小説

のんびりと起床したランたんは、ササッとパンをトースターに入れると出来合いのコンソメスープ具ナシをグイッと一口飲んで喉を潤す。
具ナシだからか見事に寝起きの喉には塩辛い仕上がりに失敗の二文字を脳裏に浮かべて、作り直そうと玉ねぎを手に取った所でスマホが通知を知らせてくれる。
腹の空き具合によっては無視して空腹を優先しただろうが通知を確認したランたんにとって思わぬ人ならの連絡があった。

「あれ?ハッチからじゃん」

同じ実況グループとして活動している天然面白人間ハッチ。
月並みだが昔の自分が同じグループで活動していると聞いたら、どんな反応をするだろうか。
空腹でマイペースになっている脳みそが質問してきたが無視すると、他メンバー2人や自分も当てはまるのだが誰か個人向けにメッセージを送ってくるのは珍しいので目を向ける。
2人に知られないように何か企画や動画の計画でも立てたいのだろうか、と。
蘭たんから見てもハッチは友好関係も広いイメージだが、意外と個人的メッセージなど送って来ないので物珍しさから開いてみて、目を疑った。

「は?…え?これマジ?」

時計の音が煩いと思うほどには空腹は頭から抜け出して真っ白になる。
だが目の前の携帯の画面は変わらずに『好きです。ごめんなさい』と破壊力抜群の文字をはっきりと送信者ハッチの名前と共に並べていた。
まさにクリティカルヒット、空腹感は弾け飛んだ。
同じ画面をどれ程、眺めていたのか分からない。
ただ分からなかったが次に届いたメッセージでキレた。

『ごめん、ランたん。間違えた』

誰と。
誰と間違えた?
仲の良いシオと間違えた?それとも、まお?
個人的に送ってきたとはいえ、グループのメンバー宛もあり得る。
もしかしたら、シンスケかもしれない。
かもしれないが瞬時に駆け巡った末に少なくとも自分に届いたのだ!とランたんは自分の頭を冷やして落ち着く。
そこまで考えが辿り着いたランたんの行動は早かった。
ただ自分がムカついていた事に気付いたのは、鳴り響く呼び出し音を聞いてからだった。
呼び出し音を聴くうちに仕事していたら出ないかもしれない、と考えられるくらいには少し頭は冷えていたのだが。

『はい、もしもし』
「……あれ、すぎる?なんですぎるが出んの」
『うぅ…!そりゃそうなるわなー普通!』
「なんかあった?」

出てきた相手は、同じくグループの仲間であるすぎるだった。
年上ではあるが付き合いの長さは自覚しているので素直に質問してみる。
彼の優しい部分は分かっている。
勝手に人の携帯に出るなんて間違ってもしない男なので何か理由があるのだろう。
自分の方が間違えた可能性は電話相手の声を聞いて、すぐさま連絡先の名前を確認したので、ハッチへの電話番号で間違いない。
そして口止めはされていなかったのか素直に教えてくれた。

『あ〜今な、ハッチに出てください!ってスマホ押し付けられてん』
「は、なんで?じゃあ今、一緒に居んの?」
『一応はなー。でも…電話に出たけど訳わからんのは俺もやがな!はぁぁ……なんかな、ハッチから話があるとかで合流したんやけど今、トイレ行ってしもてて困ってんねん』
「トイレさっき行ったの?」
『ん?おん、さっき行ってしもた』

このまま電話するのイヤなんやけど〜!と聞き慣れた困った声をBGMにランたんはスマホを置いて、スピーカーに切り替える。
ゴンッと机に頭を預けながら、ついでに相談しようか考えていると音が聞こえていたのか心配の声が響く。

『おーい、ランたん大丈夫か?なんや今の音』
「別に〜…んーなぁ、すぎるさぁ……ハッチと何、話してたの?」
『は?なんや突然、てかスマホがハッチのやから1回切らせてや』
「え、やだ」

なんでやねん、といつもより張りのない呆れたようなツッコミを電話口で聞きながら訊ねてしまおうと決心した時だった。

『ハッチはランたんに何かしたんか?』
「は?なんで?」
『ランたんからの電話に、むっちゃ怯えてたで』
「怯えてたって…別に怒るような事じゃないよ、ハッチから好きです、ごめんなさいってライン来ただけだし」
『はぁあっ!?っっえぇ、ど、え?マジなん?』

驚く声が詰まった声を聞きつつ、ランたんは至って冷静にマジマジーと返した後。
消される場合もあると考えて念の為に保存していた画像をすぎる宛に送信する。
すると電話口で『ホンマやぁ…』と呟く声が返ってきて、ちょっとした達成感のようなものを感じつつ話を戻す。

「それで詳しく聞くために急いで電話したってわけ」
『あー……なるほどぁー…いや、でもなランたん、本人に何を聞くつもりなん?喧嘩とかならん?』
「なんで?間違えたってのが気になるんだから、しょうがないじゃん。あのハッチが珍しく好きだって言ってんだからさ」

気になるんは分かるけどー…と寂しさの含んだ声で答えるすぎるには何処か納得してない部分があるらしい。
すぎるは色々イジられるが気遣いの出来る性格には視聴者ですら周知している事だ。
同時にこの男の直感は当たる事も知られている。
聞いておいて参考にするのは悪くないだろう。
ただハッチへの気遣い故にすぎるが素直に教えて貰えるとは思えなかった。
そんなタイミングでピコンっと通知と共にシューサンからのラインがグループの方へ届いていた。

《おはようございます。今度の動画編集はハッチさんでしたっけ?俺でしたっけ?》
《おはよ。そのハッチについて手伝って欲しい事があるんだけど》
《ランたん、アカン》
《え、どうしたんですか?》
《やめとけ、ランたん》

電話の向こうからも、シューサンにまで言わんでええやろ!と焦っているすぎるの声が届いているが慣れた手つきで入力する。

「遅かれ早かれグループにも影響でるのにシューサンに言わないなんて不公平じゃない?」
『せやけど、まだハッチに何も詳しく聞いてないやないか』
「だから協力してもらうんじゃん」

言い終えた蘭たんは、スポンっと送信ボタンを押して説得する。
するとデカイ溜め息をしつつ電話を切ってしまったすぎるが、ラインでは可愛らしくノリノリでOKしているスタンプを送ってきたギャップに笑った。

「俺より情緒不安定じゃん」

そんな言葉を呟いて改めて自分は慌てていた事を自覚する。
するとタイミングよくシューサンからも分かりました、やってみます。と言う承諾も貰った。
後は実行するだけだ。
決意新たにする蘭たんとは別に、そんな出来事があったとは露知らず、ハッチは何処かボサっとした髪型と少し赤い目元で席へと戻ってきていた。

「あ、ハッチ、おかえり。丁度、電話が終わったで」
「すいません、すぎるさん…ありがとう御座います」
「自分以外のスマホを触るの気が引けたんやけどホンマに良かったん?」
「はい、すげぇ助かりました」

何を話したか分かりようがなかったが、電話相手の代わりをした事について以外は特に触れてこないすぎるさんに感謝しかない。
送るつもりのない言葉だった。
そもそも今の気持ちを、恋だと断言できるかと聞かれたら考えあぐねる。
とりあえず今度からチキンレースのような真似をしないように反省しなくては。
ただ分かったことはある。
それは何も知らなかった昔に比べるとランたんに対して好感と、何処か恐れ多い気持ちのようなものが顔を覗かせるのは確かだと言う事だ。
そして何処かその気持ちを抱えているのが楽しいような気もしている。
故に聞かれたら恥ずかしい気持ちにはなるが、自分はランたんの事を恋愛対象として好きなのだろう。
気持ちを表す事に躊躇いのある自分にとって、ランたんに対して好きだと伝えるのは自分から見て違和感がある。
好き、なのだろうか?と言う疑問に対して少しリスキーな方法で自問自答してしまった事は、否めない。
だから思わず逃げ込んだトイレの個室で考えた。
失敗した、と思ったし、後悔するだろうとも思った。
思ったが、やはり一番マズイのはランたんを巻き込んでしまった、と言う文字が脳裏の大半を埋め尽くした事だ。
この気持ちは自分のものだが、両想いになりたい訳でもないのに気持ちを伝えるのは迷惑でしかない。
実る、実らないも大切だろうが、今回は自分に伝える気が無かったのに打ち明けてしまった。
なのに自分の気持ちを知ったら多分、蘭たんは真面目に考えてくれるだろうから尚更、自分のした事がイヤだった。
改めて謝らなければならない。
する気のない告白をしてしまい、ごめんなさい、と。

「そういえばシューサンが今度の編集の事、聞いてたで」
「あぁ、今度の編集もスケジュールに余裕ないといけませんもんね」
「せやねん、ランたんも最近は個人の方に集中してるみたいやし、聞いてたで」
「そ、れなら俺で良ければ編集します…」
「え?ホンマにええんか?」

ありがとな!でも忙しいんやから無理すんなや?と言ってくれるすぎるさんの気遣いには感謝しかない。
明らかに誰が見ても動揺する俺をスルーしてくれるのだからモテないと言いつつ、実際は違うだろう。
勿論、そんな事を本人に言えば、モテへんって言わせたいんか!と怒られるので言わない。

「なら早速グループライン入れときます」
「よいしょ、ちょっと俺もトイレ済ませてくるわ」
「はい、いってらっしゃい」

企画についてのホワイトボードをネットの海で軽く確認した後、メッセージを送る。
最近は顔を合わせての収録ではないのと、チャンネルの企画もあるのでスケジュールは充実しているからこそスムーズに進めるために確認は必要だ。
そう考えてメッセージを簡潔に送ろうとしたのだが。
読んだ覚えのないメッセージがあったので遡ってみて頭を抱えた。

《え、どうしたんですか?》
《やめとけ、ランたん》
《あのさ、多分あとでハッチも気付くと思うから書くけど告白メッセージ貰ったの、ハッチから》
《え、告白?なんのですか?》
《アホ》
《俺のこと好きなんだって》

何故ここに書いた、この坊やは。
そして申し訳なくなる。
すぎるさんには、ここでも迷惑かけたのかと。
などと葛藤している内にポコンっと新着が届いて青褪めた。

《ハッチさんも既読してませんか?》

なんのホラーだ、これは。
悪かったな、読んだよ。

《ハッチ、そこ動くなよ》
「は?え、すぎるさん?なんで!?」
《俺、殴られるんですか?》
《なんでやねん!》

そんな風に送っている間も指は震える。
あまりにも怖すぎるだろう。
なんなんだ、このサイコパスどもは。
しかも既読はランたんの分も付いているので彼も見ている筈だ。
そして同じ場所に、すぎるさんがいる事も知っているだろう。
もしや電話を代わって貰った時に、ランたんが話したのかもしれない。
なんだかんだ、すぎるさんはグループ全員から頼られているのに本人にその自覚はない。
そんな風に現実逃避しつつ、すぎるさんがトイレから返って来ないので思わずトイレの方を見る為に振り向いた瞬間。

「あ」
「っっうわわぁぁぁ!?ランtaッ」
「声デカイって!」

信じられないが口を抑えられた手の温もりで血の気が引く。
なんで居るんだ。

「シューサンにタクシーの予約取ってもらって、すぎるに場所、聞いた!とりあえず叫ばないで、ハッチ!」
「っランタン…」

居るはずがないランたんを幻覚かと思うのは当たり前ではないだろうか。
多分、タクシー以外も乗り継いだろうし予約するにしても時間を考えると予約は勿論、移動がかなりキツイ。
それを証拠にランたんの額どころか顔には汗がかなり浮いている。
何より帰って来ない様子のすぎるさんにも納得する。
恐らく出迎えた後、気を使ってくれたのだ。

「すぎるに逃げたら捕まえるように頼んでるから逃げるの諦めてね、ハッチ!……え、ハッチ?」
「……っふぅ、ごめん」

口を抑えられている事とは別に苦しくなる。
抑えている手の温もりからじゃなくとも見れば分かる、苦手な癖に走って来たのだろう。
どんな理由であれ自分に会うために、走ってきた事実が嬉しい自分に腹が立つし、苦しい。
自分が原因なのが苦しい訳じゃない、申し訳ない気持ちはあるが、一番はそこじゃない。
ただただ月並みでも大切だと思えるグループ全員を巻き込んでいる事が苦しい。
何処かでランたんと顔を合わせられた嬉しさのある自分が許せない。

「別に、俺も……その、汗ごめん」
「っあ!大丈夫だった?これ使う?」
「あ、あんがと」

疲れによる手汗を気にして、気まずそうに手を外したランたんにおしぼりを渡す事に成功したハッチが少しホッとした時だ。
何を思ったのか畳み掛けるようにランたんは彼の肩を押す。

「あ、え?」
「ちょっと奥に行ける?隣、座りたいんだけど」
「え、となri「ほらほら、はよ!」…はい」

ペチペチと押された肩を今度は叩き始めたランたんの様子に困惑しつつ、逃げられない事を悟ったハッチは大人しく従う他にない。
気分は、まさに処刑台にあるギロチンを見つめながら処刑台へと登らされているかのようだ。
誰だって目に見えているギロチンで今から己に降りかかる事を分かっていたら焦るものだろう。
ギロチンだって懺悔する時間くらいはあるのに今は、懺悔する時間すら無い。

「とりあえず聞いておきたいんだけど……嘘だったり間違い送信ではないわけ?」
「そう、なる……一応」
「一応?一応ってどゆこと?」
「ごめん。その、俺も頭の整理できてなくて……」

キョトンとした顔ではあるが、いつも通りの温度で話すランたんに、少し緊張が解れつつ素直に話そうと口を開く。
そんなハッチの様子を察したのか、なるほどねぇ〜と頷き、ハッチが飲んでいなかった水の入ったコップをグイグイっと割と勢いをつけて飲み干していく様は良い飲みっぷりである。
もともと運動嫌いなので疲れているのだろう。

「それじゃ……とりあえずちょっと手、貸して」
「手?俺の?」
「うん、貸して」

何故、手が必要なのか分からないままハッチは言われた通りにランたんの方へと手のひらを差し出すとクルッと手の甲へと向きを変えられる。
その後は握られたまま手をジッと見つめ始めてからが長かった。
先程までの騒がしさが嘘のようにランたんは、じっくりと手の甲を見つめつつ、偶にそのまま爪を撫でたり、指を一本ずつ揉んでみたりし始めてしまったのだ。
緊張から汗が滲んでいる気がして申し訳なくなった瞬間。

「ハッチ、付いて来て」

抵抗はしない。
最悪、殴られる覚悟はあるがランたんはしないだろうな、と何処か確信があるような気持ちで、ハッチは素直に従う。
ただ流石にトイレが見えてきた時は肝が冷えた。
もしかしたら見張りの為に、すぎるが居るかもしれないと思ったのだ。
だが予想外にも、そこにすぎるの姿は無く、思わず周りを見回す。

「あれ、すぎるさん居ない…」
「すぎるなら入り口の辺りの席と交代して貰った」
「そ、そうなんだ」

トイレに居るかと思った、と言おうとした時だった。
寧ろ周りを気にして行き先はトイレだからと気を抜いていたのが悪かったかもしれない。
ファミレスの中でも掃除の行き届いた綺麗な個室に、いつの間にか入っていたし、便器に座らされて初めてハッチは気が付いた。
今日ようやく顔を見たランたんの表情は、今まで一度もハッチが見たことのない表情をしていた事に。
そして座るハッチを覆い隠すように立ち塞がるランたんの様子に早く気付くべきだったのかもしれない。

「ら、ランたn」
「ハッチ、イヤなら殴るっても良いから」

え、殴られるのなら俺じゃないの?と聞こうとしたのが良くなかったのだろうか。と現実逃避は一瞬にして脳裏から消える。
聞き返す前に隠された手のひらの熱を瞼で感じていると少し温かいものが口に当たった。
勘違いだ、とすぐに考え直そうとしていると見透かしたようにランたんは手のひらを外しながら頬を撫でるようにしつつ顔を固定するように挟んできた。

「続けていい?ハッチ」

何を?と聞く勇気がない。
ただただ真剣な表情をしたランたんを笑い飛ばせない。
寧ろ緊張しつつも嬉しいと暴れだしそうなのに、頬に感じる両手の熱で身体の強ばりどころか力すら抜けて不器用に小さく頷く事しか出来ない自分に泣けてくる。

「んっ」
「ハッチ、口」
「ぅ…ハイっぁ」

今度は目の横に見せつけるかのように口づけてきたかと思うと、はぁ、と溢れたランたんのため息の熱に震える。
現実だ、とイヤでも分かりやすい他人の、好きな人の熱と声に情けなくなりつつ従ってしまう。
やはり自分はランたんに甘いのだろうか。
そんな風に少し現実逃避をしているとバレたのだろう。
ヌルっと舌を撫でられて、違和感に身体が震える。
自然と溢れる声に耳を塞ぎたくなるが両頬にはランたんの手があるから無理だ。
しかし違和感はランたんにもある筈なのに遊んでいるかのように甘噛みされたり、慰めるように撫でられたり容赦がない。
極めつけは。

「ハッチ、目、閉じないで」
「っぁ、ランたぁ、もっ、やめ」
「…まだダメ」

何が?と聞く暇もなく、ダメと判断したランたんは予告するように額にキスしてくると再び舌で口の中を暴れ出した。
そんな容赦がなくなってきたランたんの行動に、ハッチも流石にこれ以上はマズイ、と頭の中で警告が鳴り始めた。

「んんっ、ふっ、ゃめ」
「っん、ふぅ…ハッチ、こっち向いて」
「ぇ、なに?」
「そうそう」
「んんっー!?」

我ながら馬鹿だ、と思うが無視なんて出来ない。
ポロポロと溢れる涙の熱も分からないくらい顔も身体も熱い。
トイレに入ってから、どれくらい経ったのだろうか。
ようやく口は解放されて、ランたんも流石に疲れたのかハッチの肩に倒れるように頭突きしてきたが、相変わらず立ち塞がるようにしているのは相変わらずだった。

「っはぁ……な、んで?」
「ふぅー……ん?あぁ、キス?」
「っそうだよ!あんな…の、なんでしたの?」
「あー…まず…その、いきなりしてごめん」

汗が出てきて濡れた前髪が重い、と思っていると伝わったかのように前髪を横に払われて恥ずかしくなる。
いつもの茶化したようなところは何処にもない事が彼の真剣で素直な気持ちの現れのようで、心が切なくなる。
実際の言葉を聞くのは怖くてツライが、今は熱が篭って逃げ出したい気持ちに申し訳なくなる。
あぁ、やはり自分はちゃっかりランたんが好きなのだ。

「良いから…もう良いから…」
「よくないよくない!突然、襲うみたいな…いや、もう俺これ完全に襲ってるよな」
「っいや、急に冷静になられても、俺、追いつかないんだけどぉ?」
「ホントごめん!ちょっとした確認のつもりだったんだけど…」
「確認?」

先程までの豪快さが嘘のように真っ青になって慌てている姿に、ちゃんと自分の知るランたんなのだと感じて、ついつい話を聞いてしまう。
本来なら怒っても良い場面なのだろうな、と思いつつも確認、と言われて気になってしまった。
スキを見せた訳ではないが、チュッと音もなく口を重ねられ、ビビる。

「っら、ランたん!!!」
「ハッチ、俺に警戒心ないんだもん…」
「そ、そんな事は……てか確認って、なんの?」
「あぁ、ハッチに興奮するか確認してた」

は?と思わず聞く耳を疑ったが、力の抜けたままの右手を取られると誘導された場所に色々と絶句した。

「っへ、なん、ちょっ!」
「俺も予想外ではある」
「い、いやいやいや!そうじゃなi」
「隙あり」

隙あり、と聞こえた気がしたが気にしてられない。
ガブっと、さっきまでとは違い、首筋に甘噛みされて自分に驚く。
暴れるどころか背筋に覚えのあるゾクゾクとした甘い刺激に頭が真っ白になる。
本当は甘噛みじゃなくて噛まれたのだろうか?と疑いたくなるほど何故か力が入らない。
力が入らないどころか。

「あれ、ハッチ大丈夫?そんなに強く…ハッチ?」
「っふ、ぁ、み、見んな、らnた、っあ」

屈辱だ、何やってるんだ自分は、とぼんやりした頭で浮かんで消える。
覚えがある。
嫌というほど男であると分からせてくる独特の感覚、快感に泣きたくなる。
もしかしたら泣いてるかもしれない。
そんな事も分からなくなるくらいには気持ち良くて、目の前の男の背中にすがりついた。

「っ!……ハッチ、聞きたいことあるんだけど」
「あっ、んんっ、はぁ、え?」
「俺のこと好き?」
「えっ、っっう〜、んひぅ!?」
「ハッチ、俺はさ、こんな事もしたくなるくらい好きみたい」
「ん、んっ!っあ、ダメ!ランたん、それ!それダメっ!わわっ、ランたっん!」

あ、今の台詞、良いなぁと呟きながら目の前に居る長身で三十路も後半の男に興奮している事実へのショックは、思いの外ランたんにはなかった。
むしろ眉を寄せながらも蕩けた表情、と官能シーンを体現したかのように寄りかかっていた肩から少し離れて、撫でただけのハッチ腰は不自然に揺れている。
だが流石にファミレスのトイレである事は忘れていない。
散々、襲っておいてなんだが色々マズイ、ランたんは自分の頬をつねる。
だがランたんと言う男は自分に正直だった。

「ハッチ、とりあえず許可とったら今はこれで終わりにするんだけど」
「あっ、う、えっ?フーハーッ………っな、なにを?」
「うん、その、ハッチの事この際、イかせたいなー…と」
「へっ?イカ、せ…え?へ、ちょ、い、今?」
「うん」

快感に酔いながら困惑しているハッチの目が泳いでいたがランたんの耳に口を寄せると小さな声で答える。
すると待っていたとばかりに落ち着いていたハッチの腰にランたんは腕を回すと抱き締めるように精一杯、身体を寄せると今度こそハッチも彼の背中に弱く抱き締め返した。

一方、トイレへと消えていったランたんとハッチを尻目にすぎるは途方にくれていた。
そんなタイミングでスマホが鳴ったので、思わず身体の力を抜いて小さな声で電話に出る。

「シューサーン…」
『っはは!今日は随分と声ちいさいですね、すぎるさん』
「しゃあないやん、あいつら全然トイレ行ってから帰ってこんから怖いねんもん…」
『あ、そうなんですか?でも結構、予約ギリギリだったんですけど着いたんですね、ランたん』
「まぁな、着いた時のランたん倒れそうやったし…意外と必死でビックリしたわ」
『そんなに……意外とランたんとハッチさん付き合ったり、しちゃったりして』
「え、そうなったら公開したりするかな?もし隠すならオレが隠せる自信ないねんけど」
『ははははっ!二人じゃなくて、すぎるさんがバラしちゃうんですか?』
「しゃあないやん!絶対に気になるから口滑らしてしまいそうやぁ〜っ!」
『はははーっ!あー!ほらほら、噂をすればライン来てますよ!』
「え?ホンマや……………服なんで汚れんねん!も〜〜〜!!!」
『はははは!頑張って下さい、すぎるさん!』

オレも自宅で応援してます、と言い残したシューサンにムカつきを覚えながらスタンプはニッコリ花丸を送った。

END
1/1ページ