運命はなだらかに
白き雪の妖精を連想させる髪色。
チョコレートが溶けたように淡い褐色の肌。
纏う衣は赤原礼装と言う一級品の礼装。
両手にはアーチャークラスでありながら白と黒の夫婦剣。
その足取りはランサークラスにも劣らぬ俊敏さでケルトの大英雄である槍の名手クーフーリンにも劣らない、かの者は霊長の守護者である。
「サーヴァント・アーチャー。召喚に応じ参上した」
人理継続保障機関フィニス・カルデア(以降カルデア)はアニムスフィア家が管理する国連承認機関であり、地球環境モデル「カルデアス」を観測することによって未来の人類社会の存続を世界に保障する保険機関のようなもの。
そして同時に任務は、100年後に時代設定したカルデアス表面の文明の光を観測する事により、未来における人類社会の存続を保障する事である。
そんなカルデアは、2016年に何者かのよる歴史介入で人類史が焼却を観測。
本来は存在しないはずの過去の特異点事象を発見し、これに介入して破壊する事により、未来を修正するための作戦「Grand Order」を始動した。
それが霊長の守護者でありながらアーチャークラスとしてカルデアの唯一のマスターの召喚に応じたエミヤが受けた説明だった。
かなり切羽詰まっている状況であり、外界など無くなったカルデアは擬似的な特異点と化し。
絶望的であろうとエミヤは考えていたが人の生命力は逞しい。
「いや〜今日のデザートも美味しかったよ!ありがとう」
「それは何よりだ。お粗末様、明日はブーティカが担当だから楽しみにしておくと良い」
「あ〜腹減ったねぇ、今日は何があるんだい?エミヤ」
「む……ドレイク、君はまたこんな時間に起床か。レイシフトが無いからと怠惰は如何なものか」
「おじさま!ごちそうさまでした!」
「あぁ、お粗末様。そこに置いておいてくれ」
それはまた楽しみだと談笑しながら去って行くカルデア職員やら遅い起床をしたサーヴァントに小言を言っていたり、小さいとはいえサーヴァント相手に世話を焼く自分に改めて、ため息が零れる。
なんと平和的で温かな空間なのかと。
ギャグ時空やらの不穏な単語が頭を過ぎるが気にせず、完食されて空になった食器を溜めた水に付けていく。
レイシフトなどで手に入るとはいえ水の無駄使いはエミヤの気持ちが許せない。
何より職員たちの為に食堂は衛生的にするべきだと考え、何処から聞きつけたのか代表的な看護師の助力もあり。
食堂の掃除は徹底的に行う為に暇は無い。
そう、エミヤは暇ではないのだ。
「アーチャー、いい加減、頷けよー!どうせシちまえばテメェだって盛り上がって来るって!」
「…………ふん」
洗い終わっている食器を拭く己の背中に向かって不届き千万な台詞を投げかけてくる見目麗しい男はクラスをランサー、真名はクーフーリン。
ケルト神話においてフィン・マックールと並び立つ英雄だ。
そして何の因果なのか生前から現在……と言うのは正しくないが、エミヤとクーフーリンとの間には腐れ縁が成立してしまっていた。
周りから向けられる、またか、と言う生暖かい眼差しを受けながらもエミヤは断固として振り向かない。
「知ってんぞ!今日と明日はお前さん戦闘メンバーじゃねぇだろ?俺もなんだよっておい!いい加減、無視やめろ下さい!!!」
「…………チッ」
知るか、たわけ。
と言いたい所だが折角、無視しているのが台無しである。
勿論カルデアでアーチャーとクーフーリンから唯一クラス名で呼ばれるエミヤが彼を無視しているには勿論、理由がある。
事の発端はマスターの趣味や日課のようなサーヴァントと交流して仲良くなる為のコミュニケーションの場であるマイルームでの話だ。
どこに召喚されてもあの顔がある。
運命とか感じるだろう。
と抜粋だがクーフーリンは発言したらしく、それをマスターは事もあろうにポロリと口に出してしまったのだ。
無論、マスターに悪意など無いのは百も承知しているが、まさか口喧嘩を止める為に言うわなくても良いとエミヤは今でも根に持っている。
「何処でも顔を合わせる運命の人なんだから仲良くしなよ」
とクーフーリンの冗談を引用して言ってくれやがったマスターの冗談は、狭いカルデアにあっという間にアレやコレやと尾ひれが付いて噂となっていた。
例えば、海でデートしただとか。
例えば、プールで遊んだとか。
例えば、月を舞台とした場で告白だとか。
一体、どう屈折したら、そうなったのだ。
そして情報の出処は何処なのか場合によっては物理的に抗議しに行きたいし実行しようとしたが無駄に増えている常人よりも難儀な性格である英霊相手では無駄であった。
ならば別の方法で誤解は解かねばなるまい。
とエミヤは別の方向へとアプローチを変えた。
手始めに行った手段がクーフーリンとの接触を無くす事から始めた。
だが結果は失敗である。
エミヤと性格も戦い方も趣味趣向が悪い方向で違う相手である上にカルデアは付き合いを無くすには余りに狭かった。
戦闘にはクラスの関係上、会わなくて済むし、生活圏でも会わないのは無理ではない筈なのに呪われているかのようにエミヤは尽く、クーフーリンと顔を付き合わせるのだ。
何より最も無視しているのに困っている事として冒頭に戻り。
「なー!シュミレーションで良いからオレと死合おうぜー?いい加減テメェとは決着をつけてぇんだって!!!」
何に刺激されたのか妙に絡んでくる悩みの元凶ことランサーのクーフーリンである。
エミヤとしては背中にかけられる言葉に歯噛みせずにはいられない。
彼の言葉に従う訳でないがエミヤとて彼との因縁の終止符を打つまでには行かなくとも仮初であろうと決着は付けたい。
これはサーヴァントとしての戦闘意欲ではなく戦いを生業とする戦士としての感情だとエミヤも分かっている。
だがしかし今、怪しい関係やら恋仲やらと変に勘ぐられ、痛くもない腹を探られている身としては目立つ行為は避けたい。
何より善良な精神を持つマスターは味方同士の必要以上の戦闘行為を口にしないが心苦しいものがあるのは察していた。
故に無視している状況にもあったエミヤは未だクーフーリンの決着の誘いを無言で断り続けている。
そしてエミヤは無視し続ければ、そのうち諦めるだろう。
ランサーとの関係が悪化するだろうが望む所だ。
嫌われる事には慣れている。
などとタカをくくっていた。
しかし真実は小説より奇なりと言う言葉があるように何事にも例外、予想外はあると言う事をエミヤは温かな空間のせいか抜け落ちていた。
「私はメイヴ。女王メイヴ!私のために戦ってくれる素敵な勇士が、貴方なのかしら?」
召喚ルーム響き渡った可愛い声の持ち主。
アメリカで苦湯を飲まされ、苦しめられた美しき女王メイヴ。
そんな彼女が召喚され、マスターとマシュが驚きと嬉しさで騒いでいると。
召喚ルームの外で魔力を感知したランサー、キャスター、プロトタイプとされるクーフーリン達は即時撤退とばかりにカルデアを俊足の名を欲しいままにする足で逃げ回ってみせた。
バーサーカーであり、オルタナティブ化したクーフーリンのみは動じる事が無かった訳では無いが3人のクーフーリンほどではない。
そして外野である筈のエミヤは幸運値は最早パラメーターではなく己の運命がEなのだろうと思わせる程、貧乏くじを引くのだ。
「おいアーチャー!匿わせろ!!!」
「はぁ!?君は突然な、っ……!」
魔力の節約の為に仮眠していたエミヤの部屋へと本人の許可を貰う前に入り込んだクーフーリンは真っ青な自身の髪よりも顔を青くさせてている。
しかし突然の事で抗議しようとするエミヤだったが無視を続ける行為を無駄な真面目さから声をかけた事に反省してしまい、事の重要性に気付いていなかった。
コツリコツリと優雅に響くヒールの音はピタリとエミヤの部屋の前で止まると、呆気なくクーフーリンにとっての地獄の扉は開いた。
「ふふ、ノーマルクーちゃんみーつけた♪ふぅん、此処に居たのね。なんだか殺風景な部屋だけど」
「げぇえ!?来やがった!!!」
「あ、なるほど彼女だからか……」
事もあろうに召喚されたばかりである筈の女王メイヴは目敏くクーフーリンの存在を察知して探していたらしく、エミヤの部屋へと飛び込んできたクーフーリンを探り当てたらしい。
思わず無断で入ってきたクーフーリンとメイヴに怒る気も失せたエミヤは、早々に部屋から出て行って貰いたかった。
この所、召喚に応じてから本来よりも長きに渡って現界している為か。
摩耗しても残っている生前の全てを失った地獄、今に至る為の起源となった死別、眩しいほどの美しき青い少女の記憶を中心に記憶である記録が流れ込んできて寝覚めは最悪であったからだ。
摩耗した筈の欠片にも残っているクーフーリンに関しての思い出したくもない茶番劇や死闘も含まれているので尚更、顔など合わせたくないが、そう上手くは行かない。
そんな憂鬱なエミヤを他所に人の部屋に上がり込んで来たケルト人たちは話を勝手に進めていく。
だがエミヤは適当に退出すべきだった。
例え己の部屋であろうと幸運値にマイナスが付きかねない彼の運の無さは、彼に巻き込み事故を引き寄せる。
「ぁぁぁあくそったれ、ぁ、そうだ、うん!今回も諦めろ、メイヴ!!!」
「あら、私が諦めた事なんて無いじゃない。それに理由は何だって言うの?此処には貴方の守る国も王も女も居ないわよ!」
「理由はコイツだ!!!」
何やらメイヴと騒いでいるクーフーリンが指を指した先に居たのは勿論、部屋の主であるエミヤである。
しかしエミヤからすれば、まさか外野であり無関係である筈の自分に矢印が向けられるとは思っていなかっただけに予想外である。
何より理由を聞いても同じだが邪魔ならば消す事も厭わないメイヴからしても、まさか関係ないと思っていた知らない男が理由では反応に困るのは当然だ。
「……は?」
「……え?この男?」
「コイツと閨の仲だから!!!諦めろ!!!」
ガツン、と頭を後頭部から殴られるほどショックと言う比喩がピッタリな衝撃の後、エミヤは目の前が真っ暗になる錯覚を覚えた。
何やら開けっ放しとなっていた扉の方には様子を見に来ているらしき野次馬の如きサーヴァントやらカルデア職員も居て、ヒュー♪やらキャー!やら聞こえるが、それどころではない。
「え、やだ、ついにクーちゃん、目覚めちゃったの!?」
そこなのか、女王メイヴ。
などと言っている暇はない。
今、やるべき事は他にある。
投影、開始ートレース・オンー
「地獄に堕ちろ!!!ランサー!!!!!」
「どわっっっ!!?テメェ、突然襲うなんて卑怯だぞ!!!!!」
もはや問答無用。言語道断。
狭い部屋である為に愛用している弓ではなく、手に馴染む愛剣である干将・莫耶を投影してクーフーリンの首、心臓のある胸、頭に向かって殺意を込めて襲いかかった。
結果としては速さで勝るランサークラスであるクーフーリンは、ゲイボルグをすぐに手元へ出して攻撃を相殺してみせた。
だがエミヤからすれば怒りの火に油を注いだ行為でしかない。
「貴様ついに狂ったか!!!せめてもの手向けとして我が刃を受けろ!!!」
「チッ、やっと喋ったかと思えば喧嘩とはな!良いぜ、乗ってやるよ!望む所だ!!!」
「もうクーちゃん!!!……あ、その男が閨の友なら一緒に私の男妾になれば良いんじゃない!?」
「断る!!!」
「なんでさ!!?」
ギリギリと金属同士が奏でる音を尻目に怯む様子もなく、拗ねたように可愛らしく白い頬を膨らませるメイヴは名案とばかりに提案して来る。
メイヴの気を逸らす為の方便を口にしたクーフーリンの拒否は勿論。
巻き込まれ事故なエミヤからは驚きの声が上がる。
まさかクーフーリンだけでなく、クーフーリンを殺そうと襲いかかっている男前からも驚かれるとは思っていなかったメイヴは、目を見開いて抗議しようとした。
しかし見失ったメイヴを騒ぎによって見つけて駆けつけたマスターとマシュにより強制的に解散する事になる。
後に残ったのは、メイヴを新しい迎えた事。
そしてケルトの大英雄クーフーリンとアーチャークラスの霊長の守護者は出来ていると言うエミヤにとっては悪化した事態であった。
だがエミヤは身に染みる事になる。
嘘も真となりうるとばかりに、ランサークラスの彼と本当に身体を結ぶ羽目になる事を。
そしてマスターからの励ましの言葉である、偽物が本物にかなわないなんて道理はないのと一緒だよと言う言葉でトドメを刺されたのは、また別の話である。
END
チョコレートが溶けたように淡い褐色の肌。
纏う衣は赤原礼装と言う一級品の礼装。
両手にはアーチャークラスでありながら白と黒の夫婦剣。
その足取りはランサークラスにも劣らぬ俊敏さでケルトの大英雄である槍の名手クーフーリンにも劣らない、かの者は霊長の守護者である。
「サーヴァント・アーチャー。召喚に応じ参上した」
人理継続保障機関フィニス・カルデア(以降カルデア)はアニムスフィア家が管理する国連承認機関であり、地球環境モデル「カルデアス」を観測することによって未来の人類社会の存続を世界に保障する保険機関のようなもの。
そして同時に任務は、100年後に時代設定したカルデアス表面の文明の光を観測する事により、未来における人類社会の存続を保障する事である。
そんなカルデアは、2016年に何者かのよる歴史介入で人類史が焼却を観測。
本来は存在しないはずの過去の特異点事象を発見し、これに介入して破壊する事により、未来を修正するための作戦「Grand Order」を始動した。
それが霊長の守護者でありながらアーチャークラスとしてカルデアの唯一のマスターの召喚に応じたエミヤが受けた説明だった。
かなり切羽詰まっている状況であり、外界など無くなったカルデアは擬似的な特異点と化し。
絶望的であろうとエミヤは考えていたが人の生命力は逞しい。
「いや〜今日のデザートも美味しかったよ!ありがとう」
「それは何よりだ。お粗末様、明日はブーティカが担当だから楽しみにしておくと良い」
「あ〜腹減ったねぇ、今日は何があるんだい?エミヤ」
「む……ドレイク、君はまたこんな時間に起床か。レイシフトが無いからと怠惰は如何なものか」
「おじさま!ごちそうさまでした!」
「あぁ、お粗末様。そこに置いておいてくれ」
それはまた楽しみだと談笑しながら去って行くカルデア職員やら遅い起床をしたサーヴァントに小言を言っていたり、小さいとはいえサーヴァント相手に世話を焼く自分に改めて、ため息が零れる。
なんと平和的で温かな空間なのかと。
ギャグ時空やらの不穏な単語が頭を過ぎるが気にせず、完食されて空になった食器を溜めた水に付けていく。
レイシフトなどで手に入るとはいえ水の無駄使いはエミヤの気持ちが許せない。
何より職員たちの為に食堂は衛生的にするべきだと考え、何処から聞きつけたのか代表的な看護師の助力もあり。
食堂の掃除は徹底的に行う為に暇は無い。
そう、エミヤは暇ではないのだ。
「アーチャー、いい加減、頷けよー!どうせシちまえばテメェだって盛り上がって来るって!」
「…………ふん」
洗い終わっている食器を拭く己の背中に向かって不届き千万な台詞を投げかけてくる見目麗しい男はクラスをランサー、真名はクーフーリン。
ケルト神話においてフィン・マックールと並び立つ英雄だ。
そして何の因果なのか生前から現在……と言うのは正しくないが、エミヤとクーフーリンとの間には腐れ縁が成立してしまっていた。
周りから向けられる、またか、と言う生暖かい眼差しを受けながらもエミヤは断固として振り向かない。
「知ってんぞ!今日と明日はお前さん戦闘メンバーじゃねぇだろ?俺もなんだよっておい!いい加減、無視やめろ下さい!!!」
「…………チッ」
知るか、たわけ。
と言いたい所だが折角、無視しているのが台無しである。
勿論カルデアでアーチャーとクーフーリンから唯一クラス名で呼ばれるエミヤが彼を無視しているには勿論、理由がある。
事の発端はマスターの趣味や日課のようなサーヴァントと交流して仲良くなる為のコミュニケーションの場であるマイルームでの話だ。
どこに召喚されてもあの顔がある。
運命とか感じるだろう。
と抜粋だがクーフーリンは発言したらしく、それをマスターは事もあろうにポロリと口に出してしまったのだ。
無論、マスターに悪意など無いのは百も承知しているが、まさか口喧嘩を止める為に言うわなくても良いとエミヤは今でも根に持っている。
「何処でも顔を合わせる運命の人なんだから仲良くしなよ」
とクーフーリンの冗談を引用して言ってくれやがったマスターの冗談は、狭いカルデアにあっという間にアレやコレやと尾ひれが付いて噂となっていた。
例えば、海でデートしただとか。
例えば、プールで遊んだとか。
例えば、月を舞台とした場で告白だとか。
一体、どう屈折したら、そうなったのだ。
そして情報の出処は何処なのか場合によっては物理的に抗議しに行きたいし実行しようとしたが無駄に増えている常人よりも難儀な性格である英霊相手では無駄であった。
ならば別の方法で誤解は解かねばなるまい。
とエミヤは別の方向へとアプローチを変えた。
手始めに行った手段がクーフーリンとの接触を無くす事から始めた。
だが結果は失敗である。
エミヤと性格も戦い方も趣味趣向が悪い方向で違う相手である上にカルデアは付き合いを無くすには余りに狭かった。
戦闘にはクラスの関係上、会わなくて済むし、生活圏でも会わないのは無理ではない筈なのに呪われているかのようにエミヤは尽く、クーフーリンと顔を付き合わせるのだ。
何より最も無視しているのに困っている事として冒頭に戻り。
「なー!シュミレーションで良いからオレと死合おうぜー?いい加減テメェとは決着をつけてぇんだって!!!」
何に刺激されたのか妙に絡んでくる悩みの元凶ことランサーのクーフーリンである。
エミヤとしては背中にかけられる言葉に歯噛みせずにはいられない。
彼の言葉に従う訳でないがエミヤとて彼との因縁の終止符を打つまでには行かなくとも仮初であろうと決着は付けたい。
これはサーヴァントとしての戦闘意欲ではなく戦いを生業とする戦士としての感情だとエミヤも分かっている。
だがしかし今、怪しい関係やら恋仲やらと変に勘ぐられ、痛くもない腹を探られている身としては目立つ行為は避けたい。
何より善良な精神を持つマスターは味方同士の必要以上の戦闘行為を口にしないが心苦しいものがあるのは察していた。
故に無視している状況にもあったエミヤは未だクーフーリンの決着の誘いを無言で断り続けている。
そしてエミヤは無視し続ければ、そのうち諦めるだろう。
ランサーとの関係が悪化するだろうが望む所だ。
嫌われる事には慣れている。
などとタカをくくっていた。
しかし真実は小説より奇なりと言う言葉があるように何事にも例外、予想外はあると言う事をエミヤは温かな空間のせいか抜け落ちていた。
「私はメイヴ。女王メイヴ!私のために戦ってくれる素敵な勇士が、貴方なのかしら?」
召喚ルーム響き渡った可愛い声の持ち主。
アメリカで苦湯を飲まされ、苦しめられた美しき女王メイヴ。
そんな彼女が召喚され、マスターとマシュが驚きと嬉しさで騒いでいると。
召喚ルームの外で魔力を感知したランサー、キャスター、プロトタイプとされるクーフーリン達は即時撤退とばかりにカルデアを俊足の名を欲しいままにする足で逃げ回ってみせた。
バーサーカーであり、オルタナティブ化したクーフーリンのみは動じる事が無かった訳では無いが3人のクーフーリンほどではない。
そして外野である筈のエミヤは幸運値は最早パラメーターではなく己の運命がEなのだろうと思わせる程、貧乏くじを引くのだ。
「おいアーチャー!匿わせろ!!!」
「はぁ!?君は突然な、っ……!」
魔力の節約の為に仮眠していたエミヤの部屋へと本人の許可を貰う前に入り込んだクーフーリンは真っ青な自身の髪よりも顔を青くさせてている。
しかし突然の事で抗議しようとするエミヤだったが無視を続ける行為を無駄な真面目さから声をかけた事に反省してしまい、事の重要性に気付いていなかった。
コツリコツリと優雅に響くヒールの音はピタリとエミヤの部屋の前で止まると、呆気なくクーフーリンにとっての地獄の扉は開いた。
「ふふ、ノーマルクーちゃんみーつけた♪ふぅん、此処に居たのね。なんだか殺風景な部屋だけど」
「げぇえ!?来やがった!!!」
「あ、なるほど彼女だからか……」
事もあろうに召喚されたばかりである筈の女王メイヴは目敏くクーフーリンの存在を察知して探していたらしく、エミヤの部屋へと飛び込んできたクーフーリンを探り当てたらしい。
思わず無断で入ってきたクーフーリンとメイヴに怒る気も失せたエミヤは、早々に部屋から出て行って貰いたかった。
この所、召喚に応じてから本来よりも長きに渡って現界している為か。
摩耗しても残っている生前の全てを失った地獄、今に至る為の起源となった死別、眩しいほどの美しき青い少女の記憶を中心に記憶である記録が流れ込んできて寝覚めは最悪であったからだ。
摩耗した筈の欠片にも残っているクーフーリンに関しての思い出したくもない茶番劇や死闘も含まれているので尚更、顔など合わせたくないが、そう上手くは行かない。
そんな憂鬱なエミヤを他所に人の部屋に上がり込んで来たケルト人たちは話を勝手に進めていく。
だがエミヤは適当に退出すべきだった。
例え己の部屋であろうと幸運値にマイナスが付きかねない彼の運の無さは、彼に巻き込み事故を引き寄せる。
「ぁぁぁあくそったれ、ぁ、そうだ、うん!今回も諦めろ、メイヴ!!!」
「あら、私が諦めた事なんて無いじゃない。それに理由は何だって言うの?此処には貴方の守る国も王も女も居ないわよ!」
「理由はコイツだ!!!」
何やらメイヴと騒いでいるクーフーリンが指を指した先に居たのは勿論、部屋の主であるエミヤである。
しかしエミヤからすれば、まさか外野であり無関係である筈の自分に矢印が向けられるとは思っていなかっただけに予想外である。
何より理由を聞いても同じだが邪魔ならば消す事も厭わないメイヴからしても、まさか関係ないと思っていた知らない男が理由では反応に困るのは当然だ。
「……は?」
「……え?この男?」
「コイツと閨の仲だから!!!諦めろ!!!」
ガツン、と頭を後頭部から殴られるほどショックと言う比喩がピッタリな衝撃の後、エミヤは目の前が真っ暗になる錯覚を覚えた。
何やら開けっ放しとなっていた扉の方には様子を見に来ているらしき野次馬の如きサーヴァントやらカルデア職員も居て、ヒュー♪やらキャー!やら聞こえるが、それどころではない。
「え、やだ、ついにクーちゃん、目覚めちゃったの!?」
そこなのか、女王メイヴ。
などと言っている暇はない。
今、やるべき事は他にある。
投影、開始ートレース・オンー
「地獄に堕ちろ!!!ランサー!!!!!」
「どわっっっ!!?テメェ、突然襲うなんて卑怯だぞ!!!!!」
もはや問答無用。言語道断。
狭い部屋である為に愛用している弓ではなく、手に馴染む愛剣である干将・莫耶を投影してクーフーリンの首、心臓のある胸、頭に向かって殺意を込めて襲いかかった。
結果としては速さで勝るランサークラスであるクーフーリンは、ゲイボルグをすぐに手元へ出して攻撃を相殺してみせた。
だがエミヤからすれば怒りの火に油を注いだ行為でしかない。
「貴様ついに狂ったか!!!せめてもの手向けとして我が刃を受けろ!!!」
「チッ、やっと喋ったかと思えば喧嘩とはな!良いぜ、乗ってやるよ!望む所だ!!!」
「もうクーちゃん!!!……あ、その男が閨の友なら一緒に私の男妾になれば良いんじゃない!?」
「断る!!!」
「なんでさ!!?」
ギリギリと金属同士が奏でる音を尻目に怯む様子もなく、拗ねたように可愛らしく白い頬を膨らませるメイヴは名案とばかりに提案して来る。
メイヴの気を逸らす為の方便を口にしたクーフーリンの拒否は勿論。
巻き込まれ事故なエミヤからは驚きの声が上がる。
まさかクーフーリンだけでなく、クーフーリンを殺そうと襲いかかっている男前からも驚かれるとは思っていなかったメイヴは、目を見開いて抗議しようとした。
しかし見失ったメイヴを騒ぎによって見つけて駆けつけたマスターとマシュにより強制的に解散する事になる。
後に残ったのは、メイヴを新しい迎えた事。
そしてケルトの大英雄クーフーリンとアーチャークラスの霊長の守護者は出来ていると言うエミヤにとっては悪化した事態であった。
だがエミヤは身に染みる事になる。
嘘も真となりうるとばかりに、ランサークラスの彼と本当に身体を結ぶ羽目になる事を。
そしてマスターからの励ましの言葉である、偽物が本物にかなわないなんて道理はないのと一緒だよと言う言葉でトドメを刺されたのは、また別の話である。
END