SS

魔都シンヨコには魔都と言わしめる程には吸血鬼が跋扈している。
下等吸血鬼は当然のこと、高等吸血鬼さえ当たり前のように町中を歩いているのがシンヨコだ。
他の地域の退治人や吸対の関係者から見れば、奇っ怪に映るそんな光景はこの街では日常だ。
しかし奇っ怪に見えるのは必ずしも人間だけの特権ではない。

「辻田さん!こっちに吸血鬼が行っちゃったであります!!!」
「うがぁぁぁ!!!離せバカヤロー!!!」

ズンズンと自分の右手首を掴んで進むカンタロウの手の力は容赦がない。
この人は引き摺りにされているというのを絵に描いたような勢いなのだが何とかナギリは足を動かして付いて行く。
本当は忌々しいカンタロウの手を振り払いたい。
だが、まともに吸血もままならないナギリには余分な力を使うなど酷である。
全盛期ならば兎も角、今のナギリでは下手に抵抗して辻バレしてはパイルバンカーの炭になるだけだ。
しかしだからといって無抵抗で居る訳にもいかずナギリには以前、ヴァミマのガラスに突っ込む羽目になった事実を反省してカンタロウの動きに合わせてやる。
意味が分からないだろうが張本人のナギリも訳が分からない。
結局、今回も大人しく付いて行くしかないのか…と諦めた時だった。
ナギリは視界の端に嫌な影を見て、思わずカンタロウの左肩を掴んだ。

「っ、おい!本当に止まれ!!!」
「え?くっ、ぅわぁあ!!?」

引っ張られたカンタロウは自分の身に起きた事を理解するのに時間がかかった。
と言うのもカンタロウは、後ろへと引き摺り込まれる、と言う慣れない感覚に反射的に強張ったからだ。
カンタロウ自身も力は強い自覚はあり、身長もある方なので身体を振り回されるなんて経験は柔道の最中でも稀だ。
なのに。
まさか今、自分を引っ張り、路地裏の横を爆走するダチョウの群れから助けてくれた人物が辻田さんだということに驚いた。
いつも腕を引っ張っていたのは自分だったのに。
しかしナギリも同じように驚いていた。
このままでは自分も巻き込まれ、危ないからと思わずカンタロウの肩を掴んだ。
助けようと思った訳じゃない。
自分の事を掴んでいるカンタロウが巻き込まれたら仲良くナギリもダチョウに踏まれるのは目に見えている。
事実、ナギリが助けなければ群れに踏み潰されていただろう。
しかし。そのまま逆にカンタロウを掴んだ腕で身体を壁に押し付けたような状況となった今。
ナギリはカンタロウとの目線の違いに驚いて思わず口から言葉がこぼれていた。

「なんかお前、小さくないか?」
「えっ?本官は小さくないであります!」

お互い、ほぼ反射的な会話だった。
勿論ナギリだって、カンタロウの身長が小さくない事は分かっている。
ただ思っていたよりカンタロウから送られる目線が下からだ、と思っただけだ。

「いや、違う!そういう意味じゃな……そういう意味ってなんだ!?」
「辻田さん!」
「のわっ!?突然、間近で大声を出すな!」

自分に聞かれても困る事は多い。
ましてや自分の行動でさえ今は信じられない気持ちなのに、更にカンタロウから尋ねられても困るではないか。
何より目の前の男が、あまりにもナギリの予想を遥かに超えて奇行に走るのは今に始まったことではない。
今も苦情を言ってみても聞いてはいないのだろう。
すると案の定、カンタロウの口から聞かされた言葉にナギリは上手い言い訳が思いつかなかった。

「本官、辻田さんのなさってる修業がしてみたいであります!!!」
「は?」
「先程、凄いチカラで本官を引っ張って助けてくれましたよね?何か秘訣があるのでは!?本官、是非ご教授願いたいであります!」
「いや、修業してないで仕事しろ!クソ警官!!!」
「そんなぁ!強くなりたいでありまぁぁぁす!」

えーん!と騒ぐカンタロウに気を取られて、ナギリは忘れていた。
人が人を壁に押し付けて叫び合っている状況は性別に関わらず異常である事。
そして何故、カンタロウと共に吸血鬼を追いかける羽目になったかを。

「わーっ!?カンタロウが壁ドンされてるーっ!?」
「げっ!?またお前か、チビっ!」
「無事か、カンタロウ!とうとう露出だけでは飽き足らずに人を襲って脱がせているのか……!?」
「するか!そんなこと!!!」
「誤解であります、副隊長!今、本官がお願いしているだけであります!」
「……えっ?カンタロウが露出魔にお願いして壁ドンを?お前そんな趣味が」
「言葉を省くな!何もかも違う!!!」

同じように逃げた吸血鬼を追跡していたヒナイチに誤解され、危うく警棒で殴り飛ばされそうになったナギリは肝が冷えた。
露出魔だけでなく更なる余罪での犯罪者扱いでVRCなどに収容されては事態は悪化するし、捕まるなら辻斬りとしてが良い。
何より捕まった余波でカンタロウが1、2のボカン!とパイルバンカーで追いかけてくるかも分からない。
事情をなんとか聞いてもらうとヒナイチは、そうだったのか!?勘違いしてすまなかった!と素直に謝ってくれた。
本当にこの女が素直で助かった。
そんな風に安堵しているとピーガガッと何処からか機械音が聞こえてきて、ヒナイチとカンタロウは耳元に手を当てて何やら真剣な表情で頷いている。
どうやら無線が入ったようだ。

「半田。確保ご苦労、直ちに私もそちらに向かおう。カンタロウ、聞こえたな?」
「はい!」
「それじゃあ本当にすまなかったな、カンタロウもあまり市民を巻き込むんじゃないぞ!」
「本当にどうにかしろ、コイツ!」
「うぅ〜!だって…あ、いや、その、ごめんなさ、申し訳ありませんでした!辻田さん」
「あ?……なんだ、何が言いたい」

急にしどろもどろに謝るカンタロウは中々物珍しい。
しかし、ほら行くぞ!とヒナイチに言われた時には普段通りの厄介な警官に戻っていた。
少し胸焼けのような、スッキリしない感覚に舌打ちが溢れる。
今日は珍しくカンタロウを回避出来た上に、今日のオマケの収穫を良しとしなくてはならない筈だ。
だが去り際のカンタロウの態度は癪に障る。

「まぁいい、アイツはやはりあのパイルバンカーと防刃ベストさえなんとか片付けさえすれば……」

何故、自分が苛立っているのか自覚できなかったナギリと違い、カンタロウには自覚があった。
だからだろう。
ヒナイチの後方を走りながらもジワジワと自分の耳が赤くなるのを自覚して、カンタロウは走る自分の足にチカラを入れる。
今になって恥ずかしくなってきたのだ。
ダチョウの群れは確かに危なかったのだが、以前から少し身長は辻田さんの方が上でありますね!俺の身長を考えると190cmはあるのでは?とか考えた事があった。
更に事故で手錠を自分と辻田さんに嵌めてしまった時は思っていたよりスムーズに動けた事に感動したりもした。
それに何よりコンビニのガラスに辻田さんをぶつけてしまった事をバッチリ覚えている。
なので身長はあるが力の差は対して差がない、もしくは自分の方が強いのではないか?とすら考えていたので油断していた。
だが、まさか。

「カンタロウ、とりあえず現場に到着したら……おい、大丈夫か?」
「……え、本官が何か?」
「何かじゃない!とても顔が赤いぞ、これくらいで音を上げる筈もないし……風邪気味なのか?」
「あ、あれ?なんで……あ、いえ!本官は大丈夫であります!」
「本当か?無理はしない方がいいが……」

人手は確かに欲しいが無理は良くない!と気にかけてくれるヒナイチに敬礼を送った後、カンタロウは再び足の早いヒナイチの後ろを走り始めた。
今は職務に集中せねば、と切り替え直したカンタロウの顔はもう普段通りではあったのだが。

「あ、辻田さん!このようなところで奇遇でありますね!」
「げっ!お前なんで毎回ピンポイントで俺の前にっ……って、何してる」
「……へ!?いや、なんでもないでありますよ!」
「嘘下手か!?いや、嘘にすらなってないぞ!お前、人に声をかけておいてなんで後退りしてやがる!」
「あれっ!?」
「あれ!?じゃないわ、馬鹿が!」

なんで自分の行動も分かってないんだ?と困惑した表情をしている辻田さんに赤面して、しどろもどろになってしまった自分に慌てる羽目になるのはまた別の話である。



END
6/6ページ
スキ