同棲ナギカン

清々しい朝を知らせるように太陽が夜空を白く染めようとする頃。
カンタロウは、ようやく帰宅することの出来た自宅のリビングを見て、ナギリがソファで読書をしている事にギョッとした。

「え、な、ナギリさん、まだ起きてらっしゃったんですか?」
「帰ってきて早々に言うことか?」
「あ、すいません!ケイ・カンタロウ、ただいま帰りました!」

返事をしたカンタロウに満足したナギリはパタンと本を閉じながら「ふん…おかえり」と返事をしてくれる。
そんなナギリに、カンタロウは口元が緩んだところをナギリの本を持たない手で軽く頭を叩かれる。
実は強い力で撫でているだけなのだが、カンタロウは気付かない。
しかし気付かなくとも問題ないのだ。
例えナギリが辛辣でもカンタロウは嬉しい事に変わりはない。
別に待っていてくれるのは、いつもではない。
だが週に一回。
何処かのタイミングで、ナギリはカンタロウの帰りを待っているかのように朝日が空を照らし始めている夜明けまで起きている事がある。
カンタロウは朝焼けを浴びるナギリが無茶していないかと少し心配でもあったが、もしかして自分の帰りを待っていてくれるのでは?と思うと胸が温かくなった。
あぁ、どうにかナギリさんにこの温かい気持ちのお礼がしたいなぁと激務の合間に考えているが浮かばない。
日頃のお礼です!と血を提案した事もあったがナギリから「お前それでも吸対か!?吸血鬼に血を自分から渡そうとするな!」と逆に諌められた。
勿論、ナギリの言い分は理解できたが咄嗟に思いつくお礼だったのでカンタロウとしては困ってしまった。
しかし、その後も「絶対に軽率に言うなよ」と人でも刺しそうな凶悪な顔で凄まれるので流石のカンタロウも言っていない。
では他に何がお礼になるのだろう?と考えて本当の事を言えば、自分の貞操が浮かんだ事もあった。
しかし即座にカンタロウは脳内の自分の提案を却下した。
紆余曲折あった末に共同生活の初めの頃にナギリから向けられた好意を信じていない訳ではない。
人一倍、人の気持ちに敏感なのに人一倍、愛情表現がとても不器用な方だな、とカンタロウは自分の無鉄砲さは棚上げしてナギリを想う。
などと言い訳しているが結局のところ。
お礼は自分の身体です!になってしまう事が少しカンタロウには不本意だった。
ナギリに伝えたいのは出迎えてくれる事への感謝なのだ。
恥ずかしい気持ちもあるし、もし拒否されたら悲しいとも思うが、そもそもナギリへお礼したい。
カンタロウは少しでも自分の劣情を押し付けるような真似はしたくなかった。
ならば、じゃあどうしよう?とスタート地点に戻ってしまったカンタロウは、うんうん唸るしかない。

だからなのだろうか。
ある日、偶然ヒヨシ隊や他の隊の吸対職員たちなどと小さな飲み会となり、久しぶりにアルコールを飲んだ。
好んで飲む訳ではなかったし緊急出動があるかもしれない。
なので日頃から同じ職場で働く仲間との飲み会なのだから付き合いで飲むくらいならば!と飲んだのがいけなかったのだろう。
うっかり酔っ払ってしまったカンタロウは、意識があるものの一瞬、グニャリと歪んだ目の前に眉を寄せ、熱い身体を居酒屋の柱に預けて深呼吸をする羽目になっていた。
そんなカンタロウの前にお冷を置いてくれたモエギから声をかけられるが柱から身体を離せそうにない。

「おいおい、大丈夫か?もうすぐナギリが迎えに来てくれるみたいだし、しっかりしろよ」
「え、それは不味いであります…ナギリさん怒ってたでしょう?」
「え?いやぁ…俺にはちょっと分からん、それは自分で確認し…あ、おい水!垂れてる垂れてる!」
「んー冷たくて気持ち良いであります!」
「おまっ、風邪引くぞ!?」

遠くでモエギが吠える声を聞きながらカンタロウは時折、霞む視界が治らないので目を閉じる。
相変わらずルリは酒豪の才覚を遺憾なく発揮して他の班の隊員と自分の隊員たち、ヒヨシやサギョウをノックダウンさせていたがカンタロウは楽しかった。
周りの飲み比べから逃れた半田やモエギのような隊員たちは各家族や迎えに来れる知り合い、同僚たちが連絡し合っているようだし、もうすぐお開きだろう。
少し悩みに集中してアルコールを取りすぎたな。
次は気をつけねばと反省して自分の体温で生温かくなっていくワイシャツに少し意識が戻った時だ。
フワリとした浮遊感に包まれたカンタロウは、ぼんやりとした頭で不思議に思い、遅れて周りが少しザワッとしているのが目に入って固まった。
本官なんで浮いてるのでありますか?

「あれ?なぎりさんだ」
「なんだ?起きたのか、まぁいい帰るぞ」
「はい、帰るでありま……あ、れ?えっ、ちょ、下ろして、下ろしてであります!なぎりさーっ!!!」
「のぁっ!?叫ぶな動くな!この酔っ払いが!!!」

至近距離で叫ぶな!とナギリは注意してくるがカンタロウはそれどころではない。
目を開けてグニャリと相変わらず目の前は少し霞むが、ナギリに横抱きを止めて貰わねば沽券に係わるので引けない。
所謂、お姫様抱っこをさせられて居酒屋を出たくないのだが時すでに遅しである。
暴れたお陰で横抱きは回避したもののナギリの肩に俵持ちにされたカンタロウは、半笑いで見送る職場の人間たちが遠ざかるのを確認すると自分の顔を隠すように両手で視界を覆うのだった。
恥ずかしい。
幸い、知り合いに会うこともなくカンタロウはナギリと共に家に帰ることが出来たのだが、ナギリは帰宅してもカンタロウを下ろすことはなかった。
これには酔っ払っていても理性は残っていたカンタロウは不思議に思い、ナギリさんどうしたんでありますか?と聞こうとして突然、下ろされた風呂場で目を白黒とさせる。
いくらナギリが高身長で体格もしっかりとした男とはいえカンタロウも高身長で筋肉質なので負けてはいない。
なのに鮮やかに風呂場へと運ばれたカンタロウはポカンとしてしまった。

「えっと……なぎりさん、ありがとう御座います!何故お風呂に?一緒に入るんでありますか?」
「……カンタロウ、今すぐ選ばせてやる」
「え?」
「一つ目は服を俺に脱がされ身体を洗われる、二つ目は今すぐお前が自分で服を脱いで俺に抱かれるかだ、どっちか選ばせてやる」
「はい!?え、抱かれるとは!?」
「3、2」
「はやい!えーっ!?えっと、ふ、服を!ぬ…脱がせて、くださ、ぃ…」

あ、これさっきより恥ずかしい、と思ってしまったカンタロウは俯いた顔を上げられない。
フンッと機嫌が悪いの良いのか分かりにくいナギリは、持ち前の器用さで手早くカンタロウのワイシャツのボタンを外していく。
ふっとカンタロウは躊躇いもなく外されるボタンにナギリが何をしたいのか分からなかった。
いや、身体を洗われるらしいとは分かる。
ただそれ以上に「意外と本官はナギリさんに意識されてないのでありましょうか?」と今までのナギリの態度に拗ねた酔っ払いは考えた。
お互いに、まだ好きだと言い合った訳ではなかったが少なくともカンタロウは以前から、今はそれ以上にナギリを意識している。
悩み、そして打ち明けた言葉を真っ直ぐに受け止めてくれたナギリを一人の信頼できる相手としても接しているつもりだ。
ナギリから好きと言われた訳ではないが、それ以上の抱きたいとストレートな言葉をナギリから貰っている上に先程の言葉も気になっていた。

「あの…」
「……なんだ」
「流石に脱ぐことは自分で出来るでありまs」
「……酔っ払いを風呂場で一人に出来るか」

いつの間に準備していたのか分からないタオルを湯船からお湯を掬うと、丁寧に絞ってカンタロウの顔を拭いていく。
熱いけれどホッと安心感と湿気のあるホットタオルで拭いてくる仕草も丁寧で贅沢をさせて貰っている、とフワフワの頭で考える。
あ、気になっている事を聞かないと。

「ふぁ、わっ、ぷっ!ナギりさん!」
「なんだ?もしかしてこの程度で痛いとか言うんじゃna」
「本官の裸に興味は無くなってしまいましたか?」
「は?なに、いって」
「一緒に暮らし始めた日から今日で一週間……ナギリさんは本官の裸を見ても手を出してくれませんよね?」
「おまっ!もしかして今日、服を濡らしてたのもミスじゃなくて自分でわざとか!?」
「……いけませんか?」

あぁ、結局やってしまったな…と分かっているのに口が滑ってしまった。
記憶は飛ばない方だと自負しているので明日はナギリさんに謝らないと、と酔っ払った頭で考える。
気にしていたのは本当だ。
話し合ったあの日からカンタロウは考えた末にワザと風呂上がりに軽く裸でナギリの前を通ってみたり。
以前から距離が近かったのを利用して、身体を密着してみたり色々と試していた。
誰かに抱きたいなどと言われたのは初めてでどうしたら良いか分からなかったからだ。
だと言うのにナギリは一向に手を出してこないどころか普通に「家だからって俺が居るんだぞ!?風呂上がりだろうが服を着ろ!」やら「近い!どけ!暑苦しいっ!」とカンタロウを叱って終わっていた。
ならばと裸になりやすい風呂場へお誘いし、アルコールの力も少し借りられたら聞けるのかもしれないと思ってしまったら口が止まらなかった。
お礼の件とは別件だ。

「危ないから止めろっ!バカか、お前は!」
「でも…」
「でもじゃない!お前は俺たち吸血鬼と違って治癒力が低いくせだろうが!お前は怪我したいのか!」
「だって!…だって自分で俺の事まだ飽きてませんか?と聞いてしまうのは悔しいであります」
「っ!?……今、聞いてるだろ」
「………あっ!わ、い、今の聞かなかった事にっ、ぅぶっ!?いっ、ーっ!?」

聞かなかったことにして下さい!とお願いしようとしたらナギリの顔が至近距離にあり「あ、これはぶつかる」とカンタロウが思った次の瞬間には口を切っていた。
何故、頭突きをされたのか分からなかったカンタロウは思わず、切れた唇をペロリと舐めた。
地味に痛い。
そう思っていると今度はナギリに顎を強く掴まれて反射的に身を固くする。
流石のカンタロウも何でナギリを怒らせたか分からないので少しは容赦して欲しいと思っていると。

「キスくらいまともにさせろ」

あ、今のキスだったんでありますか?と聞こうとして先程、切れてしまった下唇をペロッと軽く舐められたかと理解した時には、チュッと言う音と共に軽く食まれた。
ナギリから突然の大胆な行動に照れや驚き、そして触れられた気持ち良さに動揺する。
ヂュッと音がした事で恥ずかしくなって思わず目を閉じると襟足、刈り上げのところに手を添えられて優しく撫でられた。
くすぐったい、と思わず頭が動いてしまって離れていく感触に寂しさを覚えたが、追いかけられて今度こそ完全にナギリは口を食む様にキスしてきた。
気持ち良いな、ナギリさんとキス出来た、とアルコールとは違う多幸感に脳が蕩けるのが自分でも分かる。
ナギリの大きな手が相変わらずスルリと撫でてくると、んっと軽く声が漏れて恥ずかしかったが合間に目にしたナギリの困ったような表情に気付いた時には気にしなかった。
困った顔をさせたい訳じゃないんです、好きなんですと気持ちが溢れてきて、思わずナギリの顔に頬を寄せて抱き締める。

「ナギリさん、いつも有難う御座います」
「っなんだ突然」

思わず口に出していた。
でも本当に伝えたい事をナギリに言えたので結果オーライとする。
お礼はしっかりと、そして何度しても良いじゃないか、と開き直ることにしたからだ。
伝わらなければ意味がない、とカンタロウは色んな人から教えてもらった。

「時折、帰宅したら貴方が出迎えてくれるのが嬉しくて…本当はもっと早く言いたかったのであります」
「アレは……眠れなくなってただけだ、その調べものしてたからな」
「え、調べものですか?どんな事を、ッん」

それは早く気付いてお手伝いしたかったな、と思いつつ話しにくいのでナギリから少し身体を離そうとすると今度はナギリの方から抱き寄せられる。
あ、今のナギリさん可愛い、とおよそ場違いのような感想が浮かぶが明らかに何かの意図が込められたナギリの手のひらが肩、背中、腰、そして尻をサラリと撫でてきて驚きと期待が混ざる。
くすぐったさとゾワゾワとした悪寒とは違う感覚な感覚に自分の身体が思いの外、跳ねて恥ずかしいが間髪入れずに耳元で告げられる。

「お前を抱く時どうしたら良いかだ」
「え、そ、そういった種類の調べものを?っひう!?」
「やはり抱く際は後ろを使うらしいからお前も覚えておけ」
「なっ、ぅ、わ!」

クスクスと耳元で楽しそうに、でも小さく笑うナギリの様子は嬉しいが、それはそれとして揉まれながら撫でれるという慣れない刺激に戸惑う。
ナギリにされているという自覚がなければ即座に抵抗して拘束していたな、と考えているとナギリの手が止まる。
思わずどうしたのだろう?とナギリの方を向くと、そっぽを向いたナギリが居た。

「怖気づいたか?」
「いいえ、少し驚いただけであります」

怖くない、とは言えない。
未知の経験は怖いし、今もカンタロウは路地裏で斬られたあの日の出来事を夢に見る。
そういった意味ではナギリが今も怖いとも言える。
しかし怖いだけではないからこそカンタロウは今ここに居て、ナギリのそっぽを向いてしまった顔に手を添えている。
それでも確認したくなると言う事は、きっと自分たちには必要な事なのだ。
必要ならばカンタロウは幾らでも努力も無理も突き通す自信がある。

「そうか……お前のそういう馬鹿な所が好きだぞ、カンタロウ」

あ、ナギリさんずるい!と真っ先にカンタロウは悔しくなった。
何故ならばカンタロウは「貴方が好きだから平気です」と言おうと思ったからだ。
ずるい、先に本官に言わせない為に好きと言ってくるなんて。
どうして先に本官が言っちゃおう!などと考えていた事がバレたのか分からないカンタロウは思わず目の前のナギリの肩に額を擦りつける。

「な、なぎりさぁ〜〜〜!!!」
「煩い、さっさと風呂に入れ!湯が冷める!」
「ちゃんと好きって言ってくれなきゃ嫌でありま……え、ナギリさんもしかしてさっきから勃ってたんですか?」
「いちいち言うな!!!お前いい加減デリカシーを覚えろ!襲うぞ!!!」
「え、明日も仕事なのでダメであります!」

何事も確認は大事だからと言い訳をして、顔を赤くしても否定はしないナギリの様子が見たくて思わず尋ねていることはカンタロウだけの秘密だ。
例え「休みだったら良いのか…?」とカンタロウの様子に困惑しているのか。
それとも本当は前屈みなのか分からない様子で項垂れているナギリを目にしていようとカンタロウは秘密にするつもりだ。
ただそんなカンタロウは鬼でも般若でもないのである。

「っぁ!?おいっ!お前どこ触ってっ!」
「その、お手伝いは……ダメですか?」
「……後悔しても俺は知らないからな」
「勿論!……本官がしたいのであります」

再び距離を縮めて開ききったワイシャツの下に晒している肌に触れられて、少し緊張する。
ずっと着ていた防刃服を止めたせいではない。
見られて恥ずべき所はないが素肌を好きな人に触れられて緊張しないはずは無い。。
そう、カンタロウは緊張している自分に対して確信していた。この人が好きなのだと。
なのでカンタロウはナギリの何処か困っているような表情は気にしない。
そんな当のナギリは実際のところ。
カンタロウへの劣情に対して理性が「俺は本気か?あのメチャクチャ警官なんだぞ」と言って釈然としない気持ちや、おのが目で見て感じているカンタロウの熱を「離してやるものか!」と言う複雑なナギリの心情から来るものなのだが。
やはりカンタロウはそんなナギリの気持ちに気付けないのだが彼は彼なりの覚悟で、何の躊躇いもなくナギリに奉仕する為に膝を折るのだった。

「ところで感謝のお礼は、どんな贈り物なら受け取って頂けますか!!?」
「だから要らんと言ってるだろうが!!!」



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