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狐七化け、狸八化け

絆を掲げ、天下泰平を目指して動いていた家康はかつて友と呼んだ男、石田三成と天下分け目の大戦の場で戦い、どちらかが死にどちらかが生き残るだけだと思っていた
しかし、前田慶次や長曾我部元親などの働きかけにより戦は起こったものの終結へと向かった

三成を殺さずに済んで良かったー………

これが家康の本音であった
無論、三成を殺す覚悟を決めていたし、天下泰平の為にと考えていたが、それは『東軍総大将 徳川家康』としての考えであり、徳川家康と言う名の青年の心が納得している訳ではない
しかし慶次や元親たちの前ですら東軍総大将としてギリギリまで望みを譲らなかった
否、譲れなかったのだ

それになんとか三成と対話できるまでに落ち着いたが、三成からの憎しみなどが消えた訳ではない
そして、それはこれからも消える事は無いだろうと家康は考えていた

だが話さなければならない事は多くある
その為にと設けられた定期的な話し合いに家康も例外なく参加したが結果、宴会場と化したのだった
それに苦笑いしつつ部屋を抜け、家康は重く降る雨を見つめながら、酒で火照った体を冷ましに行く

「三成…今、お前はどうしているのだろうな…」

思わず呟いていた言葉に内心、自分へ苦笑いを送りながら三成を想った
そう、この宴会になってしまった話し合いに三成は来なかった
もっと詳しく言うなら同じ屋敷内には来ている"らしい"
しかし三成の代理人として大谷が現れただけで三成は話し合いに参加する事を拒んだのだ

避けられている、と家康は感じていた
いくら以前よりも正常になったとは言え、三成の憎しみは家康と対面する事で再び暴れかねない
そうなれば、ややこしくなると大谷や毛利が代理人を務めていたのだ
だが家康自身も何処かホッとしていた
表向きに動揺しない自信があったが、それを三成は見破り激昂する事だろうと感じていた

と、そこまで考えて家康は考え過ぎた頭を軽く振る

「…いかんいかん、これでは独眼竜にまで指摘されかねないなぁ」

ため息を一つ吐いて、再び部屋へ戻ろうと踵を返そうとした所でガサリと音を聞き、家康は庭を見た
今回の話し合いの場は、慶次の知り合いの小さな屋敷で行っていた為、周りは木々に囲まれている
その為、何か動物が迷い込んだのだろうと思ったのだ
しかし目の前の林や庭は、ただ雨に打たれているばかりだった
だが家康は、なんとなく何かあると感じて羽織っていた着物を傘代わりに林へと足を向けた



すると、そこには全身を血で赤く染めた銀髪の青年が倒れていた
そのあまりに見事な銀髪と顔立ちに家康は一瞬、三成を思ったがすぐに冷静になると青年の傍へと駆け寄る
青年に意識はなかったが、か細くもしっかりと呼吸をしている事を確認すると家康は青年を担ぎ上げた

「なんでこんな所に…だが、まずは手当てだな」

家康は何処か動揺している己を冷静にするかのように呟きながら早足に屋敷へと青年を運ぶ
とりあえず縁側へ、青年の体を落ち着かせようと寝かせた所で目の前の障子が開く

「oh…アンタ、こんな所に居たのか」
「あぁ、独眼竜!起きたのか、気分は大丈夫か?」
「まだ飲んだうちに入らねぇよ…それよりこのガキは、なんだ?」
「先程、庭で倒れていたんだ、運んで分かったが傷自体は多いが浅く、どれも急所は外れているようだ」
「stop!俺が聞きたいのは傷じゃねぇ、アンタこのガキを保護するつもりか?」

柱に寄り掛かる政宗は、青年の顔を手ぬぐいで拭く家康に怪訝な顔を向けながら訪ねてきた
拭いていた家康は困った様に政宗に微笑みかける

「この近辺で戦は起こっていない筈なのに血塗れなのはおかしい、話を聞きたいんだ」
「話を聞く為に手当てもすると?」
「あぁ、起きてもらわねば話は聞けない」
「……………ha!!!好きにしな」
「ふっ、そうするよ」

家康の言葉に美しい顔を怪訝な表情で歪ませたまま政宗は、しばし家康と青年を見定める様に鋭く見つめた後、深くため息を吐いて中へと踵を返す
政宗の背中に微笑みを向けた後、掃除をしていた者の1人にお湯や包帯などを持ってくるように伝えると家康は自身が使わせてもらっている部屋へと青年を移動させる

青年は気を失っているにも関わらず、家康がどれだけ引っ張ったり剥がそうとしても断固として刀を離す事がなかった
そこで仕方なく着物を切って手当てをし、刀を持つ左側のみ出した状態で寝かせる事になってしまった
その事に苦笑いを浮かべながら家康は飲みの席に戻る事はなく、青年を眺めていた

熱はまだ出ていないのか、すやすやと穏やかに寝息をたてているのを見て、家康は自然と肩の力を抜く
政宗に言った話を聞きたいと言うのは保護する偽りではなかったが、単純に心配になる程に着物は赤く染まっていた為に知らず、体が強張っていたらしい
その事実に青年の長めの前髪を払って熱を確認しながら自身に呆れの微笑みを浮かべる
すると丁度、青年が目を薄っすら開けたので家康は顔を覗きこもうとした
が、出来なかった

瞬く間に青年は身を起こし、家康の首筋に刃を添えてきた為である
武装していなかったとはいえ、失態だなと何処か他人事のように苦笑する
だが家康が苦笑する理由がもう一つあった
それは青年があまりにも見知った、もとい青年に重ねていた男に似た眼差しを己に向けてきたからである


「貴様は誰だ」
「徳川家康と言う、お前が偶然にもこの屋敷の庭の林で倒れているのに気付き保護させてもらった」
「………あの東照だと?」
「その通りだ、とりあえずこの刃を引いてもらえると喋りやすいのだが?」
「……………」

青年はしばし家康を睨みつけていたが話をする気はあるのか、睨み続けたまま刃を鞘へと落ち着ける
その態度に緊張を解くように息を吐くと、対面するように座り直す
何が不満なのか青年は家康を上から下まで確認するように睨み続けてくる

「何か…ワシの顔に付いているだろうか?」
「……………」
「あぁ、そうだ!怪我の具合はどうだろうか?一応、目についた怪我は手当てさせてもらったんだが」
「……………」
「まぁ、痛みがないんなら良いんだ、あ、腹は空いていないか?栄養補給を怠ると治るものも治らないからな」

睨み続け刀を離さない青年に臆する事なく、家康は根気よく話かける
しかし青年から敵意が消える事はなくなる所か喋る度に敵意は隠す事無く濃くなっていくのをひしひしと感じていた
だが家康は懐かしさを感じ、自然と頬を緩ませる
すると口を噤んでいた青年が突然、喋り出した

「おい、貴様…何を喜んでいる」
「え?ワシが?よ、喜んでいるだろうか…」
「なんだ…自覚がないのか、随分と間が抜けているな」
「間が抜けているとは手厳しいなぁ…本当に当てはないんだが」
「ふん…さっさと本来の要件を言えば良いだろう、何故、早急に話を進めない」
「あぁ…気付いていたんだな、それなら話が早いよ」

喜んでいると家康の様子を表現した青年は家康を呆れたように視線を寄越す
だが反面、家康の様子にだいぶ慣れたのか敵意はあるものの会話する程には敵意を薄めると青年は柄頭を家康に向け、先を促してくる
そんな動作にも三成を思い浮かべ微笑みをこぼしながら家康は促されるまま本題へと移す

「単刀直入に言うと何故、怪我をしていたんだ?戦などはない筈だが?もしや山賊の類だろうか」
「………事実を伝えると長くなる、とりあえず障子の所まで下がれ」
「え、さ、下がるのか?」
「あぁ、下がれ、そうすれば話は速い」
「わ、分かったよ」

言われた通りに家康が障子の所まで退いて後ろを振り返ると、そこに青年はおらず九つ尾を持つ白銀の狐が青年の刀を咥えて居るだけであった
しかもその大きさは大熊ほどもあるように見え、障子まで退いていても部屋が狭く感じる程であり、左右を見ると狐の尾が迫るほどに近い
しかし不思議と獣の匂いはせず、ただほのかに現実だと知らしめる温かさを感じるのみである

『チッ、思っていたより狭いな』
「こ、これは、ど、どういぅう!?」
『ふん、東照権現とも呼ばれる男が情けないな、九尾を見るのは初めてか』
「い、いや、その、九尾どころか妖怪を見た事が無い」
『貴様ぁ…私を妖怪なんぞと同類にするかっ!!!』

鋭く目を光らせた九尾は威嚇するように喉を鳴らす
その音は思いのほか部屋を響かせ、家康は畳すら震えているのを感じながら困惑していた
青年が消え、同じ声で九尾が現れた事を考えると、青年の正体は九尾と言う事になる
その予期せぬ事実が家康を困惑させていた

「不愉快にさせたならすまない、ワシは何分、人ならざる者と会った事が無いからよく分からないんだ」
『言い訳は良い、すぐに妖怪と言うのを撤回しろ、不愉快だ!』
「あぁ、それで気が済むのなら撤回するよ、だから教えてくれないだろうか?お前はどういった存在なのか」
『……………ふん、貴様ら人の言い方で表すなら神獣といった所だろう、少なくとも妖怪の類とは真逆であり人に害をなす事はない』
「そ、そうだったのか!なるほど、それは無礼な事を言った、改めて謝るよ、すまなかった」
『……………』

家康が唸り声に臆することなく目を見えて話していると、いつの間にか九尾の唸り声はなくなっており、九尾は鼻先を家康が触れられそうな程に近づけているのを見て九尾が体を寝かせている事に気付く

「どうした?もしや傷が痛むのか!?」
『狭い、人の姿に戻る』
「あ、あぁ、そういう事か」
「………ふぅ、何故、こうも狭い所に住んでいて平気なのか理解に苦しむ」
「ところでまだ聞けてないんだが、怪我の理由はなんなんだ?」
「……………」

怪我の理由を尋ねた途端、青年は美しい顔を歪めて家康から顔を背ける
その態度に家康は、聞いてはいけない事を聞いてしまった事を察する
しかし青年は苦虫を潰したような顔で話し出す

「話したくないのなら深くは追及しない、だがこの辺りは人が住んでいる…話せる範囲で良いから聞かせてほしいんだ」
「………私には倒さなければならない男が居る、許されない事をした男だ」
「……………」
「私は、その男をさっきまで追いかけ戦ったが…あと一押しのところで逃げられたのだ」
「…なるほど、人ならざる者たちの戦いだから誰も気付かなかったのか」

青年の話に多少の現実味はなかったが、先ほどまで現実的ではないものを見た家康は青年の話に頷く
青年と言えば、逃げられたのが悔しいのか青年は家康に背を向けて話を続ける

「貴様らが気付かなかったのは私が追う男が結界を張っていたからだろう、それより聞きたい事がある」
「うん?なんだ、改まって」
「私の近くに男か、狸は見なかったか」
「へ?た、狸?とにかくどちらも見ていないが…」
「そうか……………斬撃は浴びせた、気配も感じるのだ…必ず近くに居る筈だ!」

青年は言い終えると落ち着いていた敵意を再び膨らませ、刀と空気が震える程に刀を握りしめて殺意を曝け出していた。
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