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狐七化け、狸八化け

途方に暮れる左近を気にする事無く、今にも拳や斬撃が飛び交うのでは、と思わせる程に言い合う元東西の総大将に左近は気持ちを持ち直しつつ、二人を横切った

何やら家康が時々、左近に向けて助けを求める言葉をかけているが左近は怪我人が優先する
何故なら左近は三成の部下なのだ、部下が主の邪魔など言語道断である
なので全く気にする様子もなく、左近は濡れた手拭いを絞って三朗の額に乗せた
すると三朗は目を覚ました


「っう…ぁ、左近、殿…」
「あ!目、覚ましたか!今、解いてやるから待ってろ!」


手拭いの冷たさに意識が戻ったらしい三朗はゆっくり瞬きをしながら左近へと目線を合わせる
どうやら傷が開いてはいるものの意識はしっかりしているらしい
それに気付いた左近はホッと安堵の表情を浮かべながら、三成が縛った縄を解きにかかった
幸い縄の結び目は簡易的で、すぐに解けたが左近は再び縛った
左近の知らぬ男、九尾のみを

そのあまりに自然な動きに三朗は暫く眺めていたが状況を把握すると、戸惑ったような顔で飛び起きた


「左近殿?」
「あ!こら!寝てろよ!傷が開くだろ!」
「いや、何故にその男を縛るのか、と思って…」
「ん?あぁ、ほら、アンタは包帯を巻き直すって言い訳あるけど三成様が解いたの見たらキレっから、コイツだけでも縛っておこうと思ってさ」
「そうか…」
「てかこんな事は良いから、アンタは準備済ますまで寝てろって!」


あまりに予想だにしていなかった返答なのか三朗は苦笑いを浮かべ、気まずげに自分の額から落ちた手拭いに目線を寄せた
しかし左近は全く気にしていないのか、縛り終えると三朗の肩を軽く押して横たわるように促す
三朗はその促しに抵抗する理由は無かったので大人しく横たわるしかない

すると気まずい空気を壊すかのように、三成と言い争っていた家康が転がってきた
どうやら三成に抵抗していたら転がされてしまったらしい


「いててて!三成、彼にぶつかったら、どうするんだ!すまない、大丈夫か?」
「あぁ、大丈夫だからそんなに慌てないでくれ、東照殿」
「なんだ貴様、縄から逃げたか…」
「あ、俺が三朗だけ治療の為に解いたんす!」
「………ふん、なら早急に済ませ、出ていけ」
「了解っす!ほらほら!退いて!」
「あ、すまん!」


慌てて起き上がり心配する家康に三朗は穏やかな微笑みを送る
そんな三朗の姿を見て、三成は相変わらず鋭い視線を向けながら尋ねてきたが、左近の返事を聞くと納得したのか家康の横を素通りすると刀を定位置に戻す
左近と言えば、三成に早急と急かされてやる気が出たらしく
家康の肩を横に押すと、その場に座って治療を始めた

押しのけられた家康は、戸惑いつつも抵抗せずに場所を譲ると自然に部屋の奥で座する三成の前に背を向ける形となった
すると三成の動きは早く、目の前に来た家康の首根っこの服を掴むと引き寄せる


「うぉおっ!?な、何するんだ!三成!」
「黙れ!この事態の元凶は、貴様なのは分かっている!」
「………ワシに非があると?」
「当然だ!貴様がこの白銀の男を制していれば良かったのだ!!!」
「…その通りだな、お前にも迷惑をかけた、すまなかった、三成」


九尾を白銀の男と表現し、三成は指し示すと家康の胸倉を掴みながら強く主張する
そんな三成の主張に家康は一瞬、顔を歪めたがすぐに顔を引き締めるとソッと胸倉を掴む三成の手を放し、詫びを入れた

素直に謝る家康に三成は数秒間、呆気にとられたが持ち直すと胸倉を掴む手に添えられていた家康の手ごと手を振り払い、家康から視線を外す


「……………チッ!さっさと白銀の男を連れて消えろ!!!」
「あぁ、邪魔したな、さらばだ…三成」
「え?あ!戻んのかよ、家康!」
「元々、三成と会う為に此処に来た訳ではなく偶然だ…左近にも悪い事をしたな、邪魔した」
「い、いや、別に、俺は……………あ、行っちまった」


ギクシャクと以前とは違う反応の三成と家康の話をこっそりと聞いていた左近は、あっさりと去ろうとする家康を思わず呼び止めた
しかし家康は左近へ、微笑みと早々に謝罪の言葉を向けると九尾を縛られた状態で横抱きに抱え、足早に立ち去っていった

その一刻も早く三成から離れるような態度に手を止め、わざわざ廊下まで出て立ち去る背中を見る左近を叱る事もせず、三成は己の手を見つめていた
その手は家康の服を掴んだ手であった


「…呼び止めなくて良かったのか?凶王殿」
「っ!…その必要はない、貴様も手当てが終わったのなら早々に消えろ」
「承知した」


そんな三成の様子に気付いた三朗は左近が手放した包帯を己で巻きながら、己の手を見つめる三成に問いかける
尋ねられた事で我に返った三成は、立ち上がると三朗に近付き、必要ないと言い切り三朗の包帯を結んでやる

三朗も三成の返事は予想していたのか、深く追求する事も抗う事もせず
ただ三成に三朗は頭を下げたかと思うと、左近に明るく声をかけた


「さて…左近殿、そろそろ部屋へ案内してもらえないだろうか?やはり流石に疲れが出てきたよ」
「ん?おぉ!悪ぃ悪ぃ!てか起き上がれる方が変だからな!」
「そうなのか?まぁ、左近殿の部屋で説教を受けるよ、流石にそろそろ凶王殿の部屋を出ないと申し訳ない」
「あっ!そっか!す、すんません!三成様っ!」
「…分かったからサッサと行け」
「はい!お邪魔しましたぁ!」
「それでは失礼する」


一通り騒動が収まった事で、夜も深まる時間だと気付いた左近は慌てて持ってきていた箱や酒を手一杯に抱えながら部屋を出る
そんな左近に対して微笑みを浮かべながら三朗は、重症とは思えない元気そうな雰囲気で続けて立ち去る
しかしその立ち去り方も慌しく、部屋を出た後に廊下で「凶王って呼ぶな」などと左近が三朗に向かって声を張り上げていた

だが今の三成には、そんな左近と三朗の騒ぎ声も更に激しく降り続く雨の音さえも聞こえてはいなかった

・ーーーーー・ーーーーー・

三成の部屋を後にした家康は九尾を抱えながら、ひたすら自分に与えられた部屋へと足を進めていた
偶然とはいえ久々に顔を合わせた三成の顔色は悪く、家康の記憶の中の姿よりも少し痩せていた
しかし部屋にあった酒のつまみなどを見る限り、左近が三成に半ば無理に食べさせているようだったので、家康は人知れずホッとしていた

するとそんな家康の思考を邪魔するかのように、家康の腕の中にいた九尾が身じろいだ
九尾が起きたのである


「いい加減、下ろせ」
「起きたのか、少し待ってくれ」


起きたと察して見ると、九尾は横抱きで抱えられている事が心底不愉快そうに下から家康を睨んでいた

与えられた自室まではまだ距離があったが三成の部屋から離れているからと、家康は立てられるように九尾を下ろす
そして縄を解こうとして九尾が静止してきた


「今、解くからな」
「いらん」
「え?でも」
「これ位、自力で切れる」
「あ」


未だ不機嫌そうにしながらも九尾は家康から目線を外し、これまた不機嫌そうに仁王立つ
するとすぐさま家康の前で己を縛っていた縄を切り刻むと、縛られていた手を軽く動かし具合を確かめている
その余りに不思議な出来事に家康は暫し目を見開いていたが、フッと疑問に思った事を尋ねた


「そんなに簡単に抜けられるなら何故、すぐにしなかったんだ?三成の部屋にいた時、本当は目を覚ましていたのだろ?」
「…気付いていたか」
「三朗、と言ったか?彼にぶつかりかけた時に偶然、気付いた」
「では逆に問うが、私があそこで暴れて良かったのか?」
「なっ!?それは困る!」


散らばった縄を家康が拾い、部屋へと足を進めていた二人であったが卑しく笑いながら問う九尾の言葉に、家康は思わず足を止める
そして同時に九尾が気絶しているフリをしていた理由を自ずと理解した

九尾の意図は分からないが、家康にこれ以上の迷惑をかけない為に、あえて気を失ったフリをしたのだ
それに、もし起きて三朗と九尾が話をしたとして二回戦が始まるのは火を見るより明らかである
更に、どうやら三成と九尾は、あまり相性が良くないらしく、こちらも只では済まなかったであろう事は明白であった


「私も面倒事は嫌いだ、だから私はそれを回避したまでだ」
「なるほど…気を使わせたな」
「フン……………あそこを離れて正解だった」
「ん?どうしてなんだ?」
「三朗と再び言葉を交わして怒りを抑えられるか怪しかった…それにあの場で斬り捨てるのでは意味が無い」
「九尾…」


蛍のような光の粒が突如、現れ束になり、そのまま九尾の手の中で刀の形となるその刀を九尾は何かを確認するかのように、美しい刀身を少し出して見つめた
無論、その眼差しの先にある本当に見つめている物など家康が分かるはずもない

ただ九尾の背中を見つめる他に無かったが家康は、九尾の言っていた"三朗の犯した罪"が気がかりだった
しかし九尾に話を詳しく聞ける筈もなく、ただ激しさを増す雨を横目に家康は九尾と共に部屋へと帰るしかなかった


[newpage]


日が落ちて夜が来て、一晩眠っても雨が止む事はなく
朝から空は雨雲に覆われている

その怠惰な雰囲気は屋敷にも充満しており
理由の一つは、前日は遠くから来ている者も久しぶりに会う親しき者たちと再開した事で、大いに飲んで騒いだ事だ
その有様はとても酷く、殆どの者が酔い潰れ、雑魚寝しているのであった

しかしそんな雨雲に乗じて屋敷から抜け出した者が居る
それは家康、その人であった
が厳密には、家康ではない
林に足を進めながら家康は屋敷を抜け出した者の名を思い出しながら、声をかけた


「雨はまだ降っている、なのに傘も差さずに何処へ行くんだ?えっと………三朗殿」
「……………東照殿こそ何故、こんな林に?」
「なんとなく目が覚めてな、ついでに九尾への薬を準備しようと歩き回っていたら姿を見かけたんだ」
「………そうでしたか」


質問を質問で返されても家康は態度を変えることなく、三朗に近付くと家康は差していた傘へとソッと入れる仕草を取った
が、それを察した三朗は穏やかに言葉を交わしながらも手の平を家康へ向け、はっきりと断りを入れる
その仕草に家康は機嫌を害する事はなかったが、目を見開き驚いた

家康の驚きは当然だ
朝から降っている雨はザァザァと音を立てる程であり、断った三朗の姿は全身に濡れていない所は無い程であった


「どうしたんだ?とりあえず屋敷に戻ろう、このままでは風邪をひいてしまうし何より傷に響く」
「お心遣い痛み入るがワシは戻らないよ、東照殿」
「……………九尾が居るから、か?」
「……………」
「それとも…隠している事の為にか?」


今度は無理矢理に傘の中へと三朗を入れると懐から手拭いを出し、三朗の顔を拭い てやりながら説き伏せる
ポタリ、ポタリと短く揃えてある髪から雫が落ちてきていたので家康は丁寧に拭いてやっていた

その間、三朗はウンともスンとも答えなかったが隠している事があると指摘され、ユラリと瞳の奥が揺れたのを家康は見逃さなかった
何故なら、その反応は家康の予想は当たっていると言える反応であった
そして何より三朗の瞳には悲しみを写していたのだ
しかし三朗は泣く事もせずに、ただ静かに謝った


「……………これ以上は御勘弁願いたい」
「…すまない、少し意地が悪かっただろうか?」
「いいや、ワシが愚鈍なだけですよ」
「三朗殿…」
「……………東照殿、九尾を頼みます」


九尾の何に対して、などと問うのは愚問のような空気の中、再び雨に濡れる事も気にせず頭を下げる三朗に家康は頷くしかなった

三朗が何に対して悲しみを感じたかなど分かりようもない
だが家康の目には確実に三朗が悲しみを押し殺しているのを感じた
そして三朗が九尾に何かを隠している事は明白であったし、何より己を愚鈍だと評する三朗を他人事とは思えなかった
だからなのか、家康はまるで励ますような言葉を三朗にかけていた


「三朗殿、何かを成し遂げたいのであれば、生きてくれ!生きて………九尾と決着を付けるんだ」
「っ!………ご忠告痛み入ります、今は九尾に殺されてやる訳にはいかないが…ワシもアイツと"真っ直ぐに"戦ってみたい…」


生きてくれと言う家康の言葉に返事をする三朗の目には、さっき家康が見た動揺は無く、かわりに決意なるものを感じさせる目となっていた

その目を家康が確認した時には三朗がお辞儀をした後で、静かに家康に背を向けて林を抜ける為に歩を進めていた

なんとなくその場を立ち去る気分になれなかった家康は三朗の姿が見えなくなるまで、三朗を見送った
が、もう少しで家康の視界から三朗が消えようとしていた時に黒い影が視界を掠めた


「ん?影?」
「っ!?何故、此処に!!!」
「三朗殿!?」


それは幻覚なのではなく、三朗が慌てて家康の方に身を引いているのが見えたので家康も慌てて手を伸ばそうとした
しかし家康の見た黒い影は煙のようにモウモウと三朗を包んだかと思うと檻の形をなして三朗を閉じ込めた


[newpage]


閉じ込められた当人である三朗はすぐさま格子にすがりついたかと思うと、助けを求めるどころか家康に逃げるように訴えかけてくる
家康は当然、突然の事で混乱しており、三朗の言葉もあって目を見開くばかりであった


「こ、これはどうなっているんだ!!?」
「東照殿!ワシの事は良いから早く九尾の元へ戻るんだ!今すぐに!」
「何を言っているんだ!ともかくどうにかして出すから待っていてくれ」
「駄目だ!逃げてくれ!」
「え!?逃げる?」


逃げろと急かす三朗に再び目を見開き、驚いているとブワリっと三朗の居る檻の中に黒煙が人の形に集まる
そして家康が認識出来るまでの形になったかと思うと、三朗の顎をそっと捕らえて自分の方へ引き寄せて突然現れた男はゆったりと話始めた


「やっと見つけられたよ、君には随分と手こずらされたよ、子狸君」
「何故、お前が此処に!お前は此処へは来れない筈じゃ…」
「あぁ、中々苦労したが破壊に成功してね…こうして君を捕まえられた」


何処か怯え戸惑ったような表情をしている三朗の反応が楽しいのか、目の前の家康に目もくれずに三朗の頬や顎を撫で回している
三朗自身も男とは面識があるような返しをしながら何故か抵抗せずに男に良いようにされたままでいる
その異様な風景に言いようのない違和感を感じながらも家康は、三朗からその不思議な男を離そうと声を荒らげた


「三朗殿!」
「ワシは、大丈夫だ…この男と話をつけるから此処から離れてくれ!」
「ほぅ、東照権現か、また珍しい者が居たものだ…君が飼い出したのかね?」
「なっ!?」


家康は男の信じられない言葉に驚いて見てみると目が合った
するとその瞬間、得体の知れぬ強大なものに舐め回されているような感覚を覚えて肝が冷えるのを感じた

早く、三朗殿からこの男を離さなければ!ーーーーー………

咄嗟に家康が危機感を高めていると、三朗が慌てたように男に向かって声を荒げながら身じろぐ
よく見ると三朗は、男に両腕を後ろ手に縛られているようであった


「この人は関係ないだろう!お前の目的はワシの持つ"鏡"の筈だ!!!」
「あぁ、そうだとも…だが君自身の"魂"も頂くよ?なにぶん君の魂は上質なのでね」


"鏡"がどんな鏡なのかなど分からなかったが三朗にとっても、男にとっても価値のある物だと理解しつつ男の言葉に家康は拳を握り直した
満足な武装ではないが戦える

魂を貰うと言っているが簡単に言えば、殺すと言っているのだ
目の前でそんな事をさせる訳にはいかなかった


「そんな事はさせない!今すぐ三朗殿を解放するんだ!」
「何を言ってる!この男は危険なんだ!九尾の元へ逃げてくれ!」
「ふふふ、随分な言われ様だな、だが逃げるのは確かに最良だろう…権現殿、貴方の性分では私に勝てぬよ…ほら、この通り」


家康の言葉に男は心底楽しそうに笑った後、ニヤリと目を緩めながら微笑むと三朗の喉を鷲掴み、へし折らんばかりにミシミシと音を立てながら力を緩やかに加えつつ話を続けた


「っぐ!ぁ!」
「三朗殿!!!」
「"抵抗すればこの狸の首はへし折る"などと言えば、もう動けない」
「っ!」
「ふふ、権現殿、狸を死なせたくないのならならこの檻に入りなさい」
「……………分かった」
「とう、しょっ!ダ、メだ!」


家康が静かに構えを解くと、ふわりと家康の目の前だけ格子が消えて人一人分が通れる入口が出来た
男は家康が抗わないと分かっていたのだ

大人しく通った瞬間、前から引っ張られるような力を感じて気付くと家康の手首に煙がまとわりついて手錠が出来上がる
よく見ると三朗の元の同じなので、男が作り出したものなのだろう
入口はと言うと、最初から空いていたのが嘘のように無くなっていた

男は家康の手首に手錠が嵌るのを確認すると同時に三朗の喉から手を離し、格子を難なく通り抜けて外に出ていた
不思議な行動をする男に疑問を感じながらも咳き込む三朗に家康は駆け寄った


「げほっ、ごほっかはっ!」
「三朗殿!大丈夫か?」
「っはぁ…東照殿、すまない…」
「良いんだ、それより三朗殿が無事で良かった」
「………すまない」


辛そうな表情で息を整える三朗の背中をジャラジャラと手錠を鳴らしながら撫でて家康は安心させるようになんとか微笑んだ
しかし息が整った後も三朗は辛そうな表情のまま、絞り出すように謝るのみであった

そんな三朗を見ていて到堪れなくなった家康は労う言葉を言おうとした瞬間、檻に向かって雨を切りながら、斬撃が飛んできた


[newpage]


残念ながら斬撃は男が煙から作った剣により相殺されてしまったが、斬撃を放った正体はすぐに現れた
その姿を確認した家康は格子に近寄ると声を張り上げた


「何をしている、貴様!!!」
「九尾!!!気付いたんだな!三朗殿を助けてくれ!」
「やはり居た、か…子狸も東照権現も手に入れた今、君の魂に興味はないのだが…」
「黙れ!今すぐ東照と三朗を返せ!!!」
「ふぅ、相変わらずの強欲さのようで残念だ…相手をするのも面倒な気分だよ」
「なんだとっ!!!」


挑発しているのか本心なのかは掴めなかったが呆れたように溜息をついて男は、先ほどの剣を消したかと思うと悠長に傘を差して肩の水滴を払っている
一方、九尾は慌てて駆けつけたのか傘を差すどころか草履すら履いていない裸足の状態であった

しかも男の挑発的な言葉により空気が震えているのではないか、と思わせる程の闘気を出していた
だが、一向に男は気にしていない
するとこの闘気のお陰なのか違うのか、屋敷の廊下の奥から場を和ませるかのように間の抜けた寝起きの声が家康に届いた


「ふぁあ…んぁ?ちょいとアンタら、そこで何して…えぇ!?家康!おまっ、どうしたんだよ!」
「け、慶次!!!こっちに来るな!逃げろ!」


声の持ち主は、今回の集まりの主催と言う事になっている前田慶次その人であった
寝ぼけてお腹をかいて歩いていた姿は間が抜けているが着物は派手でありながら洒落ている
一目で身なりの良い格好を着崩していた慶次は、檻に入っている家康を見るやいなや駆け寄ってきた

巻き込みたくなかった家康は逃げるようにと声を張り上げたが、慶次は笑いながら動きやすいように袖をまくる


「水臭いこと言うなよ!このニヤニヤしてるオッサンが犯人かい?ちょいと痛い目を見てもらうよ!」
「慶次!!!」
「はぁ、また増えたか…私は必要以上の物は求めない主義なのだが」
「綺麗事を抜かすな!貴様がセン様から鏡を奪おうとしたのを忘れていないぞ!」
「おや?意外と記憶力が良いようだ、なら覚えておくと良い………君は騙されているのだよ?」
「なっ!?どういう事だ!!!」


敵意を向けている九尾の隣に立った慶次を見て、男は深くため息を吐いたかと思えば九尾は騙されていると告げる
しかし九尾の目は"真実を見極める"
嘘や隠し事は通じない筈なのだ

だが九尾は男を見て、戸惑った
男から嘘の気配を感じなかったのだ
嘘の気配がないと言う事は"男は嘘をついていない"と言う事になるからである
咄嗟に九尾の戸惑いを感じ取った三朗が、すぐ声を張り上げる
そんな三朗の様子は、家康から見ると何処か焦っているようにも見えた


「九尾!その男は嘘も真実も捻じ曲げる男だ!耳を貸すな!」
「っ!…貴様に言われるまでもない、そこで大人しくしていろ!」
「九尾…!」


三朗の言葉で戸惑いを振り払う事が出来たのか、九尾は三朗の言葉を強気に返す事で居住まいを正す
そんな九尾の反応を三朗も狙っていたのか、少し緊張がほぐれたような顔をする
これでいつも通り戦えるだろうと考えていたのだ
しかしそんな2人を見ていた男は、乾いた笑みと皮肉混じりの言葉を送る


「ふっ、子狸は子狐が滑稽な様を見せていても構わないと見える…まぁ、暇つぶしにもならないのは確かだ、帰らせてもらおう」
「なっ!?待て!!!」
「えぇっ!?うっわ!な、なんだこれ!」
「慶次!!!九尾!!!」


帰ると言い出した男に九尾は、持ち前の速さで男に斬りかかろうとするが刃は黒煙を斬ったのみであった
その間も慶次や九尾の周りには頭上まで黒煙は2人を包んでおり、もはや自分以外は確認出来ない程であった

そして煙が消えると共に男も、家康も、三朗も跡形もなく消えていた
何処からか響く、九尾と慶次を挑発するような言葉を残して


「もし彼らを取り返したいのなら、土地神の社へ来るといい…私は君らを歓迎しよう」










肆・終
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