狐七化け、狸八化け

家康は狐が化けていると言う青年の隠そうとしない空気を震わせる程の殺意に動揺していた
決して青年の驚異的な殺意に怯えたのではない
ほんの数日前、関ヶ原で正面から受けた想い人からの殺意と余りにも似ていたからだ

家康は思った
なんて悲しい感情の篭った殺意なのだろう………と

大切なモノを失った癒えようのない喪失感や守れなかった悔しさ、後悔や怒りなどが綯い交ぜとなり、その修正の効かなくなった全てを殺意に込めて理性をギリギリの所で保っている
その押し込める事や諦める事、悲しむ事を知らぬ純粋さを感じ
家康は三成を思い出さずにはいられなかった

しかし家康はすぐに意識を現実に引き戻す事になる
青年が刀一つで部屋を出ようとしたのだ
怪我を悪化させかねない行動に思わず、家康は青年の肩を引っ掴んで引き留める

「待つんだ!怪我をしているのに何処へ行く気だ!」
「煩い!邪魔をするな!あと一撃!奴に浴びせかければセン様の、師匠の無念を晴らせるのだ!!!」
「っ!とにかく、君…いや、お前の身を預かった者として部屋を無闇に出る事を許す事は出来ない!」
「っぅ!!!………黙れ…黙れ!貴様に何が分かる!私は、まだ…あの方から、学ばねばならぬ事があったのにっ!私の無念など貴様には分からない!!!」
「……………っ」

青年の今にも泣き出しそうな叫びに家康は咄嗟の事だったが一言も返すことができなかった
しかし同時に此処で引けば青年はこの場から居なくなり、そして二度と会う事もないだろうと感じると同時に此処で青年を引き留めねばならないと思った
そして一瞬であったが考え付いた結果、家康は青年を自分の胸に納めると青年の頭を優しく撫でた
抱き寄せられた青年は予想外の事で驚いたのか、大人しくしており暴れる事はなかった
それを良い事に家康は一撫でする度に、青年の心が少しでも安らげば良いと思いながら何度も優しく撫で続ける

「な、にをしている…」
「突然すまない、だがお前を止めたいんだ」
「何故だ」
「…心配なんだ、せめて今夜だけでも良い、その体を休めてくれ」
「……………何故、そこまでする?私は得体の知れない者なのだぞ」
「………知っているじゃないか、お前はとても美しい狐だと」
「……………」
「それだけでは不足だろうか?」

冗談めいた事を言いつつも家康は心配している事が一寸でも伝わればいいと思いながら、体を離しても頭を撫で続けた
撫でられている青年は抵抗はしないものの不服なのか眉間に皺を寄せていたが、急に家康の手を離れるようにして姿勢を正して刀を家康に突き出すように掲げると名前を不服そうに言った

「…………………………ツヅラオ」
「え?」
「私の名は九尾(ツヅラオ)、日の使いたる師の刃とならんとする者だ………癪だが助けられたのは事実だ、その借りは返す」
「ツヅラオ…か、そんなに堅苦しくする必要はないさ!それにお前を助けたのはワシの独断だ」
「…………ふん、素直に礼を言わせない奴は何処にでも居るものだな…」

借りは返すと真剣な眼差しのツヅラオに申し訳ない気持ちになった家康は、咄嗟に気にする事はないとやんわりと伝えたつもりだった
すると家康の言葉を聞いたツヅラオは悲しさを含む顔を浮かべ、誰かを思い出し零れるように呟いていた
しかしその言葉はあまりにも小さく家康に届く事はなかった

「ん?どうした?」
「……………いや、小腹がすいたなと思っただけだ」
「お、そうなのか?まぁ、食欲があるのは良い事だ!何か貰えないか見てこよう」
「………私も行く」
「そうか?なら付いて来てくれ」

暫し考える素振りをしたかと思えばツヅラオは腹がすいたと伝えると笑顔で家康は部屋を出ようとする
そんな家康に刀を帯に差しながらツヅラオは、無表情で付いて来る
家康は、ツヅラオの愛想のない無骨な態度に微笑みを送りながら、台所へと案内するべく足を進めた



左近は今の状況にほとほと困り果てていた
縁側には狸が化けていると言う心底信用ならない青年と、その斜め後ろには青年を静かに見据える主人の三成が居たからだ

正直言うと、左近はこの場から離れたい程に怖くてしょうがない
その理由は、左近が心霊や妖怪などの類はとことん苦手な為である
しかも実際に見たとはいえ、理解し受け入れられるほどの猶予がなかったのもあり動揺しっぱなしであった
そんな左近を気にする事なく、青年は落ち着きを取り戻して三成から目線を逸らすと左近へと苦笑いを向ける

「あの、凶王の部下殿、凶王殿はなんで怯えきった目だなんて言うんだ?」
「え、え?お、俺?そんなの知るかよ!自分で考えろって!!!あと俺は島左近って言う名前があんの!」
「おい、それで逃げたつもりか!私の質問に答えろ!狸!」
「うーん…なら答えるが、ワシに怯えているつもりは無いし恐れる理由はない…まぁ、戦いが好きと言う訳ではないが」

今度は少し考えた後、青年は真っ直ぐに三成を見据える
その目に三成が見た先程の怯えは無く、ただ凛々と光る黒目が光っているだけだった
再び睨み合いとも、見つめ合いとも取れる事をしている二人に既視感を覚えながらも先程よりも冷静さが出てきた左近はこっそりとため息をつく

左近は気付いていた、自分の主がある人物と青年を重ねている事を
しかし肝心の主である三成は自分が青年と家康を重ねている事にも、重ねる事で心を癒している事にも気付いていなかった
だがそれは青年も同じだと言えた
青年も何処かの誰かの面影を三成に重ねていたのだ、三成との違いは自覚していると言う事だけだ

「自覚はないと言う事か…まぁいい、もう用はない、好きにしろ」
「そうか、ならさっさと御暇(おいとま)するとしよう」

三成の興味が失せたのを感じた青年は、これ幸いといったように微笑みながら怪我を感じさせない動きで立ち上がろうとする
しかし左近は驚いたように青年を止めに入った

青年の怪我はギリギリ致命傷を避けているが一つ一つの傷は、まるでその身に傷を残そうとするかのように深く青年の体を傷つけていたのだ
熱を出さずに動けている事が不思議な位であった

「へ?ちょ!アンタ、その深手で何処に行くつもりだよ!!!大人しく寝てろって!」
「いや、もう十分すぎる程に世話になっている、これ以上の迷惑はかけられない」
「拾ったのは俺だぞ!迷惑じゃないから此処に居ろって!」
「そうか、なら言い方を変えよう………ワシは一人の男に命を狙われている、一ヶ所に留まるのは気が進まないんだ」
「な、なるほどな!うーん……………なら一日!!!いや、今晩だけでも休んでけよ!な?」

左近の説得に断固として頷こうとしない青年に大慌てになりつつも、左近も譲る事なく説得する
今は熱が出ていないだけで倒れない保障は何処にもなかったからだ
そんなあまりに必死な左近に青年は目を丸くしたが、暫くすると照れながらも嬉しそうに微笑みつつ答えた

「ふふっ…あぁ、分かったよ、その言葉に甘えて今晩だけ世話になろう」
「お!そうこなくっちゃ!あ、部屋は流石に此処じゃ駄目だから俺と同室になるけど…」
「あぁ、全然構わないよ、宜しく頼む」
「おう!………えっと、名前なんて言うわけ?」
「あっ!名乗ってなかったな、ワシの名は三朗(サブロウ)、狸の化身…まぁ妖怪みたいな者だな」
「うぅ…やっぱりそうなのか…」
「そう固まらないでくれ、悪戯なんてし、ない、から……………」
「え、ちょっ!おい!しっかりしろ!」

妖怪と言う言葉に素直に難色を示す左近に三朗は気にする事なく微笑んでいたが、言い切る前に三朗はその場でネジの切れた人形のようにその場に倒れてしまった

慌てて左近が倒れた三朗の体を抱え見てみると、先程までの元気そうな表情が嘘のように顔は赤く抱える体は火のように熱い
左近と話していて気が抜けた為に意識していなかった熱が出たのだろうと、何処か冷静な自分が理解しつつも突然の事に左近は動けずにいた

「何を呆けている、左近!使用人に冷やせる物を運ばせろ!」
「っはい!!!」

それを見かねた三成の言葉に冷静さを取り戻した左近は弾かれたように立ち上がると、使用人を呼ぶ為に奥へと駆けていく
緊急事態の為、騒がしく走っていく左近を叱る事なく三成は気を失って大粒の汗を大量にかいている三朗に近づくとその体を横抱きにして持ち上げた



あとは真っ直ぐ行った先を左に曲がれば、台所へと到着すると言う所で突然、九尾が足を止めて驚愕の顔を浮かべたかと思うと脱兎の如く走り出し、右に曲がった
家康は突然、走り出した事にも驚いたが右に曲がった事で大いに慌てた
何故なら右に曲がると、元西軍である長曾我部や大谷たちが使う予定になっている部屋がある筈だからである

「待て!待つんだ、九尾!そっちに行ってはいけない!」
「煩い!微弱だったあの男の気配が一瞬だが大きくなった!急がなくてはならない!」

九尾の足の速さに更に慌てて走るが、動きやすい武装の恰好ではない上に家康は決して足が速い方ではない
どんどん開いて行く距離に家康は全速力で追いかけ始めていると、騒ぎに気付き廊下に刑部こと大谷が九尾の前に現れていた
その事実に家康は一瞬、青ざめたが九尾を止める事を優先して大谷に向かって叫ぶ

「やれ、騒がしいと思えば徳川、随分と愉快な者を連れているな」
「刑部!!!と、止めてくれ!そいつを止めてくれぇえ!!!」
「邪魔だ!!!そこをどけ!!!退かねば例えその体が病に蝕われていようと斬る!」
「ヒヒッ!怖いコワイ、しかし見ただけで病と見抜くとは…まっこと不思議な奴よなぁ」
「ふん、私の目は真を見抜く、貴様の気を見れば嫌でも病と分かる」

大谷は家康の言葉に答える事はなく、ただ廊下の真ん中に杖で体を支えながら立ち、九尾に話しかける
真ん中に立っているだけで横を通れば通り過ぎる事ができたが、九尾は素直に立ち止まる
すると話しかけられて少し落ち着いたのか、険しい表情ではあるものの九尾は素直に答えた
その姿に安心しつつ家康は、息を切らして大谷の元へ駆け寄ると大谷の安否を慌てて確認する

「っふぅー!すまん、刑部!大丈夫か?」
「おい、遅いぞ東照!あの男が居ると言うのに逃がしたらどうしてくれる!」
「ホウ…随分と懐かれたものだな、徳川、してこの男はなんだ?迷惑料として話やれ」
「あぁ、お前には隠すよりも明かした方が良いだろう、彼は神聖な狐で今は人を探しているらしいんだが怪我が酷くてな、今夜はワシがその身を預かっているんだ」

文句を言う九尾を見て、家康が九尾を屋敷に招き入れた事を瞬時に理解した大谷は、この不思議な観察眼を持つ九尾について家康に迷 惑料だと尋ねる
迷惑料と言われ、耳が痛いと思いつつも家康は妖怪や物の怪といった類に詳しそうな大谷には多少明かしておこうと気持ちを切り替えて簡略的に伝えた
狐と聞いた大谷は一瞬、驚いたように目を開いたが興味深そうに九尾を見つつ、楽しそうに尋ねる

「ヒヒッ!それは中々奇妙な拾い物をしたものだ…して狐よ、その気配とは何処からする」
「ちょっ!?刑部!何を言ってるんだ!彼はまだ戦うべきじゃないんだぞ!」

家康は大谷の言葉に大いに慌てた
もし自分が九尾を止められず、追いかけている男と鉢合わせして戦うような事になれば九尾の傷は開いてしまい、傷の治りが遅くなる
しかも急所を外れていても傷の数は全身にあった事から考えると内臓の負担もかなりのものである
そんな状態で激しい戦闘をすれば命の危険が出てくるのは明白である
しかし九尾は気にすることなく、大谷の質問に答える

「気配はこの先の方から確かに感じた、奴め、すぐに気配を消そうとしているが傷で安定していないから丸分かりだ」
「………ほう、そうか、ならば行ってみれば良い、何か見つかるやもしれぬぞ?徳川、迷わぬように付いて行け」
「はぁ…そうするよ、刑部、騒いですまなかったな」
「ヌシから詫びを言われるとはなぁ、まぁ良い…さっさと行け、イケ」

全く止める気のない大谷と全く止まる気のない九尾を見て、もう自分で彼を止めるしかない事を感じた家康は諦めて戦う事だけでも避けようと心に決めつつ、申し訳適度の詫びと返事をする
その決意に感づいているのか、いないのか、大谷はもう用はないと二人を追い払うように手を払う仕草をする
特にその仕草に反応せず、それよりもたいした嫌味を言わずに見送る大谷に家康は内心、不思議さを感じつつも九尾が急かすように進むのでその場を後にした

しかし九尾も家康も気付いてはいなかった
二人の姿が見えなくなるまで大谷が見定めるように見送っていた事を

「この結果が三成にとって不幸になるかどうかはヌシにかかっているぞ、徳川…せいぜい足掻けやアガケ」



家康は何故、大谷が自分たちを止めなかったか九尾を追いかけた先に辿り着いた事でやっと理解した
と同時にやはり九尾をもっと手前で止めておくべきだったとも思った
家康の目の前には手当てはされていたが、傷が深いのか包帯には薄っすらと血が滲んでいて辛そうに大粒の汗を流す青年を抱えた三成が立っていた
見れば三成が青年を移動させるのだと言うのは理解できた

「家康!!?何故、ここに居る!」
「み、三成っ!!!っ!逃げろ!!!」

家康は感覚的に三成の抱えた青年が九尾の探す青年だと言う事が分かった
何故なら九尾が殺気と共に疾走していたからである
そして三成に危険を知らせた時には九尾は刀を抜き、その刃は三成ごと青年を斬ろうとしていた

「三成!!!」
「っく!なんだ貴様は!!!」
「…そ…こ……せ」
「何?」
「その男を渡せ!!!今すぐに斬首する!!!」
「落ち着け!九尾!刀を収めるんだ!」

幸いにも襲ってきた無数の斬撃を三成は青年を抱えているとは思えない速さで華麗に避けると、鋭い殺気を浴びせてくる男を睨んでいた
その間に素早く九尾の横へと移動していた家康は、九尾の居合いの構えを邪魔するように右手を掴みかかりながら家康が声を荒げていた

そんな光景を見ながらも三成は心ここに非ずであった
こんな風に予期せぬ形で家康との再会を果たすと思っていなかった三成は表には出さないものの焦っていた
しかし家康に九尾と呼ばれた男は今、抱えている男の命を狙っているらしい事は直感的に理解していた

「家康ぅ…っ!!!これはどういう事だ!貴様の差し金かっ!!!」
「なっ!?違う!まさか三成が居るなんて…」
「煩いっ!!!東照!何をゴチャゴチャと騒いでいる!それに貴様、消えろ!その男を斬れない!」
「なんだとっ!!!突如、現れたかと思えば戯言を!!!消えるのは貴様だ!」
「ちょっ!?二人ともやめてくれ!!!」

三成と家康をも斬らんと闘気を出す九尾は今まで以上に殺意に狂っており、三成の抱えた男を殺す事しか頭にないのか誰でも構わず斬りかねない爆弾のような状態だと言うことをやっと家康は理解した
しかし理解した時には既に遅く
短気と言っても良い三成の性格に対して九尾の言葉は、火種でしかなかった
火のついた花火のようにあっと言う間に三成の闘争本能に火をつけていたのだ
この最悪の事態に流石の家康も焦りを覚え、半ば拳を振るってでも止めようかと思っていると、静かにしっかりと遮るようにその声は響いた

「つづ、らお………お前、神獣でありながら人を巻き込むつもりかっ…?」
「貴様ぁっ!意識が戻ったと思えば戯言を!私は貴様の首さえ得られれば此奴らなどどうでもいい!!!」
「はぁ、またお前は……………あぁ、凶王殿、迷惑をかけた…降ろしてもらえないだろうか?」
「ふん、良いだろう」

抱えられた青年、三朗が九尾の言葉に顔を僅かだが悲しげな表情になった事に家康が気を取られていると、三朗は三成に降ろして欲しいと申し込んでいた
三朗の言葉に三成は一瞬目を細めて睨んだが、すぐに願い通り降ろす
降ろされた三朗は怪我を感じさせぬ、しっかりとした足取りで立った瞬間、九尾に対して蹴りを浴びせていた

このあまりに唐突な出来事に、傍にいた家康は九尾を助けることも出来ずに飛ばされる九尾を呆然と見ていた
それは三成も同様で、先程まで弱々しく熱にうなされていた男とは思えぬ蹴りに珍しく目を丸くする
しかし二人は怪我を押さえてうずくまった三朗を見て意識を戻す

「おい!大丈夫か!!!」
「………あなたは徳川家康公か?九尾が東照と呼んでいましたが」
「え?あ、あぁ、そうだが」
「貴様らぁぁあああ!!!何を呑気に対話しているぅうう!!!」
「いっつぅ!!!す、すまん!三成…」
「そう怒らないでくれ、凶王殿…それにあなた方に迷惑をかけるつもりはない」

念の為にと刀をすぐさま持った三成は場違いじみた会話を繰り広げようとする二人に声を荒げ、苛立ちを家康の後頭部にぶつける
突然に後ろからぶたれた家康はうっすら涙を浮かべたが、場違いだったという自覚のある為に文句を言わずに詫びを入れた
そんな二人を見て大粒の汗を流しながらも微笑みを浮かべた三朗は一言、二人に声をかけたかと思うといつの間に身に着けていたのか肘まで覆われた大振りのドス黒い小手の装着を確かめると構えをとった

すると次の瞬間、吹き飛ばされていた筈の九尾の姿が斬撃と共に三朗を襲う
三朗は斬撃を予測していたのか、素早く弾くと最後の大振りの一打を両腕を交差させて止める
すると止めた衝撃で廊下はひび割れ
流石の家康と三成も、まともに武装もしていなかった為に衝撃に襲われると容易く後ろへと飛ばされた



しかし戦おうとする九尾と三朗を止めなければならないと考えた家康は、飛ばされる程の衝撃にもめげる事無く九尾に向けて声を張り上げる

「んなっ!?ま、待て!九尾!彼は深手を負っている!!!やめるんだ!!!」
「煩い!邪魔をするな!今ここでコイツを殺す!!!」
「………九尾、それでは駄目だと何故、分からない!やはりお前にセン殿の想いは完全には受け継がれてなどいない!」
「黙れ!貴様が私を語るな!あの方を語るな!貴様にあの方の何が分かる!あの方を殺した貴様にっ!」
「…え」

家康は九尾の言葉に戸惑いと驚愕の色を浮かべた
二人の会話から察するにセンと言う人物を九尾に襲われている男、三朗が殺めたという事になる
三朗も殺めた事に対して否定しない所から察するに事実である事を更に際立たせた
つまり九尾は殺された復讐の為に三朗を探していたのだ

この事実に家康は戸惑った
家康は三成に恨まれている自分と三朗は似た境遇だと感じたからだ
ましてや隣で二人を睨みつけている男、三成とは最近まで戦場で争っており、ほとぼりは冷めていない
更に和解の糸口すら見つからずに、こんな予想外の形で再会してしまって気まずくない筈がなかった
しかし三成は違った
今、この現状こそが三成には許せなかった

「きぃさぁまぁらぁぁあああ!!!此処で戦う事は許可しないぃ!!!」
「っな!うぅっ!」
「何っ!ぐはっぁ!」

三成は鞘に納めたままの刀で、素早く的確に九尾と三朗のもっとも深手を負っているところを狙って攻撃すると元々深手でギリギリであった二人は気絶した
その出来事に呆然と見ているしかなかった家康は三成を止める間もなかった

しかし三成のお陰で二人は気を失っている
これでひとまず戦いがまぬがれた事に家康は殺気で張りつめていた体の緊張をほぐす
すると不機嫌な三成に気にくわそうにされながらも声をかけられる

「おい!何をしている、家康!早く此奴らを捕らえるぞ!」
「え、あ、あぁ!………って捕らえる、のか?」

家康は三成の言葉に戸惑った
暴れはしたが仮にも二人は怪我人で重体である
捕らえると言って奮起している三成の気持ちも分からないでもないが、家康は三朗の血の滲んでいる包帯を見てしまっては気がひけた
しかし三成に容赦はなく、家康が戸惑っている間に部屋に備え付けられていた小箱から長い紐を一つ出すと、気絶している二人を背中合わせにするとグルグル巻きにして縛り付けていた
これには、どう三成を説得しようと考えを巡らせていた家康も慌てて声をあげる

「おいおいおいおい!三成!二人は怪我人なんだ!こんな事をしては治るものも治らない!」
「煩い!あれだけ暴れていたのだ!これくらいでくたばるものか!」
「そういう問題じゃない!せめて腕だけ縛るとかにしないと体に障る!」
「私に意見するな!それとも貴様も縛られたいか!」
「待て待て!落ち着けって!ワシはただ二人の体が心配で!」
「えぇえい!黙れ!貴様の意見など認可しない!」

三成のあまりのキレっぷりに、場違いにも何処か懐かしさを覚えながらも三成のあまりの仕打ちに家康もなんとか二人を少しでもマシな体勢にさせてやらねば!と言う使命感が芽生えていた
しかし部屋が危うく、ぶっ飛ばされそうになってブチキレてしまっている三成はいつの間にか持っていた紐で家康を黙らせようと、結び目を解こうとする家康の手首を握り潰さんばかりの力で掴む
その細身の部類の体格からは想像も出来ないほどの握力と三成のマジキレの目を見て、家康はいよいよ三成の本気さに慌てて抵抗するように腕を負けじと引こうとする

「み、三成!とりあえず紐を外すのは許してくれ!!!」
「そんな事は許可しない!!!大人しくしろ!家康ぅぅううう!!!」
「あ、あんたら何してんすか…?」

井戸水を汲んだ桶を抱えながら慌てて戻ってきた左近は何故、仕えている主が紐を持って宿敵に襲いかかっているのか
何故に廊下が所々破壊されているのか
そして知らぬうちに増えた謎の男が三朗と共に何故に縛られているのか
などの光景を見て分からず途方にくれた


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