ハピハピLife

キャスターの容姿は見目麗しく、また性格も冗談すら洒落ていると感じさせる粋な男だと言うのがシャドウの中での印象だ。
そんな彼に対して色恋の気を向ける客は少なくなく、また"ある理由"から何度か尋ねられ、ついついキャスター本人に失礼と思いながらも確認した事があった。

「最近、他のお客さんに尋ねられるんですが、キャスターさんの本当の名前ってクーフーリンさんですか?」
「おいおい、不躾だな」
「えぇ、違うと分かっていますから」
「あー……はは!アレは訳ありの俺の弟でな。似てるだろ?よく間違えられるしな……アンタも俺達が黙ってたら見分けられねぇだろ?」

親しくなければ、分からない僅かな違和感。
その時の違和感をシャドウは何処か寂しそうだ、と感じ取った。
それは自分自身も双子でありながら出来の良いアーチャーと比べられて苦しんだ記憶があるので分かり合えると勝手に思っていたのかもしれない。
気付けば親しくなっていた客人にシャドウは褒め言葉をかけていたのだ。

「ふふっ、似てるとはいえ別人です。兄弟の見分け方には自信があるので間違えませんよ。何よりキャスターさん、タレ目で可愛らしいですし」
「はぁ?可愛いって初めて言われたわ!カッコイイだろ、そこは!」
「はははっ!どうぞ、お待たせしました。ご注文のアイスティーです!」
「あ~くそっ、調子狂うぜ……!」

いつの間にか止まっているペンを放り投げている作家だと言うキャスターの煮詰まり具合も見定めて注文の品を置いて仕事に戻る。
もしかしたら話題のせいかもしれないと思ったからだ。
何処かやさぐれながら弟の映るテレビを見ていた様子が気になって話しかけてしまったが、良くも悪くも気分転換になったようでシャドウは自分なんかでも力になれたろうか?とらしくもなく心は浮ついた。

実は本を読まない衛宮家ではキャスターの名を知らないと話すと、読書家で常連客でもあるライダーに驚かれたのは記憶に新しい。
どうやら期待の新人作家らしく、作品の作成し発表されるスピード、ジャンルの多さ、色気のある作風からコミカルまで、どんな人物が書いているのか分からないからこそゴーストライターの噂まである人気作家だと熱弁された。
読もうとして官能だけは手が出せず、1冊だけ購入した作品も序盤の濡場で不覚にもキャスターを思い出してしまい失敗。
興奮は覚えたが気まずさから本を閉じてしまい、そのままだ。
お陰でトラウマとなって結局、他のジャンルのキャスターの作品も読めていないのだからお手上げである。
だが常連客のライダーの一言で変な気遣いは余計なお世話なのだと感じて、シャドウは開き直ったのだ。

「シャドウの話を聞いて何故に彼が頑なにメディアに出ないか分かりました。弟に会いたくないのでしょう」

納得した様子で1人のファンとしてリークしない姿勢のライダーに感心しつつ、シャドウも頷かずにはいられない。
自分でもキャスターと同じ立場なら同じようにした気がしたからだ。
弟に、家族に迷惑はかけられない。
ましてや純粋な家族の繋がりではないからこそ余計にだ。

よくからかってくる癖に自分の事を語らないキャスターの事を知れて喜ぶ自分に、首を傾げつつシャドウは以前と変わらない対応でキャスターに話しかけた。
特に意識はしていない。
ファンではないと言うのもあるが彼が特別扱いを望んでいないなら、接客として、プロとして。
シャドウは前と変わらぬ仕事ぶりで彼に接客する。
心の何処かで少しの親しみを抱えていても蓋をすれば良い話である。

そんな時だ。
びしょ濡れの濡れ鼠と化したキャスターがシャドウに告白をしてきたのは。

最初はオーナーのセイバーオルタ、常連客のライダーのどちらと間違えている程に調子が悪いのかと思った。
いきなり入店してきて抱きしめてくるなんて、と。
男同士なのに親友でも中々しない筈だろう、と真っ白になった頭をなんとか動かす。

「キャスター、私はシャドウだ!誰と勘違いしてる!あ、と、とりあえずタオルをっ!おい、キャスター!?」
「行くな……シャドウ……」

まるで泣きじゃくる子供のように苦しそうだ。
それが率直な、その瞬間のキャスターへの印象だった。
寄りかかって来たかと思えば抱き締めてきた キャスターに戸惑いつつ、震えている身体に寒いのだろうと抵抗をせずに宥めて何とかタオルをかける。
風邪を引いてしまったかもしれないと思ったのだ。
誰でも心細いと人恋しくなる事は兄弟たちや自分も経験した事がある。
ただキャスターの場合は甘えられる人が少ない、寧ろ居ないのかもしれないと思いはしたが。

「どうしたんだ?立っていられないのか?」
「違う……好きなんだよ……」
「ん?雨がか?だからと言ってだな」
「シャドウ、好きだ……傍に居てくれ……」
「……え?」

告げられた言葉を理解出来なかった。
唇に触れている柔らかな感触など知らない。
どうしてそんなにも泣いてしまいそうな悲しい顔で告白なんてして来るんだ。

一瞬で様々な考えが巡ったがシャドウは、ポカンと驚きから開いた唇の隙間に入り込もうとする不届きな舌を噛んで追い出す。

「いっ!!!」
「私で男色の模倣をするな!たわけ!!!」
「ぐえっっっ!!?」

潰れた蛙のような鳴き声で股間を抑えるキャスターを、自身が真っ赤な表情である事も気にせずにシャドウは逃げ出した。
無断欠勤だなんて気にしている暇などない。
ただただ心の片隅で喜ぶ自分に絶望した。
愛想の無いが大切な兄弟たちであるアーチャーとオルタの顔が見たくなった。
自分の存在証明をして欲しくなったのだ。
生きている事を許して欲しくなったのだ。
あまりにもキャスターに対して彼の嫌いな他の有象無象と同じ下品な情を抱えていた自分に絶望して殺してしまいそうだったから。
5/6ページ
スキ