SS
ガシャンと何か大きいもの、でも軽い金属のような物が倒れた音でナギリは目を覚ました。
瞬間、すぐに突き刺すように鋭い夕焼けの光が眩して思わず手で遮る。
吸血鬼が活動するには少し明るい時間帯であることは分かる。
「チッ、邪魔な奴は誰だ…」
多分カンタロウではない、と自分の思考にウンザリしつつも夕焼けの光で怠い身体を起こす。
ナギリとよく鉢合わせになる吸対のカンタロウは、もっと騒がしく、もっと馬鹿正直にナギリの元へ訪ねてくる。
何故こちらを的確に察して会いに来るのかは分からないが、今は音を聞き通ろうと集中する。
するとナギリは察知できたのだが極力、音を立てないようにしている足音だと分かる。
足音で分かるのだろうか?と思うだろうが伊達に路地裏暮らしはしていない。
幾ら不死性と血の刃を持っていた時期であろうと気を抜けば餓死する可能性もあったナギリにとって獲物の場所を理解するのは生きる術だ。
だが、そんな生きる術も今はあまり役に立たないシンヨコに身を置いている事を思い出して、また憂鬱になる。
仕方がないので、身体をほぐす。
どうせ隠れて何か捨てに来たか。
もしくは隠しに来た不届き者がいる、と理解したナギリは重い腰を上げる事にした。
「サッサと済ませなければ面倒だな」
本や小さな生き物であれば勝手に劣化するので気にしないし、吸血できるなら腹の足しにする。
だが"大きい生き物"は駄目だ。
腐敗臭などもっての外、ましてや捨てたものが吸血鬼のように塵や砂にならないので騒ぎになる。
騒がれては折角の拠点を失うなんて言語道断だ。
だから。だから単純に消そうと思ったのに。
「おい、貴様!ひとのナワバリで一体なにを…なっ!?」
「ひぃ!?なんでこんな所に高等吸血鬼がっ!?」
まさか先程、頭の中を過ぎっていたカンタロウが、吸血鬼に明らかに服を脱がされようとしている現場を誰が想像出来たろうか。
と言うか他所でやれ。
そもそも吸対の服は吸血鬼のイメージにある黒の反対の色である白を基調としており、嫌というほど目立つ。
少なくとも灯りもない廃墟であろうと夕日で照り返す事で分かるほどには目を引く。
だからこそ吸血鬼にとって本能を揺さぶられるのだろう。
夕日の赤ではなく赤で染まった制服を身に纏うカンタロウは、ナギリの癪に障ったが同時に欲を揺さぶられた事を認めざる負えない。
何やら傍らで騒がしい吸血鬼から「襲うつもりはなかったんだ!」「こ、コイツがこんな格好で廃墟に居るのが悪いんだ!そうだろ!?」と話しかけてきて鬱陶しい。
どうやって気絶させたかは分からないし聞く気もないが、見事に気を失って今から吸血されようとしていたらしい。
とナギリが気付いた時、自分の周りで話しかけてくる鬱陶しい吸血鬼を投げ飛ばした。
「近くに寄るな、鬱陶しい!」
これはナギリにとって千載一遇だと言うのに必死に周りをウロウロしている吸血鬼が悪い。
そう、仕方ないではないか。
自分はカンタロウにどれだけ煮え湯を飲まされてきたか知りもしないのに邪魔されてなるものか。
ガシャン、と言う大きな音と共に何やら痛い!痛いよ!と投げ飛ばされた吸血鬼は壊れた人形のように叫ぶが興味はない。
興味があるのはカンタロウの血が何処から溢れているのかだ。
真っ白な制服が、まばらに真っ赤になっている光景は、あまりに痛快だが同時に気分の苛立ちも増していく。
目の前の血を流したのは自分よりも弱いあの吸血鬼だった事が納得できない。
「だが、まぁいい」
出血は多くなかったのか服に多くの切り傷はあるものの、服を染めた血は頬の新しい切り傷1か所のみで少し落胆する。
と思っていると、ある事に気付く。
ヒューヒューと喉に空気が通る音を立てており、意識はある癖に起きる様子がないのだ。
いや、起きる様子がないというよりも陸に居るのに溺れているように呼吸を乱している。
「おい、お前いつまで寝転がってる気だ?」
「っう、ぁ…っぁ…ヒュ、ぁ、れ?っじたさ、っぁは!カハッ!」
「チッ、やはり起きてたか……起きたならあの変な奴を連れて行け、邪魔だ」
「っぁ、はいっ!す、こし、ヒュ、お待ち、っ、くださいっ!」
「……本当に何やってるんだ?お前」
いつもの笑っているのに何処か怖いと思わせる明るいカンタロウの笑顔は苦しみで歪んで不格好だ。
何より顔色は青白いと言うのに汗が、次から次へと流れ落ちているのに拭う様子もない。
なにしろ一向に覇気は戻っていないのだから当然だろう。
明らかにいつもの元気が服を着て歩いているカンタロウとかけ離れている。
だというのに何処かで見たことのある光景にナギリは、フッと疑問が過ぎった。
「そういえばお前なんで大した怪我もしてないのにぶっ倒れてたんだ?」
「あぁ、あの方が実は持っていたナイフ、を……その、思っていたよりも振り回していまして…そしたらナイフがゆ、夕日を反射してしまって…とても、その……あ、か…」
「はぁ!?夕日?なんでそこで夕日なんだ、いつにも増して訳のわからない事を抜かすな!」
「え、あ、そ、そうですよね!忘れて頂いて大丈夫であります!!!あ、これドーナツを!ぜひ!型崩れもしていないと思うので良ければお礼にどうぞ!それではご協力、有難うございました!」
「は!?おい!待て!…ったく、なんでこんな食い物を持ってたんだ?アイツは」
血こそ本当の渇きを埋められるナギリにとっては残念ながら腹の足しにもならない。
だが無いよりはマシだ、と箱から出して口にしたドーナツは焦げたチョコレートがほろ苦さと甘みがあった。
実は、このドーナツ。
カンタロウが仕事の都合で訪れていたVRCで多く見かけたドーナツを自分も食べたくなったので購入したものだ。
あわよくば辻田さんや子供たちと食べたり出来たら、きっと楽しいのではないか?と思ったりもしたのはカンタロウだけが知っている。
だが結局、何故か気絶していて起きたのに怯えきっている吸血鬼をVRCに引き渡す為にカンタロウは、年下の先輩を呼ぶ羽目になった。
何時ものカンタロウであれば誰かを呼び出そうなどとは思わなかっただろう。
しかし事情を知る隊長のヒヨシや副隊長であるヒナイチからは散々と釘を刺されていたので呼ばなければなるまい、と思いつつ流石に曇る。
そこへ素早く駆けつけたサギョウは到着するやいなや、カンタロウの様子に困惑した様子を見せた。
「ったく、急に電話してくるから驚いたじゃないですか!どうしたんですか?カンタロウさん」
「あ、申し訳ありません。サギョウ先輩!本官、実はさっき過呼吸になってしまいまして」
「はぁあ!?過呼吸が出たんですか!?なら僕じゃなくてヒヨシ隊長や副隊長に来てもらった方が良かったんじゃ……あ、半田先輩をっ!」
「いえ、症状はすぐに収まったので大丈夫であります!それに彼を連行がしたくて助っ人が欲しかっただけですので!」
過呼吸が収まったからってダメじゃないですか!と心配してくれるサギョウに感謝しつつ、回収される為に正式な拘束を施される吸血鬼を見守る。
本来ならば全て自分で行えるのだが過呼吸が起きた自分の状態を考えて念には念を、と拘束をサギョウに任せたのだ。
その間、両手の拳は固く握っている事は無自覚だったカンタロウは己の手の痛みでようやく気付いた。
思わず握っていたパイルバンカーを支えるベルトから手を離す。
いつもの怒っている時とは違った、何処か困ったような険しい顔をしているサギョウの視線には気付いている。
あぁ、自分を本当に心配してくれている目だ。
「本当に大丈夫であります、サギョウ先輩!夕日に染まったナイフが思っていたより赤くてビックリしましたが……本当に見た辻斬りナギリの刃を忘れていません!もう間違えたりしないであります!」
End
瞬間、すぐに突き刺すように鋭い夕焼けの光が眩して思わず手で遮る。
吸血鬼が活動するには少し明るい時間帯であることは分かる。
「チッ、邪魔な奴は誰だ…」
多分カンタロウではない、と自分の思考にウンザリしつつも夕焼けの光で怠い身体を起こす。
ナギリとよく鉢合わせになる吸対のカンタロウは、もっと騒がしく、もっと馬鹿正直にナギリの元へ訪ねてくる。
何故こちらを的確に察して会いに来るのかは分からないが、今は音を聞き通ろうと集中する。
するとナギリは察知できたのだが極力、音を立てないようにしている足音だと分かる。
足音で分かるのだろうか?と思うだろうが伊達に路地裏暮らしはしていない。
幾ら不死性と血の刃を持っていた時期であろうと気を抜けば餓死する可能性もあったナギリにとって獲物の場所を理解するのは生きる術だ。
だが、そんな生きる術も今はあまり役に立たないシンヨコに身を置いている事を思い出して、また憂鬱になる。
仕方がないので、身体をほぐす。
どうせ隠れて何か捨てに来たか。
もしくは隠しに来た不届き者がいる、と理解したナギリは重い腰を上げる事にした。
「サッサと済ませなければ面倒だな」
本や小さな生き物であれば勝手に劣化するので気にしないし、吸血できるなら腹の足しにする。
だが"大きい生き物"は駄目だ。
腐敗臭などもっての外、ましてや捨てたものが吸血鬼のように塵や砂にならないので騒ぎになる。
騒がれては折角の拠点を失うなんて言語道断だ。
だから。だから単純に消そうと思ったのに。
「おい、貴様!ひとのナワバリで一体なにを…なっ!?」
「ひぃ!?なんでこんな所に高等吸血鬼がっ!?」
まさか先程、頭の中を過ぎっていたカンタロウが、吸血鬼に明らかに服を脱がされようとしている現場を誰が想像出来たろうか。
と言うか他所でやれ。
そもそも吸対の服は吸血鬼のイメージにある黒の反対の色である白を基調としており、嫌というほど目立つ。
少なくとも灯りもない廃墟であろうと夕日で照り返す事で分かるほどには目を引く。
だからこそ吸血鬼にとって本能を揺さぶられるのだろう。
夕日の赤ではなく赤で染まった制服を身に纏うカンタロウは、ナギリの癪に障ったが同時に欲を揺さぶられた事を認めざる負えない。
何やら傍らで騒がしい吸血鬼から「襲うつもりはなかったんだ!」「こ、コイツがこんな格好で廃墟に居るのが悪いんだ!そうだろ!?」と話しかけてきて鬱陶しい。
どうやって気絶させたかは分からないし聞く気もないが、見事に気を失って今から吸血されようとしていたらしい。
とナギリが気付いた時、自分の周りで話しかけてくる鬱陶しい吸血鬼を投げ飛ばした。
「近くに寄るな、鬱陶しい!」
これはナギリにとって千載一遇だと言うのに必死に周りをウロウロしている吸血鬼が悪い。
そう、仕方ないではないか。
自分はカンタロウにどれだけ煮え湯を飲まされてきたか知りもしないのに邪魔されてなるものか。
ガシャン、と言う大きな音と共に何やら痛い!痛いよ!と投げ飛ばされた吸血鬼は壊れた人形のように叫ぶが興味はない。
興味があるのはカンタロウの血が何処から溢れているのかだ。
真っ白な制服が、まばらに真っ赤になっている光景は、あまりに痛快だが同時に気分の苛立ちも増していく。
目の前の血を流したのは自分よりも弱いあの吸血鬼だった事が納得できない。
「だが、まぁいい」
出血は多くなかったのか服に多くの切り傷はあるものの、服を染めた血は頬の新しい切り傷1か所のみで少し落胆する。
と思っていると、ある事に気付く。
ヒューヒューと喉に空気が通る音を立てており、意識はある癖に起きる様子がないのだ。
いや、起きる様子がないというよりも陸に居るのに溺れているように呼吸を乱している。
「おい、お前いつまで寝転がってる気だ?」
「っう、ぁ…っぁ…ヒュ、ぁ、れ?っじたさ、っぁは!カハッ!」
「チッ、やはり起きてたか……起きたならあの変な奴を連れて行け、邪魔だ」
「っぁ、はいっ!す、こし、ヒュ、お待ち、っ、くださいっ!」
「……本当に何やってるんだ?お前」
いつもの笑っているのに何処か怖いと思わせる明るいカンタロウの笑顔は苦しみで歪んで不格好だ。
何より顔色は青白いと言うのに汗が、次から次へと流れ落ちているのに拭う様子もない。
なにしろ一向に覇気は戻っていないのだから当然だろう。
明らかにいつもの元気が服を着て歩いているカンタロウとかけ離れている。
だというのに何処かで見たことのある光景にナギリは、フッと疑問が過ぎった。
「そういえばお前なんで大した怪我もしてないのにぶっ倒れてたんだ?」
「あぁ、あの方が実は持っていたナイフ、を……その、思っていたよりも振り回していまして…そしたらナイフがゆ、夕日を反射してしまって…とても、その……あ、か…」
「はぁ!?夕日?なんでそこで夕日なんだ、いつにも増して訳のわからない事を抜かすな!」
「え、あ、そ、そうですよね!忘れて頂いて大丈夫であります!!!あ、これドーナツを!ぜひ!型崩れもしていないと思うので良ければお礼にどうぞ!それではご協力、有難うございました!」
「は!?おい!待て!…ったく、なんでこんな食い物を持ってたんだ?アイツは」
血こそ本当の渇きを埋められるナギリにとっては残念ながら腹の足しにもならない。
だが無いよりはマシだ、と箱から出して口にしたドーナツは焦げたチョコレートがほろ苦さと甘みがあった。
実は、このドーナツ。
カンタロウが仕事の都合で訪れていたVRCで多く見かけたドーナツを自分も食べたくなったので購入したものだ。
あわよくば辻田さんや子供たちと食べたり出来たら、きっと楽しいのではないか?と思ったりもしたのはカンタロウだけが知っている。
だが結局、何故か気絶していて起きたのに怯えきっている吸血鬼をVRCに引き渡す為にカンタロウは、年下の先輩を呼ぶ羽目になった。
何時ものカンタロウであれば誰かを呼び出そうなどとは思わなかっただろう。
しかし事情を知る隊長のヒヨシや副隊長であるヒナイチからは散々と釘を刺されていたので呼ばなければなるまい、と思いつつ流石に曇る。
そこへ素早く駆けつけたサギョウは到着するやいなや、カンタロウの様子に困惑した様子を見せた。
「ったく、急に電話してくるから驚いたじゃないですか!どうしたんですか?カンタロウさん」
「あ、申し訳ありません。サギョウ先輩!本官、実はさっき過呼吸になってしまいまして」
「はぁあ!?過呼吸が出たんですか!?なら僕じゃなくてヒヨシ隊長や副隊長に来てもらった方が良かったんじゃ……あ、半田先輩をっ!」
「いえ、症状はすぐに収まったので大丈夫であります!それに彼を連行がしたくて助っ人が欲しかっただけですので!」
過呼吸が収まったからってダメじゃないですか!と心配してくれるサギョウに感謝しつつ、回収される為に正式な拘束を施される吸血鬼を見守る。
本来ならば全て自分で行えるのだが過呼吸が起きた自分の状態を考えて念には念を、と拘束をサギョウに任せたのだ。
その間、両手の拳は固く握っている事は無自覚だったカンタロウは己の手の痛みでようやく気付いた。
思わず握っていたパイルバンカーを支えるベルトから手を離す。
いつもの怒っている時とは違った、何処か困ったような険しい顔をしているサギョウの視線には気付いている。
あぁ、自分を本当に心配してくれている目だ。
「本当に大丈夫であります、サギョウ先輩!夕日に染まったナイフが思っていたより赤くてビックリしましたが……本当に見た辻斬りナギリの刃を忘れていません!もう間違えたりしないであります!」
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