ジュ・テーム/Edward=Levainçois
漆黒の空を衝 く光の柱を見渡せるバーを、特に気に入っている。
リバティの公務のあと、必ずと言ってもいいほど立ち寄る場所だ。
日中、陽の光にきらめく摩天楼は、夜になると自らが光そのものになる。
シャルルは歴史的な景観を守るために建築物の高さに厳しい制限があって、いわゆる超高層ビルは多くない。
もちろん、僕は、古く美しい街並みのためにルールを守りつつ、新しい街の姿も取り入れていくシャルルの都市の在り方を誇りに思っている。
でも時おり、近未来的で斬新なリバティの街にひどく魅了されることがある。
目を細めてしまうほどに、輝かしいネオン。
直線だけでできた、天を貫くビル群。
喧騒のなか、活気にあふれる人々。
眠ることを知らない都市は、古きを破り、新しきを作り出すパワーに満ちている。
……古きを破る、か。
僕は琥珀色のバーボンを口に含んだ。
強い酒にも関わらず、いくら飲んでも酔いはまわって来ない。
王族会の長老の姫・ジュリアとの婚約披露パーティーは二週間後に迫っていた。
王家の人間は、代々、有力な貴族と婚姻関係を結んでいる。
それぞれの持つ人脈や財力が互いに作用しあい、結果、国が富む。
国を治めるために必要不可欠な手段。
それが、有力貴族との結婚だった。
当然僕も、いつかは貴族の姫を妻にするのだろうと思っていた。
激しく燃える想いはなくとも、妻を大切に慈しんで、生涯をシャルルのために捧げる。
それこそ、僕の使命だと信じて疑ったことなどなかった。
でも……出会ってしまったんだ。
僕の手で幸せにしたい女性に。
僕は目を閉じた。
双眸に浮かぶのは、彼女のはにかむような笑顔。
熱い感情が湧き上がる。
どんな酒でも今の僕を酔わせることなどできはしない。
僕を酔わせられるのは、キミだけだ。
キミへの想いで、この身が燃えてしまいそうだよ。
「ジュテーム……」
ふいに唇からこぼれおちた言葉が、胸を満たしていく。
そうだ。
僕は、キミを愛している。
貴族との結婚という伝統をくつがえせば、当然、反発もあるだろう。
王族会との関係も今よりもっと、悪くなる。
もしかしたら、王位継承権もはく奪になるかもしれない。
いや、なにより、父上、母上を苦しいお立場に追いやることがつらい。
窓の夜景のなかに、もの憂げな自分の顔が映りこんでいる。
ふと、その映りこみに一輪挿しの影を認めて、僕は視線を移した。
傍らに、白いバラが一輪。
花びらは黒くふちどられ、首はうなだれ、かろうじて数枚ある葉にみずみずしさはない。
枯れているのだ。
ここは、バーのカウンターからは一番離れ、ほかのゲストから見えにくい場所でもある席だった。
たまたま手入れが行き届かなかったのだろう。
僕は、指の間に茎を差し入れ、すくうようにそっと花を起こした。
確かに枯れてはいるが、白の色は摘まれたときと変わらないと思わせる、深い色味だった。
それは、枯れてもなお気高く、花の女王として頂点にたつにふさわしいプライドを感じさせた。
「……なるほど」
僕はこの枯れた白いバラに敬服した。
どんな姿であれ、バラは最後までバラだった。
枯れた白バラの花言葉は『永遠の愛』だという。
枯れた花にすら意味を持たせているのは、白いバラだけのはず。
愛の象徴のバラは、枯れても美しくあることで永遠を暗示している。
僕は、どんな状況に追い込まれても、シャルルの王子だ。
シャルルの繁栄と国民の幸せのために全力を尽くす。
そして、僕が永遠の愛を誓うのは――
「エドワード様。そろそろお戻りになりませんと、明日のお体に障ります」
迎えにきたルイスに促されて、僕は席を立った。
腕時計をみれば、時刻はすでに0時を過ぎている。
「おや? これはお見苦しかったことでしょう。バラが……」
ルイスが枯れたバラに気づいて眉根を寄せた。
「いいんだ。そのバラは、僕の背中を押してくれた」
バラの花弁を指先でゆっくりとなぞる。
「永遠の愛を、キミだけに誓う」
僕はつぶやいた。
この想いをきっと、守り抜く。
どんな運命が待ち受けようとも、この愛のもとに、運命さえもひざまずかせてみせよう。
「エドワード様?」
怪訝そうに首を傾げたルイスに、僕は向き直った。
「ルイス、僕は決めたよ」
ルイスは目をしばたたかせた。
ほんのわずか、訳がわからないという表情を見せながらも、長年、僕の執事として、友人としてそばにいた者だ。
すぐに僕の言わんとしていることがわかったのだろう。
彼は笑みを浮かべて、腰をたたんだ。
「エドワード様の、お心のままに」
「明日からは一段と忙しくなりそうですね」
まるで自分の胸のつかえがとれたかのように晴れやかに笑うルイスとともに、バーを出る。
扉を閉じる刹那、僕は、いま一度、片隅にたたずむ白いバラを目に焼き付けた。
枯れてもなお、気高くバラであり続ける白バラを、僕は決して忘れないだろう。
「ジュテーム……誓うよ」
白バラは、僕にこたえるようにその花弁を一枚、はらりと落とした。
リバティの公務のあと、必ずと言ってもいいほど立ち寄る場所だ。
日中、陽の光にきらめく摩天楼は、夜になると自らが光そのものになる。
シャルルは歴史的な景観を守るために建築物の高さに厳しい制限があって、いわゆる超高層ビルは多くない。
もちろん、僕は、古く美しい街並みのためにルールを守りつつ、新しい街の姿も取り入れていくシャルルの都市の在り方を誇りに思っている。
でも時おり、近未来的で斬新なリバティの街にひどく魅了されることがある。
目を細めてしまうほどに、輝かしいネオン。
直線だけでできた、天を貫くビル群。
喧騒のなか、活気にあふれる人々。
眠ることを知らない都市は、古きを破り、新しきを作り出すパワーに満ちている。
……古きを破る、か。
僕は琥珀色のバーボンを口に含んだ。
強い酒にも関わらず、いくら飲んでも酔いはまわって来ない。
王族会の長老の姫・ジュリアとの婚約披露パーティーは二週間後に迫っていた。
王家の人間は、代々、有力な貴族と婚姻関係を結んでいる。
それぞれの持つ人脈や財力が互いに作用しあい、結果、国が富む。
国を治めるために必要不可欠な手段。
それが、有力貴族との結婚だった。
当然僕も、いつかは貴族の姫を妻にするのだろうと思っていた。
激しく燃える想いはなくとも、妻を大切に慈しんで、生涯をシャルルのために捧げる。
それこそ、僕の使命だと信じて疑ったことなどなかった。
でも……出会ってしまったんだ。
僕の手で幸せにしたい女性に。
僕は目を閉じた。
双眸に浮かぶのは、彼女のはにかむような笑顔。
熱い感情が湧き上がる。
どんな酒でも今の僕を酔わせることなどできはしない。
僕を酔わせられるのは、キミだけだ。
キミへの想いで、この身が燃えてしまいそうだよ。
「ジュテーム……」
ふいに唇からこぼれおちた言葉が、胸を満たしていく。
そうだ。
僕は、キミを愛している。
貴族との結婚という伝統をくつがえせば、当然、反発もあるだろう。
王族会との関係も今よりもっと、悪くなる。
もしかしたら、王位継承権もはく奪になるかもしれない。
いや、なにより、父上、母上を苦しいお立場に追いやることがつらい。
窓の夜景のなかに、もの憂げな自分の顔が映りこんでいる。
ふと、その映りこみに一輪挿しの影を認めて、僕は視線を移した。
傍らに、白いバラが一輪。
花びらは黒くふちどられ、首はうなだれ、かろうじて数枚ある葉にみずみずしさはない。
枯れているのだ。
ここは、バーのカウンターからは一番離れ、ほかのゲストから見えにくい場所でもある席だった。
たまたま手入れが行き届かなかったのだろう。
僕は、指の間に茎を差し入れ、すくうようにそっと花を起こした。
確かに枯れてはいるが、白の色は摘まれたときと変わらないと思わせる、深い色味だった。
それは、枯れてもなお気高く、花の女王として頂点にたつにふさわしいプライドを感じさせた。
「……なるほど」
僕はこの枯れた白いバラに敬服した。
どんな姿であれ、バラは最後までバラだった。
枯れた白バラの花言葉は『永遠の愛』だという。
枯れた花にすら意味を持たせているのは、白いバラだけのはず。
愛の象徴のバラは、枯れても美しくあることで永遠を暗示している。
僕は、どんな状況に追い込まれても、シャルルの王子だ。
シャルルの繁栄と国民の幸せのために全力を尽くす。
そして、僕が永遠の愛を誓うのは――
「エドワード様。そろそろお戻りになりませんと、明日のお体に障ります」
迎えにきたルイスに促されて、僕は席を立った。
腕時計をみれば、時刻はすでに0時を過ぎている。
「おや? これはお見苦しかったことでしょう。バラが……」
ルイスが枯れたバラに気づいて眉根を寄せた。
「いいんだ。そのバラは、僕の背中を押してくれた」
バラの花弁を指先でゆっくりとなぞる。
「永遠の愛を、キミだけに誓う」
僕はつぶやいた。
この想いをきっと、守り抜く。
どんな運命が待ち受けようとも、この愛のもとに、運命さえもひざまずかせてみせよう。
「エドワード様?」
怪訝そうに首を傾げたルイスに、僕は向き直った。
「ルイス、僕は決めたよ」
ルイスは目をしばたたかせた。
ほんのわずか、訳がわからないという表情を見せながらも、長年、僕の執事として、友人としてそばにいた者だ。
すぐに僕の言わんとしていることがわかったのだろう。
彼は笑みを浮かべて、腰をたたんだ。
「エドワード様の、お心のままに」
「明日からは一段と忙しくなりそうですね」
まるで自分の胸のつかえがとれたかのように晴れやかに笑うルイスとともに、バーを出る。
扉を閉じる刹那、僕は、いま一度、片隅にたたずむ白いバラを目に焼き付けた。
枯れてもなお、気高くバラであり続ける白バラを、僕は決して忘れないだろう。
「ジュテーム……誓うよ」
白バラは、僕にこたえるようにその花弁を一枚、はらりと落とした。
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