同棲ナギカン

VRCへの協力と言う大義名分を手に入れたナギリだったが元とはいえ危険度Aオーバー吸血鬼だ。
本来、釈放など論外であり野放しになどされない。
しかしVRC所長本人から「研究へ協力するならば問題は無い。あの街で多少、暴れた所でデータが取れるだけだ。寧ろその記憶に関する能力のデータを取らせろ」などと色々と問題発言をサラッと言われ、まさかの首輪すら無いと言う処遇にナギリ本人が一番驚いていた。
「むんっ!蜘蛛の同胞は弱体化の処置をされたのだが…」と相変わらず気軽に話しかけてくるゼンラニウムから聞いてもいないのに説明されて苛立つ。
何か裏があると疑わない方が無理である。
そして所長はそれを隠さない。
書類上でも首輪は無いが、GPS発信機の装着義務や定期的な実験への参加と報告書の提出など事細かい条件付きでの釈放なのだ。
結局、要注意で監視対象ではある事に代わりはない上、場合によっては退治人や吸対の捜索などへの協力も場合によっては強制参加だ、と言われた。
それでもナギリにとっては以前の路地裏より遥かにマシなのだから世も末だ。

「それで?退治人や吸対からの要請が来ているらしいが、どう協力すればいい…」
「なんだ、それは知らん」
「はぁあ!?貴様が言い出したんだろう!」
「知らんと言ったら知らん!俺様は忙しいんだ、あいつらに協力するかは好きにしろ。せいぜい恩を売っておけ」
「適当すぎるだろう!?!!?」

と言った具合だった所に一週間の監視生活を吸対の方から提案された。
責任者のヒヨシ曰く「上層部への言い訳」なのだそうだ。
かくして吸対の隊員としてカンタロウが任命されて一週間の同居をする羽目になったナギリは最初、警戒心からカンタロウを信用できなかった。
カンタロウに辻田さんと呼ばれて懐かれていた頃は本当に彼に辻斬りであることがバレたら死ぬと思っていた程に。
それだけカンタロウの辻斬り捜索は鬼気迫るものがあった。
しかし当のカンタロウは「もう事件を起こさぬと言うのであれば然るべき処置を受けて頂くだけであります」と実に穏やかなもので拍子抜けしたものだ。
が、しかし心中穏やかな訳がない。
案の定と言うべきかカンタロウとナギリは一週間のお試し期間で、ひと悶着あったのだが今はすっかり軽口を言える程に回復していた。
寧ろ、もう無いと何処かで思っていた筈なのにナギリは相変わらずカンタロウ、と言うかシンヨコの住民たちに振り回されていた。

「チンッ!そちらへ行ったぞ!」
「っおい!その掛け声やめろ!」
「なっっっ!?私だって治せるなら治したい!」

でも未だに治らないんだ!と涙目で話すヒナイチの声を背中に受けながら自分の方へと逃げてきた虫型の下等吸血鬼をサッサと切り倒して砂となった所を袋へと仕舞う。
最初は何故、死んだのに回収するんだ?と戸惑ったものだが謎の多い吸血鬼の研究の為だと聞いて納得した。
あの変わり者だが天才の所長ならば、凡人から見て必要ないことも欲しい材料になる可能性は高い。
しかし、だからといって砂まで必要とは…と困惑して詰め終わると他の吸対の隊員たちも駆けつける。
基本的に仲が良いのか、メンバーが世話焼きなのか。
ナギリはカンタロウだけでなく、もう一人のハリケーン男、半田や副隊長のヒナイチ。
ナギリからすると以前は印象が薄かったサギョウ。
そして退治人ギルドの人々、と何処でもナギリはよく話しかけられるようになっていた。

「あ、副隊長!ナギリさん!カンタロウさん見ませんでした?」
「俺にアイツの事を聞いてくるな、知らん!」
「もうこんな時にっ!うーん、あの人の事だから真っ先にナギリさんに合流してそうなのに…ここにも居ないなんてっ!」
「むっ?どうしてそんなに慌てているんだ、サギョウ」
「もうすぐ連絡あると思うんですけど……って来た!」

ーヒヨシ隊へ連絡。半田隊員による高等吸血鬼との戦闘を確認。使い魔を使用と報告あり。場所は…ー

「戦闘してたの僕と半田先輩です!でもその先輩に放り出されてしまって…すいません!でも、あの人に応援を頼まれたんです!」
「なるほどな、二人とも急ぐぞ!」
「ふん、出てきた奴を斬り捨てても文句は言うなよ」

移動しながら報告します!と合流した後、焦りから素早く冷静さを取り戻したサギョウは遭遇した高等吸血鬼の情報を報告する。
最初は真面目に聞いていたもののサギョウの困惑の入った報告に流石に二人は耳を疑った。
しかしサギョウが嘘をつく理由が無いことから三人は、サギョウの提案でビルの屋上へと上がると目視できる位置に到着して、すぐナギリもヒナイチも納得した。

「これは、その、半田がサギョウを放り出したと言う意味が分かったな」
「ヒヨシ隊長が今ロナルドさん達と本体を捜索、救出中らしいですけど…あ、あの触手の壁、斬れそうですか?」
「斬れるだろうが…無闇に合流しては粘膜か?アレで邪魔されてしまいそうだな」
「俺も斬れる。が問題はそこじゃないだろ!なんだあのイカれた風景は!」
「あー…ナギリさんもそう思います?」

到着して早々、三人の前には蛍光ピンク色の触手たちが半田を捕まえようと追いかけて斬られている。
離れているからこそ中央には大樹のように蛍光ピンクの触手同士が絡み合い、葉っぱのように触手を四方八方から退治人や半田たちへと向けて飛ばしている光景が分かった。
触手は大変素早く、助っ人に来ていたらしいショットも触手を避けたり、何故か半裸で半泣きになっているサテツが触手に頭を撫でられているが触手の粘液のせいでビショ濡れになっている。
しかも肝心の高等吸血鬼らしき気配が無く、サギョウも話したように別の場所に居る吸血鬼をヒヨシとロナルド、恐らくドラルク、丸ことジョンが保護か捕縛しようとしている筈なのだ。
ならば、そちらに合流するフリをしてジョンに会いに行こうかとナギリが考えていた時だ。

「なっ、あれはカンタロウじゃないか!?」
「っなに!?」
「ヤバイ、あの人思いっきり突っ込んでってる!!!」

パイルバンカーを振り回し触手の群れを掻き分けてカンタロウが突入したのを確認して、すぐサギョウが援護射撃するつもりなのだろう。
カンタロウの姿をスコープ越しに確認しつつ、引き金に指を置いて、狙撃銃を構える。
半田たちも闘っているので元々、そのつもりだったのかもしれない。
ヒナイチも一瞬、サギョウの様子を確認した後で刀を手に添え向かおうとした瞬間。
その確認の一瞬でヒナイチはナギリに肩に手を添えられて軽く後ろへと引っ張られた。

「うわっ、ナギリ!?」
「お前は退け」
「…っサギョウ!そのまま援護射撃をしつつ半田と退治人たちを離脱させろ、私は避難誘導の指示に出る!」
「了解!」

サギョウは返事をした瞬間に半田を狙おうと杭のように尖っていた触手の部位を狙撃で破壊する。
すると目の前で弾け飛んだ触手に驚いた半田は、すぐに弾が飛んできた方向、およその射線を辿るように上を向く。
するとサギョウの緑色の髪、そしてナギリが凄まじい形相で4階ほどの高さから壁を交互に蹴って飛び降りて来るのが見えて叫ぶ。

「みんな撤退しろ!アレと距離が取れたら後ろの壁を破れ!」

各方向から了解!分かった!と言う大声と銃声が数発ほど続く。
その状況を確認した半田はサギョウとは反対方向の退治人たちへ向かう触手を斬り捨てながら共に壁へと向かう。
念の為に、と最後に振り返ると意外にもナギリの姿は無く、普段ならば半田や仲間の言葉に従っているカンタロウがパイルバンカーの引き金を引いた姿だった。

「これでっ!仕留めるっ!」

ドゴンっと言う重くデカい音を鳴らしてパイルバンカーは見事に大樹のような触手の塊の根本に大穴を開けた。
しかし、すぐに大穴を埋めるようにズルズルと高速で触手が一斉に動いた。
元々、触手たちは眷属などといっても明確な意思はないタイプをしていた。
しかし眷属として主や自分の身を守ろうとする力は備わっている。
だからなのだろう。
自分を傷付けた何か、そして生き血を求めて一斉に近くに居たカンタロウを取り込もうと触手を伸ばした瞬間。

「っぅぐ!?え、なんで…!」
「クソがっ!」

カンタロウの近くにあった触手は瞬く間に細切れになると、カンタロウの視界は瞬く間に触手から離れて驚く。
だが息苦しさを感じた後、すぐに喉がつっかえて、首に衝撃を感じながらも背中、そしてカンタロウを抱き締める片腕のほんのり温かい体温にカンタロウは思わず笑ってしまう。

「あははっ!辻田さん、こちらにはジョンさんは居ないでありますよ?」
「うるさい、知ってる!笑ってる場合か!」
「はい、お陰様で助かりました!……すいません」

カンタロウの謝罪を聞くと、耳の近くてハァーーーっと言う深いため息と共に肩が重くなったのでカンタロウが確認すると茶色いフードが肩に乗っていた。
ナギリはお疲れらしいが、ため息がくすぐったい上に自分もナギリも、まだ仕事中だ。

「あの、辻田さん、辻田さーん!おーい!」
「あ?うるさい、なん、だ……っ!?!!!?」
「すまん、その、二人とも怪我とか大丈夫か?」
「お二人を、あの、邪魔したい訳じゃないんですけど…一応、確認しないとですし」
「すいません!大丈夫でぃっだだだだ!!!」

凄い勢いで壁の隙間から出てきたので、と赤面しながら控えめに話すサテツ。
そしてバンダナとマントで隠していても真っ赤なのがバレバレなショットから声をかけられてナギリは元凶を思い出して頭に血が上る。
思わず身近にあったカンタロウの肩に力を入れて言葉を遮ることでストレス発散をするしかない。
オレ、ワルクナイ。

「カンタロウ!無事、か!?…無事だな、元気そうで何よりだ」
「半田先輩そんなっ!?っあ、辻田さっ痛い!肩が、肩が外れます!足もお止めくださっ!うぐえ!」
「やかましい!そもそもお前が突っ走らなければ良いんだろうが!イノシシかっ!!!」
「その状態での捕縛は疲れるぞ、ナギリ」

器用に足でカンタロウの両腕を拘束してナギリは掴んだままの肩を砕かんばかりに握り締める。
空いた片手でカンタロウの頭が自分の方を向かないようにする徹底っぷりで。
すると冷静な半田が捕縛の方法にコメントをしている間、サテツとショットはタジタジな様子で照れていると無線機が鳴り、すぐにヒヨシの声が路上に響く。
その内容は無事に使い魔の主を眠らせた事。
更に、そのまま無事にVRCへの移送中なので共に退治したロナルドたち二人と一匹は帰路に就くとの事だった。
現にナギリがカンタロウを締め上げている間に色んな意味で物騒な触手の大樹は静かにサラサラと砂になって砂場のようになっている。

「ケホッ、ナギリさんっ!」
「あ?なんだ」
「今、走ればジョンさんに追いつけるかもしれないであります!」
「……いい、俺も戻ったら報告書を作らなきゃならん。そもそも丸が疲れているかもしれん」
「むぅ、そうでありますか…」

なんでお前が残念そうなんだ?とナギリは不思議そうに質問したが答えを求めた訳ではないらしく。
自分の肩に付いた砂を払うと、半田に「まだVRCに戻る時間じゃないから吸対で待機するぞ」と声をかけた後、ナギリはアッサリと去って行く。
どうやら本当にジョンには会いに行かない様子にカンタロウの方が落ち込んでしまった。
そんなカンタロウに思わず半田は声をかけていた。

「カンタロウ俺達も戻るぞ、あー…何をそんなに落ち込んでいるんだ?」
「あ、別に落ち込んでいる訳では!…いや…その、少し最近の辻田さんの様子が気になってしまいまして」
「確かに、以前ならばもっと積極的にロナルドの所のマジロと会っていたな。俺もよく見かけていた」
「え、そうなのでありますか?」
「あぁ、事務所に新作のセロリトラップを設置したりしているからな。よく遭遇した」
「なるほど、あんなに苦情が来ていた理由は今回も半田先輩の新作トラップだった訳でありますね」

なるほど、と頷くカンタロウに半田は気にする事もなく何か考えている。
彼はダンピールだと言う事を抜きにしても優秀な吸対の隊員であると言えるほど能力が高い。
何か思い当たる節があるのかもしれない、と自力では辿り着けそうにない自分の不甲斐なさに悔しくなる。
しかし一人で悩むなら優れた他者に頼り、学ぶことは大切だと思い直して先を歩く半田に尋ねようとして半田が丁度立ち止まった。

「……考えて思ったんだがカンタロウ、お前はナギリと付き合ってるのか?」
「へ!?!!?いいえ、何故でありますか?」
「最近の違和感、ナギリの方がカンタロウの事を気にしているように思えてな」
「え?本官の事を?あぁ、でもそれはきっと…あ、噂をすれば辻田さんであります」

もう飽きたから帰られるとの事です!と軽く仕事用の携帯を確認したカンタロウは、半田に携帯の画面を見せてくる。
半田も画面を確認するとシンプルだが丁寧に「飽きた。先に帰る。隊長とVRCには報告済み。」と書かれていた。
それを見た半田は思わず口から思っていた事が溢れた。

「本当に付き合ってないのか?」
「はい、それに辻田さんはジョンさんがお好きかと」
「勿論それは知っているが…わざわざ携帯に連絡を寄越すのは律儀すぎないか?」
「すいません、半田先輩。でも本官は違うと思うであります」

カンタロウは自分の意見であれば誰であろうとハッキリと意思表示することが出来る人間だ。
だからこそ素直なカンタロウは、怒られたりはするものの吸対の、少なくともヒヨシ隊のメンバーと良好な関係を築いている。
そんなカンタロウがハッキリと違う、と自分に言った違和感に気付いた半田は驚いて顔を軽く覗き込む。
するとその表情は珍しく乏しかったが、すぐにカンタロウが泣きそうなのだと気付いた。

「辻田さんは先日、本官をカンオケに入れたいと仰ってたので、きっと本官がき、きら…ぃ…っ!」
「おい、大丈夫か!?落ち着け……ん?おい、カンタロウ、その棺桶の話をナギリの方からされたのか?」
「っ半田先輩!俺…確かに辻斬り行為は今でも許されない犯罪だと思っています。でも、それでも…やっぱり改めて嫌われていると知るのは思っていたより……辛いです」

すいません、勤務中にこんな話!と話すカンタロウは切り替えたように普段通りの明るさで半田に謝ると署に向かって走り出してしまった。
結果として取り残されてしまった半田は無線でパトロールに戻るように、と連絡を受け取りつつ困惑する。

「ナギリが言った棺桶って、もしかして告白なんじゃ…いや、しかしナギリは古い吸血鬼では無いようだし…憶測では何も言えんな」

実は半田は昔、吸血鬼についての資料を読む機会があり、吸血鬼にとっての棺桶の重要性についてだった。
そこには「吸血鬼に棺桶の場所を聞くと言うことは、あなたの命を私に預けて下さいと同等。つまり信頼している証、更には求婚の意味になる」と言う婚姻や生命に関わる重要なことである、と言う内容であり。
流石にピンとこなかった幼き日の半田は、話の真偽を自分の母親に質問したことがあったのだ。
だからナギリ自身が知らなくともロナルドの事務所によく出入りしていれば、ドラルクや他の吸血鬼が面白がってナギリに入れ知恵していてもおかしくは無い。
しかし、それはあくまでも半田の憶測でしかない事だ。
もし違っていては無駄に二人の関係に水を差す。
などと考えをまとめた半田は、ひとまず今は見守る他に自分のできる事はないと踵を返すと年上の後輩とは逆の方向へと歩みを進めた。
まだ朝日は上っていない。



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