94
今、思い返すと既にあの瞬間からおかしかったのだろう。
「今、叫び声が聞こえませんでしたか?」
「叫び声?いや、何も聞こえて……あ、ケイ君!」
「早く」
向かわなければ!と言ったのが先か、駆けていたのが先か分からない。
ただ訳の分からない状況でも理解できたことは意図的に仲間の退治人たちと逸れてしまった、と言う事は分かった。
ましてやエレベーターやジェットコースターに乗った時のような気持ちの悪い浮遊感と慌てたような、しかし言葉になっていない仲間の退治人たちの焦った声は一応、微かに耳に残った。
「おーい!誰か居ませんかー?……声が消えた」
無意識に握り締めたらしく、ガチャリと剣の柄が音を立てたことでハッとする。
どうやら仲間の姿が見えないだけで不安と焦りが出ていたらしいと恥ずかしくなる。
不思議な場所に入り込んだくらいで動揺していては、きっと新横浜でやっていけないだろう、彼処に潜伏している筈の辻斬りナギリと渡り合う為には他の吸血鬼くらい倒せなくては……と気合いを入れ直す。
ぼんやりとしか認識できない自分の周りに気持ち悪さを感じつつも歩みを進めてみるしかない。
すると進むうちに、どんどんとクリアになっていた周囲は最終的に見覚えがあり過ぎる路地裏だと気付いて、自然と背中に汗が流れた。
有り得ない、ここは新横浜ではないのにどうしてあの日の路地裏にカンタロウは立ち尽くしているのだろうか?
これはあまりにも悪趣味ではないか、と奥歯を噛む。
「あの、」
「っぁ、はい!!!!!」
「ぐえっ!耳がっ!!!」
肩にソッと手を置かれて喉が潰れ、息が止まりそうになる。
そんな驚きを誤魔化すように出したカンタロウの声は存外大きかったらしく振り返ると、男性はしゃがみこんでいた。
どうやら彼が肩に手を置いた人物らしいことは何となく分かったカンタロウは流石に慌てた。
まさか人が居ることにも驚きだったが、それよりも驚いたのは……と考えようとした思考は止まった。
「はぁ、ビックリした……」
「申し訳ありません!本官まさか誰かいらっしゃると思っておらず、つい大声を出してしまって」
「本当にイヤになるよ、大声なら嬌声が良い」
「え?今なんと……」
「分からない?喘ぎ声だよ、喘ぎ声」
見た目が好みだから選んだけど失敗だったかな?と話す男に思わず後退って距離を取る。
否、距離を取った筈だ。
しかし男の笑った口元が妙に印象的で、どうしてこんなに頭に残るんだろうか?と不気味がっていると何故か唇がヌルッと生温かく濡れた感覚に覆われていた。
おかしい。
後退ったはずのカンタロウは壁を背にしてまともな抵抗もままならないまま男、もとい吸血鬼に舌を入れられた。
「んむっ!?んんーっ!んぐっ!」
「いっ!チッ、結構、意識は残ってるなぁ」
「ケホッ!かはっ、き、さま!なんの、つもりだ!」
「何をって……少し僕の性処理に手伝って貰うだけだよ、傷の子よ」
「ふざけっ、ぁ、え?」
キィンと頭が揺れる感覚で自分の身体が凍っていくかのように動かなくなっていくのが分かった。
頭は重怠く、気持ちは引っ張られるように焦り、冷や汗が止まらない。
ただ近くにある自分の手のひらや地面を見ることで、なんとか自分が今、膝立ちで地面に手をついているのだと理解しなければ意識も危なかったかもしれない。
そんなカンタロウのシャツのボタンを悠々と外すと現れた首筋を男は嬉しそうに撫でてきた。
気持ち悪い、その筈なのにカンタロウの口から溢れたのは怒鳴り声などではなく吐息だった。
「んぁ、はぅ!なん、でっ!」
「お、チャームがようやく効いてきた?僕の自信作の大結界なのに効き目遅くてビックリしたけど……ねぇ、聞いてる?」
「う、うぁ……はァっ!」
「確かに出力を強くしたけど強すぎた?ねぇ」
「チャーム、ということは……きゅ、吸血鬼!」
カンタロウは硬直と怒りで震える口で、どうにか喋る事に成功した。
しかし吸血鬼の方は睨むカンタロウをどのように思ったのかニヤリ、と歪んだ口元と爛々とした赤黒い瞳と目が合った瞬間もはや勝負の勝敗は見えた。
今度はバチンっと言う音が頭に響き、力が身体から抜けていく最中に男に軽く腕を引っ張られるとスルリと面白いくらい簡単にカンタロウは腰をあげた。
「良い子だ、しかし……」
「こ、のっ!くそっ、なんで俺をっ!」
「ここまで意識が残るなんて驚いたよ!まぁ、意識は無い方が良かったと思うかもしれないね……でも楽しみだ!ほら、その壁に手をついて」
「ふざける、うっ!?ぉえっ!ぁ、くっ!」
「これ以上、脳を掻き回されたいなら構わないよ?普段とは違う趣向も偶には良い」
頭を揺さぶられるような感覚に思わず吐き気が溢れて、驚いていると見せつけるように人差し指が揺れているのが目に入った。催眠術を使っているのだろう。
ケホッ、と喉のヒリつきを感じながらも、諦めずに睨んでみるが吸血鬼はどこ吹く風といったように唾液を溢したカンタロウの顎を楽しそうに掴む。
わざと目を合わせられ、特有の浮遊感にも似た感覚が脳みそに流れ込んでくる感覚と共に嗚咽をしながらも気付けばカンタロウは吸血鬼に従っていた。
辻斬りナギリに襲われたことで夢にまで見てしまい、すっかり今では見慣れた路地裏の壁に手をついてカンタロウは思わず唇を噛んだ。
結界だと言っていたので今、立っている路地裏も偽物でしかないのだ。
しかし唇を噛んだ程度で身体の自由が戻る筈もなく、男に後ろからベルトをアッサリと抜かれるとズボンをアッサリと脱がされて地面へと落ちるのを見ている事しかできない。
気持ちではずっと抵抗していても吸血鬼からすれば大した事はないのだろう。
「ふふ、男らしい良い形の尻だ」
「ぅ、触るなっ!は、ぅ!」
「まだ抵抗するんだ?でも今は私の手をちゃんと意識しなさい」
「ひぁっ!?なんで、うそっ、ぁ、やめっ!ぁあ!」
「おや、思っていたより身体は覚えが早そうで嬉しいなぁ」
教え甲斐がありそうだと笑う男の手が自分の尻を撫でてきた事でカンタロウは痴漢される人の気持ちが少しは理解できたかもしれない、と怒りで更に身体に力が入るのが分かった。
早々に尻穴を軽くトントンッと指先で叩かれて、不愉快だと強烈な怒りに苛まれるのにビリビリと認めたくない快楽が流れ込んで来て驚く。
まさか、そんな筈はないと無理に身体を動かすと腰が揺れ、歯を食いしばっても喉が勝手に喘いだ。
普通の男として過ごしてきた自分がどうして尻を弄られて快感を拾ったんだ?と困惑しても、もう遅い。
何より意識をしっかりと保つ事が出来ており、これには吸血鬼も驚いていたようだが結局はソレだけである。
例え意識があろうとも身体は素直に吸血鬼に従ってしまうのなら脱出する道は遠退く上に、此処に来てようやく気付いたのだ。
「ま、まさか目的って男を襲う気だったのか!?」
「あぁ、正確には抱く上で性別なんて僕はどちらでも良いけど今日、居た退治人たちなら君が好みだったんだ」
「んぁっ!?んん〜っ!くそっ、揉む、なっ!」
「どうして?寧ろ感じるオマケまでしてるのに……ほらもっと楽しみなよ」
僕って優しいでしょ?と耳元でわざわざ囁かれ、気持ち悪いと言う感覚が確かにある。
それなのにカンタロウの口から溢れるのは喜悦を感じさせるような吐息だ。
寧ろ強く尻を掴まれるとゾクゾクと背筋に快楽が走って腰が不自然に重くなる。
自分の身体だ、嫌でも己が勃起しているのだと分かってカンタロウは思わず歯噛みをした。許せない。
気持ち良くない筈なのに頭が、身体が、気持ち良いと快感を拾い上げてくる。
それでも抵抗にはならず、とうとう吸血鬼が己の秘部に指を一本挿れてきたことでカンタロウの我慢は限界を迎えた。
「あっ!ぃ、やだ!ぁ、ぅんんっ!触るなっ!」
「くくっ!無駄だよ、どれだけ叫んでも此処は僕の結界の中だから助けなんて来ない」
「ぁ、ぁあっ!な、かっ!やめっ!」
どれだけカンタロウが嫌がろうと身体は揺れるだけで抵抗する事は出来ず、大人しく吸血鬼の指を受け入れ快感を拾うように腰が、身体が動く。
カンタロウからは見えなかったが、冷たさと滑りが身体を這っていくと水音が聞こえ出してきて、いよいよカンタロウは耳を塞ぎたくなった。
「んぁあ!ァ、やっ!ぐっ、ンン〜〜ッ!?」
「安心して、いくら感じやすくしたとはいえ怖いだろ?ちゃんと解してあげるから」
「ぁ、あっ!や、めろっ!抜けッ、ひぁあ!?」
「ふふっ!とか言って、ちゃっかり腰を揺らしてるじゃないか」
幸か不幸か。
指を一本、挿れられて秘部の浅いところを抜き差しされただけで済んだが頭や身体に走る快感は増えて行き、明らかに怒鳴る声に混じっていた喘ぎ声の頻度が増す。
秘部も少しずつ確実に解れていると分かるほど入ってきた指を締めつけて、いつの間にか増えていた指が中を押し開くように肉壁を叩いてくる。
次第にハッキリと蝕んでくる快感は冷静さを奪い、カンタロウを焦らせた。
「凄いなぁ!あっという間に二本の指をこんなに締め付けてくるなんて……君、後ろの才能あるんじゃないかい?」
「ぅ、うそ、だっ!……っぐす、ぅあ!や、やだぁあっ!ぁ、ひうっ!」
「あれ、もしかして泣いてるの?それならもっと気持ち良くしてあげよう、忘れさせてあげる」
「し、しなくて良い!ひっ!?ぁ、ぁああ!」
いつの間にか壁に縋りつくように寄せていたカンタロウは己の身体に流れ込んでくる快感の強さに、立っていられなくなった。
しかし身体は崩れ落ちる事はなく、とうとう声すらも我慢が出来なくなった頃にはカンタロウの意識を無視して腰を吸血鬼に向けて見せつけるように上げていた。
ただ少しだけ残った意識でさえも、なんて声をあげているんだ!と己に失望して悔しさだけが募り、そしてぐちゃりと泡立ったような水音と甘い刺激の快楽に塗り潰されていく。
本当は薄々、気付いている。
もう二本ではなく、まだ二本目の指なのだと。
このままでは最後はどうなるのか複雑なことを考える事が出来なくなった頭でも分かる。
しかし、そんな考えすら塗り潰すようにゴリッと言う感覚と共にカンタロウは感じた事のない快楽に襲われた。
「っンア!?は、ぁあ!な、に?」
「漸く見つけられた!ここは前立腺だよ、ここを今からもっと触ってあげるから君もよく覚えるんだ」
「ぁ、ああ!?あひっ!んん〜っ!んぇ、ぁっ!」
前立腺の感覚にカンタロウが驚いた瞬間、吸血鬼は一切の容赦なくカンタロウの呼吸に合わせて指で弄ってくる。
すると今まで襲われていた快感はなんだったのか?と思うほど強烈な快感が背筋を通して、身体に教え込んでくる。
思わず快楽から逃げたくて顔を下げると、涙で歪んだ視界の端でトロトロと己の性器から白濁とした液体が流れているのが見えた。
正直に言うと性器を触りたい、と思うのに腕は壁に吸い込まれたかのように動かず、従順な犬のように吸血鬼の手から与えられる快感を追いかけてしまう。
そう思っていた時。
「くくっ、気付いてる?途中から君の拘束してる催眠を緩めてあげてるんだけど……そんなに僕の指が気に入った?」
「嘘、つくなっ!ぁあ!あ、そんな、はずっ!」
「もちろん僕は優しいからずっと感じやすくしてあげてるけど楽しんでくれてるようで嬉しいなぁ」
「人の、話をっ!は、んあー〜ッ!?そこ、やめっ!」
明らかにヌチュ、グチャと増している水音に混じり、吸血鬼の方も容赦なくなってきており快楽と怒りや悔しさで思考がドロドロになっていくのが分かる。
未だ相手のフィールドである以上、カンタロウに残されているのは吸血鬼が油断するチャンスを伺うしかない。
しかし己の内側を抜けていく指の感触を反射的にカンタロウの身体は確かめるように締めてしまい、ゾクゾクと登ってくる快感に抗うことが出来ずに居た。
「感じて、こんなに腰振ってるのは君の意志さ」
「ぁあ〜〜ーッ!!?は、ぁ…!んぁあッ!」
「なに休んでるの?ほら、分かるかな……君、指を三本も飲み込んでるのに嬉しそうに締めて腰が揺れてる」
「ちがっ、ぁ、ぁあ!ひ、んんっ!」
「こんなになってるのにまだ認めないんだ?くくっ、お陰で楽しくなってきたよ!」
どれくらい弄ったら君は後ろでイけるかな?と耳元で言われてゾッとする。
しかし顔を青褪める暇も無いほど、襲ってくるようになった快感に思わず目を閉じるが耳にこびりつく水音は消えない。
ぐぽっ、と空気を含んだ音に変化している水音が何よりも忌々しい筈なのに頭を埋め尽くすのは快楽だ。
すると更に感覚が研ぎ澄まされ、抵抗しなければと思うのに甘い痺れに舌が痺れて口の端を涎が伝う。
ただそんな己の涎にすらゾクゾクという快楽を感じて、もはや快楽に恐怖すら覚えたが吸血鬼からの愛撫が止まる訳も無くアッサリとカンタロウの限界は訪れようとしてた時だった。
吸血鬼が突然、動きを止めた。
「くくっ、凄い先走りだね」
「ンアッ!……は、ぁ!」
「おっと、ごめん!もうイッちゃいそうだよね?まぁ、だからこそ後ろだけ触っているんだけど」
「ケホッ!何を、言って……は?」
「あぁっ!僕はすごく待ったんだ!あぁ……もう我慢できない!」
「なっ!?ふざけ、るぅ、んグッ、ぁ、は、ぁあ、あ!」
吸血鬼の言葉は勿論だが実際に迫られた事でいよいよ不味いと気付いた所で遅い。
「ッぁ、ぁあああ!!?っは、ぁ、くっ!」
「ふぅっ!流石の僕でも、キツイな……!」
「く、そっ!」
カタカタと力の入らない指にカンタロウは散々と涙を流した筈の瞳から新たに涙が溢れてきて、その感覚にすら感じてしまい、嫌になる。
しかし泣いたところで事態は解決しない。
もはや誰でもない、自分自身が必ずこの吸血鬼を捕まえなければ気が済まない。
辻斬りナギリの逮捕の前座にも練習にもならないが、野放しになどするものか!と思うと不思議と指先は動いた。
しかし力が入る訳ではない。
これでは練習している剣が握れない、と腹を満たす忌々しい圧迫感から逃れる為に呼吸を整える。
すると涙で濡れて歪む視界の端にソレを見つけた。
あとは隙をついて手に取るだけだ。
「は、やく……っ!」
「ん?どうし、っうぐ!?」
「ッ……早く、終わら、せろ……いや、終わらせて下、さい……っ!も、もう辛い、から!」
「……ふーん?」
訝しげに見つめてくる吸血鬼の視線は冷たく、己の身体を占領している熱量とは別に見透かしてくるような視線は肝が冷える。
しかし腹に力を少し入れてみれば吸血鬼は分かりやすく眉を顰めて、そして楽しげに笑ってみせた。
見え透いた嘘だろうと慢心している強者は弱者の嘘を見過ごす。
その優越感と今受けている屈辱など、吸血鬼を捕まえられるならカンタロウにとっては安いものだった。
それでも拭いきれない不快感はある。
「はっ、あ!君、本当に初めて?中すっご」
「それは貴様が催眠をっ、ぁあ!ひ、んんっ!ぁ、やっ、おくぅ!おく、やだぁっ!」
「あぁッ、それともこの路地裏で辻斬りナギリに教え込まれたのかな?」
「なっ!?あっ!なに、いってっ、ぅんん!ひっ!」
図星?今すごく締まったね、と笑う吸血鬼を殴りたくて仕方がなくなっていたが握った拳は快感により壁にすがりつくしかない。
まさかこんな辻斬りナギリの足元にも及ばない吸血鬼が化物だと言うのが納得できなかった。
どんなに凶悪でも吸血鬼は吸血鬼だ。
本来なら罪を償い、改心して生きていくのは人も吸血鬼も変わらないと警官時代の経験が言っている。
しかし指摘された通り、辻斬りナギリの話が出てからキュウキュウと切なげに吸血鬼の性器を締める己の身体に困惑し、未だに快感を拾ってしまうことが悔しかった。
腹を満たしてくる明らかに男の性器に突かれる度に喘ぐカンタロウに吸血鬼は楽しげに話しかける。
「んん、はぁッ!本当に良い中だぁ……催眠術を使う時に断片的だけど見させてもらったが、あんなのが噂の辻斬りナギリでしょ?」
「あっ!う、あぁ!ちが、ちがう!ひ、ぁ!奴、は貴様とは違うッ!」
「ハハッ、確かに覗いた姿は吸血鬼の僕でも怖かったなぁ、僕はあんな化物じゃないし僕なら君を愛でてあげるッ!」
「あ゛ぁッ!ひっ!ぅ、やめっ!」
「この僕に欲しいだなんて嘘をついたんだッ!いいよね?あの辻斬りナギリの刃を受け入れたみたいにさァ!ハハッ、ヒハハハハハッ!」
「ッ!…ぁ…ぐ、ぁっ!ふ、ざけ、るなッ!」
トプトプと何かが腹の中を満たしていく感覚に反吐が出る、と思いながらも腰の痛みなど如何でも良い。
様々な事への怒りが満ち溢れてくるお陰で倒れることは免れたカンタロウは、絶好のチャンスを逃さなかった。
「はぁ、疲れたけど本当に君、気に入ったし連れて帰って……えっ?その、手の奴は何?」
「許さない……絶対にっ!!!」
「は?な、なんで動けるんだ!?ちょ、何を向け、て、っぐぁああああ!!!僕の!僕の足がぁあ!!!」
「辻斬りナギリはそんな傷穴、なんてことなさそうだった……立てッ!貴様が辻斬りよりも倒す価値があるのか見せてみろッ!!!」
ガコンッと肉に杭が打ち込まれる音を聴いたことはあるだろうか?
パイルバンカー、それは鍵では開かなくなってしまった扉や屠殺などの理由から即死の為に使われる道具。
こんなものは、あの日の路地裏にはなかったが更に言うならば、ここはあの日の路地裏ではない。
どうやらようやく気を抜いた吸血鬼の集中力がなくなったお陰なのだろう。
周りの風景が霧となって蒸発していき、本来の場所は工事現場だったのだと吸血鬼の絶叫をBGMに見回す。
乱雑に蓋の開いた工具箱を見るに、いつの間にか蹴飛ばしていたのだろう。
工具箱から飛び出して転がっていた工具は他にも幾つかあった。
そんな道具の中で、パイルバンカーがカンタロウの足元に転がっていたのだろう。
これならば引き金を引くだけで動く、と形状を見て判断して正解だった。
何よりカンタロウは吸血鬼とはいえ人の形をした相手に向けてパイルバンカーの引き金を引く事に躊躇いはなかった。
もう銃を吸血鬼に向けて引いた事は経験済みなのだから今更ではないか。
ただ襲われた時に拳銃が辻斬りナギリには通じなかったので、当初は銃の類を使う事は除外していた。
しかし拾ったパイルバンカーの形状は拳銃に近いにも関わらず、杭を打ち込むという意外にも吸血鬼退治方法の一つに則っている。
先程も近付いてきた吸血鬼に向かって倒れかかるようにパイルバンカーを使用したカンタロウの体重も乗ったのも作用したのだろう。
小さくとも吸血鬼の足に見事に突き刺さり、あまりの痛みで絶叫する吸血鬼を壁に縫い止める事に成功した喜びは筆舌に尽くしがたい。
こんな卑劣な高等吸血鬼を、不器用で体力くらいしか取り柄のない自分が例えボロボロになってしまっても捕まえられた。
それが兎に角、嬉しかった。
その後、助けに来てくれた退治人たちに保護されながら手元を見ると、先ほど使用したパイルバンカーが確かにある。
あぁ、あれは幻覚ではなかったんだな……と今はまだ痛まない身体よりも先に胸がキュウと痛んだことで得るものも確実にあったのだと嬉しくなる。
とうとうカンタロウは辻斬りナギリへの打開策を見つけることが出来た喜びに感涙すると、助けに来てくれた退治人たちに勘違いされて気を使われてしまったのは気恥ずかしかった。
「それで?なんで使えるとはいえパイルバンカーはそんな馬鹿デカイもんにして使うんだ、重いだろ」
カンタロウの事情など知らない辻田さんは、相変わらず怪訝そうな顔を見せたが本当は優しいことをカンタロウは知っている。
いつだって彼は嫌そうな顔をしていても必ずカンタロウの辻斬りについての話に耳を傾けてくれる。
何より件の吸血鬼よりも冷静で辻斬りナギリや吸血鬼に対しても理解や知識が深く勉強になる程だ。
今も「なんで辻斬りナギリ相手にパイルバンカーなんだ?」と質問してくれて、刀などよりも使いやすく丈夫だからと吸血鬼との一件を省いて説明していたところだった。
確かに最初はカンタロウも銃よりも手入れが比較的、楽で持ち歩きやすい剣だったが、件の事件を境に考えを改めたのだ。
「このサイズならば素早い動きで避けられても確実にお腹など何処かに当たるので!それに何度か強姦されそうになって小型のパイルバンカーを奪われた失態も、このサイズになってからは無くなったのであります!なのでサイズもコチラが理想的でありまして〜」
「ふーん、なるほどな……え?お前」
今、強姦されそうになったって言ったか?と聞こうとしたナギリは速やかに口を閉じたが遅かった。
最初、尋ねたのはパイルバンカーのことを少しでも知っていれば何か武器への対策でも出来やしないかと思ったのだ。
しかしカンタロウから得られる情報は少なく結局これ以上、興味があると勘違いされてカンタロウの巨大なパイルバンカーの話に触れたくなかったというのはある。
しかし何故か話の内容に違和感を感じたナギリは咄嗟にカンタロウの話を聞こうとして止めた。
何故なら思わず顔を見てしまったカンタロウの方が、ハッとした表情の後に口元に人差し指を添えて普段とは違い、静かに尋ねることを止めてほしいとナギリにお願いしていた。
だからこそ黙って勝手に居座る隣の男を見つめ返す。
「申し訳ありません。辻田さんならば、とつい……どうか今のは聞かなかったことに!」
「お、前ッ!……なら本当にお前は他のやつに、その」
「辻田さん、シーッ!……忘れてください、ね?本官は丈夫ですし、今はもう鍛えているので遅れを取るなどありませんので辻田さんの事をお守り出来ますので!」
「なっ!?そうじゃ、なくて……チッ!もう良いから静かにしろ」
「辻田さん……はい、有難うございます!本官と辻田さんの秘密であります!」
はぁ、と重いため息を吐いて必要以上の情報を得てしまったナギリに対して、カンタロウはやっぱり本当は優しい好青年なのだと思った。
静かにしろと言いながらも、今はまるで自分の後ろを守ってくれているかのようにカンタロウの歩幅に合わせて歩いてくれている。
これが普段ならば辻田さんは踏ん張って巡回に同行することを遠慮するのだ。
何よりいつもなら姿を眩ませている頃なのに今はまだ側に居てくれている、と気付いて嬉しくなった。
言葉にせずとも彼なりに心配してくれているのだと嬉しいし、心配されないほど強くならなければなと決意を新たにする。
やはりきっと優しい彼の協力があれば辻斬りナギリに辿り着いて自分は奴を捕まえられるのだ!と確信したカンタロウは嬉しそうに夜の道を少しも躊躇せずに歩いたのだった。
END
「今、叫び声が聞こえませんでしたか?」
「叫び声?いや、何も聞こえて……あ、ケイ君!」
「早く」
向かわなければ!と言ったのが先か、駆けていたのが先か分からない。
ただ訳の分からない状況でも理解できたことは意図的に仲間の退治人たちと逸れてしまった、と言う事は分かった。
ましてやエレベーターやジェットコースターに乗った時のような気持ちの悪い浮遊感と慌てたような、しかし言葉になっていない仲間の退治人たちの焦った声は一応、微かに耳に残った。
「おーい!誰か居ませんかー?……声が消えた」
無意識に握り締めたらしく、ガチャリと剣の柄が音を立てたことでハッとする。
どうやら仲間の姿が見えないだけで不安と焦りが出ていたらしいと恥ずかしくなる。
不思議な場所に入り込んだくらいで動揺していては、きっと新横浜でやっていけないだろう、彼処に潜伏している筈の辻斬りナギリと渡り合う為には他の吸血鬼くらい倒せなくては……と気合いを入れ直す。
ぼんやりとしか認識できない自分の周りに気持ち悪さを感じつつも歩みを進めてみるしかない。
すると進むうちに、どんどんとクリアになっていた周囲は最終的に見覚えがあり過ぎる路地裏だと気付いて、自然と背中に汗が流れた。
有り得ない、ここは新横浜ではないのにどうしてあの日の路地裏にカンタロウは立ち尽くしているのだろうか?
これはあまりにも悪趣味ではないか、と奥歯を噛む。
「あの、」
「っぁ、はい!!!!!」
「ぐえっ!耳がっ!!!」
肩にソッと手を置かれて喉が潰れ、息が止まりそうになる。
そんな驚きを誤魔化すように出したカンタロウの声は存外大きかったらしく振り返ると、男性はしゃがみこんでいた。
どうやら彼が肩に手を置いた人物らしいことは何となく分かったカンタロウは流石に慌てた。
まさか人が居ることにも驚きだったが、それよりも驚いたのは……と考えようとした思考は止まった。
「はぁ、ビックリした……」
「申し訳ありません!本官まさか誰かいらっしゃると思っておらず、つい大声を出してしまって」
「本当にイヤになるよ、大声なら嬌声が良い」
「え?今なんと……」
「分からない?喘ぎ声だよ、喘ぎ声」
見た目が好みだから選んだけど失敗だったかな?と話す男に思わず後退って距離を取る。
否、距離を取った筈だ。
しかし男の笑った口元が妙に印象的で、どうしてこんなに頭に残るんだろうか?と不気味がっていると何故か唇がヌルッと生温かく濡れた感覚に覆われていた。
おかしい。
後退ったはずのカンタロウは壁を背にしてまともな抵抗もままならないまま男、もとい吸血鬼に舌を入れられた。
「んむっ!?んんーっ!んぐっ!」
「いっ!チッ、結構、意識は残ってるなぁ」
「ケホッ!かはっ、き、さま!なんの、つもりだ!」
「何をって……少し僕の性処理に手伝って貰うだけだよ、傷の子よ」
「ふざけっ、ぁ、え?」
キィンと頭が揺れる感覚で自分の身体が凍っていくかのように動かなくなっていくのが分かった。
頭は重怠く、気持ちは引っ張られるように焦り、冷や汗が止まらない。
ただ近くにある自分の手のひらや地面を見ることで、なんとか自分が今、膝立ちで地面に手をついているのだと理解しなければ意識も危なかったかもしれない。
そんなカンタロウのシャツのボタンを悠々と外すと現れた首筋を男は嬉しそうに撫でてきた。
気持ち悪い、その筈なのにカンタロウの口から溢れたのは怒鳴り声などではなく吐息だった。
「んぁ、はぅ!なん、でっ!」
「お、チャームがようやく効いてきた?僕の自信作の大結界なのに効き目遅くてビックリしたけど……ねぇ、聞いてる?」
「う、うぁ……はァっ!」
「確かに出力を強くしたけど強すぎた?ねぇ」
「チャーム、ということは……きゅ、吸血鬼!」
カンタロウは硬直と怒りで震える口で、どうにか喋る事に成功した。
しかし吸血鬼の方は睨むカンタロウをどのように思ったのかニヤリ、と歪んだ口元と爛々とした赤黒い瞳と目が合った瞬間もはや勝負の勝敗は見えた。
今度はバチンっと言う音が頭に響き、力が身体から抜けていく最中に男に軽く腕を引っ張られるとスルリと面白いくらい簡単にカンタロウは腰をあげた。
「良い子だ、しかし……」
「こ、のっ!くそっ、なんで俺をっ!」
「ここまで意識が残るなんて驚いたよ!まぁ、意識は無い方が良かったと思うかもしれないね……でも楽しみだ!ほら、その壁に手をついて」
「ふざける、うっ!?ぉえっ!ぁ、くっ!」
「これ以上、脳を掻き回されたいなら構わないよ?普段とは違う趣向も偶には良い」
頭を揺さぶられるような感覚に思わず吐き気が溢れて、驚いていると見せつけるように人差し指が揺れているのが目に入った。催眠術を使っているのだろう。
ケホッ、と喉のヒリつきを感じながらも、諦めずに睨んでみるが吸血鬼はどこ吹く風といったように唾液を溢したカンタロウの顎を楽しそうに掴む。
わざと目を合わせられ、特有の浮遊感にも似た感覚が脳みそに流れ込んでくる感覚と共に嗚咽をしながらも気付けばカンタロウは吸血鬼に従っていた。
辻斬りナギリに襲われたことで夢にまで見てしまい、すっかり今では見慣れた路地裏の壁に手をついてカンタロウは思わず唇を噛んだ。
結界だと言っていたので今、立っている路地裏も偽物でしかないのだ。
しかし唇を噛んだ程度で身体の自由が戻る筈もなく、男に後ろからベルトをアッサリと抜かれるとズボンをアッサリと脱がされて地面へと落ちるのを見ている事しかできない。
気持ちではずっと抵抗していても吸血鬼からすれば大した事はないのだろう。
「ふふ、男らしい良い形の尻だ」
「ぅ、触るなっ!は、ぅ!」
「まだ抵抗するんだ?でも今は私の手をちゃんと意識しなさい」
「ひぁっ!?なんで、うそっ、ぁ、やめっ!ぁあ!」
「おや、思っていたより身体は覚えが早そうで嬉しいなぁ」
教え甲斐がありそうだと笑う男の手が自分の尻を撫でてきた事でカンタロウは痴漢される人の気持ちが少しは理解できたかもしれない、と怒りで更に身体に力が入るのが分かった。
早々に尻穴を軽くトントンッと指先で叩かれて、不愉快だと強烈な怒りに苛まれるのにビリビリと認めたくない快楽が流れ込んで来て驚く。
まさか、そんな筈はないと無理に身体を動かすと腰が揺れ、歯を食いしばっても喉が勝手に喘いだ。
普通の男として過ごしてきた自分がどうして尻を弄られて快感を拾ったんだ?と困惑しても、もう遅い。
何より意識をしっかりと保つ事が出来ており、これには吸血鬼も驚いていたようだが結局はソレだけである。
例え意識があろうとも身体は素直に吸血鬼に従ってしまうのなら脱出する道は遠退く上に、此処に来てようやく気付いたのだ。
「ま、まさか目的って男を襲う気だったのか!?」
「あぁ、正確には抱く上で性別なんて僕はどちらでも良いけど今日、居た退治人たちなら君が好みだったんだ」
「んぁっ!?んん〜っ!くそっ、揉む、なっ!」
「どうして?寧ろ感じるオマケまでしてるのに……ほらもっと楽しみなよ」
僕って優しいでしょ?と耳元でわざわざ囁かれ、気持ち悪いと言う感覚が確かにある。
それなのにカンタロウの口から溢れるのは喜悦を感じさせるような吐息だ。
寧ろ強く尻を掴まれるとゾクゾクと背筋に快楽が走って腰が不自然に重くなる。
自分の身体だ、嫌でも己が勃起しているのだと分かってカンタロウは思わず歯噛みをした。許せない。
気持ち良くない筈なのに頭が、身体が、気持ち良いと快感を拾い上げてくる。
それでも抵抗にはならず、とうとう吸血鬼が己の秘部に指を一本挿れてきたことでカンタロウの我慢は限界を迎えた。
「あっ!ぃ、やだ!ぁ、ぅんんっ!触るなっ!」
「くくっ!無駄だよ、どれだけ叫んでも此処は僕の結界の中だから助けなんて来ない」
「ぁ、ぁあっ!な、かっ!やめっ!」
どれだけカンタロウが嫌がろうと身体は揺れるだけで抵抗する事は出来ず、大人しく吸血鬼の指を受け入れ快感を拾うように腰が、身体が動く。
カンタロウからは見えなかったが、冷たさと滑りが身体を這っていくと水音が聞こえ出してきて、いよいよカンタロウは耳を塞ぎたくなった。
「んぁあ!ァ、やっ!ぐっ、ンン〜〜ッ!?」
「安心して、いくら感じやすくしたとはいえ怖いだろ?ちゃんと解してあげるから」
「ぁ、あっ!や、めろっ!抜けッ、ひぁあ!?」
「ふふっ!とか言って、ちゃっかり腰を揺らしてるじゃないか」
幸か不幸か。
指を一本、挿れられて秘部の浅いところを抜き差しされただけで済んだが頭や身体に走る快感は増えて行き、明らかに怒鳴る声に混じっていた喘ぎ声の頻度が増す。
秘部も少しずつ確実に解れていると分かるほど入ってきた指を締めつけて、いつの間にか増えていた指が中を押し開くように肉壁を叩いてくる。
次第にハッキリと蝕んでくる快感は冷静さを奪い、カンタロウを焦らせた。
「凄いなぁ!あっという間に二本の指をこんなに締め付けてくるなんて……君、後ろの才能あるんじゃないかい?」
「ぅ、うそ、だっ!……っぐす、ぅあ!や、やだぁあっ!ぁ、ひうっ!」
「あれ、もしかして泣いてるの?それならもっと気持ち良くしてあげよう、忘れさせてあげる」
「し、しなくて良い!ひっ!?ぁ、ぁああ!」
いつの間にか壁に縋りつくように寄せていたカンタロウは己の身体に流れ込んでくる快感の強さに、立っていられなくなった。
しかし身体は崩れ落ちる事はなく、とうとう声すらも我慢が出来なくなった頃にはカンタロウの意識を無視して腰を吸血鬼に向けて見せつけるように上げていた。
ただ少しだけ残った意識でさえも、なんて声をあげているんだ!と己に失望して悔しさだけが募り、そしてぐちゃりと泡立ったような水音と甘い刺激の快楽に塗り潰されていく。
本当は薄々、気付いている。
もう二本ではなく、まだ二本目の指なのだと。
このままでは最後はどうなるのか複雑なことを考える事が出来なくなった頭でも分かる。
しかし、そんな考えすら塗り潰すようにゴリッと言う感覚と共にカンタロウは感じた事のない快楽に襲われた。
「っンア!?は、ぁあ!な、に?」
「漸く見つけられた!ここは前立腺だよ、ここを今からもっと触ってあげるから君もよく覚えるんだ」
「ぁ、ああ!?あひっ!んん〜っ!んぇ、ぁっ!」
前立腺の感覚にカンタロウが驚いた瞬間、吸血鬼は一切の容赦なくカンタロウの呼吸に合わせて指で弄ってくる。
すると今まで襲われていた快感はなんだったのか?と思うほど強烈な快感が背筋を通して、身体に教え込んでくる。
思わず快楽から逃げたくて顔を下げると、涙で歪んだ視界の端でトロトロと己の性器から白濁とした液体が流れているのが見えた。
正直に言うと性器を触りたい、と思うのに腕は壁に吸い込まれたかのように動かず、従順な犬のように吸血鬼の手から与えられる快感を追いかけてしまう。
そう思っていた時。
「くくっ、気付いてる?途中から君の拘束してる催眠を緩めてあげてるんだけど……そんなに僕の指が気に入った?」
「嘘、つくなっ!ぁあ!あ、そんな、はずっ!」
「もちろん僕は優しいからずっと感じやすくしてあげてるけど楽しんでくれてるようで嬉しいなぁ」
「人の、話をっ!は、んあー〜ッ!?そこ、やめっ!」
明らかにヌチュ、グチャと増している水音に混じり、吸血鬼の方も容赦なくなってきており快楽と怒りや悔しさで思考がドロドロになっていくのが分かる。
未だ相手のフィールドである以上、カンタロウに残されているのは吸血鬼が油断するチャンスを伺うしかない。
しかし己の内側を抜けていく指の感触を反射的にカンタロウの身体は確かめるように締めてしまい、ゾクゾクと登ってくる快感に抗うことが出来ずに居た。
「感じて、こんなに腰振ってるのは君の意志さ」
「ぁあ〜〜ーッ!!?は、ぁ…!んぁあッ!」
「なに休んでるの?ほら、分かるかな……君、指を三本も飲み込んでるのに嬉しそうに締めて腰が揺れてる」
「ちがっ、ぁ、ぁあ!ひ、んんっ!」
「こんなになってるのにまだ認めないんだ?くくっ、お陰で楽しくなってきたよ!」
どれくらい弄ったら君は後ろでイけるかな?と耳元で言われてゾッとする。
しかし顔を青褪める暇も無いほど、襲ってくるようになった快感に思わず目を閉じるが耳にこびりつく水音は消えない。
ぐぽっ、と空気を含んだ音に変化している水音が何よりも忌々しい筈なのに頭を埋め尽くすのは快楽だ。
すると更に感覚が研ぎ澄まされ、抵抗しなければと思うのに甘い痺れに舌が痺れて口の端を涎が伝う。
ただそんな己の涎にすらゾクゾクという快楽を感じて、もはや快楽に恐怖すら覚えたが吸血鬼からの愛撫が止まる訳も無くアッサリとカンタロウの限界は訪れようとしてた時だった。
吸血鬼が突然、動きを止めた。
「くくっ、凄い先走りだね」
「ンアッ!……は、ぁ!」
「おっと、ごめん!もうイッちゃいそうだよね?まぁ、だからこそ後ろだけ触っているんだけど」
「ケホッ!何を、言って……は?」
「あぁっ!僕はすごく待ったんだ!あぁ……もう我慢できない!」
「なっ!?ふざけ、るぅ、んグッ、ぁ、は、ぁあ、あ!」
吸血鬼の言葉は勿論だが実際に迫られた事でいよいよ不味いと気付いた所で遅い。
「ッぁ、ぁあああ!!?っは、ぁ、くっ!」
「ふぅっ!流石の僕でも、キツイな……!」
「く、そっ!」
カタカタと力の入らない指にカンタロウは散々と涙を流した筈の瞳から新たに涙が溢れてきて、その感覚にすら感じてしまい、嫌になる。
しかし泣いたところで事態は解決しない。
もはや誰でもない、自分自身が必ずこの吸血鬼を捕まえなければ気が済まない。
辻斬りナギリの逮捕の前座にも練習にもならないが、野放しになどするものか!と思うと不思議と指先は動いた。
しかし力が入る訳ではない。
これでは練習している剣が握れない、と腹を満たす忌々しい圧迫感から逃れる為に呼吸を整える。
すると涙で濡れて歪む視界の端にソレを見つけた。
あとは隙をついて手に取るだけだ。
「は、やく……っ!」
「ん?どうし、っうぐ!?」
「ッ……早く、終わら、せろ……いや、終わらせて下、さい……っ!も、もう辛い、から!」
「……ふーん?」
訝しげに見つめてくる吸血鬼の視線は冷たく、己の身体を占領している熱量とは別に見透かしてくるような視線は肝が冷える。
しかし腹に力を少し入れてみれば吸血鬼は分かりやすく眉を顰めて、そして楽しげに笑ってみせた。
見え透いた嘘だろうと慢心している強者は弱者の嘘を見過ごす。
その優越感と今受けている屈辱など、吸血鬼を捕まえられるならカンタロウにとっては安いものだった。
それでも拭いきれない不快感はある。
「はっ、あ!君、本当に初めて?中すっご」
「それは貴様が催眠をっ、ぁあ!ひ、んんっ!ぁ、やっ、おくぅ!おく、やだぁっ!」
「あぁッ、それともこの路地裏で辻斬りナギリに教え込まれたのかな?」
「なっ!?あっ!なに、いってっ、ぅんん!ひっ!」
図星?今すごく締まったね、と笑う吸血鬼を殴りたくて仕方がなくなっていたが握った拳は快感により壁にすがりつくしかない。
まさかこんな辻斬りナギリの足元にも及ばない吸血鬼が化物だと言うのが納得できなかった。
どんなに凶悪でも吸血鬼は吸血鬼だ。
本来なら罪を償い、改心して生きていくのは人も吸血鬼も変わらないと警官時代の経験が言っている。
しかし指摘された通り、辻斬りナギリの話が出てからキュウキュウと切なげに吸血鬼の性器を締める己の身体に困惑し、未だに快感を拾ってしまうことが悔しかった。
腹を満たしてくる明らかに男の性器に突かれる度に喘ぐカンタロウに吸血鬼は楽しげに話しかける。
「んん、はぁッ!本当に良い中だぁ……催眠術を使う時に断片的だけど見させてもらったが、あんなのが噂の辻斬りナギリでしょ?」
「あっ!う、あぁ!ちが、ちがう!ひ、ぁ!奴、は貴様とは違うッ!」
「ハハッ、確かに覗いた姿は吸血鬼の僕でも怖かったなぁ、僕はあんな化物じゃないし僕なら君を愛でてあげるッ!」
「あ゛ぁッ!ひっ!ぅ、やめっ!」
「この僕に欲しいだなんて嘘をついたんだッ!いいよね?あの辻斬りナギリの刃を受け入れたみたいにさァ!ハハッ、ヒハハハハハッ!」
「ッ!…ぁ…ぐ、ぁっ!ふ、ざけ、るなッ!」
トプトプと何かが腹の中を満たしていく感覚に反吐が出る、と思いながらも腰の痛みなど如何でも良い。
様々な事への怒りが満ち溢れてくるお陰で倒れることは免れたカンタロウは、絶好のチャンスを逃さなかった。
「はぁ、疲れたけど本当に君、気に入ったし連れて帰って……えっ?その、手の奴は何?」
「許さない……絶対にっ!!!」
「は?な、なんで動けるんだ!?ちょ、何を向け、て、っぐぁああああ!!!僕の!僕の足がぁあ!!!」
「辻斬りナギリはそんな傷穴、なんてことなさそうだった……立てッ!貴様が辻斬りよりも倒す価値があるのか見せてみろッ!!!」
ガコンッと肉に杭が打ち込まれる音を聴いたことはあるだろうか?
パイルバンカー、それは鍵では開かなくなってしまった扉や屠殺などの理由から即死の為に使われる道具。
こんなものは、あの日の路地裏にはなかったが更に言うならば、ここはあの日の路地裏ではない。
どうやらようやく気を抜いた吸血鬼の集中力がなくなったお陰なのだろう。
周りの風景が霧となって蒸発していき、本来の場所は工事現場だったのだと吸血鬼の絶叫をBGMに見回す。
乱雑に蓋の開いた工具箱を見るに、いつの間にか蹴飛ばしていたのだろう。
工具箱から飛び出して転がっていた工具は他にも幾つかあった。
そんな道具の中で、パイルバンカーがカンタロウの足元に転がっていたのだろう。
これならば引き金を引くだけで動く、と形状を見て判断して正解だった。
何よりカンタロウは吸血鬼とはいえ人の形をした相手に向けてパイルバンカーの引き金を引く事に躊躇いはなかった。
もう銃を吸血鬼に向けて引いた事は経験済みなのだから今更ではないか。
ただ襲われた時に拳銃が辻斬りナギリには通じなかったので、当初は銃の類を使う事は除外していた。
しかし拾ったパイルバンカーの形状は拳銃に近いにも関わらず、杭を打ち込むという意外にも吸血鬼退治方法の一つに則っている。
先程も近付いてきた吸血鬼に向かって倒れかかるようにパイルバンカーを使用したカンタロウの体重も乗ったのも作用したのだろう。
小さくとも吸血鬼の足に見事に突き刺さり、あまりの痛みで絶叫する吸血鬼を壁に縫い止める事に成功した喜びは筆舌に尽くしがたい。
こんな卑劣な高等吸血鬼を、不器用で体力くらいしか取り柄のない自分が例えボロボロになってしまっても捕まえられた。
それが兎に角、嬉しかった。
その後、助けに来てくれた退治人たちに保護されながら手元を見ると、先ほど使用したパイルバンカーが確かにある。
あぁ、あれは幻覚ではなかったんだな……と今はまだ痛まない身体よりも先に胸がキュウと痛んだことで得るものも確実にあったのだと嬉しくなる。
とうとうカンタロウは辻斬りナギリへの打開策を見つけることが出来た喜びに感涙すると、助けに来てくれた退治人たちに勘違いされて気を使われてしまったのは気恥ずかしかった。
「それで?なんで使えるとはいえパイルバンカーはそんな馬鹿デカイもんにして使うんだ、重いだろ」
カンタロウの事情など知らない辻田さんは、相変わらず怪訝そうな顔を見せたが本当は優しいことをカンタロウは知っている。
いつだって彼は嫌そうな顔をしていても必ずカンタロウの辻斬りについての話に耳を傾けてくれる。
何より件の吸血鬼よりも冷静で辻斬りナギリや吸血鬼に対しても理解や知識が深く勉強になる程だ。
今も「なんで辻斬りナギリ相手にパイルバンカーなんだ?」と質問してくれて、刀などよりも使いやすく丈夫だからと吸血鬼との一件を省いて説明していたところだった。
確かに最初はカンタロウも銃よりも手入れが比較的、楽で持ち歩きやすい剣だったが、件の事件を境に考えを改めたのだ。
「このサイズならば素早い動きで避けられても確実にお腹など何処かに当たるので!それに何度か強姦されそうになって小型のパイルバンカーを奪われた失態も、このサイズになってからは無くなったのであります!なのでサイズもコチラが理想的でありまして〜」
「ふーん、なるほどな……え?お前」
今、強姦されそうになったって言ったか?と聞こうとしたナギリは速やかに口を閉じたが遅かった。
最初、尋ねたのはパイルバンカーのことを少しでも知っていれば何か武器への対策でも出来やしないかと思ったのだ。
しかしカンタロウから得られる情報は少なく結局これ以上、興味があると勘違いされてカンタロウの巨大なパイルバンカーの話に触れたくなかったというのはある。
しかし何故か話の内容に違和感を感じたナギリは咄嗟にカンタロウの話を聞こうとして止めた。
何故なら思わず顔を見てしまったカンタロウの方が、ハッとした表情の後に口元に人差し指を添えて普段とは違い、静かに尋ねることを止めてほしいとナギリにお願いしていた。
だからこそ黙って勝手に居座る隣の男を見つめ返す。
「申し訳ありません。辻田さんならば、とつい……どうか今のは聞かなかったことに!」
「お、前ッ!……なら本当にお前は他のやつに、その」
「辻田さん、シーッ!……忘れてください、ね?本官は丈夫ですし、今はもう鍛えているので遅れを取るなどありませんので辻田さんの事をお守り出来ますので!」
「なっ!?そうじゃ、なくて……チッ!もう良いから静かにしろ」
「辻田さん……はい、有難うございます!本官と辻田さんの秘密であります!」
はぁ、と重いため息を吐いて必要以上の情報を得てしまったナギリに対して、カンタロウはやっぱり本当は優しい好青年なのだと思った。
静かにしろと言いながらも、今はまるで自分の後ろを守ってくれているかのようにカンタロウの歩幅に合わせて歩いてくれている。
これが普段ならば辻田さんは踏ん張って巡回に同行することを遠慮するのだ。
何よりいつもなら姿を眩ませている頃なのに今はまだ側に居てくれている、と気付いて嬉しくなった。
言葉にせずとも彼なりに心配してくれているのだと嬉しいし、心配されないほど強くならなければなと決意を新たにする。
やはりきっと優しい彼の協力があれば辻斬りナギリに辿り着いて自分は奴を捕まえられるのだ!と確信したカンタロウは嬉しそうに夜の道を少しも躊躇せずに歩いたのだった。
END