SS
フッと思い出したように目が覚めたカンタロウは、痛みと寒さで思わず自分の身体を抱き締めた。
するといつの間にあったのだろうか。
身体にかけられていた茶色い布を手繰り寄せると、目の前に広がる暗闇に得体の知れぬ恐怖を覚えながら身を縮めた。
怖い、寒い、痛い。
痛い?そう、腹が痛い。
ジクジクと蝕むような痛みに眉を寄せながら今どういう状況だろう、と寝起きの頭で考えていると。
「なんだ、もう目が覚めたのか」
「うわぁああ!?っが、んんーっ!?」
「チッ、いちいち騒ぐな!殺されたいのか?静かにしてろ」
「っんん…っぷは!……っ!」
「ヒヒッ、それで良い」
手で口を塞がれた瞬間、真っ先に思い出した。
あの手のひらから血の刃が出るのを見たではないか、あんな異能を忘れられる筈が無い。
しかしか忘れられる筈がない、と断言が出来るのに何故かカンタロウには目の前の男が一瞬、誰なのか分からなかった。
ただ首筋に当てられていた血の刃はカンタロウに恐怖と痛み、そして燃えるような悔しさを思い起こさせたのは確かだ。
逃げなければ。
しかし何故、自分は廃墟のような場所で寝転んでいるのか分からない。
俺は人質になのだろうか?と一瞬、考えもしたが周りは静かで廃墟らしき場所には辻斬りナギリとカンタロウしかいない。
だが襲われた時の動揺はあるものの逃げて、辻斬りナギリの存在を警官仲間や吸対に報告できれば!と言う気持ちがカンタロウには残っていた。
だから動いた時にカチャカチャ、と金属が重なる音が手首からして驚く。
支給されて持っていた手錠が自分にかけられている。
「目覚めたなら交渉だ……って、なんだ?ようやく手錠に気付いたのか、お前」
「えっ?あっ!………えっと」
「早く言え……あぁ、普通に喋るくらいは許してやる」
「なら……なんで本官を手錠で拘束してるでありますか?はっ!それよりも今すぐ自首するであります!そこの君!」
「のわっ!?急に叫ぶな!怪我人の癖にうるさい奴め、どうやらお前は本当に身の程知らずらしいな?」
「え?ヒッ!やめっ、ぐぁ!」
スラッと再び伸ばされた血の刃に反射的に身体が強張る。
しかし容赦なく咄嗟に顔を隠していた腕をナギリに掴まれた事でパニックになり、カンタロウは右に思わず頭を庇うように動いてしまってパタタッと遠くて血が飛んだのがカンタロウには見えた。
「っ!…馬鹿野郎が!動かなければ浅く済ませてやったと言うのに」
「っう、ぁ、す、すいません…」
「……は?何故、謝る」
「え?だ、だって仰る通りであります。本官が不用意に避けたから結構ザックリと傷が、うぅ、意識したら痛みがイタタタっ!」
「動くな!喋るな!俺は辻斬りナギリだぞ!?……だぁぁぁ!クソっ……じっとしてろ!」
左頬が予想以上に切れてしまった痛みから身体を丸めてしまったカンタロウにナギリは、少し部屋から居なくなると比較的綺麗な布で傷口を抑えてきた。
どうやら腹の手当てもナギリによるものらしいと気付いたカンタロウは自然と感謝の言葉が溢れた。
確かに相手は凶悪な指名手配犯かもしれないが手当てをして助けてくれたのは事実だ。
どうか、このまま自首してくれたら良いのに。
「あの…ありがとう、ございます」
「貴様と言う奴は……誰に礼を言ってるか分かってるのか!?」
「辻斬りナギリ……貴方があの……しかし!手当てをして下さった事も事実でありますよ?」
「はぁ?こ、れは別に…………クソッ!お前が騒がしいから話がズレた!俺は交渉する為にお前をここまで連れてきたんだぞ!勝手に死ぬのは俺が損だからだ!」
流石のナギリも襲った相手に感謝の言葉を言われるとは思っていなかったらしく目を丸くして呆けた。
どうしてこの警官が礼を言えるのか理解できない。
だが流石に本来の目的を思い出したらしく怒鳴ってくる。
しかし手は律儀に未だ傷口を抑えたままなので迫力には欠ける。
だと言うのにカンタロウは、変わった所があったが警官としては優秀であった為に質問せずにはいられなかった。
「交渉?誰とでありますか、本官が人質にされようと警察は貴方を捕まえます!」
「ふん、人質だと?俺はお前と交渉するんだ、他の奴らは知らん」
「え?ち、違うのでありますか?」
「違う。お前、俺の餌になれ」
「本官がえさ…餌!?え、っと貴方に血液提供をしろと?」
辻斬りに頬の傷を布で抑えて貰いながら交渉と言う風変わりな光景は最早、気にならない。
何故ならこの光景は本人たちの何処までも真面目な所が生み出した光景だからだ。
そんな事より。
ナギリの言った餌になれ、と言う言葉は社会への吸血鬼との共存が進んでいる社会で暮らすカンタロウでも聞き慣れず困惑する。
血液パックなどの方法で血を渡す事と何が違うのか分からない。
すると、そんなカンタロウの様子を分かっていたのだろう。
ニヤリと笑ったナギリが、さぁ交渉だ!と改めて宣言して始まった。
「提供なんぞではないが……仕方ないから、お前が俺の餌になっている間だけ俺はこの町で辻斬りはしないでいてやろう」
「え?ほ、本当でありますか!?なら本官はっ!」
「のわっ!?人の話を最後まで聞け、血を貰うだけじゃないぞ!アレだ、住む場所とかもだな!」
「ご提供するであります!それで辻斬り事件が起きないなら安いものですっ!」
「はぁ!?もう少し考えるとか躊躇うとかしろ!なんなんだ貴様!」
あまりに話がトントン拍子に進むので思わずナギリは思わずカンタロウを指差して怒鳴った。
すると抑えていた手も呆れて離してしまい、止血用の布が外れた。
ただそれだけの筈だった。
この時、ナギリが交渉を持ちかけた本当にカンタロウの血が本当に欲しかったからだ。
辻斬りを行っているナギリとって食欲を満たす為の血液に対して無くなる心配は無い。
しかしカンタロウの血を飲んで直ぐ、ナギリは初めて目の前の人間の血を独り占めしたくて堪らなくなってしまったのだ。
自分でも気付いた時には廃墟に連れ去った後で、どのようにして廃墟まで辿り着いたのかなどは全く自覚がなく。
今までに無いことで動揺しつつ、捻り出した結果がカンタロウとの交渉だった。
だから無理はあると自覚していた。
なのに。
「はっ?な、んで刃がっ!?」
「ひっ!?っうぁあ!」
「おい、おい、警官?しっかりしろ!お前、目に刃が当たったのかっ!」
先程の不注意から斬ったナギリから見て左頬とは反対の右側が不運にも暴走した血の刃によりザックリと切り裂かれた。
怒鳴ったりしたが、それでもナギリ自身は暴走する程、自分の意識がなかった訳ではないと自負している。
しかし結局、血の刃はナギリの味方ではないのだと知らしめるかのようにナギリの狙った獲物は息も絶え絶えだった。
負傷などから血を流し続けたからだろう。
「お、おい、勝手に死ぬな!交渉したばかりだろうが!」
「ずぃ、ませ…」
「っくそ!」
なんで俺はこんなに必死になっているんだろうか?と自問自答して、フッと警官からの有難う御座いますと言うぎこちなかったが、それでも本心からだと分かるほどの間抜けヅラを思い出した。
ナギリはカンタロウを捨てられていたシーツで頭から覆い包むと抱えて、人の気配が少ないが比較的明るい場所へと続く路地裏に辿り着く。
「怪我人がいるぞーっ!」
そう叫んで、駆け寄ってくる足音がドンドン大きくなるのを確認してから路地裏の奥へと消えて行った。
それから三日後、血を吸ったマットが鈍い色へと変色してしまっていたが、廃墟を変えることもせずに拠点の一つとしていたナギリは、人の気配を感知すると驚いた。
初めて見た時よりも少し瞳の色が変化しただけでなく、未だ完治していないのか少し血の気のない白い肌をさせた、あの日の警官が杖を持って廃墟でキョロキョロと周りを観察していたのだ。
話しかけるつもりはなかったが、真っ先に気になっていた事が口から溢れていた。
「お前、目が見えてるのか…?」
「わっ!?辻斬りナギリっ!ビックリしたであります!」
「のわっ!?だから大声で叫ぶな!!!大体、何しに来た!」
「それは辻斬りナギリの逮捕!と言いたい所ですが本官は血を渡す事をお約束しましたので本日は約束を果たしに参りました!ですので貴方も今日からお約束、守って下さい。」
「な、んだと!?お前……ふん……馬鹿なやつ、俺が守る保証なんてあると思うのか?」
「ならば早急に貴方を捕まえるだけであります!吸対へと入隊すれば本官でも逮捕も可能性は高くなる筈でありますから!」
「お前が?わざわざ俺を捕まえる為に?ヒヒッ!あの晩だけで、そんな傷だらけになったのに懲りてないのか?」
「はい、今は捕まえられなくても必ず捕まえてみせるであります!だから……」
だから辻斬り被害者を出さない為に本官は貴方に血を渡すお約束も守ります。
と言い放ったカンタロウはフラついた足取りにも関わらず杖を捨てると、懐から折りたたみナイフを取り出す。
そしてナイフを見つめていたかと思うと、なんと手首を切ろうとし始めた。
この予想外の行動に慌ててナギリは近付いて、ナイフを取り上げるとカンタロウはビクリっと身体を震わせるので思わずしかめっ面になる。
「怯えるくらいならするな!あぁ……もう、くそ!俺は血の刃から吸血するから、わざわざ斬らなくて良い!」
「あ、本当に刃からの吸血なのでありますね」
「うぐっ!そうだ、兎に角もう自分の腕を斬ろうとするな!その、アレだ!刃で飲みにくい、とかだ!」
「そうなのでありますかー……それは本官としても困るので、どのようにすれば飲んで頂けますか?」
「ぐっ!それは……」
怪我を最小限で済ませる吸血なんて考えた事がない。とは言えなかった。
別にナギリは約束を守ろうと思っている訳ではなかったが近付いた警官の姿は入院服で、足はスリッパと明らかに抜け出した人の格好なのはナギリでも理解出来た。
こんな格好で彷徨いているのは明らかに目立つ。
目立つと言うことは廃墟に入る姿を誰かに見られていない可能が無くはない。
なら目の前の警官を殺せば良い。
しかし今、殺せばナギリがわざわざ交渉すると言う慣れない事をしてまで貰おうとした血は今日限りで、この世から無くなってしまう。
それはあまりにもナギリにとって惜しかった。
何より包帯の白に包まれた目の前の男の存在が、あまりにナギリには見てはいけないような、目に毒、と言う言葉が何故か当てはまり困惑していた。
そんなナギリを知ってか知らずか計れない目になったカンタロウから声をかけてきた。
「ナギリさん」
「な、なんだ!」
「本官ケイ・カンタロウは今日までお約束、忘れた日はありません。ナギリさんにとっては些細でも本官にとっては違います」
「ふん、それがどうした!俺には関係なっ、ぐわっ!?手、手を離せ!何しやがる!」
所詮、怪我人で。どうせ人間のチカラでしかないのだ、分霊体もあるナギリからすれば容易くねじ伏せられるチカラだ。
しかし掴まれた手はもう震えておらず、掴まれた手はカンタロウの胸板まで誘導されたかと思うと発せられた声には、何処にも弱さが見当たらない。
「本官はあの日、己の弱さを知りました!今の本官が貴方を止めるには、あの日のお約束を守るしか思いつかないのであります!強くなるまでなんて言ってられません、でも貴方の辻斬りは止めたいのであります!だから、だから本官の血を飲んで下さい!っいた
ぁー…」
肝心な所で痛みに負けて、頽れそうカンタロウをナギリは導かれた手を使ってカンタロウの胸倉を掴んで引き寄せてやる。
すると、まともな抵抗もなく胸に飛び込んできたカンタロウに思わず鼻で笑うと告げてやる。
「おい、警官。そこまで言うなら血を貰ってやる!三日後、また此処へ来い。他の連中や吸対なんぞ呼ぶなよ?守ったところで俺が事件を起こさない保証はしないがな」
三日後なんて日にちは無謀だ、とナギリも分かっている。
今からどれだけ回復や対策をしてこようと血を奪われる事が確定しているカンタロウが出来ることは少ない。
しかし、それでもカンタロウは頷いてみせた。
「分かりました。三日後に…あ、そうだ!お約束が守れるようにとりあえず今日の分とオマケ何か付けるであります!」
「は?オマケ?」
ナギリは一瞬、何を言われたか分からなかった。
しかしナギリのお陰で身体のバランス感覚が戻ってきたカンタロウは、ヨイショと言いながら身体を離す。
そして、さも当たり前のようにナギリに尋ねたカンタロウは微笑みかけた。
「乗り気でないのならオマケなどあれば少しは守りたくなると思いまして、何か思いつきますか?本官の出来る事であればオマケします」
「お前は駄菓子屋か何か!」
「ですが先程も本官は助けてもらいましたから!不本意ですが、それはそれ。お礼も兼ねて何かオマケを付けるであります」
なので遠慮しなくても良いですよ!と何故かやる気のあるカンタロウに今度こそナギリは頭が痛くなった。
しかし疲れた頭で思いついた事にナギリは、流石に自分が信じられず思わずしゃがみ込む。
「いや……これは流石にっ!」
「えっ、なぜ急に屈伸を?」
「違うわ、馬鹿が!俺はどうせ動けなくなるからお前を抱き枕にでもしよう、と…おも、思ったけどいらん!忘れろ!聞くな!」
「でもオマケ……」
「ガキか!あぁ!もう!とりあえず貴様、俺に付いてこい!」
半ばヤケクソになってきたナギリは自分の迂闊さに何もかも切り倒したくて仕方なかったが幸いにもカンタロウは気にしていない。
思いついた時に、また教えて下さいね!オマケもお約束であります!としか言ってこなかったのでナギリも今回はスルーを決めて、少し刃に意識を向けてみる。
三日後、もし仮にカンタロウが約束を守るようであればカンタロウの手首を握り最小限の刃を意識して吸血してやる事にしたのだ。
ただ結局、ナギリは満腹感から、カンタロウは疲労からお互いに倒れ込むように結果として添い寝する羽目になるのだが、それはまた別の話である。
End
するといつの間にあったのだろうか。
身体にかけられていた茶色い布を手繰り寄せると、目の前に広がる暗闇に得体の知れぬ恐怖を覚えながら身を縮めた。
怖い、寒い、痛い。
痛い?そう、腹が痛い。
ジクジクと蝕むような痛みに眉を寄せながら今どういう状況だろう、と寝起きの頭で考えていると。
「なんだ、もう目が覚めたのか」
「うわぁああ!?っが、んんーっ!?」
「チッ、いちいち騒ぐな!殺されたいのか?静かにしてろ」
「っんん…っぷは!……っ!」
「ヒヒッ、それで良い」
手で口を塞がれた瞬間、真っ先に思い出した。
あの手のひらから血の刃が出るのを見たではないか、あんな異能を忘れられる筈が無い。
しかしか忘れられる筈がない、と断言が出来るのに何故かカンタロウには目の前の男が一瞬、誰なのか分からなかった。
ただ首筋に当てられていた血の刃はカンタロウに恐怖と痛み、そして燃えるような悔しさを思い起こさせたのは確かだ。
逃げなければ。
しかし何故、自分は廃墟のような場所で寝転んでいるのか分からない。
俺は人質になのだろうか?と一瞬、考えもしたが周りは静かで廃墟らしき場所には辻斬りナギリとカンタロウしかいない。
だが襲われた時の動揺はあるものの逃げて、辻斬りナギリの存在を警官仲間や吸対に報告できれば!と言う気持ちがカンタロウには残っていた。
だから動いた時にカチャカチャ、と金属が重なる音が手首からして驚く。
支給されて持っていた手錠が自分にかけられている。
「目覚めたなら交渉だ……って、なんだ?ようやく手錠に気付いたのか、お前」
「えっ?あっ!………えっと」
「早く言え……あぁ、普通に喋るくらいは許してやる」
「なら……なんで本官を手錠で拘束してるでありますか?はっ!それよりも今すぐ自首するであります!そこの君!」
「のわっ!?急に叫ぶな!怪我人の癖にうるさい奴め、どうやらお前は本当に身の程知らずらしいな?」
「え?ヒッ!やめっ、ぐぁ!」
スラッと再び伸ばされた血の刃に反射的に身体が強張る。
しかし容赦なく咄嗟に顔を隠していた腕をナギリに掴まれた事でパニックになり、カンタロウは右に思わず頭を庇うように動いてしまってパタタッと遠くて血が飛んだのがカンタロウには見えた。
「っ!…馬鹿野郎が!動かなければ浅く済ませてやったと言うのに」
「っう、ぁ、す、すいません…」
「……は?何故、謝る」
「え?だ、だって仰る通りであります。本官が不用意に避けたから結構ザックリと傷が、うぅ、意識したら痛みがイタタタっ!」
「動くな!喋るな!俺は辻斬りナギリだぞ!?……だぁぁぁ!クソっ……じっとしてろ!」
左頬が予想以上に切れてしまった痛みから身体を丸めてしまったカンタロウにナギリは、少し部屋から居なくなると比較的綺麗な布で傷口を抑えてきた。
どうやら腹の手当てもナギリによるものらしいと気付いたカンタロウは自然と感謝の言葉が溢れた。
確かに相手は凶悪な指名手配犯かもしれないが手当てをして助けてくれたのは事実だ。
どうか、このまま自首してくれたら良いのに。
「あの…ありがとう、ございます」
「貴様と言う奴は……誰に礼を言ってるか分かってるのか!?」
「辻斬りナギリ……貴方があの……しかし!手当てをして下さった事も事実でありますよ?」
「はぁ?こ、れは別に…………クソッ!お前が騒がしいから話がズレた!俺は交渉する為にお前をここまで連れてきたんだぞ!勝手に死ぬのは俺が損だからだ!」
流石のナギリも襲った相手に感謝の言葉を言われるとは思っていなかったらしく目を丸くして呆けた。
どうしてこの警官が礼を言えるのか理解できない。
だが流石に本来の目的を思い出したらしく怒鳴ってくる。
しかし手は律儀に未だ傷口を抑えたままなので迫力には欠ける。
だと言うのにカンタロウは、変わった所があったが警官としては優秀であった為に質問せずにはいられなかった。
「交渉?誰とでありますか、本官が人質にされようと警察は貴方を捕まえます!」
「ふん、人質だと?俺はお前と交渉するんだ、他の奴らは知らん」
「え?ち、違うのでありますか?」
「違う。お前、俺の餌になれ」
「本官がえさ…餌!?え、っと貴方に血液提供をしろと?」
辻斬りに頬の傷を布で抑えて貰いながら交渉と言う風変わりな光景は最早、気にならない。
何故ならこの光景は本人たちの何処までも真面目な所が生み出した光景だからだ。
そんな事より。
ナギリの言った餌になれ、と言う言葉は社会への吸血鬼との共存が進んでいる社会で暮らすカンタロウでも聞き慣れず困惑する。
血液パックなどの方法で血を渡す事と何が違うのか分からない。
すると、そんなカンタロウの様子を分かっていたのだろう。
ニヤリと笑ったナギリが、さぁ交渉だ!と改めて宣言して始まった。
「提供なんぞではないが……仕方ないから、お前が俺の餌になっている間だけ俺はこの町で辻斬りはしないでいてやろう」
「え?ほ、本当でありますか!?なら本官はっ!」
「のわっ!?人の話を最後まで聞け、血を貰うだけじゃないぞ!アレだ、住む場所とかもだな!」
「ご提供するであります!それで辻斬り事件が起きないなら安いものですっ!」
「はぁ!?もう少し考えるとか躊躇うとかしろ!なんなんだ貴様!」
あまりに話がトントン拍子に進むので思わずナギリは思わずカンタロウを指差して怒鳴った。
すると抑えていた手も呆れて離してしまい、止血用の布が外れた。
ただそれだけの筈だった。
この時、ナギリが交渉を持ちかけた本当にカンタロウの血が本当に欲しかったからだ。
辻斬りを行っているナギリとって食欲を満たす為の血液に対して無くなる心配は無い。
しかしカンタロウの血を飲んで直ぐ、ナギリは初めて目の前の人間の血を独り占めしたくて堪らなくなってしまったのだ。
自分でも気付いた時には廃墟に連れ去った後で、どのようにして廃墟まで辿り着いたのかなどは全く自覚がなく。
今までに無いことで動揺しつつ、捻り出した結果がカンタロウとの交渉だった。
だから無理はあると自覚していた。
なのに。
「はっ?な、んで刃がっ!?」
「ひっ!?っうぁあ!」
「おい、おい、警官?しっかりしろ!お前、目に刃が当たったのかっ!」
先程の不注意から斬ったナギリから見て左頬とは反対の右側が不運にも暴走した血の刃によりザックリと切り裂かれた。
怒鳴ったりしたが、それでもナギリ自身は暴走する程、自分の意識がなかった訳ではないと自負している。
しかし結局、血の刃はナギリの味方ではないのだと知らしめるかのようにナギリの狙った獲物は息も絶え絶えだった。
負傷などから血を流し続けたからだろう。
「お、おい、勝手に死ぬな!交渉したばかりだろうが!」
「ずぃ、ませ…」
「っくそ!」
なんで俺はこんなに必死になっているんだろうか?と自問自答して、フッと警官からの有難う御座いますと言うぎこちなかったが、それでも本心からだと分かるほどの間抜けヅラを思い出した。
ナギリはカンタロウを捨てられていたシーツで頭から覆い包むと抱えて、人の気配が少ないが比較的明るい場所へと続く路地裏に辿り着く。
「怪我人がいるぞーっ!」
そう叫んで、駆け寄ってくる足音がドンドン大きくなるのを確認してから路地裏の奥へと消えて行った。
それから三日後、血を吸ったマットが鈍い色へと変色してしまっていたが、廃墟を変えることもせずに拠点の一つとしていたナギリは、人の気配を感知すると驚いた。
初めて見た時よりも少し瞳の色が変化しただけでなく、未だ完治していないのか少し血の気のない白い肌をさせた、あの日の警官が杖を持って廃墟でキョロキョロと周りを観察していたのだ。
話しかけるつもりはなかったが、真っ先に気になっていた事が口から溢れていた。
「お前、目が見えてるのか…?」
「わっ!?辻斬りナギリっ!ビックリしたであります!」
「のわっ!?だから大声で叫ぶな!!!大体、何しに来た!」
「それは辻斬りナギリの逮捕!と言いたい所ですが本官は血を渡す事をお約束しましたので本日は約束を果たしに参りました!ですので貴方も今日からお約束、守って下さい。」
「な、んだと!?お前……ふん……馬鹿なやつ、俺が守る保証なんてあると思うのか?」
「ならば早急に貴方を捕まえるだけであります!吸対へと入隊すれば本官でも逮捕も可能性は高くなる筈でありますから!」
「お前が?わざわざ俺を捕まえる為に?ヒヒッ!あの晩だけで、そんな傷だらけになったのに懲りてないのか?」
「はい、今は捕まえられなくても必ず捕まえてみせるであります!だから……」
だから辻斬り被害者を出さない為に本官は貴方に血を渡すお約束も守ります。
と言い放ったカンタロウはフラついた足取りにも関わらず杖を捨てると、懐から折りたたみナイフを取り出す。
そしてナイフを見つめていたかと思うと、なんと手首を切ろうとし始めた。
この予想外の行動に慌ててナギリは近付いて、ナイフを取り上げるとカンタロウはビクリっと身体を震わせるので思わずしかめっ面になる。
「怯えるくらいならするな!あぁ……もう、くそ!俺は血の刃から吸血するから、わざわざ斬らなくて良い!」
「あ、本当に刃からの吸血なのでありますね」
「うぐっ!そうだ、兎に角もう自分の腕を斬ろうとするな!その、アレだ!刃で飲みにくい、とかだ!」
「そうなのでありますかー……それは本官としても困るので、どのようにすれば飲んで頂けますか?」
「ぐっ!それは……」
怪我を最小限で済ませる吸血なんて考えた事がない。とは言えなかった。
別にナギリは約束を守ろうと思っている訳ではなかったが近付いた警官の姿は入院服で、足はスリッパと明らかに抜け出した人の格好なのはナギリでも理解出来た。
こんな格好で彷徨いているのは明らかに目立つ。
目立つと言うことは廃墟に入る姿を誰かに見られていない可能が無くはない。
なら目の前の警官を殺せば良い。
しかし今、殺せばナギリがわざわざ交渉すると言う慣れない事をしてまで貰おうとした血は今日限りで、この世から無くなってしまう。
それはあまりにもナギリにとって惜しかった。
何より包帯の白に包まれた目の前の男の存在が、あまりにナギリには見てはいけないような、目に毒、と言う言葉が何故か当てはまり困惑していた。
そんなナギリを知ってか知らずか計れない目になったカンタロウから声をかけてきた。
「ナギリさん」
「な、なんだ!」
「本官ケイ・カンタロウは今日までお約束、忘れた日はありません。ナギリさんにとっては些細でも本官にとっては違います」
「ふん、それがどうした!俺には関係なっ、ぐわっ!?手、手を離せ!何しやがる!」
所詮、怪我人で。どうせ人間のチカラでしかないのだ、分霊体もあるナギリからすれば容易くねじ伏せられるチカラだ。
しかし掴まれた手はもう震えておらず、掴まれた手はカンタロウの胸板まで誘導されたかと思うと発せられた声には、何処にも弱さが見当たらない。
「本官はあの日、己の弱さを知りました!今の本官が貴方を止めるには、あの日のお約束を守るしか思いつかないのであります!強くなるまでなんて言ってられません、でも貴方の辻斬りは止めたいのであります!だから、だから本官の血を飲んで下さい!っいた
ぁー…」
肝心な所で痛みに負けて、頽れそうカンタロウをナギリは導かれた手を使ってカンタロウの胸倉を掴んで引き寄せてやる。
すると、まともな抵抗もなく胸に飛び込んできたカンタロウに思わず鼻で笑うと告げてやる。
「おい、警官。そこまで言うなら血を貰ってやる!三日後、また此処へ来い。他の連中や吸対なんぞ呼ぶなよ?守ったところで俺が事件を起こさない保証はしないがな」
三日後なんて日にちは無謀だ、とナギリも分かっている。
今からどれだけ回復や対策をしてこようと血を奪われる事が確定しているカンタロウが出来ることは少ない。
しかし、それでもカンタロウは頷いてみせた。
「分かりました。三日後に…あ、そうだ!お約束が守れるようにとりあえず今日の分とオマケ何か付けるであります!」
「は?オマケ?」
ナギリは一瞬、何を言われたか分からなかった。
しかしナギリのお陰で身体のバランス感覚が戻ってきたカンタロウは、ヨイショと言いながら身体を離す。
そして、さも当たり前のようにナギリに尋ねたカンタロウは微笑みかけた。
「乗り気でないのならオマケなどあれば少しは守りたくなると思いまして、何か思いつきますか?本官の出来る事であればオマケします」
「お前は駄菓子屋か何か!」
「ですが先程も本官は助けてもらいましたから!不本意ですが、それはそれ。お礼も兼ねて何かオマケを付けるであります」
なので遠慮しなくても良いですよ!と何故かやる気のあるカンタロウに今度こそナギリは頭が痛くなった。
しかし疲れた頭で思いついた事にナギリは、流石に自分が信じられず思わずしゃがみ込む。
「いや……これは流石にっ!」
「えっ、なぜ急に屈伸を?」
「違うわ、馬鹿が!俺はどうせ動けなくなるからお前を抱き枕にでもしよう、と…おも、思ったけどいらん!忘れろ!聞くな!」
「でもオマケ……」
「ガキか!あぁ!もう!とりあえず貴様、俺に付いてこい!」
半ばヤケクソになってきたナギリは自分の迂闊さに何もかも切り倒したくて仕方なかったが幸いにもカンタロウは気にしていない。
思いついた時に、また教えて下さいね!オマケもお約束であります!としか言ってこなかったのでナギリも今回はスルーを決めて、少し刃に意識を向けてみる。
三日後、もし仮にカンタロウが約束を守るようであればカンタロウの手首を握り最小限の刃を意識して吸血してやる事にしたのだ。
ただ結局、ナギリは満腹感から、カンタロウは疲労からお互いに倒れ込むように結果として添い寝する羽目になるのだが、それはまた別の話である。
End