北斗の拳

ある晩、ジュウザはリュウガの元を訪ねた。
リュウガの家はマンションの3階で狭すぎず広すぎない部屋で家具も特に特徴もなく、サッパリとした印象のある部屋だった。

「お邪魔しまーす」
「適当に座れ、今、茶を出してやる」
「サンキュー」

リビングへと案内されるとジュウザは、適当にかけたであろう番組がかかっているテレビを前にするように備え付けられたソファーに座る。
するとすぐにリュウガは冷たい麦茶をコップに注いで机につく。

「それで話とはなんだ」
「あぁ、それなんだけどさ…実は泊めて欲しいんだよね」
「はぁ?お前、家はどうした」

さも気にした所もなく言い放つと注いでもらった麦茶を一口飲み込む。
そんな呑気な態度に怪訝そうな顔でジュウザを睨みつけると、荒々しく飲もうとして持っていたコップを机に置く。

「追い出された」
「なっ!?お前、何したんだ!」
「何もしてねーよ…あ、でも結構な時間は帰ってなかったかなー」

ジュウザは苛ついているであろうリュウガの気配を何処吹く風といった、飄々とした態度で麦茶をすする。
打って変わってリュウガは全く気にしていない態度のジュウザに驚きと怒りが湧いてくるのか、今にも置いた麦茶を振りかけんばかりである。

「それで!お前、うちに泊まるのは良いが明日はどうするつもりだ…」
「んー丁度仕事も辞めちまってたけど金はあるから家を適当に探すかなー多分」
「多分てなんだ、宛があるのか?」
「そんなもん無いけど、どうにかなるさ」
「……………はぁ」

仕事も辞めたというのに呑気に麦茶を飲む腹違いの弟にリュウガは絶句するしかなかった。
いや、まだリュウガに頼ってきただけマシかもしれなかったが、きっとジュウザはリュウガの住むマンションが近所でなければ訪ねてすらいなかった筈である。

ともかく幸か不幸かリュウガは明日、休みとなっていた。
多少は部屋探しの協力でもしてやるか…と、リュウガは麦茶をすすった。



次の朝、リュウガは味噌の香りで目を覚ました。
料理をしてもらう為だけに家政婦に週4日来てもらっていたが、今日は来る予定ではなかった。
その為、リュウガは不思議に思いながら台所へ行くとジュウザが丁度、眠そうにしながら鍋をかき混ぜている所だった。

「あ、リュウガーおはよーふぁあ…さみー」
「お前、何してる」
「ん?あぁ、泊めてもらった恩を返そうかと」
「……………そうか」
「あー…味見する?」
「あぁ」

まだまだ春には遠く寒さが目立ち、しかも暖房も付いてない台所で長袖1枚は寒いだろうな、などと何処か寝惚けた頭で考えながらリュウガはジュウザから小皿を受け取ると口を付ける。

「どう?」
「…………………………うまい」
「そっか、ならこれで良いなーリュウガ、顔洗ってこいよ」
「…あぁ」

何やら忙しなく台所を動くジュウザの姿を呆然と眺めた後、リュウガはトボトボと洗面所へと歩いていく。

「…リュウガって朝はあんな感じだっけ?」

寝惚けたようなリュウガの態度にクエスチョンマークを出しながらも家政婦が準備していたであろう漬物などを机に並べていると、リュウガがカーディガンを持って戻ってきてジュウザに差し出す。

「え、カーディガンがどうしたんだよ」
「着ろ、寒いんだろう?」
「あ、あぁ、サンキュー借りるぜ」

落ち着いたブラウンのカーディガンを気遣われた気恥しさからリュウガに背を向けながら羽織る。
しかしリュウガは特に気にしていないのか、すまし顔で座ると軽く手を合わせて黙々と食べ始める。

「…」
「…」
「…あー、リュウガ」
「なんだ」
「テレビ見て良い?」
「勝手にしろ」

昨日とは違い、何を考えているのか分からない雰囲気でしかもひたすら黙々と食べるリュウガに、謎の焦燥感を感じたジュウザはテレビをつけて気を紛らわせながら食事をとる。
味見の際には美味いと言ったし、特に文句も無いので味付けには問題はない筈なのに落ち着かないのは二人っきりの食事なんてした事が無いからだ…と静かに分析しながらジュウザも黙々と食べる。
しかし突然、リュウガがピタリと箸を止める。

「ジュウザ」
「なんだよ」
「お前、これを食べ終わったら出ていくのか?」
「え?あぁ…そのつもりだけど」
「………お前、ここに住め」
「……………は?」

言われた瞬間、ジュウザは漬物を皿の上に取り損ねながら止まる。
何を言われたのか理解しずらかったのだ。
「住まないか?」でも「もう少し居ても良い」でも無く、「住め」と言う命令形。
固まるには充分だった。

「…リュウガ、寝惚けてるだろ?」
「いいや、起きている、顔も冷水で洗った」
「…えっと、じゃあ熱があるんだ」
「平熱だ」
「なら、冗談…とか?」
「本気だ」

とんちんかんな会話を交わす間、ジュウザは冷や汗を垂らしている自覚がジワジワと湧いてくる。
しかし隣合う形で座る腹違いの兄の目は真剣だし、しっかりとジュウザの目を捉えていた。

「えっと、えっと…それならなぁ」
「ジュウザ」
「ちょっと待て、今、考えてるから」
「ジュウザ、返事はどうなんだ」
「……………はぁ、住めって言ったのアンタだぜ?住めって…俺に拒否権なんてねぇじゃねぇかよ」

なんとかはぐらかそうとしていたがリュウガの直球な質問に苦笑いを浮かべて、ジュウザはため息を吐きながらやっとリュウガを見つめ返す。
その苦笑いにフッと小さくリュウガも微笑むと麦茶を一口飲んで言う。

「決まりだな」



二人は急遽、同居する事にした為に朝食を終えても話し合っていた。
ジュウザは困ったように微笑みながら入れたコーヒーをリュウガの前に出しながら尋ねる。

「でどうすんの?同居するのは良いけど、俺、職無いしこんな高級そうなマンションの半分でも家賃出せる気がしないんだけど?」
「家賃については期待していない、お前は家賃の代わりに家の事をしてくれ」
「家政婦の真似ごとをしろと?」
「あぁ」

リュウガの申し出にジュウザは目をパチクリとさせて驚きながら見つめるが、リュウガは最初から決めていたのか気にする様子もなくコーヒーをすする。
そんな姿にまだ気になる事があったのか、ジュウザは余所余所しくしながら尋ねた。

「あのさ………それって俺、結構優遇すぎじゃね?」
「なんだ、なら問題ないだろう」
「いや、まぁ…おかしいなぁと思ってさ」
「ふむ、理由か…」

隣から覗き込むように聞いてくるジュウザをチラリと見た後、リュウガはコーヒーを机に置くとグッとジュウザの腕を取り引き寄せる。
引き寄せられたジュウザはコップを持っていた為に慌てて抵抗せずに大人しく腕に収まる。
なんとか零す事を回避して机に置くとジュウザは改めて離れようとソフトに抵抗しながら聞く。

「なんだよ、急に!朝から変だぜ?」
「お前をここに住まわせる理由だが…」
「………なんだよ」
「お前の作る飯を他にも食べてみたくなった、と言えば納得するか?」
「……………何それ」

抵抗を気にせず、リュウガは自分の胸の中にある寝起きで緩くかき上げられているだけのジュウザの髪に顔をキスするように押し付けて答える。
答えを聞いたジュウザは固まった後、照れて赤くさせながら抗議するようにリュウガの胸を軽く叩く。

「なんだ、素直に答えてやったのにその態度は」
「アンタが急に恥ずかしい事を言うからだろ?そういう事は彼女に言ってやれよ!」
「生憎、女なんぞ長い間、居ないのでな」
「え、あ、やっぱそうなのか?」

叩いてくるジュウザの手をやんわりと掴んで止めさせながら彼女は居ないと答えるリュウガに、何処か納得しながらも驚いたようにジュウザも動きを止める。

「ふっ…この際、お前が相手になってくれると助かるんだが?」
「んな!?お、弟を口説くなよな、お兄ちゃん?」

バランスを崩さないようにジュウザの腰を支えながら、もう片手でジュウザの頬を撫でてリュウガはニヤリと妖しく微笑みかける。
そんなリュウガにやっともう1つの真意に気付いたのか、ジュウザは身を固くしながらも困ったように笑いかける。

「ジュウザ…俺は本気で言っているが?」
「っん、ぁ、リュウガっ!?」

まだ余裕が残っており本気にしないジュウザに痺れを切らすとリュウガは、支えていた腰から服に手を忍ばせ中の存外に滑らかな肌を撫でる。

_
6/6ページ
スキ