はぇっ!!?」
ドサリと腕を塞ぐレジ袋や鞄を廊下に下ろしながら汗でベタつく首筋をかいていると、予期せぬ声が聞こえてきた。
猫の声である。
ランサーが借りているアパートはペット可のワンルームでありながら安値の物件である。
それもこれも駅などの交通の便から遠い為にランサー自身、金のかからない自転車を利用している。
しかしランサーは動物は嫌いではないが余裕がある訳ではないのでペットは飼っていないのだ。
にも関わらず、それはそれは可愛らしい猫の鳴き声が足元から聞こえてきた。
咄嗟に見ると先程、立ち去ったと思っていた黒猫がそこに座っていた。
「ちょ!?テメェいつの間に入ってきやがった!」
「にゃー」
「此処はお前の家じゃねぇぞ!ほら、出てけ」
「にゃおん」
「…………はぁ、もう好きにしろ、もう」
可愛らしい甘えたような独特の猫の声を上げるものの座っている位置から動く事はなく、ランサーが実力行使だとばかりに捕まえようとしても上手く玄関先で逃げ回り出ていこうとしない。
このあまりの頑固さとすばしっこさに学校で疲れていたランサーは溜息を1つ零すと風呂に湯を張る為に猫を放っておいた。
それからはランサーは忙しい。
湯を張っている間に自分の夕飯の面倒も見なければならないのだ。
バイトをしているとはいえ節約に越した事はないので安く簡単に出来る焼きそばを作る。
しかし体格も良く高校を卒業し大学に入って2年が経っていてもランサーはまだまだ食べ盛りであり、つまみ食いは止められない。
なのでつまみ食いをしながら焼きそばを完成させて食べても、すぐに完食して次はもっと簡単な野菜炒めでも食べようか?などと考えている間に風呂が湯を張れた事を音が告げる。
そこで初めて気付いた。
玄関先で猫が犬のように行儀良く座り込んでいた事に。
「え……お前、ずっとそこに居たのか?」
「……にゃおん」
「あー玄関開けてねぇもんな……なんか食うか?」
「にゃにゃ」
ランサーは身を屈めて猫を驚かせないようにと注意しながら手を差し出すと、猫はそんな気遣いに気付いているかのように返事のような鳴き声をあげて、差し出されたランサーの手をひと舐めした。
そのくすぐったさに背筋にビリリと見知った刺激が流れたが見知らぬフリをすると、ランサーはそっと猫を抱き上げて、一緒に出来立ての風呂へと入る事にした。
結果はランサーにとって意外なものだった。
猫とは水が嫌いなものだが、濡れタオルで拭くのが良かったのか性格が良いのか、猫は暴れることもなく。
むしろ気持ち良さそうに目を細めてランサーに大人しく洗われていた。
「お前、変わってんなぁ」
「ふにゃぁ」
「はは、気持ちが良いってか?」
「にゃおん」
「お?当たってるのか?」
「にゃ」
独り言に近い筈なのに何か喋る度に猫もにゃあにゃあと愛らしい声を上げて、尻尾をピンと立てている。
後輩のディルムッドも猫を飼っており、顔を合わせる度に親バカを披露しているが今ならば少し気持ちも分かるかもしれないと楽しい気分なのを認めて猫を洗い上げる。
「よし、完成」
「ふにゃにゃ」
「あー今度は俺が身体を洗う番だから隅っこにでも居ろ」
「にゃおん」
ペロペロと清められた身体を確認するように身体を舐める猫の頭を軽く撫でてやった後、今度は自分の身体を洗い始める。
猫を洗うのは大した事ではないが人間のサイズともなると光熱費や水道代も貧乏学生だと気にするのだ。
故にいつもランサーは身体から洗い、最後に頭を洗って一気に湯を浴びる方法をとっていた。
が暴れられてはいけないと懸念して猫を出さなかった事で失敗した。
身体を洗い始めて暫くして猫がランサーの足を舐め始めたのだ。
「ちょっ!?おいこら!くすぐってぇよ!」
「にゃにゃ」
「ったく、ボディーソープは口に入ってないよな?」
慌てて舐める猫を拾い上げ、口の中を確認するように自分の顔の位置まで猫を持ち上げて近付く。
一瞬、引っかかれる事も考えたが猫は大人しかったので油断したのだ。
猫との距離が縮まり、猫の口と鼻先が唇に当たったと感じた次の瞬間、何が起こったのか理解する事なく湯気が増えた。
否、湯気ではなく煙が目の前に充満したのだ。
すると目の前には愛らしい猫などではなく、筋肉隆々の褐色と柔らかそうな銀色の髪と蕩けそうな銀色の瞳の青年が"全裸で"ランサーの足の間に座り込んでいた。
「へ?な!!?うぎゃぁぁぁぁぁ!!?」
「やっと人の姿になれた…ありがとう、君には感謝をs」
「ちょっ!?おまっ!はっ???あ!猫は!?」
「あ……その、申し訳ないが、あの猫は私なのだが」
「まっっじで!!?」
目の前に現れた筋肉隆々のイケメンが話す言葉に困惑しながらも自分が全裸である事を思い出したランサーは慌てて身体を洗っていたタオルで下半身を隠す。
褐色のイケメンといえば、足を立てた体育座りでランサーの股の間に座り込んでいる。
たとえ普通の風呂場でも高身長で筋肉隆々の男性2人が居ると窮屈感が拭えず、とりあえずランサーはイケメンに後ろを向くように言うと身体を洗ってしまう事にした。
いつも通り頭まで洗い終えて湯で洗い流し終えた後、窮屈なので嫌でも足の間に座り込んでいる男の項と耳元が赤く染まっている事に気付いた。
それも男が顔を膝に埋めているせいもあったのだろう。
「あーどうした?」
「す、すまない…その、鏡で見えてしまっていたもので…」
「あ!……あーそっか、なんかすまん」
何故、赤らめているのか変な汗が流れるのを感じながらもランサーはあくまでもいつも通りにしようと湯船に身体を沈めていく。
そこでふっと体育座りで顔を埋めた姿のままである男は寒くないのかと思い、気まずさを飲み込んでランサーは意を決して声をかけた。
「……なぁ、てめぇ寒くないのか?」
「……寒い、けれど」
「……また猫の姿にはなれるのか?」
「…………それは難しい」
「あー……そうなのか」
猫の姿になれば桶にでもお湯を分けてやれてちょっとしたお風呂に入れてやれるのだが、身を縮こませている男の言う通りならば猫の姿にはなれず、寒い思いをすると言う事になる。
暫しランサーはお湯に口元まで沈めてプクプクと泡を吹いてボーッとしていたかと思ったら、よしっ!と言う掛け声と共に申し訳なさそうに身体を丸くさせている褐色の男の腕を掴む。
「狭いけどお前も湯船に入っちまえよ、ほら、来い」
「え!?ちょっ!何を言って!?って強い!」
ぐっと抵抗してくる力は感じたがランサーはアッサリと男を捕まえると無理矢理に湯船へと沈めていく。
ランサー自身も見た目の割には簡単に捕まったし引き寄せられたなぁと不思議そうにしながら容赦なく、褐色の男を引き寄せた。
その腕は冷えてきており、やはり入れて正解だと満足そうに頷いていると褐色の男は不満そうにランサーを見ていた。
「君は…見ず知らずの男と入浴するのかね?まぁ、大勢で風呂に入るのは聞いた事があるが……こんなにも密着するものなのか?」
「あ?銭湯とか温泉の事か?いや、まぁ、確かにこんなに密着しねぇけど」
「ならば君は随分と不用心なのだな、同性とはいえこんなにも密着するような状況へ持っていくなど気が触れているのかね?」
「テメェが寒がってたから気を使ってやったんだろうが!つか……まぁ、全裸を見られたからな……今更だと思い直した」
「…………たわけ」
「んだとー!?」
窮屈である筈なのに嫌な気分は湧いてこず、むしろ楽しいとすら思えると思いながらランサーはアーチャーの頭を撫でたり頬をつついたりして遊ぶ。
半分好奇心だが、もう半分は確認でもあった。
本当に猫が人の姿になってしまったのだという信じ難い事実を確認する為に。
さていい加減に出ようという事になり、風呂から上がると褐色の男はランサーが渡したバスタオルでくるまると、また体育座りをしてしまった。
ランサーは自分の着替えを手早く済ませるとすぐに合点がいって、慌てて箪笥を漁った。
元は猫なのだから男に服は無いのだ。
とりあえず誕生日プレゼントだと渡されたがサイズを間違えられてデカくて使っていなかった黒いパジャマと、面倒で袋から出していなかった新しい下着を持って男に渡す。
「あ……ありがとう」
「別に、着てねぇから気にすんな。えっとお前は一応は猫って事で良いんだな?」
「正確には君らの世界で言う魔物であり、種族が猫だ」
「あーパンツの履き方とか分かるか?」
「君の着替えを見ていたので多分」
「……あっそう」
着替えを見ていたと言う男に何やら引っかかる物を感じつつもランサーは腹が中途半端に満たされていて、また自分が夕飯を追加しようとしていた事を思い出して廊下と一体になっている台所に立つ。
するとどうしたら良いのか迷っているらしく、どこか困った様子で男はランサーに付いてきながら小言をこぼす。
「髪を拭いた方が良いのではないのか?」
「あ?いいんだよ、面倒だから。ついでになんかテメェも食うか?」
「……頂けるならば」
「うっし、玉ねぎ食えるか?」
「あぁ、大丈夫だ」
「なら気にする事はねぇな、ちょっと多めに作るか」
「なっ!?おい待て!そんな作り方では駄目だ!貸したまえ!」
「へ!?」
何故か服の前を締めていない状態でランサーの調理を見ていた男は血相を変えて、憤慨したような顰めっ面でランサーから包丁をとりあげると呆気にとられているランサーを尻目に中華風の野菜スープと野菜炒めを手早く作ってみせた。
あまりの手早さに呆気にとられたが、野菜炒めはホカホカと美味しそうな湯気が立っており、ランサーは少し食べてある筈の胃袋を刺激された。
「本来ならば米も炊くべきだが君は早く食べたいようだからね、冷凍で我慢したまえ」
「す、すげぇ……旨そう」
「味は保証しよう」
そう自信ありげに締められていない前を気にせず胸を張る男の服の隙間から見える火照った褐色の肌に、ランサーは何故か見てはいけない物を見てしまったような錯覚を覚えて目元を赤らめながらも作られた食事を食卓へと移動させてはって?と思う。
「…………」
「どうした?君も見ていたろう?変な物は入れていない」
「なんでテメェの分がねぇ」
「あぁ、私は食べなくとも良いと思ってな」
「んだよそれ!さっきは食うつったろ!?良いからテメェのも用意しろ」
「頂けるならばと言ったろう……それに君が稼いで購入した物だぞ?」
「いい、俺が許可してやるよ。つか1人で食ってるのを見られてるのもあまり気分も良くねぇんだよ」
「わ、分かった」
「……あと前は締めろ」
「え?締める?」
自分の分の茶碗などを食器棚から漁り、申し訳なさそうに控えめによそっている男に向かって、いただきますと挨拶をして食べながら困惑した表情でランサーは箸を男に向けながら苦言を申し立てた。
するとキョトンとした不思議そうな表情をして男は器用に使っていた箸を止めている。
その反応にすぐにランサーは直感した。
この男は服の着方をあまり知らないのだ。
「しゃあねぇ、こっちに来い」
「ん?構わんが」
「良いか?このボタンつーのを使って服を固定するんだよ」
「な、んだと!本当だ!そんな役目があったのか!」
「あー……まぁ、分かったなら次からそうしてくれ、目のやり場に困る」
「え?あ、その…すまない」
「おう…ほれ、冷めない内に食っちまおうぜ?話はそれからだ」
照れてランサーにボタンを留められながら何処かまた申し訳なさそうな表情をしる男に、気苦労の多い奴なのだろうなと他人事のように苦笑いしつつ首が苦しくないようにボタンを2つほど外した状態にしてやる。
そして再び料理に向き直り、食べてみるが、あんなに手早く作っていたにも関わらず味は繊細で味わい深くスープも野菜炒めも絶品と言っても過言ではない。
一人暮らしを始めて以来、久しぶりに誰かの手料理を食べたランサーは少し鼻の奥がツーンとなるのを感じながらも誤魔化すように旨い旨いと米を掻き込んだ。
そして2人で料理を食べ終えて食後のお茶を飲みながら、ようやく本題へとランサーは入る事にした。
「とりあえずお前の名前は何つーんだ?」
「……アーチャー」
「へぇ、変わってんな」
「……すまない、本当の名は今は告げられない」
「ふーん……なら俺もそういう風に名乗るわ。槍投げやってるからランサーって呼ばれてる」
「そうなのか、きっと君の事だから素晴らしい成績を残しているのだろうな」
「え!?あ、まぁ自信はあるぜ!しかしよく分かったな」
「君の無駄のない体つきを見ていれば分かる」
「ほう…そうかよ」
そう言いながらランサーはランサーでアーチャーと名乗る男を観察していた。
風呂場でも見たが素晴らしい筋肉と体格を持っている。
何より逆三角形と言えるような身体のくびれをしている上に偽名を聞く限り弓が得意なのだろうと言う事が予想できた。
ランサーは槍投げ以外にも槍術や剣道、剣術、柔道などの武道を一通り経験していたのでアーチャーが相当の手練である事はすぐに理解した。
しかしそれにしては抵抗していたのに弱々しい印象であったと感じた。
「お前、そういえば魔物とか言ってたよな?どういう事だ?」
「私の目的は魔界から人間界へと旅をして、人間界との交流を深める為に人間と契約する事だ……だが長年の旅により流石の私も魔力不足に陥り、猫の姿から戻れなくなっていたのだ」
「また変に壮大だな」
「そこへ君が少しばかりだが魔力を分け与えてくれた!本当に感謝している」
「いや、あれ事故みたいなもんだろう!?」
まるで命の恩人だと言わんばかりに目を輝かせているがランサーからしてみれば、そんな自覚は一切ない。
何やらアーチャーは壮大な事を喋っているがあまり本腰を入れて聞く気になれない。
「とりあえず私は契約してくれる者を見つけなければならない時期になってしまったのでね。君には悪いが此処を拠点として暫く居させてもらう」
「……は?なにーっ!?」
「相手が見つかればソチラに行くので気にするな」
「そういう問題じゃねぇーよ!!!!!」
こうしてランサーは、猫から人の姿への変わる不思議な男ことアーチャーとの奇妙な生活が始まる事となる。
そして大いに反対していたランサーであったが彼の胃袋は3日どころか1日も立たぬ内にアーチャーの腕前に掴まれて文句を言わなくなるまであと少し。
END
「にゃおん」
今日はバイトも無く大学から早く帰宅する事が出来たので青年、クーフーリン。
通称ランサーは、早めの入浴でもしようかと浮き足立つ足取りで家に帰ると、扉の前に一匹の黒猫が座り込んでいた。
猫は耳と手足は白かったがそれ以外は黒く、ボサボサとしており見るからに野良猫であった。
そんな野良猫がどうしてピンポイントに自分の扉の前に居るのだと頭を抱えたくなった時だった。
猫はじっとランサーを見たかと思うと、のそりと尻尾を揺らして扉の前から退いた。
荒事にしたくなかったランサーとしてはホッと胸を撫で下ろしながら、途中買い物をしてきた為にレジ袋と格闘しながら鍵を取り出して、ようやく愛しの我が家へと帰宅する。
「はぁ、まずは風呂かねー風呂焚くのめんどくせぇー」
「にゃにゃ」
「はぇっ!!?」
ドサリと腕を塞ぐレジ袋や鞄を廊下に下ろしながら汗でベタつく首筋をかいていると、予期せぬ声が聞こえてきた。
猫の声である。
ランサーが借りているアパートはペット可のワンルームでありながら安値の物件である。
それもこれも駅などの交通の便から遠い為にランサー自身、金のかからない自転車を利用している。
しかしランサーは動物は嫌いではないが余裕がある訳ではないのでペットは飼っていないのだ。
にも関わらず、それはそれは可愛らしい猫の鳴き声が足元から聞こえてきた。
咄嗟に見ると先程、立ち去ったと思っていた黒猫がそこに座っていた。
「ちょ!?テメェいつの間に入ってきやがった!」
「にゃー」
「此処はお前の家じゃねぇぞ!ほら、出てけ」
「にゃおん」
「…………はぁ、もう好きにしろ、もう」
可愛らしい甘えたような独特の猫の声を上げるものの座っている位置から動く事はなく、ランサーが実力行使だとばかりに捕まえようとしても上手く玄関先で逃げ回り出ていこうとしない。
このあまりの頑固さとすばしっこさに学校で疲れていたランサーは溜息を1つ零すと風呂に湯を張る為に猫を放っておいた。
それからはランサーは忙しい。
湯を張っている間に自分の夕飯の面倒も見なければならないのだ。
バイトをしているとはいえ節約に越した事はないので安く簡単に出来る焼きそばを作る。
しかし体格も良く高校を卒業し大学に入って2年が経っていてもランサーはまだまだ食べ盛りであり、つまみ食いは止められない。
なのでつまみ食いをしながら焼きそばを完成させて食べても、すぐに完食して次はもっと簡単な野菜炒めでも食べようか?などと考えている間に風呂が湯を張れた事を音が告げる。
そこで初めて気付いた。
玄関先で猫が犬のように行儀良く座り込んでいた事に。
「え……お前、ずっとそこに居たのか?」
「……にゃおん」
「あー玄関開けてねぇもんな……なんか食うか?」
「にゃにゃ」
ランサーは身を屈めて猫を驚かせないようにと注意しながら手を差し出すと、猫はそんな気遣いに気付いているかのように返事のような鳴き声をあげて、差し出されたランサーの手をひと舐めした。
そのくすぐったさに背筋にビリリと見知った刺激が流れたが見知らぬフリをすると、ランサーはそっと猫を抱き上げて、一緒に出来立ての風呂へと入る事にした。
結果はランサーにとって意外なものだった。
猫とは水が嫌いなものだが、濡れタオルで拭くのが良かったのか性格が良いのか、猫は暴れることもなく。
むしろ気持ち良さそうに目を細めてランサーに大人しく洗われていた。
「お前、変わってんなぁ」
「ふにゃぁ」
「はは、気持ちが良いってか?」
「にゃおん」
「お?当たってるのか?」
「にゃ」
独り言に近い筈なのに何か喋る度に猫もにゃあにゃあと愛らしい声を上げて、尻尾をピンと立てている。
後輩のディルムッドも猫を飼っており、顔を合わせる度に親バカを披露しているが今ならば少し気持ちも分かるかもしれないと楽しい気分なのを認めて猫を洗い上げる。
「よし、完成」
「ふにゃにゃ」
「あー今度は俺が身体を洗う番だから隅っこにでも居ろ」
「にゃおん」
ペロペロと清められた身体を確認するように身体を舐める猫の頭を軽く撫でてやった後、今度は自分の身体を洗い始める。
猫を洗うのは大した事ではないが人間のサイズともなると光熱費や水道代も貧乏学生だと気にするのだ。
故にいつもランサーは身体から洗い、最後に頭を洗って一気に湯を浴びる方法をとっていた。
が暴れられてはいけないと懸念して猫を出さなかった事で失敗した。
身体を洗い始めて暫くして猫がランサーの足を舐め始めたのだ。
「ちょっ!?おいこら!くすぐってぇよ!」
「にゃにゃ」
「ったく、ボディーソープは口に入ってないよな?」
慌てて舐める猫を拾い上げ、口の中を確認するように自分の顔の位置まで猫を持ち上げて近付く。
一瞬、引っかかれる事も考えたが猫は大人しかったので油断したのだ。
猫との距離が縮まり、猫の口と鼻先が唇に当たったと感じた次の瞬間、何が起こったのか理解する事なく湯気が増えた。
否、湯気ではなく煙が目の前に充満したのだ。
すると目の前には愛らしい猫などではなく、筋肉隆々の褐色と柔らかそうな銀色の髪と蕩けそうな銀色の瞳の青年が"全裸で"ランサーの足の間に座り込んでいた。
「へ?な!!?うぎゃぁぁぁぁぁ!!?」
「やっと人の姿になれた…ありがとう、君には感謝をs」
「ちょっ!?おまっ!はっ???あ!猫は!?」
「あ……その、申し訳ないが、あの猫は私なのだが」
「まっっじで!!?」
目の前に現れた筋肉隆々のイケメンが話す言葉に困惑しながらも自分が全裸である事を思い出したランサーは慌てて身体を洗っていたタオルで下半身を隠す。
褐色のイケメンといえば、足を立てた体育座りでランサーの股の間に座り込んでいる。
たとえ普通の風呂場でも高身長で筋肉隆々の男性2人が居ると窮屈感が拭えず、とりあえずランサーはイケメンに後ろを向くように言うと身体を洗ってしまう事にした。
いつも通り頭まで洗い終えて湯で洗い流し終えた後、窮屈なので嫌でも足の間に座り込んでいる男の項と耳元が赤く染まっている事に気付いた。
それも男が顔を膝に埋めているせいもあったのだろう。
「あーどうした?」
「す、すまない…その、鏡で見えてしまっていたもので…」
「あ!……あーそっか、なんかすまん」
何故、赤らめているのか変な汗が流れるのを感じながらもランサーはあくまでもいつも通りにしようと湯船に身体を沈めていく。
そこでふっと体育座りで顔を埋めた姿のままである男は寒くないのかと思い、気まずさを飲み込んでランサーは意を決して声をかけた。
「……なぁ、てめぇ寒くないのか?」
「……寒い、けれど」
「……また猫の姿にはなれるのか?」
「…………それは難しい」
「あー……そうなのか」
猫の姿になれば桶にでもお湯を分けてやれてちょっとしたお風呂に入れてやれるのだが、身を縮こませている男の言う通りならば猫の姿にはなれず、寒い思いをすると言う事になる。
暫しランサーはお湯に口元まで沈めてプクプクと泡を吹いてボーッとしていたかと思ったら、よしっ!と言う掛け声と共に申し訳なさそうに身体を丸くさせている褐色の男の腕を掴む。
「狭いけどお前も湯船に入っちまえよ、ほら、来い」
「え!?ちょっ!何を言って!?って強い!」
ぐっと抵抗してくる力は感じたがランサーはアッサリと男を捕まえると無理矢理に湯船へと沈めていく。
ランサー自身も見た目の割には簡単に捕まったし引き寄せられたなぁと不思議そうにしながら容赦なく、褐色の男を引き寄せた。
その腕は冷えてきており、やはり入れて正解だと満足そうに頷いていると褐色の男は不満そうにランサーを見ていた。
「君は…見ず知らずの男と入浴するのかね?まぁ、大勢で風呂に入るのは聞いた事があるが……こんなにも密着するものなのか?」
「あ?銭湯とか温泉の事か?いや、まぁ、確かにこんなに密着しねぇけど」
「ならば君は随分と不用心なのだな、同性とはいえこんなにも密着するような状況へ持っていくなど気が触れているのかね?」
「テメェが寒がってたから気を使ってやったんだろうが!つか……まぁ、全裸を見られたからな……今更だと思い直した」
「…………たわけ」
「んだとー!?」
窮屈である筈なのに嫌な気分は湧いてこず、むしろ楽しいとすら思えると思いながらランサーはアーチャーの頭を撫でたり頬をつついたりして遊ぶ。
半分好奇心だが、もう半分は確認でもあった。
本当に猫が人の姿になってしまったのだという信じ難い事実を確認する為に。
さていい加減に出ようという事になり、風呂から上がると褐色の男はランサーが渡したバスタオルでくるまると、また体育座りをしてしまった。
ランサーは自分の着替えを手早く済ませるとすぐに合点がいって、慌てて箪笥を漁った。
元は猫なのだから男に服は無いのだ。
とりあえず誕生日プレゼントだと渡されたがサイズを間違えられてデカくて使っていなかった黒いパジャマと、面倒で袋から出していなかった新しい下着を持って男に渡す。
「あ……ありがとう」
「別に、着てねぇから気にすんな。えっとお前は一応は猫って事で良いんだな?」
「正確には君らの世界で言う魔物であり、種族が猫だ」
「あーパンツの履き方とか分かるか?」
「君の着替えを見ていたので多分」
「……あっそう」
着替えを見ていたと言う男に何やら引っかかる物を感じつつもランサーは腹が中途半端に満たされていて、また自分が夕飯を追加しようとしていた事を思い出して廊下と一体になっている台所に立つ。
するとどうしたら良いのか迷っているらしく、どこか困った様子で男はランサーに付いてきながら小言をこぼす。
「髪を拭いた方が良いのではないのか?」
「あ?いいんだよ、面倒だから。ついでになんかテメェも食うか?」
「……頂けるならば」
「うっし、玉ねぎ食えるか?」
「あぁ、大丈夫だ」
「なら気にする事はねぇな、ちょっと多めに作るか」
「なっ!?おい待て!そんな作り方では駄目だ!貸したまえ!」
「へ!?」
何故か服の前を締めていない状態でランサーの調理を見ていた男は血相を変えて、憤慨したような顰めっ面でランサーから包丁をとりあげると呆気にとられているランサーを尻目に中華風の野菜スープと野菜炒めを手早く作ってみせた。
あまりの手早さに呆気にとられたが、野菜炒めはホカホカと美味しそうな湯気が立っており、ランサーは少し食べてある筈の胃袋を刺激された。
「本来ならば米も炊くべきだが君は早く食べたいようだからね、冷凍で我慢したまえ」
「す、すげぇ……旨そう」
「味は保証しよう」
そう自信ありげに締められていない前を気にせず胸を張る男の服の隙間から見える火照った褐色の肌に、ランサーは何故か見てはいけない物を見てしまったような錯覚を覚えて目元を赤らめながらも作られた食事を食卓へと移動させてはって?と思う。
「…………」
「どうした?君も見ていたろう?変な物は入れていない」
「なんでテメェの分がねぇ」
「あぁ、私は食べなくとも良いと思ってな」
「んだよそれ!さっきは食うつったろ!?良いからテメェのも用意しろ」
「頂けるならばと言ったろう……それに君が稼いで購入した物だぞ?」
「いい、俺が許可してやるよ。つか1人で食ってるのを見られてるのもあまり気分も良くねぇんだよ」
「わ、分かった」
「……あと前は締めろ」
「え?締める?」
自分の分の茶碗などを食器棚から漁り、申し訳なさそうに控えめによそっている男に向かって、いただきますと挨拶をして食べながら困惑した表情でランサーは箸を男に向けながら苦言を申し立てた。
するとキョトンとした不思議そうな表情をして男は器用に使っていた箸を止めている。
その反応にすぐにランサーは直感した。
この男は服の着方をあまり知らないのだ。
「しゃあねぇ、こっちに来い」
「ん?構わんが」
「良いか?このボタンつーのを使って服を固定するんだよ」
「な、んだと!本当だ!そんな役目があったのか!」
「あー……まぁ、分かったなら次からそうしてくれ、目のやり場に困る」
「え?あ、その…すまない」
「おう…ほれ、冷めない内に食っちまおうぜ?話はそれからだ」
照れてランサーにボタンを留められながら何処かまた申し訳なさそうな表情をしる男に、気苦労の多い奴なのだろうなと他人事のように苦笑いしつつ首が苦しくないようにボタンを2つほど外した状態にしてやる。
そして再び料理に向き直り、食べてみるが、あんなに手早く作っていたにも関わらず味は繊細で味わい深くスープも野菜炒めも絶品と言っても過言ではない。
一人暮らしを始めて以来、久しぶりに誰かの手料理を食べたランサーは少し鼻の奥がツーンとなるのを感じながらも誤魔化すように旨い旨いと米を掻き込んだ。
そして2人で料理を食べ終えて食後のお茶を飲みながら、ようやく本題へとランサーは入る事にした。
「とりあえずお前の名前は何つーんだ?」
「……アーチャー」
「へぇ、変わってんな」
「……すまない、本当の名は今は告げられない」
「ふーん……なら俺もそういう風に名乗るわ。槍投げやってるからランサーって呼ばれてる」
「そうなのか、きっと君の事だから素晴らしい成績を残しているのだろうな」
「え!?あ、まぁ自信はあるぜ!しかしよく分かったな」
「君の無駄のない体つきを見ていれば分かる」
「ほう…そうかよ」
そう言いながらランサーはランサーでアーチャーと名乗る男を観察していた。
風呂場でも見たが素晴らしい筋肉と体格を持っている。
何より逆三角形と言えるような身体のくびれをしている上に偽名を聞く限り弓が得意なのだろうと言う事が予想できた。
ランサーは槍投げ以外にも槍術や剣道、剣術、柔道などの武道を一通り経験していたのでアーチャーが相当の手練である事はすぐに理解した。
しかしそれにしては抵抗していたのに弱々しい印象であったと感じた。
「お前、そういえば魔物とか言ってたよな?どういう事だ?」
「私の目的は魔界から人間界へと旅をして、人間界との交流を深める為に人間と契約する事だ……だが長年の旅により流石の私も魔力不足に陥り、猫の姿から戻れなくなっていたのだ」
「また変に壮大だな」
「そこへ君が少しばかりだが魔力を分け与えてくれた!本当に感謝している」
「いや、あれ事故みたいなもんだろう!?」
まるで命の恩人だと言わんばかりに目を輝かせているがランサーからしてみれば、そんな自覚は一切ない。
何やらアーチャーは壮大な事を喋っているがあまり本腰を入れて聞く気になれない。
「とりあえず私は契約してくれる者を見つけなければならない時期になってしまったのでね。君には悪いが此処を拠点として暫く居させてもらう」
「……は?なにーっ!?」
「相手が見つかればソチラに行くので気にするな」
「そういう問題じゃねぇーよ!!!!!」
こうしてランサーは、猫から人の姿への変わる不思議な男ことアーチャーとの奇妙な生活が始まる事となる。
そして大いに反対していたランサーであったが彼の胃袋は3日どころか1日も立たぬ内にアーチャーの腕前に掴まれて文句を言わなくなるまであと少し。
END