廊下にずらりと並んだ扉はどれもよく似ていて、
もしかしたら一生シャルル城からでられないのではないかと錯覚を起こさせるほどだった。

こんなことなら誰か城のメイドに案内をしてもらえばよかったと悔やむけれど、後の祭りだ。

（どこだったかなぁ、階段室……）

人がいるかもしれないのに、まさかひとつずつ部屋を開けるわけにもいくまい。
長い廊下を無意味に歩くだけで、いたずらに時がすぎる。



激しい雨の降る日、エドワードをかばって車がはねた泥水を浴びてしまったPrincessに、「お詫びをしたい」と彼はパーティーに誘った。

気後れしながらもやってきたシャルル城のパーティーは、
一般人のPrincessにとっては場違いもは甚だしいほどきらびやかな世界だ。

まぶしいシャンデリア、優雅なオーケストラ。

世界各国のワインを片手に色とりどりの豪華なドレスをまとう姫たちは、上品に笑いあう。

エドワードの見立てたクリーム色のマーメイドドレスは、そんな中でもひときわエレガントだった。

さらに、ヘアもメイクも王家専属のアーティストによって仕上げられたものだから、化けに化けたPrincessはどこからみても良家のご令嬢になった。

エドワードに手を引かれて入った広間で、Princessはとたんに注目を浴びる。

空気がざわりと動くのを感じた。

「どなたかしら……エドワード様の隣にいらっしゃるかた」

「お見かけしないお顔ですわね」

緊張するPrincessの気配を感じ取ったエドワードが、ふっと笑いかける。

「大丈夫ですよ。私がそばにおりますので、どうぞパーティーを楽しんでください」

Princessは、優しさに甘えてしまっていいのだろうかと迷いながらも、彼を頼るほかにすべはない。

言葉どおり、エドワードはPrincessのそばを離れることなく、ひっきりなしのあいさつにも穏やかな笑みを向け続ける。

ふと、エドワードの執事らしき男性が、彼に耳打ちをした。

エドワードはうなずくとPrincessに向き直った。

「すみません、Princessさん。私のほうからごあいさつにうかがわなければならない方がいらっしゃいまして。しばらく席をはずしますが、できるだけ早く戻ります。申し訳ありません」

「あ、はい、わかりました。どうぞお気になさらずに」

Princessは心細さを感づかれまいと精一杯、口角を上げた。

色鮮やかな貴婦人たちの間を縫って、銀髪が離れていくさまをPrincessはぼんやりと見送る。

しかし、無理に作った気丈な笑顔は戻るまもなく、今度はひきつる羽目になる。

エドワードがPrincessのそばを離れると、興味深げに寄ってきた女性たちは容赦なく質問が浴びせかけてきた。

待ってましたといわんばかりの勢いだ。

「どちらの家のお嬢様でいらっしゃいますの？」

「今日はなぜエドワード様とご一緒に？」

「ええっと……それは……」

正直に答えてしまえば、エドワードの立場を悪くしてしまうかもしれない。

視線を伏せてとまどうPrincessを不審がって、彼女たちは顔を見合わせた。

Princessはじりじりと身を退かせて広間の扉にまでたどり着くと、後ろ手にドアを開けた。

隙間からすばやく体をすべり出させて再び背でドアを閉じると、大きく息を吐き出す。

（ふう……やっぱり無理だよ、こんな世界。エドワード様には申し訳ないけれど、ボロが出ないうちに帰らせていただこう）

Princessはドレスを両手でつまんで、足早に廊下を行く。

途中、すれ違ったメイドに、エドワードへのお礼の伝言を頼むと同時に、着替えをするべく控え室の場所を聞きPrincessは階段を上がった。


着てきたワンピースに着替えると、いくらか気分も落ち着いた。
しかし、ここからがいけない。

広いシャルル城の中は、今いる場所すらわからなくて、歩いても歩いても玄関に続く階段を見つけられないのだ。

（まずい……完全に迷っちゃった……）

パーティーでメイドや執事も出払っているのだろう。
閑散とした廊下は、Princessのため息すら響くくらいの静けさだ。

恥を忍んで、「誰かいませんかぁ」と声を上げるしかないと息を吸い上げた、その時だった。

ギイィときしむ音に振り向くと、数メートル向こう、廊下の扉が細くあいた。

（あっ！よかった、人がいる！）