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ニャンコ系エミヤ

そんなひと騒動の次の日にランサーやキャスターが危惧していた事態は起きた。

「ふぁ……あ、今日はバイトも朝練も無いんだっけ」

朝の5時を指す時計を見ながら、まだ今日は眠れたなぁとボサボサの頭をかきながら不思議に思う。
いつもは聞こえる筈の朝食を作る音がキッチンから聞こえてこないのだ。
目もすっかり覚めていたランサーは気分転換に確認でもしようかとベッドから抜け出した時だった。

「うぉわっ!!!?」
「っう!」

足元から呻き声が耳に届いた事に驚きながらランサーは、倒れぬ為に衝撃をベッドに倒れる事で消化する。
ぼふんっとベッドで受け身を取ったランサーは、すぐに困惑した表情で起き上がると今度は足元を確認しつつ足を伸ばす。
そこには声の正体であるアーチャーが頭から毛布に包まり、寝転んだ状態でランサーを見上げていた。
可愛らしいと感じる自分を叱咤してランサーは迷わずアーチャーに文句を言おうとした時。

「アーチャー!こんな所で寝てたらあぶねぇだろうが!」
「…………すまな、い」

少しの間の後で毛布の隙間からくぐもっていても分かる程に掠れたアーチャーの声が聞こえてきたのだ。
頭も目も眠気から覚めてきたランサーは、アーチャーがいつもとは違う異常が起きているようだと感じ取り、病院に連れて行こうか?
しかし人間ではないアーチャーを何処の病院に連れて行けば良いか分からない。
兄を頼るには会えるまでに時間がかかるので、会えるまでにアーチャーが耐えられるとは限らない。
だが自分の力を使う事はランサーの中で選択肢としてはない。
などとグルグルと螺旋階段のように思考を混乱の渦の中へと入りそうになりながらも、ランサーは持ち前の気丈さでアーチャーの肩に触れると怯えたようにビクリっと揺れる。

「な……おい、どうした?」
「寝て、いれば……治る」
「なんかあったんだな?」
「放っておいてくれ……」
「そんなの無理に決まって、ん、だろ!……な!?」
「っう!!!」

絶句した。
目の前に現れたアーチャーにそれはそれは可愛らしい猫耳がふわりと柔らかな銀髪の中を掻き分けて居座っていて。
身体を丸めて自らを抱き締めているアーチャーの太ももに懐くように後ろの腰から足の間を抜けて美しく触り心地の良さそうな尻尾が生えている。
おまけに顔は健康的に赤く色づき、いつも寄せられている眉は困ったように下がり、ランサーの気に入っている灰色の瞳は水を得て水飴のような艶やかさで光を帯びていた。
正直に言って、据え膳だろう。

「おま……」
「無様だと、笑えば良い……」

アーチャーは自らに頭から生えた猫耳をピクピクと動かしつつ、顔は苦悶の表情で弱々しくランサーを睨みつけてきた。
しかし頬だけでなく首筋まで赤く染まったアーチャーの様子は発熱だけとは思わせない性の香りを纏っている。
その香りを感じていながらもランサーは、いつも通りを心がけて笑ってアーチャーの頭を撫でた。

「んだよ、笑って欲しいのか?ったく、体調悪いなら隠すんじゃねぇよ。ほら、ベッドで寝とけ」
「っランサー……!」
「最近はお前に甘え過ぎてたのかもなー……今日は休めよ、アーチャー」
「っちが、分かっているのだろう!?ランサー!」

今にも泣き出してしまいそうな珍しい表情でアーチャーは、抱き上げようとするランサーの腕に縋りつく。
触れられた手の熱さと意識せぬようにしていた瞳を一瞬だが合っただけでランサーは、理性が溶けるのを感じたので顔ごと背けつつ腕は離さなかった。
否、離すのは惜しく思ったのだ。
だがランサーは想いも告げずにアーチャーを組み敷くような事はしたくなかったのだ。
魔物であるアーチャーを捕まえ、従わせ、捩じ伏せる方法をランサーは持っている。
しかしランサーにとって、その力を使う気は更々無く、アーチャーに告げるつもりもなかったのだが。
アーチャーからすれば人として不自然すぎるランサーの身体能力を口にせずには居られなくなっていた。

「……はぁ、何についてだよ?」
「以前から可笑しいとは思っていた……普通の人間よりも多い魔力と濃度、そして身体能力……特定までは出来なかったが君は私のような魔物と関わりのある者じゃないのか!」
「隠すつもりはなかったからな。でも魔術師としての才能は兄貴の方が上だ。俺は俺の思った通りに生きてるし、関係ねぇ」

アーチャーの問いかけに目を、顔を逸らしたまま答えるのは流儀に反するとランサーは少し歯噛みをしながらもアーチャーと目を合わせて、真っ直ぐにアーチャーを見た。
そんなランサーの態度に赤い顔を更に赤らめて林檎のようになり、今度はアーチャーがランサーから顔を背けながらも離れ難いとでも言うようにアーチャーも手は離さない。

「っ!……だ、だからと言って気付いている筈だ!私が………その、発情期、を迎えたと……そして第三の契約の事も知っているのだろう?」
「第一は真名での契約、第二は装飾品での契約、第三はより強いパイプを作るのを目的としたマスターとなる者の魔力を含んだ体液を使用した使い魔への強力な契約、だったけな?でも確か俺たち真名の奴は仮状態だろ」

ランサーの言う通り、第三の契約は性行為によって強固で他者からの契約剥奪を防ぐ事の出来る唯一の契約。
そして魔物たちは、己の子孫や番を求め、相手を逃がさぬ為の物でもある。
発情期も魔物としての身体が子孫を残そうとする為に契約相手を誘う為に訪れる契約した際、独特の現象であった。

「例え真名ではなくとも名乗った名前で契約を結んだのだっ!君が不容易に渡してきたこのネックレスもある……」
「お前ら魔物は現世では契約からの魔力により存在を維持してるんだろ?不完全だからアーチャーの身体が魔力を求めてるのもあるのかもな」
「分かって、いるなら……っ契約を切れ!たわけ!!!」

余程、身体が発熱しているのかアーチャーは一呼吸した後、胸倉を掴んで命令形で叫ぶようにランサーに告げる。
その姿は命令形の言葉でありながら懇願して縋りついているようにも見えてくる程に、アーチャーからは悲壮感が溢れていた。
しかしランサーは例え想い人が相手で懇願するように縋りつかれようと振り払い、己の意思を通すような男なのだ。
その選択が己を不幸にしようと後悔しないような性格であった。

「アーチャー、悪いが俺は絶対に嫌だからな」
「な!?自分が何をしてるのか分かっているのか!?契約は私なんぞの魂だけでなくマスターとする君自身の魂も縛る!この契約がそういう質なのは、魔術の知識があれば理解しているだろう!」

アーチャーの言う通り、第三の契約は他者からの干渉を受けない代わりに強固すぎる為に契約する者同士の魂を縛る事になってしまうデメリットがある。
この魂を縛る行為は、かなりのリスクを伴い、弊害として体調の同調、生命の危機があったりするともう一方にもダメージが蓄積されたり。
契約してみなければ分からない事が多いと言う不透明性も持っていた。
ゆえに魔物であっても契約する際に第三の契約を行うのは慎重になり、発情期をコントロールしようとする者さえいるのだ。
しかし次の瞬間、ランサーに言ってはならない言葉をアーチャーは口にした。

「私は……消える事を選ぶ」
「ッ!!!ならハッキリ言ってやるよ……アーチャー、傍にいろ。俺はテメェを手放す気はねぇ」
「っ!!?」

命令と思っても構わねぇ、そうアーチャーの耳元で囁きながら掴んでいた肩を引き寄せる。
ランサーはアーチャーを失いたくなかった。
洗濯の世話をされたり料理を振舞って貰ったのは勿論、感謝しているしランサーからしてみれば、まだアーチャーに恩返しをしていない。
無論、季節が変わるほど一緒に過ごして来てアーチャーが恩返しなどして欲しいと思っていない事、受け取りはしない事は百も承知だ。
それでも好きだと気付いて想いを告げさせて貰えず消えるなどランサー自身が許せなかった。
故にアーチャーの意思を無視するような事になろうとも行動に出る事にした。

「今から第三の契約に移る」
「なっ!?」
「テメェに拒否権は与えねぇぞ?アーチャー」
「ば!?ふざけるな!私は……んぁ!」

潤んだ大きな瞳は可哀想になる程に見開かれ、瞳の色である灰色はキャンディのように淡い。
そして何よりも驚き戸惑っていながらも瞳の奥にある本能的に期待したような瞳と、誘うような声の揺らめきにランサーは抗う事をやめて、口付けた。
ペロリと舐め、感触を楽しむようにアーチャーの唇に甘噛みをして口を開くように促す。
しかしアーチャーの理性が熱に溶けてはいなかったらしく、閉じた瞳を震わせながらも鋼鉄のように冷たくランサーを突き放した。

「アーチャー……俺はお前が」
「ふぁ……っ私は!君と契約する位ならば消えた方がマシだと言ってるんだ!!!」

叫ぶように告げたアーチャーはランサーを突き飛ばすと、飛び出して行ってしまった。
そんなアーチャーの行動をランサーは魔術を使用したりして止めようとは思わなかった。
これがアーチャーの答えなのだと思ったからだ。
しかし、それでも。

「くそ……それでも俺は、お前が好きなんだよ」
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